18:灯台下暗し
「Gメンとしての行動は基本二人一組のバディで行動してもらう。役割は状況により変化するが、藤崎。お前たちGメンはいわば『実行部隊』。表立って動く兵士としての役割だ。時には『オケリプ』での野良試合も起こりうる。まあ、お前のことだ、そこは心配ないだろう」
□□□
「Gメン以外には諜報活動を行う部隊も配置され、Gメンをバックアップする。……とのことだけど」
放課後、駅近くの喫茶店で大護はトマトジュースをストローでかき混ぜながら、盛大にため息をついた。行動前に有原から簡潔に説明された内容を思い出しながら、ふて腐れた顔をしている。
「……何でこの人とのバディになるんだろうねリリアン」
「俺じゃ不服かチビ」
向かいのテーブルにはふんぞり返るようにして座る永藤がいた。
喫茶店の客層は若者が中心で他校の制服も混じっている。この町のターミナルとして動くからには、当然客層は学生メインで活発である。
「仕方なかろう大護。ししねは翠子を送っていったのだから。まあ……気持ちは分からんでもないが」
『インデコ』の中からリリアンの声だけが届く。それに対し永藤は、
「分かってもらおうとは思いませ~ん」
ストローをくわえながらバカにした口調で笑う永藤に、また一つため息を落とす。この喫茶店にきてもう何度ため息をついたか数えるのも馬鹿らしかった。
「てか俺なんか気にしてていいわけ? 諜報部員からの情報だとそろそろだろ?」
そう言って視線だけを奥の席に向けた。ひっそりとした奥の隅にあるテーブルには一人の少女の後ろ姿があった。
「倉木、か……誰かと接点を持ってるって話じゃないか。でもあんな優等生お嬢様が何の因果で『スティグマ』暴走事件なんかに登場するかね」
「情報部員の人からもらった情報だと……」
と、大護は机の下でスマホのメモ欄を広げた。
「特定の人物と定期的にここで打ち合わせのような話をしているってデータだけ送られてきたけど……どうなんでしょう」
「情報部員がガセネタ掴んできてどうするんだ。その密会を俺たちGメンがどう処理するか。仕事はそれだ。お前はお前の仕事だけしてりゃいいんだよ」
言葉の最後に「阿呆が」とつけられ、大護のこめかみがピクピクと動き出す。永藤の挑発的な言動ばかりでフラストレーションはたまっていく。だが。
(……間違ったこと言ってるわけじゃないんだよなあ……)
情報部のことも、情報をきっちり現場へ運ぶという仕事をこなし、それを全面的に信頼した上で動けとのことなのだ。他所の部署など気にかけている暇など実際ない。
自分たちが現場の責任者。ラフな言葉やふざけた態度に隠れているが、永藤はっきりと心得ている。それが分かってしまうので、むやみに振り上げた拳を振り下ろせないでいるのがストレスだった。
「……おい、誰か来たぞ」
思わず顔を上げそうになったが、ここは慎重にとスマホをとりあえずテーブルに置き、さりげない仕草でグラスを手に取る。くいっと傾ける際に奥の席に着いたもう一人の人影を確認し、
「げぶらああ!」
「ぎゃああ汚ねえ!」
トマトジュースを喉に突っ返させ咳き込んでしまった。トマトの飛沫が永藤を襲う。
「目立つなって言ってんだろバカ!」
「す、すびばぜん……でもあれ」
なんとか喉を整えた大護は口元を手の甲で乱暴に拭い、険しい目つきを作った。
「あれ……岸下……さん?」
「あん?」
倉木の前に座ったのは、恰幅の良い体躯を持った一人の青年だった。忘れもしない。リリアンを鑑賞物にしようとした『元主』だ。
「あれま、もう警察から釈放されたのか? 確かあいつ、保護観察じゃなかったっけ」
言う永藤は、席の配列上背中に倉木たちの座るテーブルがあるため、思い切って振り向けない。その代わりか、スプーンを指に挟みぶらぶらとさせている。映り込む反射の映像で確認しているのだろうか。
「倉木さんが岸下さんとだなんて……どういう組み合わせだろう……」
「……うーん……」
今までおとなしかったリリアンが、何やら頭をひねっている様子だった。
「どうしたの、リリアン」
「むー。何か思考に霧がかかったような……どうにもスッキリせん」
「スッキリって……倉木さんと岸下さんの組み合わせ?」
「……うーん……」
応えようにもリリアン自身、明確な疑問点を見つけたわけではないようだ。とにかく、今は監視に徹底しようか。と思っていた矢先の出来事だった。
「ふざけないで! そんなの聞いてないわよ!」
店内に響き渡るほどのヒステリックな声が、倉木の口から飛び出した。それにびくりと顔を上げそうになる。
「い、いや……そうはいうけどよ……」
「話と違うじゃない! もういい、私は私でやる。連中にはそう伝えておいて」
怒り心頭、怒髪天を衝くとはこのことか。
伝票だけつかみ取りと、大護たちのテーブルには気付きもせずレジへと直行し、会計をすませ出て行った。その様子に大護たちだけではなく、店内にいたほぼ全員がぽかんとしていた。
「ま、ともかく収穫はあるんじゃないかね」
冷静になれていたのは永藤だけだった。すっと椅子から立ち上がると、何の遠慮もなしに苦い顔をしている岸下の元へと歩き出した。大護は慌てて後を追う。
「よう大将。相席いいかい?」
「あ、あ……?」
岸下は唐突に現れた永藤に困惑の顔を向ける。ドスの利いた威嚇もなく、返事を返す前に永藤は岸下の前に座ってしまう。
「ちょ、永藤さんってば!」
「ここで慎重になる必要はもうないだろうぜ。見張るターゲットそのものがいなくなっちまったんだからな」
「じゃ、じゃあ後を追わないと……」
「それより確かめることがある。追うのはそれからでいい」
サクサクとことを運ぶ永藤に、岸下は狼狽の色を見せ始めた。
大護のことは、当然覚えている。だからこそ今この場面で出てきた状況に理解が追いついてない。かろうじて、「な、なんだよお前ら……」とごく当たり前のリアクションをとるのがやっとであった。
「あんた、倉木と何を話してたんだ?」
徐々に騒ぎが収まりつつある店内で、パニックによる思考停止が解除された岸下は剣呑な雰囲気を身に纏う。圧力をかけ相手から舐められないようにする……普段からの心構えだろう。
「いきなり現れてずいぶんフレンドリーじゃねえか。……そっちのチビにも用事ができるかもな」
「アットホームな職場環境が我々のモットーでね……あんたは定期的にここで倉木と会っていた。違うかい?」
険しくしわを作る眉間がピクリと動く。岸下は煙草を取り出し唇にくわえた。
「……Gメンかよ。くそったれ」
「察しが良くて助かるよ。話を進めたい。協力は得られるか?」
「……」
「保護観中でさらに騒ぎを起こす……いくらお父さんが大企業のトップでも、こりゃ頭痛の種になりますなあ」
「ッチ!」
火をつけたばかりの煙草を、飲みかけのコーヒーカップに投げ入れる。
じゅ、と短く音が鳴った。岸下は腕を組んで背もたれにがっしりとした体格を預ける。
「あいつとは……倉木とは「ビジネス関係」だ。」
「ビジネス……取引の類いか?」
「そんなもんだ。俺が提供しあいつが使う。まあ、俺も提供される側だったんだがな」
じろりと岸下の目が、永藤の後ろに立つ大護に向けられた。
「何のビジネスかは後にして……どれくらい前から交流を持っていた?」
「え、そこ大事なことじゃあ……」
ビジネスという単語が浮かび上がり、途端うさんくさくなった。しかし永藤はそれをスルーして話を続ける。もちろん、大護にはひらひらと手を振るだけで相手にしてもらえない。
「丁度一年前ぐらいか……とある「商品」でな。出資者からサンプルをもらった。そいつをずいぶん気に入ったらしい」
一年前……すぐに暴れ狂うハリーが脳裏に浮かぶ。ハリーが暴走し始めたのが丁度一年前。しかしまた暴れる姿を目撃されるようになったのは、一年後の今である。
「……その「品」を定期的に購入、または譲渡していたと?」
「倉木は俺を経由してな。一年前はでかい獲物つり上げたとか喜んでたが、最近その「品」の要求が異常なほど多くなってな。流通口の俺もそうほいほいとやるわけにはいかん。ばれちゃおしまいだ」
がたり、と軽い音がした。振り返れば、リリアンが『インデコ』を抱えながら手近なテーブルに着地していた。その顔は、青ざめこわばっている。
「……岸下さん、まさか……」
「……っへ。俺も焼きが回ったよ。一年前……そして今倉木が持ってこいって無茶言ったのは自我を持った『スティグマ』を再調整する特殊アイテムだ。横からしゃしゃり出て、自分が主だと洗脳するのさ」
そっと、背中の翼を暖めるように大護は手をリリアンに添えた。指がリリアンの肩に触れたとき、小さな体は硬くこわばっていた。
「といっても即効性はない。何度も打ち続けて発芽するものだ。それの試験薬ってところか。俺はテストプレイヤーだったんだよ」
「その流通ルートを詳しく……あわよくばと俺たちは思ってるんだがね」
淡々と永藤が竹下の言葉を追う。
岸下は二本目の煙草に火をつけたところで両手を挙げた。大護と永藤は眉をひそめる。
「販売元は非合法グループ『タンタラ』。『スティグマ』をペットにする薬品……通称「杭」。
「……さっき倉木は「話と違う」と言っていたな。あれはどういう意味だ?」
永藤の顔から笑みが消えている。その視線を受けた岸下は小さなため息を落とした。
「いつまでもお熱を入れてる『スティグマ』が懐かねえってんでクレームいれてきたんだよ。「杭」は遅効性だ。徐々に養分を差し込んで刷り込みをかけなきゃ自我を持つ『スティグマ』には効果はねえ。一気に大量投与しちゃ自我が狂うぜ」
「……じゃあ、ハリーが今暴れてるのって……」
「大方乱暴に「杭」を打ち過ぎたな。暴走状態にあるようだが、当然だろうぜ」
辟易している。岸下はそんな顔で大護のつぶやきに返した。
「……リリアンにも、使ったんですか」
「……」
しばし煙草をくわえたまま、沈黙を身に纏っていた竹下だったが紫煙を吐き出しながらゆっくりと首を横に振った。
「活きの良いのが特徴だ、ご丁寧なメイドはいらねえぜ」
岸下はしばし煙草をくわえたまま、わずかな沈黙を置いた後、また吸い殻をコーヒーカップに捨てる。
「……では、貴様は何に「杭」を使っていたのだ」
リリアンは戸惑いの色を顔に出していた。
確かにリリアンは気がつけばすでに竹下の鑑賞物となっていたと言っていたが、その辺りの記憶は曖昧だったとも言っていた。「杭」を使われてもおかしくない状況であっただろう。
「っへ、さあな。そこまで話す義理も義務もねえぜ」
鼻で笑い、横柄な態度は相変わらずだが、嘘を言っているようには見えない。
では岸下はどういう意味で「テストプレイヤー」だったのか。
「思い出話は後にしろ。いくぞ藤崎」
「え、行くってどこへ!?」
「倉木追っかけるんだよ。明智がヤバい」
いつの間にかレジを済ませていた永藤は店を飛び出す。去り際に打った舌打ちは自分の選んだ選択ミスに対しての苛立ちだろう。事の真相を優先し、安全義務を怠った結果となった。それが永藤を急がせていた。
「……リリアン」
「大丈夫だ。元がどうであれ、今は貴様がいる」
岸下にひたりと視線を向ける横顔には、もう戸惑いの色は含まれていなかった。毅然と、いつも凜々しくあった高貴なる意志が双眸に宿っている。
「我らも追うぞ。友人の危機だ」
「……うん!」
大護は『インデコ』を手に取りリリアンを肩に乗せて走った。からん、とベルが鳴るドアを眺めながら、岸下は三本目の煙草を取り出す。
「ッチ。ずいぶん活き活きしてやがるぜ。「杭」を入れなかったのは正解だったか」
煙を吐くと、岸下は首を鳴らし、幾分かリラックスしたように座り直した。
「とはいえしかし……いずれ「あっち」にも捜査の手は届く、か。胴元のあんたはそこをどう切り抜けるかねえ」
一人クツクツと笑う岸下だった。店内は全面禁煙の喫茶店だが誰もが竹下を恐れ、注意の一つもできずにいた。
□□□
「一年間だ」
街路樹の先を走っていた永藤に合流すると、永藤は更に速度を上げて走り出した。
「俺たちはハリーが暴れてからの一年を全く見当違いの見方をしていたんだ」
「な、なんです急に」
走りながらの会話は息を吐くのも辛くなる。大護も併走しながら永藤の言葉を拾おうと必死だった。
「ハリーは何らかの細工をされて一年間の空白を作ったわけじゃないってことだ」
「話が見えません、どういう意味ですか!?」
「ハリーには自我があった。ただそれだけのことだったんだよ!」
続……
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