第151話税金の運用

 フローゼ姫が声を上げ泣き崩れた事で、彼女をその場に残し僕達は16の扉がある大部屋に戻ってきました。扉は円形の広間に円を描くように配置されています。今のうちに扉がどこに繋がっているのか調べるのも手ですが、万一にでも下手をうつとここの存在がばれてしまいます。


 事に及ぶには慎重を要するですね。


「やはりガンバラ王国で子猫ちゃんが言っていた通りでしたわね」

「騎士団長は王都には戻っていないにゃ」

「やはりサースドレイン子爵領ですね」


 国王の残した手紙がここに残されているという事は、フローゼ姫を騎士団長が探して連れてくると最後まで信じていたのでしょう。それは王都が陥落した際にこの地に騎士団長が居なかった、不在だった事の証明でもあります。


 王都での調査を終えたら、子爵領に急いだ方がいいかもしれませんね。

 国の盾と呼ばれる程の戦力を、皇国が黙って見過ごすとは考えられません。

 フローゼ姫の行方も追っているでしょうしね。

 王家の生き残りもまた黙って見過ごしていい存在では無いでしょうから。


 僕がミカちゃんとエリッサちゃんにこの場を任せ扉の先を虱潰しに調べようとした時です。左側にある扉の奥から風が入り込みました。

 僕の警戒は一気に高まります。

 ミカちゃんとエリッサちゃんはまだ気づいていません。

 僕は魔力を掌に集め爪を飛ばす準備をしました。

 ――その時です。

 扉から槍を構えた老人が飛び出してきたのは。


「やり過ごせたかと思えば遂に見つけられたか。陛下が最後まで守り抜いた民の金。盗人に渡す訳には行かぬ! 斯くなる上はこの爺やがお相手致す」


 なんでしょうか、急に現れて――警戒して損した気分ですね。

 そんな曲がった腰でどうやって力の入った一撃を繰り出せると言うんでしょう。

 ミカちゃんとエリッサちゃんもお爺さんに気づきますが、大方僕と似た様な反応です。呆気に取られて固まってしまいました。

 もしかしてそれが作戦とか……。

 それでも槍を構えている以上は、侮る訳にはいきませんね。

 相手の出方を窺っていると、奥の部屋から出てきたフローゼ姫が突然、そのお爺さんを視界に入れ叫びました。


「アンダーソンの爺やでは無いか。生きていたのか!」


 名前を呼ばれたお爺さんも僕達から視線を移し、声を発したフローゼ姫をその瞳に映すと――。


「姫様!」


 槍を投げ捨てフローゼ姫の方へと駆け出します。

 フローゼ姫も知っている人の様なので、僕達も警戒を解き2人の様子を静観する事にしました。

 フローゼ姫も駆け出し、丁度僕達の目の前で抱き合います。

 なるほど――フローゼ姫の好みは腰の曲がったお爺さんだったようです。

 どうりでガンバラ王国の王子に見向きもしない筈です。


 そんな冗談はさて置き、お爺さんとフローゼ姫が再会を喜んでいる所水を差す訳ではありませんが、何でここにお爺さんがいるのか訳を聞かなければいけません。


「それで何でお爺さんがこんな所にいるんでしょうか?」


 感動の再会に水を差された事を怒りもせずに、フローゼ姫もお爺さんに問いかけます。


「そうだ。何故こんな所に爺やがきているのだ? ここは王族しか入れないと思っていたのだが……」


 子猫である僕が人の言葉を話した事に驚かれ白く長い眉毛を見開かれますが、フローゼ姫からも問いかけられた事で、逡巡していたお爺さんは正気に戻り建国以来秘密にされてきた一族の話を語り始めました。


「そもそもアンドレア城が築かれたのは、我がアンダーソン家が興る頃と重なります。私奴で4代目になりますが、建国の頃より王家に仕えてきた我が家が何故貴族位を頂いておらなんだか姫様は疑問に思った事はありませんでしたかな?」


 なんだが複雑そうな話になってきましたね。

 そんな話よりもここに来た理由を知りたかったんですが……。


「確かに――王家に仕えている割に爵位がない事を不思議に思った事もあったが、執事の系譜であればさもありなんと思っていたぞ?」

「ふふ。建国当時の家来は皆貴族位を賜っているのにですかな?」

「それは今初めて聞いた話なんだが……」

「その話は追々という事で――我が家は陛下の命で諜報の役割を担っておりました。表向きは執事を輩出する系譜と見せかけ、裏では情報の収集、陛下直属の影の部隊として支えておりました。ここにやって来たのも陛下の意思を遂行する為でございます」

「父の意思だと――」

「はい。左様でございます。姫様は慈善事業と介護保障の名目で税を集めていた事はご存知でしたかな?」

「ああ、知っておる」

「では、介護保障の名目で集めた資金を税も満足に支払っていない孤児や、スラム街の住人に慈善事業として施しを与えていたのもご存じですね?」

「うむ。それがどうしたのだ?」

「税を払っていない者に施しを与えれば真面目に税を払っている者からの反発があるとは思いませんでしたかな?」

「それは妾も感じておった。だが賢王と名高い父の事だ。何か手があるのだと思っていたのだが……」

「民から集めた税をここに保管しているだけでは損失を補填できません。そこで私奴が窓口となり冒険者ギルド、商業ギルドの融資を必要としている者達へ資金を貸し付ける役目を陛下より仰せつかっておりました。その利息として支払われる代金で慈善事業を行っていたのです」


 何だか難しい話をしていますね。僕には興味の無い話ですが……。


「貸し付けたお金が必ず戻ってくるとは限らないのではないか?」


 そうですよ。お婆さんの隣の家の人が、借金が払えなくて夜逃げしたと聞いた事があります。逃げられたらどうするんでしょうね?


「姫様もご存じだと思いますが、借金が返せなければ年季奉公として国営の鉱山での労働となります。もちろん個人の場合は貸せる額に限度も御座いますし、奴隷程酷い環境では御座いません。それに小口の融資よりも商人で商いの拡大を図る商会への融資をメインで行っておりました。その貸付は順調に行われていたのですが……」


 不渡りでも出したんですかね?


「なるほどな……個人や商会へ貸付を行いその利息で孤児院やスラムの住人へ施しを行っていたと言う訳か。それで父上が亡くなってからはどうなっておるのだ?」

「はい。幸い貴族では無いアンダーソン家は鉱山送りを免れましたが、王家に近しい者という事で屋敷の捜索をされましてございます。現在も屋敷には見張りを立てられ外出の際は必ず追手が付いてまいります。そこで屋敷からでは無く、ここの数ある隠し通路を利用し孤児院やスラムの住人に教会を通して施しを行っていたのでございます。私奴が本日ここにやって来たのもその為でございました」


 という事はここの16ある扉は王城だけでは無く、市街へ抜ける事も可能という事ですね。それなら危険な橋を渡って王城に潜り込まなくても済みそうです。

 それにしても王都に辿り着いて最初の味方がこのお爺さんとは――。

 前途多難ですね。

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