Aパート な、なんて格好してるんですか! えっち!!

 数秒間、何が起こったのか分からずドアを開いた姿勢のまま俺は硬直していた。


 そして、ヒイラギと名乗った黒縁眼鏡の男性もそんな俺の胸元と、それからパンツしか履いていない下半身を見て、「ひえぇ」とか「うひゃあ」とかいった妙な声を上げて後ずさった。


「な、なんて格好してるんですか! えっち!!」


 それまでの作り笑いはどこへやら、赤面して両手で顔を隠す男性に、俺は自分の恰好を再確認してゆっくりとドアを閉めた。


「あーうん……悪い。今履いてくるから待っててくれ」


 二、三分後、再びドアを開いた時もまだヒイラギは手で顔を隠したままだった。


「おら、ちゃんと服着てきたぞ」

「ほ、本当ですか……?」

「本当だって。おら、見てみろって」


 ヒイラギはおそるおそる手をどけ、それからちゃんとズボンもブラジャーもつけてきた俺を確認してホッと息を吐いた。


「……で、アクセルレコードだって? レコード会社が何の用だよ」


 平静な顔を作ったヒイラギは背筋を伸ばしてかしこまった口調で切り出した。


「ごほん、ええとですね、あなた方には当社に来ていただくよう指示が出ているのです」 

「あ? 指示だぁ? なんで俺がレコード会社なんかに行かなきゃならねえんだよ」


 俺がヒイラギを見下ろしながら凄んでやると、ヒイラギは慌てて内ポケットからとあるものを取り出して俺の目の前に掲げた。


 それを目にした俺は、思わず身を強張らせた。黒皮に銀の飾りのついたそれは――公安局の身分証だ。


「アクセルレコードは公安管理局の指揮下にあるレーベルです」


 手帳をしまいながら、ヒイラギは若干ずり下がったメガネを押し上げた。


「ご同行願います」





 アクセルレコードは清潔な表通りの一角にそびえ立つビルの半分ほどを占めている会社のようだった。慣れないエレベーターを居心地悪く思いながら俺は上階へと上っていく。その間、MIDIは無言で不機嫌そうな顔をしていた。


 なんでついてきてしまったんだという思いと、仕方ないじゃないかという思いがないまぜになって心を満たしていく。反抗心と常識がぎりぎりと拮抗し、結局、常識が勝って権力におもねってしまった自分に腹が立つ。


 軽やかな音が鳴って、エレベーターは最上階に辿りつく。ヒイラギが歩みを進めるのについて、俺とMIDIも廊下を進んでいく。


 ヒイラギが俺たちを連れてきたのは最奥のガラス張りの部屋だった。ヒイラギが手をかざすと、認証されたのか音もなく扉は開いた。


「君がMIDIくんとインくんだね」


 部屋の中で待っていたのは、背が高いオールバックの男だった。男はこちらに歩み寄ってくると、俺に向かって手を差し伸べてきた。


「アクセルレコード、音楽プログラム担当部部長スチュアートだ。どうぞよろしく」


 握手を求められているのだろう。しかし俺はそれを無視してスチュアートと名乗った男を睨みつけた。スチュアートは苦笑いをして手を下ろした。


「やれやれどうやら君は反骨精神の塊のようだね。何よりだ」


 偉そうな笑みを浮かべて、スチュアートは俺を見下ろす。その様がまた気に入らなくて、俺はケッと唾を床に吐く仕草をした。


「MIDIくんもこうして会うのははじめましてだね。安心してほしい。私は公安の下について君を保護する立場の者だ」


 少し屈んでスチュアートはMIDIを覗きこんでくる。MIDIも俺と同じように床に唾を吐くような仕草をした。


 スチュアートはそんなMIDIの頭を無理矢理にがしがしと撫でつけると、俺たち二人に向かって両腕を広げた。


「インくん、MIDIくん。君たちにはこれからこのアクセルレコードで音楽ハッカーとして働いてもらうことにする」


 そのあまりに堂々とした宣言に、一瞬何を言われているのか分からずに俺は言葉を失う。数十秒かけてその意味を飲みこみ、俺はスチュアートに食ってかかった。


「なんで俺がそんなこと!」


 スチュアートから距離を取り、片腕を薙ぐようにしてその言葉を拒絶する。


「俺の音楽はプログラムのためのもんじゃねぇぞ!」

「ではこのまま公安局に捕まるのがお好みかな?」


 ぴたっと動きを止めて、俺はスチュアートを見上げる。そうだ。こいつらは公安直轄のレーベルだった。


「公安局に捕まれば音楽どころじゃないだろうね。ギターも歌も取り上げられて、君は一生歌えなくなる」


 俺はまばたきをするのも忘れてスチュアートの腹立たしいアホ面を見上げた。


「安心してほしい。ハッキングに協力さえしてくれれば、君には自由に歌う権利を与えよう」

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