第202話味方じゃない!

 ガンバラ国王が魔族の少年に殺された頃、僕達は岩山に布かれた陣に釘付けになっていました。


「今日はここまでになりますわ」


 連日行われたエルストラン皇国兵の洗脳解除は既に1週間。

 岩山の付近には巨大なキャンプが出来ていました。

 既に洗脳を解かれた民の数は実に150万人を超えていますからそれも頷けますね。

 堀を作った当初は、洗脳を解除するのにガンバラ王国側の兵と洗脳を解かれた民達だけで行っていたので配分も加減も適当なものでしたがそれも2日、3日と経過するうちに人数も増えて意外とサクサク作業の様に洗脳解除を行う事が出来るようになりました。

 大きな問題はエリッサちゃんのスリープミストに頼っている為に1日にこなせるサイクルが決まっている事と、兵や民達の食料問題が発生した事でしょうか……。

 食料問題はワイバーンでガンバラ王国へ赴き僕の重力魔法を用いて運び込んだ事で何とかなりましたが、エリッサちゃんの魔法回数だけは簡単には解決しませんでした。

 そこで実験的に誘い込む穴をもっと深くして落下し気絶した兵を起こす事で解決しようとしましたが、思いの外、負傷者が続出した為に早々に取りやめになりました。

 続いてはミカちゃんのブリザードで一旦凍らせ、身動きを封じてから気絶させる方法を取りましたが、それも凍傷に掛かる者が後を絶たなかった為に中止になりました。

 結果、最初の方法と同じエリッサちゃんに頼る事になった訳ですが――。

 彼女一人ではやはり魔力量の限界も早く、一日に20万人前後の民に掛けられた洗脳を解くので手一杯でした。


「こんな場所で時間を食っている場合では無いというのに……」

「私も同じ気持ちですわ。でもこの方たちを見捨ててもいけませんわ」

「こんなに大変だとは思わなかったにゃ」


 僕達が首都を目指さずにガンバラ王国方面へ戻ったのは、200万の軍勢が本隊と衝突する事態を何とかする為です。

 それが目当ての本隊では無く、歩兵、弓兵だけの部隊しかいなかったのですからその焦りも分かるというものです。

 本隊にはエリッサちゃんの父である子爵様も、フローゼ姫と仲の良かった騎士団長も合流していますから心配するのも当然ですね。

 ワイバーンで上空に飛び立てば、長者の列を作っていた皇国の民の数も終わりが見え始め残す所あと2日と予想する事が出来ました。


「後2日でそれも終えられる。そうすれば妾達は本隊が辿った道に移動すればいい」

「それもそうですわね」

「でも話に聞いた魔族が1人も居ないのは心配にゃ」

「やっぱり魔族の数は少ないんですかね? スレイブストーン渓谷では魔族が現れたのにここでは結局現れませんでしたよ」

「これだけの人民に洗脳を施したのだ。数で押せば魔族は温存させても構わないと考えたのであろう」

「そうだといいですわね」


 確かに200万人もの兵でガンバラ王国に進軍すれば双方に甚大な被害を出し、最後は皇国が勝利していたでしょうね。

 いくらこの大陸で2番目に強い国と言っても、ガンバラ王国の王都は人口が20万人程度です。この世界ではそれでも大きな都市と言っても差し支えはありませんが……。

 その10倍の人数で攻め込めば、矢は切れ、武器は壊れ、人柱の犠牲の上に王都は陥落した事でしょう。

 その企みは僕達が参戦した事で失敗に終わりましたけどね。


 こうして皇国までの道を埋め尽くしていた兵の洗脳が全て解かれた2日後、ようやくこの作業から解放されて安堵している頃になって彼はやってきました。


 上空に南東からワイバーンの群れが現れた時にはガンバラ王国軍の本隊が引き返してきたのだと誰しもが思います。ガンバラ王国の兵達は皆手を振り歓迎の意を上空に見える様に行っていました。

 しかし上空に99匹のワイバーンを残し、背中に人を乗せたワイバーンが1匹急降下で陣を布く広場に下りて来た事で事態は急変します。

 ワイバーンは地上すれすれで動きを止めると、その背中に乗っていた金髪の少年が驚いた様子で周囲を見渡し声を発しました。


「何でガンバラ王国の兵と皇国の民が仲良くしちゃっている訳?」


 ワイバーンの背に乗っている少年を見たフローゼ姫が大きな声をあげます。


「皆、あいつと瞳を合わせるな!」


 サースドレインからここへ来るまでに、魔族の対処方法を僕達は話し合ってきました。

 その対策を兵達にも前もって話してはありましたが、実際にその場面になってみないと人は実践出来ないものです。

 フローゼ姫の忠告を聞き、その場に集まった者達は少年と瞳を合わせるのを避けます。

 すると――。


「へぇ~こんな所にも僕達を知る者がいたんだ……」


 恨み言を呟くように小さく漏らしますが、僕達の視線は少年の胸の辺りを見ています。


「随分徹底しているみたいだけれど、君達何者だい?」


 少年は興味深く探るような視線で、フローゼ姫とその隣で固まっている僕達を見つめました。

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