なにわナンバー

 翌日、伊刈はチームを率いて再び高岩町の捨て場に直行した。

 「やっぱり今日もやってるみたいすね」林道に入ると長嶋が様子を伺いながら言った。

 「所轄も調べてるんでしょう」

 「ええもちろんです。白昼堂々とダンプを呼び込んでるし、ほかの現場とは毛色が違いますからね」

 「なにわナンバーの名義人はわかりましたか」

 「これはまだ内緒なんですが名義人は稜友会系の構成員でした。ところが当人は死んでるんです」

 「死んだヤクザの車か。ますますいやな感じだな」

 「そうとうやばそうな現場なんで所轄も警戒してます」

 「そんな現場に丸腰で立ち入って大丈夫なんですか」遠鐘が不安そうに言った。

 林道が切れると問題の捨て場が現れた。まだ数日しか経っていないのに明らかに産廃の量が増え、既に山ができ始めていた。

 「すごいことになってますね」初めて現場を見た遠鐘がびっくりしたように言った。

 「とにかくやめさせないとな」伊刈は車を降りると先頭を切って現場に向かった。すぐ後に長嶋が付き添い、少し遅れて遠鐘がカメラを構えながら続いた。

 「なんだまたお前らかよ。何の用だよ」前回と同じチンピラがユンボのオペを中断して運転席から降りるなり大声で啖呵を切った。

 「許可があるって言ってたけど、やっぱりここの許可は何もありませんよ。産廃の搬入はやめてもらえますか」伊刈が指導を始めた。

 「買ったっつってんだろうよ」男は斜に構えて片足をわざとらしく貧乏ゆすりしながら言った。

 「買ったという会社に昨日行ってきたけど犬咬の処分場を売り込まれたけど買わなかったそうだよ」

 「ざけんなよ。どこの会社に行ってきたっつうんだよ」

 「幸徳の産廃業者だけど」

 「笑わせんなよ。俺の親父が買ったんだよ。幸徳の会社なんか関係ねえんだよ」

 「お父さんの会社ってのはどこですか」

 「どこだっていいだろうよ」

 「調べればすぐにわかるよ」

 「じゃあ調べればいいじゃねえかよ。俺は言わねえよ。さっさと帰れよ」

 「言えない事情があるのかな」

 「るせえな。親父が言うなっつうから言わねえんだよ」

 「お父さんが買ったんならお父さんの会社のゴミを集めてるんだね」

 「どっからゴミが来るかなんか知らねえよ。親父がちゃんと役所には届け出たっつってんだから問題ねえじゃんかよ」

 「ここの土地の名義を調べたけど錯誤登記で元の地主に戻ってる。誰も買ってないってことだと思いますよ」自社処分場や不法投棄現場となる山林や農地は地主からいったん買い上げても埋立てが終わるとまた地主に返す約束になっていることが多かった。登記名義を錯誤登記で元の地主に戻せば登録免許税や譲渡所得税を免れることができた。

 「だからどうしたんだよ。面倒くせえなあ。もう帰れよ。俺は忙しいんだよ。ちゃんと仕事しねえと親父に殺されっだろう」

 「それじゃお父さんに挨拶に行きますよ。どこにいるか教えてもらえますか」

 「おらおら邪魔だって言ったよなあ。いい加減にしねえと俺も切れんぞ」男が肩を怒らせて伊刈に詰め寄った。すかさず長嶋が二人の間に割って入った。

 「おいいい加減にしろ」

 「あんたはなんだ。すっこんでろよ」眉間に皺を寄せて長嶋にメンチを切ったものの、警察官の威圧を感じ取って振り上げた拳をなよなよと下げた。

 「やめとけって言ってんだろう」逆に長嶋がメンチを切り返した。

 「因縁つけてんのはてめえらのほうだろう。これ以上仕事の邪魔すんならただおかねえぞ」

 「やってみろよ」長嶋も後に引かなかった。

 「あんだとこの野郎。オデコだからって大人しく引き下がると思うなよ」

 「もういっぺん言ってみろ」

 「ああ何度でも言ってやるよ。俺は誰も怖かねえんだよ」

 「さっき親父に殺にされるって泣き言を言ってたのは誰だ。親父は怖いんだろう」

 「怖かねえよ。だれが怖いって言ったよ」

 「警部補ここは引き上げましょう」今度は伊刈がたまらずに声をかけた。

 「大丈夫っすよ。こんなチンピラ相手にしてもしょうがないっすから」

 「誰がチンピラだあ。てめえ承知しねえぞ」男がいきなり殴りかかってきた。長嶋は軽く身をかわし、一本背負いで逆に投げ飛ばしてしまった。訓練を積んだ現役警察官にとっては喧嘩上等のチンピラ程度ではまるで相手にならなかった。

 「いてえいてえ背骨が折れた。おまわりさんにやられた。だれか救急車呼んでくれ」投げ飛ばされたといっても、プラスチックゴミの上でバウンドしたのでほとんど衝撃はなかったはずなのに男は派手に転げ回った。

 「おめえ何をバカやってる。背骨が折れて生きてるかよ」

 「折れてねえって証拠あんのか」

 「さっさと立て。それ以上バカやったら公執(公務執行妨害)で引っ張るぞ」

 「てめえ覚えとけよ。ぜってえ訴えてやっからな」男は長嶋にかなわないと見ると立ち上がって棄て台詞を吐いた。

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