第191話洗脳の性質

 まるで少年を庇う様に飛び出してきたミカちゃんの背中に深々と突き刺さったかのように見えた爪は、僕が先ほど掛けた結界魔法に吸収されるように消えます。


「それは反則だろう。これじゃ相打ちを狙えないじゃないか」

「何が反則ですか! そんな事よりもミカちゃんに何をしたんです?」

「子猫ちゃん、不用意にこいつと会話するな、ミカ殿の二の舞になるぞ!」


 そこまで言われれば僕にだってわかります。

 成程ね。これが魔族の得意としているとかいう洗脳ですか。

 よりにもよってミカちゃんに仕掛けるなんて――やってくれますね。

 ミカちゃんの洗脳を解くのが先か少年を倒すのが先かを考えていると、ミカちゃんの掌が光り魔法が放たれました。

 当然、その相手は僕です。

 僕の周囲に水滴が飛んできますが、神速で軽々とかわすとミカちゃんの背後に回ります。

 とりあえず意識を失っていてもらおうと接近すると――。


「そんな事をさせると思うのかい?」


 少年はタガーを僕の胸に突き刺そうと前に押し出しますが、結界魔法に弾かれて それを地面へと落とします。

 その隙を逃さずに僕はミカちゃんに接近すると抱き着きます。

 距離を開けて攻撃しても結界魔法で弾かれますからね。

 これなら攻撃も通じます。

 僕がミカちゃんの細い首は狙わず、鳩尾に蹴りをいれると彼女の白い体から力がスッと抜け崩れる様に倒れました。

 ミカちゃんごめんね。こいつを倒して直ぐに元に戻すから。

 僕は横たわるミカちゃんに小声で声を掛けると、反転して少年と対峙します。


「その結界は厄介だね。流石は迷い猫って所かな――」


 少年は話を言い終えるかどうかといった所で、背後にバックステップで遠のきます。

 上空には緑色の竜が待機していて既に大口を開けていました。

 こちらは少年のお蔭で連携がばらばらだというのに、息がぴったりですか!

 キュオォォォォーーーン、少年が僕から離れた瞬間を逃さず竜の口からは目に見えない何かが放たれます。

 これはさっき馬車を襲ったブレスと同じものですね。

 ブレスの射線がミカちゃんを巻き込まない事を瞬時に予測し、僕は回避に入ります。

 フローゼ姫は――僕とも少年からもだいぶ離れた距離にいますが魔力を纏った状態で剣を掲げています。

 地面に衝突したブレスは若干凍りかけの地面を穿つように削っていき、砂と砂利が一気に巻き上がります。

 周囲に砂煙が立ち込め視界が悪くなると――。

 フローゼ姫が剣を振り下ろし上空の竜に切りかかりました。


「あははははは、そんな短い剣が空の覇者である竜に届くわけがないだろ?」


 そんなフローゼ姫の様子を馬鹿にしたように少年が声を漏らしますが、本当にそうですかね。この一撃は僕の考える通りなら、致命傷にはならなくとも有効打にはなる筈です。

 フローゼ姫が振り下ろした剣の射線が竜に届いた時にそれは起きました。

 ギャオォォォォォォ、と竜が悲痛な雄たけびを上げた瞬間――両脇に生えていた羽の一つを両断。竜は錐揉み状に回転しながら落下してきます。


「なんだって――」


 少年が驚いていますが、驚くのはまだ早いですよ!

 僕は竜が地面に落ちる瞬間、竜に対し重力圧縮の魔法を放ちます。

 黒い煙が竜の巨体を包み込んだ瞬間――グシャ、と鈍い音とともに肉片へとその姿を変えました。

 この前会った漆黒の竜には通じませんでしたが、この竜には通じるようですね。


「――っち」

 

 少年は竜が一瞬で肉団子になった姿を認めると、短く言葉を吐き出します。

 僕がミカちゃんを洗脳した者を許すとでも?

 逃走を図ろうとしたのか背中を向けた瞬間、僕は再度の重力圧縮を少年に放ちます。

 黒い煙の粒子が僕の掌から少年へと飛んでいき、その肉体を包み込もうとすると、刹那の時間も置かずに少年の姿が消えていました。

 逃げられましたか?

 僕が周囲を見渡していると、


「子猫ちゃん上空だ!」


 フローゼ姫が焦った様子で上空を指さします。

 すると――真っ赤な竜の頭に乗った少年が僕達を睨みつけていました。

 さっきまでここにいたのに、もうあんな所に……。

 そういえば似たような事をアッキーもやっていましたね。

 瞬間移動は魔族の得意な魔法か何かですか?

 僕は上空の竜に狙いをつけて掌から次々に爪を飛ばしますが、アクロバットのようにぐるぐると動き回り全て回避されてしまいます。

 流石にこのランクの竜相手に爪では心もとないですか。

 僕が重力魔法を用意し、上空に掌を向けるのと真っ赤な竜が口を開くのはほぼ同時でした。

 竜の口腔内が赤く光った瞬間――ドバァァァァァァァァァァーン、と今日何度も見せられたブレスが放出されました。

 僕の掌からも黒い粒子が竜に向けて飛んで行っています。

 轟々と燃え盛るブレスと黒い粒子が衝突すると、あれほど燃え盛っていたブレスは粒子に飲み込まれるようにして鎮火します。


「はっ?」


 撃った僕も驚きですが、少年の驚きの方が勝っています。

 少年はまさかこれは――と何か言いかけますが、その時すでに黒い粒子は少年と竜を飲み込んでいます。


「ま・お――」


 少年は何かを言いかけますが、時既に遅く。

 グシャ。と鈍い音と共に竜と一緒に肉片へと変わり飛行する意思をなくしたそれは重力に従い地上へと落下しました。


 僕はミカちゃんに駆け寄ります。

 エリッサちゃんにはフローゼ姫が駆け寄っています。

 エリッサちゃんは子狐さんとの連携で何とかブレスを耐え凌ぎ無事な様子ですが、石の盾は真っ黒に焼けただれその威力の凄まじさを知らしめています。

 ミカちゃんは――意識は回復していませんが無事な様子です。

 それでもブレスが放たれた時に飛散した砂利が体中に当たり、白い肌には傷が出来ています。ミカちゃんが起きる前に僕はそれを舐めまわします。

 女の子ですからね。

 傷がついていたらきっとショックを受けてしまいます。

 傷をすべて舐め終わると、タイミングよく瞼がぴくぴく動きました。

 目を開いた時、最初に僕の顔が見える様に横たわるミカちゃんの顔の横に座り、覗き込むように見つめます。

 すると――。


「子猫ちゃん無事だったにゃ! タガーを投げつけられた時はヒヤヒヤしたにゃ」


 あれ……僕はそんな攻撃受けていませんよ。

 意識を取り戻したミカちゃんに事情を聞いてみると、ミカちゃんの意識の中では少年と僕が入れ替わっている様でした。

 魔族が使う洗脳とは――自分が見ているものを他の者と入れ替える類のものの様ですね。

 味方に対し敵と認識して攻撃をする。

 自分は国王を支持しているつもりが、実際は皇国を支持する。

 となると、渚さんの場合は何でしょう。

 人間を殺す時に渚さんの嫌いな昆虫とかにでも見えているのかも知れませんね。

 まったく、碌なことをしないですね。魔族は――。


「今回も酷い目に遭いましたわね」

「アーン」


 ミカちゃんが意識を取り戻した後で、エリッサちゃんも僕のいる場所に愚痴を漏らしながら歩いてきました。

 まさか最初の通過点でこれほどの相手がいるとは思いませんでしたからね。

 おっと、そういえば竜の魔石を回収しないと。

 これから先、何があるかわかりません。

 早々に魔石を食べて戦力の底上げをしないとですね。

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