第203話魔族の少年その1

 悪い奴に何者と言われて正直に話す人はいません。

 僕達は目を合わせない様にしながらも、気配と少年の発する声に細心の注意を払います。


「なんだよ。一昨日ガンバラ王と一緒に殺した男といい、陰で暗躍してきた僕達を知っている者は意外と多いのか?」


 はっ?

 今何て言いました、この少年。

 僕達は自身の耳を疑う発言に思わず一瞬だけ視線をあわせてしまいますが、少年の瞳はニヤリと笑っただけで特に光ったりはしませんでした。


「ははっ、ちゃんと瞳を見れるじゃないか。対人恐怖症なのかと心配しちゃったよ」


 惚けた発言に思わず睨みそうになりますが、これは罠です。


「見ちゃ駄目にゃ」


 咄嗟にミカちゃんが忠告を挟んだ事で難を逃れます。


「せっかくいい事を教えてあげようと思ったのに……聞きたくないのかい?」

「そんな見え透いた罠には乗らんぞ!」

「そうかよ!」


 フローゼ姫が怒気を含んだ声を投げると、少年は懐から短剣を取り出しそれを皆に見える様に掲げます。

 そして聞き捨てならない事を話したのです。


「一昨日ガンバラ王は――この短剣で殺したよ」


 今度ははっきりと聞き取れます。

 少年の発言を聞き、王子が声を荒げます。


「父が、父がお前なんかに殺される訳がない!」

「王って言っても能力を持たないただの豚だよ? どこからそんな自信がくるんだ?」

「父の周囲には将軍も、それからアンドレア国の盾も居た筈だ。そう簡単に殺される筈が無い!」


王子の漏らした言葉を聞き少年は、


「はぁ? 将軍? アンドレアの盾だぁ? そんな奴どこに――あっ、もしかしてあれかな、火を消す魔法師と一緒に居た大剣の男が将軍か?」


 少年の発言に今度は王子が首を傾げます。

 王子は消火魔法を使うミランダさんを知りませんからね。

 心当たりがあった僕が口を開けて尋ねます。


「火を消す魔法師と一緒に居たのはアンドレアの盾ですよ。それよりその3人はどうなったんです?」


 猫の僕に声をかけられた少年は刹那驚き眉を吊り上げますがいつもの事ですね。

 この少年が本当に国王を殺したと言うのなら、3人も敗れたという事です。

 3人の所在を確かめる為に探りを入れました。

 すると――。


「へぇーなるほどなるほど――これは要注意だ」

「何がなるほどですか。人に尋ねる位ですから貴方から答えたらどうですか?」

「くふっ、面白い事を言う猫だね。聞きたいなら教えるよ。魔法師と大男は僕の人形になってもらった。これで満足かい?」

「も、もう1人居た筈ですわ!」

「はぁ? なんだって?」

「ですからもう1人――」


 僕達が静止する暇も無く、エリッサちゃんが少年を問い詰めようと瞳を合わせた瞬間に少年の瞳が光りました。瞬く間にエリッサちゃんは体から力が抜けて頽れます。


「あはははは。やっと1人。そうそう、もう1人だったね。ブラウンの髪の油ギトギトのおっさんなら最初に殺してやったよ。僕達の種族特性を口に出したからねって聞いてないじゃん。くははははは」


 エリッサちゃんは気を失っていて今の話を聞いていませんでした。

 でも聞いていなかった方が幸せだったかもしれません。

 愉快そうに高笑いをあげる少年は横たわるエリッサちゃんをワイバーンの上から見下ろすと舌なめずりをします。


「この子と殺したおっさんは肉親か何かなのかい? なら洗脳を解いてその反応を楽しむのも一興だね」


 何を言っているんです。この少年は、まるで悪魔の様な発想ですね。

 あ、魔族の神は悪魔でしたっけ?

 ルシファー信者とか最悪ですからね!

 僕はエリッサちゃんが洗脳されたと判断して、皆に結界魔法を掛けていきます。

 フローゼ姫も準備はしていた様で、僕に貫通のバフを掛けてくれました。


「へぇ~用意周到ってやつかい。多勢に無勢じゃないのかい?」


 何が多勢に無勢ですか。それはこっちの台詞ですよ。

 200万もの人を洗脳して兵として進軍させていたんですから。

 それより、騎士団長とミランダさんはペットにしたと言っていましたから洗脳状態であって死んでは居ないという事ですが――サースドレイン子爵を殺したこの少年だけは許せません。

 僕は先日覚えたテレポーテーションを使って少年の背後に回ります。

 爪を振り被り、首を捉えたと思った瞬間――。

 目の前にいた少年の姿が掻き消えました。

 僕が魔素の気配を探ると、背後に突如ぶわっと魔力の塊が現れました。

 ――そして、


「危ないじゃないか! 転移出来るのは君だけじゃないよ」


 僕が振り向くと少年は漆黒の短剣を両手に構え、僕へと突き出してきました。

 少年の背丈は大きい方ではありませんが、それでも僕を短剣で刺し貫くならもっと長い剣を使うべきでしたね。

 僕は身を屈めると少年の突き出した短剣をかわします。

 短剣は僕の背中の上で空をきりました。


「くそっ、このリーチ差は面倒だ!」


 少年は捕らえたと思った攻撃を外した事に憤り声を荒げます。が、その時僕は既に掌に魔力を纏っていました。選択した魔法は、前回魔族を殺した時に使った重力圧縮の魔法です。

 無理な体勢で突きを繰り出した少年の体は、前のめり気味になっています。

 そこへ掌から放たれた黒い粒子が触れようとした瞬間。

 またしても音も無く少年の体は目の前から消え失せました。

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