第8話 三回目の邂逅
バレンタインデーも過ぎ去った、春が訪れようとしている頃。季節は三月に入り、連日ぽかぽかとした温かい陽気に包まれていた。
「ね。さくら、今日は外でお昼食べない?」
「喜んで。何処のお店で食べるの?」
左隣の席にいる優に声をかけられたさくらは、ふと社内の壁に掛けられている時計を見やる。時刻は午後十二時七分辺りを指していた。そういえば先ほど昼のチャイムが鳴っていたなと気付く。
パソコンの画面をスリープモードにして、優を促すとその手には、何やら少し大きめの紙袋が握られていた。
「実はね、お弁当作ってきたんだけど、試食して欲しいなーって」
「え? 私が食べていいの?」
さくらが問い返すと、優はふわりと微笑みながら頷いた。
「優の手料理……嬉しい! ぜひ、有り難く頂きます」
「ふふ、良かった。じゃあ、コンビニで飲み物とか買って近くの公園に行こう?」
二人は会社の近くにあるコンビニでお茶を購入した後、そのまま公園へと向かう。
平日の昼の時間帯。ブランコと滑り台しかない小さな公園は、ぽかぽか陽気にも関わらず閑散としていた。
「なんか、ちょっとしたピクニック気分だよね」
「うん。幼稚園とか小学校の遠足的な感じがする。あ、早速なんだけど、これ……」
二人は公園内のベンチに座り、優は紙袋に入っている手作りお弁当を取り出す。
さくらは可愛らしい花柄の風呂敷に、きちんと包まれたお弁当を受け取ると、風呂敷をほどきゆっくりとお弁当箱の蓋を持ち上げた。
「おお! すごい美味しそう! って、ごめんね。月並みな感想で」
「ううん。さくらは正直だから、そう言ってもらえて安心した。今日お弁当を作ってきたのはね、今度彼氏とピクニックデートをしてみようかって話になったからなんだ」
「なるほどね。五年経っても二人は円満だねー。微笑ましいよ」
さくらは優の彼氏と何度か面識が有り、その度に幸せそうな二人を眺めては、微笑ましく見守っている。
いつの日か、優が結婚し子供に恵まれた時には、さくらは自分のことのように喜ぶのだろう。
「この唐揚げも手作り?」
「そうだよー。味どうかな?」
優の説明を聞きながら、さくらは唐揚げを箸で持ち上げ、自身の口に運ぼうとする。
が、しかし。
あることに目を奪われ、無意識に動きが停止した。
箸を持ち上げていた力が弛緩し唐揚げが、ぽとりとご飯の上に落下する。
「さ、さくら? ……唐揚げ嫌いだったっけ?」
「…………え? ち、違うよ。唐揚げ大好き大好物」
そう言いながらも、さくらの視線は公園内のトイレ方面に集中している。
またか。瞬間的に思ってしまった。
だって、私の視界に映ったのは、あの見覚えのある男の姿だったから。
これで三回目だった。私が行く先々に、何故かあの男はいつも突然に現れる。これは何の因果だろうか。
「え、えっと。じゃあ改めて……頂きます!」
さくらは気を取り直して、ご飯の上にぽつんと鎮座している唐揚げを、再度箸で持ち上げると自身の口元へと運んだ。
うん。文句など一つもないくらい、とても美味しい。味付けも濃すぎず、薄すぎず。これなら優の彼氏もきっと喜んで食すに違いない。
そして、あの男のことは気にしたら負け。
さくらはそう自身に言い聞かせ、意識をお弁当に集中させると黙々と箸を動かした。
雑談を交わしながらゆっくりと時間をかけて、優のお弁当を食したさくらはベンチから、おもむろに立ち上がると優に礼を述べる。
「優、お弁当ありがとう。本当に美味しかった。これなら彼氏も絶対喜ぶよ」
「よかったぁ。こちらこそ、食べてくれてありがとう。さくら」
「うん。……と、私ちょっと用事思い出しちゃったから優、先に会社に戻ってて?」
「え? あ、うん」
さくらは一方的にそう言うと、ろくに優の返事も聞かずに、公園内のトイレへと直進して行く。
そしてトイレの裏手側の茂みを覗きこむと、やはりあの男がいて、空を見上げて黄昏るように地面に座りこんでいた。
「こんにちは」
「……三度目だな」
男はさくらを一瞥すると、小さくため息をもらす。そして視線を反らし黙りこむ。
そんな男の態度に、またもやさくらは少し苛立つ。だが、しかし。どうにも気になってしまう。
二週間近くこの男に会うこともなく、平和に過ごしていたというのに、どうしても関わらずにはいられないようだった。
つまり。さくらは、この男の姿を見るとつい話しかけてしまうのだ。
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