最終話 これは何でしょう?

 今、俺は病院にいる。

 以前も数日拘束された病院だった。ここに来てから既に3日過ぎている。

 椿さんと出会って僅か二週間位しかたっていない。しかし、自分の中ではもう何年も経過しているような感覚がある。


 時間の感覚とは不思議なものだ。この二週間に経験した事。その内容は数年分に匹敵するという事なのか。

 それは、一般では経験できない特殊な体験だったのだと思う。


 戦死者は数百名だった。ほとんどがむつみ基地とその周辺に配置されていた陸自の隊員だった。自衛隊、米軍共数機の戦闘機が墜落しパイロットは死亡した。

 萩市のむつみ地区と福栄地区はほぼ全滅、山口市阿東地区の一部が壊滅した。

 死者は1万数千人程度だと見積もられている。2011年の東日本大震災に匹敵する大災害だった。

 異星人の侵略行為による災害だとは発表されていない。公式には巨大隕石の落下が原因だとされた。

 親父にはよくやったと言われた。シルビアさんからは、アルマ帝国の責任だから俺には関係ないと言われた。確かにそうかもしれない。しかし、責任の重さは心の中に鈍痛として居座る。この痛みは一生消えないのだと思う。

 俺はベッドに座って新聞を読んでいた。手が震えるが、読まずにはいられなかった。読んで自分の心が痛むのはわかりきっていたのだが、自分では止められなかった。何度も何度も、震える手を押さえながら同じ記事を読み続けた。


 俺の体は念入りに検査された。しかし、何も異常は見つからなかった。

 至近距離で10メガトン級の反物質爆弾が爆発したのだ。五体満足な方が不思議だった。全て椿さんが防いでくれたのだ。

 山口県が丸ごと壊滅してもおかしくない威力の爆弾だったようだ。それが、直径数十メートルの範囲だけに収まった。奇跡としか言いようがなかった。

 絶対防衛兵器がその力を十分に発揮した結果なのだろう。


 しかし、椿さんは帰ってこなかった。彼女が帰って来てくれさえすれば、この心の痛みも和らぐ。そう信じたかった。

 

 コンコン


 病室のドアがノックされた。

 一瞬、椿さんが来たかもしれないと期待してしまう自分が情けなかった。

「どうぞ」

 俺の声に反応してドアが開く。そこにいたのはミサキさんだった。

「さあ、こっちへいらっしゃい」

 ミサキさんが手招きをする。ドアの陰からミサキさんのスカートの陰に移動した小さい子供がいた。2~3歳だろうか。おかっぱ頭が可愛い女児だった。その女児と目が合った瞬間に俺は直感した。


 この子は椿さんだと。


「さあ、思いっきり甘えなさい。椿様」

 ミサキさんの言葉に頷いて、俺の膝の上に飛び込んでくる。

 本当に椿さんなのか?

 しかし、何故、こんなにちびっ子なんだ?

 嬉しくもあり不可思議でもあり、どういう反応をしていいのか分からない。


「しょうぞうさまごめんなさい。つばきはこんなからだになってしまいました」

 舌足らずな幼児らしい話し方で一生懸命に話す姿は違和感がない。小さくなってしまったが、この子は椿さんだと確信した。

「本当に、本当に椿さんなんだね」

「はいつばきです」

 そう言って俺の胸に顔をこすりつけてくる。

 しかし、いったいなぜこんな姿になっているのだろうか。ミサキさんの方を見る。彼女はベッドの脇に置いてあった椅子に座って話し始めた。

「そうですね。元々は、クレド様がアンドロイドの中に入っておられるのも気の毒だと思ったのです。心は人と同じ、ならば体も人と同じである方が良いと」

 俺は頷いた。

「そこで、人工授精の技術と帝国の法術を組み合わせて一人の生命を制作しました。それで、正蔵さん、あなたの精液を採取させていただいたのです。卵子は私の物を使用しています」

 それで俺の精子が必要だったのか。そうか。いや、納得している場合じゃないぞ。

「あれ?それじゃあこの椿さんは俺の娘って事になるんですか?あ、母親はミサキさんですか?」

「そうです。椿様は私達夫婦の娘になりますね」

「ええええっと。夫婦って言われても困るんですけど」

「ふうふはいけません。だめでしゅ」

「冗談ですよ。でも遺伝子はそうですからお間違えの無いように。もし、戸籍に登録するなら私を母親にしてくださって結構ですよ」

「それは……どうすればいいんでしょう?椿さん?」

「しょるいじょうのことでもみとめません。しょうぞうさまはつばきのものでしゅ」

 と言ってミサキさんを睨む椿さんだった。

「椿様。怒らないでくださいな。こうして新しい肉体を手に入れられたのですから」

「それにはかんしゃしていましゅ」

 椿さんは律儀に頭を下げる。

「正蔵さん。一つ、謝罪しておかなくてはいけないのです」

「なんでしょうか?」

「本来は、法術で成長を促進させ、地球の年齢で言えば18歳程度まで育てた上でお体を交換させていただく予定でした」

「はい」

「ところが、椿様のお体であるアンドロイドが全損しましたので、十分に育つ前のお体に入って頂きました」

「それで、こんなに小さいんだね」

「そう、そしてもう一つ問題があります。それは、帝国の人間は肉体の成長が遅いのです。地球の年齢で言いますと、私が30歳程度、ララは22歳程度になります」

「え?そうなの?道理で見た目より大人っぽい雰囲気だなと思ってました」

「ありがとうございます。恐らく、こちらの椿様が恋愛可能なお年頃になるのに概ね25年程度はかかろうかと思います」

 あ、しまった。そういう話だったのか。椿さんの成長を25年も待つのか??それはちょっと厳しいぞ。いや待て。椿さんは俺の娘になったのだから、恋人になんかなれないじゃないか。それはいわゆる近◯相◯というやつになる。


 この先、俺の人生はどうなってしまうのか?


「誰、その子。まさか隠し子?」

 突然声をかけてきたのは五月だった。

「正蔵兄ちゃん。カッコイイね」

「そうかな?結婚しないで子供つくるのはカッコ悪いと思う」

 睦月と涼もいた。その後ろにメイド服姿の夏美さんと翠さんもいた。

「ララ達は?」

「公職についている人は忙しいのです。ララと黒剣、その他の帝国の方々は昨日アルマへ戻りましたよ。私は無職なので暇なのです。正蔵さんにべったりできますよ」

「ダメダメ。そんな綺麗な人にくっつかれたら正蔵さんメロメロになっちゃうよ」

「しょうぞうさまはつばきのものでしゅ。れいがいはみとめません」

「え?何このちびっ子。すごい生意気なんですけど」

「五月よりよっぽど可愛いよ」

「何ですって?睦月、ちょっと待ちなさい!!」

 するりと逃げる睦月を五月が追いかけていく。


 平和になったのか。

 これで良かったんだ。


 そう実感する。

 椿さんの事、これからの人生の事。

 そんなのはこれからゆっくり考えればいい。


 平和になった、椿さんが帰ってきた。

 

 他には何もいらない。

 今は、それだけで十分だった。



   了



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