特命機装遊撃隊
小松多聞
第1話 お嬢様、幼年学校騒動記 前編
青い惑星の一部で、彼らの種族は危機に瀕していた。
敵は彼らより残酷な知恵を持ち、火と道具を使い、巧妙に集団で待ち伏せる。力は幾分弱いが、戦うすべを心得ていた。そして酷薄だった。
その新種族の出現で、温厚な古い種族は少しづつ狩られ追い詰められ、殺されて行き、ついにこの惑星の数か所に少数の集団だけが残された。
彼らから新種族を攻撃することはほぼない。しかし餌をもとめて、対立することも少なくなかった。新種族は、この星唯一の知的生命から誕生したのである。同じものを食べている。まだ農耕などと言うものは、思いつきもしない時代である。狩猟場の競合する相手は、実力で排除するしかなかった。
引き締まった新種族は知恵が回るが恐怖心が強かった。温厚だが力の強い先住種族を恐れた。新旧の種族も一部では交配も行われ、共存の道も模索された。しかし多くは、追い詰められ殺されるか餓死するしかなかった。
聞いたこともない叫び声が近づいてくる。毛皮の服をまとい、毛皮で足をまいた十数人は、石の矢じりのついた長い槍を持って、身を低くして追ってくる。
先住種族はこの星で、もうさほど残ってはいまい。彼らの持つ脆弱な槍も半分は折れ、素足は傷つき血を流している。横手からも叫び声が迫ってくる。
走り回り、くたびれた者たちは驚いた。囲まれつつあるらしい。周囲は山腹の岩場である。高い禿山の頂は、雪をかぶっている。
逃げる一行の中には、女が一人、子供も二人混じっている。捕まれば、殺される可能性が高いのだ。まれに子供などは、彼らのコミユニティに「飼われる」こともあった。逃げる仲間をひきいていた老いた族長は、この岩場を越えれば低木の森があることを知っていた。そこへ逃げ込めば仲間もいる。恐らく安全だった。
「ああ……」
先頭をあるいていた若者が、声をあげて指さした、行く手の低い岩山のむこうに、いくつもの黒い影が見える。明らかに敵だった。待ち伏せされていた。ついに彼らは囲まれたのだ。そのことを知った者たちは、絶望的な叫び声をあげた。
族長はまだ戦えるもの五人に、槍を構えさせた。たとえ滅ぼされるにしても、精一杯たたかって死にたかった。その前に女子供を「始末」するしかなかった。
女は我が子を抱きしめ、泣き出した。もう一人の若い女はひざまずいて嗚咽しだした。引き締まった肉体をもつ敵の数は約倍、完全に囲まれていた。逃げるすべはない。こうして仲間の多くが、滅ぼされたのだ。自分たちも仲間のあとを追うしかないのか。族長は怒りと悲しみの中で、涙を流した。彼らの信じる神に最後の祈りを捧げようとした。
ふと、なにかを感じた。戦いに身構える若者たち、傷ついたもの、女子供もなにかにを感じ、驚いて天を仰いだ。雪を頂く山の上の方は雲に覆われている。その厚い雲の中で、なにかが輝きだした。
その輝きはしだいにましていく。古き種族を取り巻く、百人近い人々も低く垂れこめた厚い雲を見上げる。瞳孔を見開き、呆然とするしかない。彼らはすでに神と言うものを信じていた。雲の輝きはますます増し、光があふれ始めた。
取り囲んだ人々はほとんどが恐れおののき、その場にひれ伏しだした。
雲からあふれた光の真下にたたずむ十人足らずの「先住部族」たちは、唖然として輝きを見上げたまま、次第に光に包まれていく。
不思議と恐れは感じなかった。その光に「救い」すら感じていた。そして奇跡が訪れた。その奇跡を目撃、体験した幸運な部族はまだほかにもいたのであ。
こうして彼ら失われ行く種族数百人は、光に包まれて長い旅に出たのである。
たどりついたのは故郷に似た風景の別天地だった。そこで彼らの新たな、適度に過酷で適度に穏やかな新生活がはじまった。天敵はほとんどいない。かくて幾百世代が過ぎ、その種族は増え続け、独自の文明を築くにいたったのである。
今夜は星が多いな。
十日に一度の夜間歩哨勤務に立っていたミーマは、夜空を見上げてそんなことを思った。
やや小柄だがバランスのとれた姿態である。手足が長く、写真だと長身に見えた。痩せ型だがグラマラス、顔立ちは人工的にすら思える。自ら「完璧美少女」と呼んでいて、人にもそう呼ぶことを「強制」したりもする。
美人は何をやっても許され、かならず歴史に名を刻む。そう固く信じていた。
ミーマは開襟長袖のシャツと乗馬靴、頭には庇のついた略帽をかぶり、棍棒を持ち短剣を身に着け、カンテラ一つで定められたルートを夜間巡検していた。
軍立幼年学校正門は夜間、厳重に閉じられている。夜間歩哨は最初と最後、その衛兵詰所で当直下士官に巡検報告をすることになっている。
今夜の第二警にあたったミーマは、詰所に出頭報告した。
「二号生徒ミーマ、今夜の第二夜警任務につきます」などと申告した。そして右手に棍棒、左手にカンテラを下げて、寄宿舎を見て回るのである。
幼年学校は「御一新」後五十年を記念して、国軍が作った。もう七十年の伝統を誇る、幹部軍人養成学校である。一般義務教育を経て十五歳から入校できるが、やはりどうしても荘園主階級や高級将校の子弟が多い。制服などは自弁である。
女性に門戸を開いたのは「御一新」百年を記念した二十年ほど前からで、以来毎年二三人の女子生徒が入ってくる。執政殿下の発案とも言われている。
ミーマの年度は三人だった。寄宿舎は別で、カルキュラムも少し異なる。
彼女は規定通り、最上級の一号生徒棟を回り、続いて二号生徒の大部屋を巡検し、最後は最下級の三号生徒の大部屋を回る。
「ううむ、今年の新入生も不作ね。わたしにあう、眉目秀麗で聡明かつ名門の貴公子様はいないものかしら。いても大業の邪魔だけどね。むっははは」
照明は消えていても、何人かはベッドの中で起きていた。
ミーマはそのたぐいまれな容姿で、三号生徒などには人気があった。しかし同期である二号生徒三十人余は、彼女の傲慢でやや狂的な本性を熟知し、恐れて近づかない。優秀な大佐だった父親の代わりに武人の家を継ぐと言って、入校してきた。
性格はさておき、学科でも戦闘実技でも抜群の成績だった。また学校長マギステル大佐は、ミーマの父プロブスを「命の恩人」と呼び、その娘に中々キツくはあたれない。
ミーマは前の夜警の時のように、校舎裏手の厨房にむかった。大きな厨房には生徒ではなく兵士が寝泊まりし、夜明け前から朝食の準備に入る。
この頃学校の食料倉庫に、しばし生徒が侵入して食べ物を盗む事件が起きていた。またこのところ、いまだ定住を嫌がる漂白民などが忍び込んで、食材を盗むなどしていた。ミーマが倉庫に近づくと、ガサゴソと音がする。
「……また来てるな」
ミーマは棍棒とアルコール・カンテラを持って古い倉庫の裏手に回った。そして板が一枚外されているところへ近づき、小さく呼ぶ。
「おい、中で食料あさっている諸君」
カンテラで倉庫の中を照らすと、小さな影二つが凍りつく。まだ十代はじめの男女が、寄り添うように立ち尽くしている。素足だが、みすぼらしくはない。
赤を基調とした清潔な民族衣装は、やはり漂泊民のものだった。
「心配しなくてもいいわ。大人しく出て来なさい」
兄妹らしいふたりは、おずおずと出てきた。
小顔で色黒の女の子の眼は、怯えている。
「草原の民ね。また香辛料あさりにきたな」
この国には「草原の民」「川の民」など、少なからぬ漂泊民がいた。
彼らは御一新以降の文明制度、貨幣経済や新国字使用を嫌い、戸籍にのることも納税も拒否している。
漂泊民と呼ばれるが山の中や草原に、独自のテント村を作り、小規模の農耕もしている。政府は御一新前の伝統を守るため、彼らを一応大目に見ていた。
しかし貨幣をつかわないので、香辛料や医薬品などの入手に困り、こうして食料倉庫でスパイス、時には酒などを「しっけい」して行く。
二人は怯えつつ、外に出た。この「アヴォン・オタ・メイ」は緯度的に年中温暖であり、夜でも暖かいが、この季節はやや風が吹く。
ミーマは棍棒を壁にたてかけると、乗馬ズボンのポケットから硬貨を数枚取り出し、投げた。国家アヴォン発行の正貨である。男の子は驚き、それをひろう。
「それだけあれば薬でも香辛料でもかなり買える。わたしの時は盗みに入るな。
立場上、君たちをつかまえなくちゃなんないからね」
「あ、ありがとう」
と女の子が言った。少し発音が妙だった。彼らは御一新後の「新国語」よりも、もともとの民族語を使う。彼らの先祖が「降臨」して以来の言葉だと言う。
「あと、あさってはおおいに盗んでいいよ。ちょっと嫌な奴が夜警に立つからね」
兄らしい男の子が言った。精悍な顔立ちの美少年だった。
「あんた、ミーマ様だね。兄貴が言ってた、キレイだけど変な人って」
「……ヘンは余計だ。きれいってのは褒め言葉じゃないわ。当然の形容詞よ。
さ、板を戻して戻りなさい。薬は街でも買えるけど、田舎の方が安いわよ」
漂泊民の二人は、高い塀を器用に乗り越え、夜の闇に消えて行った。
名門であることを誇る彼女だが、不思議なほど身分にかまわず、誰とでも気軽に付き合う。貴族に属する荘園領主仲間では、そのことが一番問題にされていた。
「貴族制がおかしいのよ。単なる世襲の寄生階級じゃない。子弟の大半はノロマだし。わたしのように本当に尊い貴人だけ、貴族にすりゃいいのに」
などと日ごろ言い、貴族資格試験が必要と主張していた。
この日、ミーマは深夜の第二警を終え、朝までの第三警にあたる男子二号生徒と交替、女性三人が入る宿舎に戻った。
翌朝、また倉庫に通じる塀周辺ではだしの足跡が見つかった。食品納入業者が見つけて、学校に報告していた。しかし被害はなく、学校側は不思議がった。
朝礼と体操のあと、学習がはじまる。午前中は座学や実験、午後は実技が多い。
朝、ひとくさりいつもの朝礼でありきたりな演説をしたマギステル大佐は、学校長室で炊事責任者の伍長から、泥棒の話を聞いた。
「もう半年ほど、どこからか入るのかちょくちょく香辛料や、貴重な果物が盗まれています。
昨夜も草の民のものらしい足跡が見つかりました。でも何も盗まれていません」
「まあ学生が腹をすかせてやってるのなら大目にもみたいが、漂泊民とはなあ。
それで、昨日は本当になにもとられなかったのだね。よく調べたね」
「……まあ、二号生徒のミーマが夜警の時は、なにもとられないんです」
「なにい。プロブス大佐の問題娘が、手引きしているのか」
「いえ、噂だと、金をやって追い返しているとか。つかまえずに」
腹が出て、頭の中央がはげた大佐は少し驚いた。
「……まあ、やりかねんな。まったく成績はいいんだがな。恩義ある大佐の娘さんなので大目に見ていたら、最近はちょっとひどいな」
被害がなかったこともあり、炊事班長の伍長に、今回は不問にしろと命じた。同時に、いそいで倉庫の点検修理をすることも命じていた。
先月もあの傲慢で美しく、厚かましい問題二号生徒は、学校長室にねじこんできた。この一月末、「降臨維新」「御一新」で世界が文明開化を迎え、百二十年となった。そこで各地でパレードなど行事が行われた。
国軍も執政殿下御臨席の元、首都宮殿広場で大々的なパレードを行った。
幼年学校は卒業を控えた一号生徒と、二か年で卒業する特待生徒が参加したが、そのさい、新開発兵器である機装砲はまだ出なかった。そのことでミーマか、学校長室へ「意見具申」と称して抗議に来たのである。
その時の抗議の様子を、学校長は思い出していた。
「今や四脚歩行砲は、新時代の花形になりつつあります。それをまだ新参者扱いし、騎兵と歩兵ばかりのパレードはいかがなものか」
確かに今回、機装自行砲も参加させよとの意見もあった。しかし荘園貴族の多い騎兵将校中心に、やはり耳馬の騎兵が「花形」と言う意見が多かった。
この国の南の国境地帯は山岳部と密林が多く、その中で賢い耳馬は役に立つ。しかしここ二年ほどで勃興してきた南のイマニムでは、無限軌道車を開発しているとも言う。
機装砲は四本の脚でのし歩く砲塔である。もともと山岳部や密林で木材などを運ぶために開発された、四脚歩行運送機械であり、速度は遅い。それに砲塔をのせることを考えたのは、三年ほど前だった。四脚歩行は荒れ地や山岳地帯のみで、草原や道路では脚を二つにたたみ、底についた三つの車輪で走行も出来る。
しかしまだその運用方法は固まっておらず、実戦成績もない新兵器だった。
幼年学校や士官学校の生徒もたいていはます騎兵、続いて食事のいい海洋兵を志願し、次に砲兵か歩兵の人気が高い。
機装砲などと言う得体の知れない兵器を志願する者は、ほとんどいなかった。
「あの、ミーマ様」
おずおずそう声をかけたのは、同室の二号生徒、小柄なラウキタースである。
声が女にしては低く、いささかしゃがれている。父が失業し、お金のいらない高等教育機関として幼年学校を選んだ。没落豪農の末娘だった。
「なんだい、また試験のヤマかしら」
ミーマは自分にかしづくものを、わりと庇う。批判する者は無視する。ラウキタースは夕食後の自由時間に、自習室で「お嬢様」に頼んだ。
「よろしい、教科書を出してごらん」
ミーマは付箋をところどころはさんで、明日の試験に出そうな箇所を示した。
「あ、ありがとうございます。いつも助かります」
「今夜は寝るんじゃないよ。わたしはたっぷり寝るけどね」
そして彼女の勘は、七割から八割当たる。ミーマ自身は試験対策などしないが。
翌朝、ほとんどの二号生徒が寝ずに朝から試験にのぞむ。数学、新国語、歴史、哲学から戦史、戦術概論など御前中みっちりと試験が続く。一号生徒と教官の監視の下、みな真剣である。
しかしミーマはたいてい時間半ばで提出し、一度廊下に出て長椅子で転寝などしているのである。そして第一学年たる三号生と二号生を通じて、成績は常にトップクラスだった。実技の成績もいいが、素行と態度が足をひっぱっている。
「ありがとうございます。アルバと徹夜で頑張ったかいがありました!」
昼やすみにラウキタースがお礼に来た。眠そうだが嬉しそうだ。
「あたりまえよ。午後の実技、がんばってね。今は少しでも眠っておきなさい」
さすがに射撃、格闘技、一般体操などでの指導は出来なかった。男でも扱いに手間取る小銃で、ミーマは第二位の成績をおさめた。
そして銃剣術と剣術では、一番だった。御一新ではそれまでの片手刀から、両手でつかむ「新刀」にうつっている。実戦的で、この国の特技とも言えた。
馬術でも、ミーマは学年二位の成績を収めた。しかし学年一番はあのしゃがれ声のラウキタースだった。
人語を解する耳の長い馬は、なぜかこの小柄な少女になつくのである。
「ふむ、ケモノに慕われるとは、なかなかね」
などとミーマは笑った。ともかく成績だけはよかった。
「およびですか」
進級、卒業検定の終わった翌日、人事担当教官の中尉が、学校長室に呼ばれた。
「二号生徒の成績の結果はどうだ」
「はあ。まだ暫定的な集計ですが、学科と実技の総合点数では、ミーマかと」
「なるほど、好都合だな」
「は?」
「二号生徒主席となれば、特別措置の候補生となる
「!……つまり、二年で卒業させるのですか。本人は進級を希望のようですが」
「もう面倒みきれない。一号生徒になったら、ますますつけあがるぞ」
テスト成績の考課中、最後の関門である士官学校生徒による口頭試問が行われ、ミーマも生徒隊副長の徽章をつけて、試験を受けた。
一号生徒の卒業検定の場合、教官と参謀本部の現役参謀が試験を出す。
しかし二号生徒の進級諮問の場合、士官学校からさほど年齢も変わらない新米曹長などがやってきて、青臭い質問を出す。それを教官が補助する。
カーキ色詰襟の制服に、生徒は黒い肩章をつける。略帽ではなく正式のケピ帽をかぶり、ミーマは大会議室に通じるドアの前で、叫んだ。
「二号生徒、生徒隊副長ミーマ、入ります」
「おう」
中から若い声がする。帽子を脇に挟み、ドアをあけた。机も椅子も片付けられた広い会議室の端に、椅子が四つ置かれている。
士官学校の成績優秀な生徒下士官二人、幼年学校教務主任、そして教育総監部から派遣された中年の将校が座っている。
ミーマは一礼し、四人の試験官が並ぶ前に、直立不動で立った。
「楽にしてよし」
中央のまだ二十歳前後らしい、細面の曹長が言った。
「まず、御一新後、我が国がかかわった主な戦役にいて、簡単にのべよ」
ミーマは七大戦役と呼ばれる戦いを、教科書にそって話した。
「ふむ。噂通りだな。問題児らしいが、さすが最優秀生徒だ」
となりに座る、やはり曹長の徽章をつけた眼鏡の青年が言った。
「貴様はこの学校では有名な問題児だそうだな。眉目秀麗成績抜群、しかし傲岸不遜で我が道を行く。
その周囲からの評価について、貴様自身はどう考えてるのかな」
ミーマはニヤリとした。
「名誉であります。その理由を申し上げます。ともかく小規模集団では目立ち、注目されたほうが何かと有利です。
集団に埋没してしまうようでは、将来よい統率者になれません。
問題児、傲慢、変人、美人過ぎる……いろいろ噂されますが慣れております」
「ふ、噂通りだな。たいしたものだ。物言いも十六歳とは思えない」
「ありがとうございます」
「では聞くが、最近のイマニムの軍事力の過激な増強についてどう考えるか」
義務教育を終えた程度の女性には難しすぎる質問だった。
ミーマは数秒間考え、答えた。
「イマニムは南方の農業王国でした。それが二年前の突然の革命以来、王家の去就も判らず、一党独裁体制で人民を弾圧しつつ、驚異的に科学力を発展させています。あたかも、百二十年前の降臨維新後の我が国のように」
降臨維新で「光の船」の訪れたのは、この国「アヴォン・オタ・メイ」の内海だった。それまでオタ・メイは、大陸の西端に位置する穏やかな農業国家だった。 しかし天の神仙たちが伝えた技術によって、真っ先に文明開化を迎えた。それが「御一新」と呼ばれる。
現在は大陸全土を覆う「新技術」「新制度」だが、南の赤道地方に広がるイマニムは、国土を覆うジャングルの為に発展が遅れていたのだった。
「政府や有識者、いや軍の一部にすら科学技術の発展著しいイマニムを、たたえる者が少なくない。しかしかの国の知識階級の亡命も、増えているらしいな」
士官学校生がそんなことを言い出したので端にいたベテラン将校は少し驚いた。
「まあ、汚い真似をして財産作った成金にでも、憧れへつらう人はたくさんいますからね。
でも、敬愛を受けていた王族を追放、処刑して、伝統的な宗教や伝統を否定し、信心深い国民を弾圧し、強制的に工場労働や非伝統的な農業に従事させています。
確かに国力、特に軍事力の伸長は目覚ましいようです。最近では我が隣国、牧羊しか産業のない穏やかなケン・イン国でのクーデターをあおってますわね。
でも残酷で非道な連中は、いつか天の裁きを受けます。我が国はむしろイマニムの侵略に備え、機動力を充実させた新国軍を編成すべきです」
士官学校では生徒総代補もつとめる曹長は、丸い眼鏡の奥で目を光らせた。
「……君は実運用方法について模索中の機装砲が、騎兵にとってかわるべき新時代の花形だと信じているそうだね。それは君の父上の考えかね」
「いえ。予備役の父は、勇敢ですが古いタイプの将校です。執政殿下にいただいた軍刀にも毎朝敬礼しているような。
そして若い頃は騎兵部隊の教官でした。新兵器としての気球や、平底砲艦との共同訓練にもやや否定的みたいです。
我が父を恩人とたたえる人も多いのに、残念です。
そして機装自行砲など、他の将校と同じく、木材運搬装置に砲を乗せたもの程度にしか考えていませんわ。この美しく聡明な私の父上とも思えない。
でもまあ、あの新兵器の価値が判るの、国軍十七万人の中でもきわめて開明的な、わたしのようなごく少数者ぐらいでしょう。むほほほほほ」
他の三人の諮問官は少し不愉快そうな顔を見せたが、質問した眼鏡の曹長は、冷たい笑みを浮かべた。士官学校はじまって以来の俊英と言われている。
「時間になった。最後に聞こう。これは諮問と言うより、質問だ。
君ならあの、二人乗りの機械をどう運用するかな。実は士官学校でも一部の生徒が、あの画期的な兵器の運用について研究している。
騎兵といっしょに突撃させ、砲で援護させろと言うんだが」
「騎兵には騎兵砲があります。それに戦闘時の四脚歩行では、まだまだ騎兵の突撃速度にはついて行けません。せいぜい騎兵砲の補助ぐらいかしら。
だいいち目立って目標にされます。
またその重さゆえに、沼沢地などでの行動は不可能と思われます。
ですから、機装砲数機による独立した部隊を作るべきです。それに燃料及び野営資材などを積んだ、運搬専用歩行機などをつけて」
「独立機動砲兵としての運用かな」
と興味ぶかそうに聞いたのは教育総監部の将校だった。元砲兵科の人物らしい。
「それも、せっかくの脚力を無駄にしてしまいます。機装砲の特製をもう少し研究して……そうですね。神出鬼没の遊撃部隊なんてのがいいかしら。
つまり……言わば機装遊撃隊ですね」
二日後、一号生徒の卒業検定、二号・三号生徒の進級試験結果が発表された。
二号生徒のトップは、某少佐の息子だった。ミーマは二番である。口頭試問の成績が、芳しくなかったとの噂が立った。
三番までの成績の二号生徒は一号への進級と、希望によっては士官学校への繰り上げ入学、まれに部隊への配置などが選択できる。
「おめでとうこざいます」
ミーマの指導でそこそこの成績だったラウキタースが、嬉しそうに礼を言う。
「でも噂だと、ミーマ様は学校長推薦で、そのまま士官学校って噂もあります」
「ふん、厄介払いしたいわけね。予言者はいつの時代でも迫害されるのよ」
「女性士官はまだまだ少ないし、名誉ですね。わたしは、悲しいけど」
「ふふ、喜んでいる人の方が多いかもね。士官学校行って、こちこちの保守派にチヤホヤされても面白くないな。まあ崇敬したくなるのは判るけどね。
そう、確か通常勤務も希望出来るのよね。二号特別卒業だと、振り出しはまず軍曹。あとはうまくいきゃトントン拍子。特に将校子弟は有利よね。
おまけこの美貌。むふふふふふふふふふ」
「でも女性で二年卒業、しかも現役志願って言うの、珍しいですよ。
一応戦時の為の特別措置と聞いてますけど、今は平時ですし」
「このまま一号進級しても、士官学校行っても、国軍の基本方針に従った洗脳が続くだけよ。古臭い問答無用の叩き込み、詰め込み教育でね。
謎めいたイマニムが隣国ケン・インに手をのばし、戦火のおさまらない北方のウキリ・アットにまで触手を伸ばしていると言うのに」
イマニムは、パンゲア大陸の南に広がる、面積だけは最大の国家だった。しかし赤道地帯は鬱蒼たる密林で、南の大洋に面した沿岸地帯と、比較的工業化が進む北部地帯ではあまり人の行き来がない。王族を司祭とする宗教王国でもあった。
オタ・メイとは過去、しばし小規模な衝突もおきていた。それが三年ほど前から急速に技術革新と工業化が進みだした。二年前に進歩派による革命がおき、軍国化も進んでいる。最近では、オタ・メイとの国境地帯での活動も盛んである。
この日の午後、ミーマはマギステル学校長室に呼ばれた。
「知ってのようにお父上、プロブス大佐には若い頃、命を救われてね。だからワシも君のことは大変心配しておる。それがこの好成績だ」
学校長はミーマを持ち上げ、いよいよ幼年学校長推薦で、士官学校へ追い出そうとしだした。確かに二年終了で士官学校へすすめるものは二三年に一人、女性でははじめてと言う名誉だった。学校長はこの美しい傲慢娘が喜ぶと信じていた。
「ありがとうございます。しかし今の国軍士官学校でも、わたしの学びたいことは学べないと思います。わたしを理解できる教官も、おられないでしょう」
「……ましてこの幼年学校では、無理と言うことかね」
「はい! ですからわたしは、第三の道を選んで学校長殿や教官殿を喜ばせたいと思います。つまり、現役勤務を!」
オタ・メイ国軍参謀本部は首都ラティパックの北郊にある。柱の多い豪壮な建物で、大鳥が翼を広げたような形の建物だった。
中心部は作戦部作戦課で、軍大学校を最高成績で出たエリートの梁山泊だった。それだけに自信過剰でプライドが高く、威勢のいい精神主義に陥りがちだった。
「プロブス大佐がいたころは、作戦課ももう少し謙虚だったのに」
ヘルバ中佐は情報連絡会議を終えた後、大会議室から中央部の禿げた頭をかきつつ、出てきた。軍人らしからぬ物腰で、新しい考え方の出来る才人だった。
オタ・メイ周辺の軍事情報を月に二度、参謀本部各部署に説明する定期会議で、中央情報部長少将にかわって、情報部の重鎮で海外情勢に詳しいこの中佐が説明することか多かった。しかしあいかわらず若い作戦参謀ほど頭が固い。教科書通りの物の味方しかしない。
「兵棋演習と実戦の違いが判っていない。なによりも情報こそが大切なのに」
情報連絡会議後のお茶会に出る気もせず、隣接する憲兵本部棟にある中央情報部に戻ろうと、中央大階段へと向かった。
廊下におかれた長椅子に座っていた若い将校が立ち上がり、敬礼する。髪の短い、精悍な顔立ちの女性大尉だった。目つきのするどい美人である。
「ヘルバ中佐。御久し振りです」
「ああ、フィーデンティア大尉か、昇進おめでとう。このご時世、大変な部署に来たもんだが、よろしく頼む。軍主流からは離れてしまうがなあ」
「ありがとうございます。自分は大学校を出ておりませんのに、参謀本部勤務が出来るとは思っていませんでした。しかも教育総監部兼務とは」
「まあ固くなるな。フォッサ少佐が君の毅然とした態度と、自分も含めて冷静にかつ客観的に見つめられる能力をほめとった。
本部と言っても情報部はのけ者だがな。
いろいろと修行も大変だが、がんばってくれたまえ」
二人は石造りの大きな階段をおりはじめた。
「フォッサ少佐からお聞きしたのですが、イマニムの軍事技術の驚異的進歩は、もう否定しがたいとのことですね。我が国にとってはまさに脅威です」
「…参謀本部首脳、わけても作戦部は噂、または奴らの宣伝にすぎんと笑ってる。
確かに二年前の革命以来、イマニム内部の情報は閉ざされている。しかし事実上傀儡化された隣国ケン・インの地下抵抗勢力から次々ともたらされる情報を総合すると、イマニムの科学力は我が国をはるかに凌駕しだした。
これはゆゆしき事態だ」
「こちらからも情報工作員を出して、探らせはしないのですか」
「下手に相手を刺激するなとの、上の命令だ。地道に国境地帯で情報収集するか」
「…いっそのこと、小規模な戦闘も必要かも知れません。相手の実力を知る為に」
精悍な美人がそんなことを言ったので、中佐は驚いてその顔を見つめた。
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