II-04.二種類の妖獣

 私が「妖獣」という言葉を嫌う理由はいくつかある。それは、同じ妖獣にも二種類存在するから。もちろん妖獣の存在についてあまり詳しくない人間に説明するには妖獣、と言うだけで充分なので、全く「妖獣」という言葉を使わないわけではない。ただ、その二種類で生態は大きく異なる。


「わたしたち、半妖獣・・・だもんね」


 と香凛がわざわざ強調したのも、そういうことた。

 もともと様々な動物の化身であるアヤカシが人と一体化し、人間を喰うようになったのが妖獣だ。実際その存在が人間にとっての脅威として知られるようになった室町時代あたりには、妖獣、という呼称でまとめて扱われていた。

 しかし妖獣が増加してゆくにつれ、当然妖獣同士が出会い、子孫を残すこともあった。そして驚くべきことに、単に祖先が取り込んだアヤカシの血のみを持っている者より、両親がともに違う種類の妖獣であり、その子どもで二種類のアヤカシの血を持っている者の方が、圧倒的な強さを持つようになった。


 どうやら今まで知っていた妖獣に比べて一回り強い妖獣がいるらしい。そして、そいつらも人間を襲う。


 そう認知されたのがおおよそ、江戸時代ごろという記録がある。やがて妖獣側が区別するためか人間の側がより警戒するためか、両者は名前ではっきりと区別されるようになった。


 一種類のみアヤカシの血を持っている者は、半妖獣。

 二種類のアヤカシの血を持っている者は、四半妖獣。


 私は唐獅子の血を持つ半妖獣。香凛は獏の血が流れる半妖獣。ともに一種類しかアヤカシの血が流れていないことに、誇りを持っている。だからこそ「妖獣」とひとくくりにされることを嫌う。

 もしも私が男だったとして、香凛との間に子どもが生まれれば、その子は四半妖獣になる。人間の遺伝子に比べアヤカシの遺伝子は、千年ほど経った今でも強く生まれてくる子どもに作用する。半妖獣の間では暗黙の了解として、四半妖獣をこれ以上生み出してはならない、というものがあるのだ。


「……わたし少し気になったんだけど」

「ん?」


 香凛がお湯をすくい上げて自分の肩にかけながら、口を開いた。


「かおるんってそういう話した時、いつも自分が男だったら、って仮定するよね」

「え?」


 正直気にしたことがなかった。言われてみれば、『私が男だったら』という仮定しかしたことがない気がする。『香凛が男だったら』と考えたことはなかったかもしれない。


「何か理由があるのかな、ってちょっと思っただけ」

「それは……」


 考え出せばいろいろ出てくるかもしれない。もしかすると私は男として生まれたかったんじゃないかとか、もっと違う形で香凛と出会いたかったんじゃないかとか。だが、一つこれだけは確実に言える、ということを私は言うことにした。


「……香凛を守りたかったから。かな」

「おぉー男前ー」

「”男前”じゃない」

「……でも確かに、わたしが退妖獣使になる未来は、なかった気がするなあ」


 今でこそ香凛は元気だが、昔は病弱で、幼稚園や小学校で発作を起こして倒れる、なんてことはざらだった。代々花宮家の女は病弱な傾向があり、香凛も生まれつき肺が平均より小さく、充分な呼吸ができないらしい。そんな状態では敵となる妖獣を倒すことなど、到底できないだろう。


「だからかおるんが一緒に退妖獣使をやろう、って言ってくれた時は、すごく嬉しかった。もっとずっと、一緒にいられるって分かったから」


 って言ってもわたし翼になってるだけだから、役に立ててるかな、と香凛は付け加えた。


「役に立ってないって言ったら?」

「今日のかおるん、意地悪じゃない?」

「嘘。香凛がいなかったら、全然戦えてない。退妖獣使は一人で戦うもの、って常識も、ひっくり返してきたから」


 実際私が今、こうして退妖獣使としてやっていけているのも、香凛とタッグを組んだおかげだ。香凛が翼になって私を空に羽ばたかせ、機動力を上げる。私は香凛の指示を聞いて、的確に妖獣を狩っていく。おそらく私が今香凛なしで戦えと言われても、使い物にならないに違いない。


「そっか。なんか改めてそう言われると、嬉しい」


 香凛はにひひ、と私に笑いかけてみせた。こういう香凛の無邪気な笑顔をずっと見ていたい。私はそのために、香凛のそばにいるのかもしれない。


「ごめん。そろそろのぼせそうだから、先に出るね」


 香凛は本当に少し、ぼうっとした目をしていた。私も長い間入ったと感じたので、一緒に出ることにした。



「うーん、かわいい!」


 私が用意されたパジャマを着ると、香凛がそう言った。これも私があまりに花宮家に出入りするあまり用意されたものだ。香凛とおそろいになっている。


「かわいいって言いすぎ」

「女の子はかわいいって言われることが大事だからね。他の子のところに行かれても嫌だし」


 若干独占欲が強いのが、香凛の短所かもしれない。


「行かない。そもそも嫌いになったら仕事できないし」

「そんな理由で? もしかしてわたしの好きなとこ言えない?」

「えっと……」


 私は香凛と一緒にいることがほとんどだ。香凛と一緒にいない時を挙げる方が難しい。家族と一緒にいる時ぐらいではないか。だが家族と一緒にいる時さえ香凛が割り込んでくることもあるので、結局一番一緒にいるのは香凛だ。だからその状態が当たり前で、改めてそう聞かれると口ごもるしかなかった。


「……なんてね。わたしも言い切れないよ。言い切れないくらいが、ちょうどいいのかも」

「……」


 さ、このままだとしんみりしそうだし、寝よっか。

 香凛が話を打ち切って、そう言った。まだ寝る時間にしては少し早かったが、私も従うことにした。

 私が花宮家に泊まる時はいつも、香凛と一緒の部屋、一緒のベッドで寝る。そんなことしなくてもいいくらい部屋はあるのだが、ずっと広いベッドに一人で寝てきたから、ベッドを共有してみたい、と香凛が言うからだ。

 部屋はこれといってインテリアがどしどし置いてあるわけでもなく、むしろ質素な部類だ。その理由を尋ねると、今私たちがいるこの部屋は、本当の意味での『寝室』だから、ということだった。つまり、この部屋は寝るためだけの部屋。学校に行く用意をしたり、制服に着替えたりする場所は別にあるらしい。また、勉強部屋も別だそうだ。本物のお嬢様は規模が違う。


 ベッドに入ると、私は横向きに、香凛はうつ伏せになった。まるで仲の悪い夫婦のような寝方だが、私も香凛も、この寝相でないとうまく眠れない。それでいてその格好のままぽつぽつ話をするので、いよいよ離婚間近で仕方なくベッドを共有している仮面夫婦のようだ。


「……もうすぐ一年、か」

「早かったね。忙しいと、こんなものなのかな」

「この仕事を始めてみて気付いた。まだまだ世の中には、四半妖獣がいっぱいいる。人が喰われないようになる時代は、まだ遠いのかも」


 香凛は私が何の話をしようとしたのか、すぐに分かったらしかった。

 正確にいつか、覚えている。一年前の、四月十五日。私の十三歳の誕生日だったその日に、退妖獣使の仕事を始めた。もうすぐ十四歳になるということは、あれから一年経ったということも意味する。

 そのきっかけは、まだ私が小学校に入ったばかりの頃。もういつだったかは覚えていないが、ちょうど今日のような、少し暖かさを感じる春の夜だった。

 今でも時々、脳裏に浮かぶ光景。香凛と一緒に遊んだ帰りに私を出迎えた、玄関先にべっとりとついた血の跡。それが玄関のドアを開け、廊下にまでこびりついていた。

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