第15話 戦略会議のアンドロイド①

「皆さま、お疲れ様でございます。私は綾瀬重工製家事支援アンドロイド佳乃夏美よしのなつみと申します。どうぞこちらへ」

 佳乃夏美と名乗ったショートヘアの方が前に出て案内をする。

 もう一人、背の低いロングヘアの方は後からついてくる。こちらが佳乃翠よしのみどりだろう。

 俺たちは食堂へ案内された。元々ホテルのレストランだった場所で、海が見える見晴らしの良い大広間だ。

「お荷物はお部屋の方へお運びしておきます。お部屋へは後程ご案内します」

 夏美は一礼して後へ下がる。夏美と翠、二人のアンドロイドが入り口の横で並ぶ。

 縦長のロの字型に並べられたテーブルには既に8名の人物が座っていた。

 正面には俺の親父、綾瀬燈次郎あやせとうじろうだ。ここへは綾瀬重工社長として出席しているに違いない。その左横には白衣の小柄な女性、叔母の綾瀬紀子博士だ。右側には背広姿の40代の男性、政府関係だろうか。その隣に陸上自衛隊の制服姿の30代の男。その隣に緑色をしたバッタ顔のゲルグガラニア大尉が座っている。左側には豊かな胸元が眩しいアルマ帝国第三皇女のミサキ、金髪碧眼の大柄な美女で綾瀬重工警備部副隊長の赤城サラ、この人とは顔見知りだ。そして一人特異な雰囲気をまとっている女性。彼女は黒曜石のような黒い半透明な面をつけ褐色の肌をしている。これで8人。俺はこの仮面の女性が例の隠密、黒剣だと直感した。ゼリアもそう感じたのか足が震えているのが分る。

 親父が口を開く。

「お疲れだったな。席についてくれたまえ。あそうそう。ゼリア君だったかな。君は席を外しても構わないよ」

 ゼリアはガタガタ震えながら敬礼する。

「じ、自分は椿様に常時付き従えと命令されております。椿様が此処へいらっしゃる限り退出する事はできません」

「ああ、それは分かっているよ。だけど、そう緊張していても良い仕事はできないぞ。ここは下がって休んでいたまえ。大尉殿、いいだろう?」

「そうですね。ゼリア。君は休憩しろ。命令だ」

 ララも頷いている。

「了解しました」

 また震えながら敬礼をするゼリアだが、そこには安堵した表情が伺える。

「夏美さん。ゼリア君を睦月の部屋へ案内してください」

「はいかしこまりました」

 親父の指示に従い夏美はゼリアを連れて部屋から出ていく。

 俺と椿さんは一番下の席へ、レイ軍曹は大尉の横、ポツンと空いた黒剣の横に渋々ララが座る。自信満々のララ皇女がひどく緊張しているように見えるのはやはり黒剣の隣だからか。計12人。今からどんな会議をするのだろうか。まあ、大体は想像つく。

 親父が口を開く。

「まず自己紹介をしよう。私が綾瀬重工社長の綾瀬燈次郎だ。そちらにいる佳乃椿さんを当社で預かっている関係で、この件の責任者として出席している」

「私は綾瀬紀子です。綾瀬重工アンドロイド開発部の責任者です。佳乃椿さんのボディを制作しました。また、彼女の保護者でもあります」

 親父が責任者なのか。そりゃそうだろうな。

 責任の所在なんて考えてもいなかった。宇宙人相手のトラブル。法的にどうのこうの言うことはできないにしろ、事件に対する責任の所在は明らかにする必要があるのだろう。

 右側の背広の男が口を開く。

「内閣危機管理室の後藤と申します。首相からは椿さんを全力でお守りするようにと命令を受けております」

「私は陸上自衛隊むつみ駐屯地から来た横瀬です。イージス・アショア警備の責任者です。この度は警備部隊の一部を率い椿さんの護衛にあたります」

「私は連合宇宙軍第7機動群技術大尉のゲルグガラニアです。今回は調査目的で地球に来ております。専門はサイバー戦です」

「俺はレイ、レイ軍曹だ。近接格闘戦の専門家だ」

「佳乃椿です。この名前と体は紀子博士からいただきました。私の素性と地球に来た詳しいいきさつは資料をご覧ください」

「俺は綾瀬正蔵。綾瀬重工社長、綾瀬燈二郎の長男です。俺はここにいる椿さんとお付き合いさせていただいてます」

 俺の大胆発言に周囲がどよめく。しかし、周知の事実なのだろう。誰も口を挟まない。

「言ったな正蔵。責任は重いぞ。私はアルマ帝国第4皇女のララ。アルマ帝国皇帝警護親衛隊の隊長だ。椿の身辺警護は任せてくれ」

「アルマ皇帝の黒剣です。諜報が専門だ。以上」

「赤城サラ。綾瀬重工警備部の副隊長をしている。今回は我々警備部が主体となって作戦を実施します。皆様のご協力をお願いします」

「アルマ帝国第3皇女のミサキです。日本の皆様、この度はクレド様、いえ、椿さまの受け入れを承諾していただき大変感謝しております。また、このことが皆さまに多大なるご迷惑をおかけしている事、心よりお詫びいたします」

 ミサキが深く頭を下げる。

「ミサキ皇女様、お顔をお上げください。日本とアルマは深い絆で結ばれております。謝罪される必要はありません。今回の件に関しましても友情の証として出来る限りの対応をいたします」

 ごもっともな社交辞令を述べる後藤、それに対し親父が同意する。

「そうです。我々は友人です。そして椿さんは息子の大事な方だとの認識をしております。異星人の要求が何であれ、それに屈する訳にはいきません。しかし、現実的な対応策が乏しいのも事実です。無いといってもいい。アルマの方々のご協力が不可欠です」

 頷きながら自衛隊の横瀬が話す。

「米国の衛星を乗っ取ったクラッキングの仕組みも奇想天外だ。未だ解析できていない。また、あのビーム砲だ。たった2発で1000m四方を丸焼きにした。我々のレーザー砲とは性能が違い過ぎる。アレを衛星高度から射撃されれば対処のしようがない。脅迫された場合条件を呑まざるを得ない」

「相手をよく知れば対処法も見えてきます」

 ゲルグガラニア大尉が答え、さらに続ける。

「あれはIRブラスターですね。宇宙軍戦闘艦の標準装備になります。IR領域に特化したフォトンレーザーで、着弾点に膨大な熱を発生します。しかし、これは反射させることで防御できます。ただこれは宇宙空間における艦隊戦用の兵装で地上への使用は禁止されているものです」

「何故禁止されているんだ?」

「アルマでは戦争は人が行うものだという考え方があります。人を殺め領土を奪う事、これは人が自らの手で行い自らが責任を負うべきである。こういった考え方が伝統的なのです。よって地上では白兵戦が主流となります。宇宙軍においてはそうもいかないので宇宙戦艦や空母機動部隊が存在します。しかし、主力はあくまでも白兵戦であります。われら第7機動群はその任を負う者です。宇宙海兵隊といったニュアンスの軍組織となります。こういった伝統があるため宇宙空間からの砲撃は禁じ手とされています。特に威力の大きい質量弾や核兵器の使用は厳罰を処されます」

「なるほど、地球での核兵器の使用と同じニュアンスかもしれんな」

「そうですね」

「それと、発展途上国への武力侵攻も禁忌とされております。仮に戦艦3隻で地上砲撃した場合、24時間で陸地を灰と化すことができるでしょう。一方的な虐殺を禁じる事も含まれております」

 大尉と横瀬の会話に親父が口を挟む。

「それならなぜ彼らは地球へ来たのかな」

 ミサキがそれに答える。

「椿様、いえ当時はクレド様ですが、彼女の真の姿は惑星防衛のための絶対防御兵器です。クレド様がいる限り何者もその領土を侵すことはできません。しかし、500年前そのクレドが幽閉されてしまったのです」

 仮面の女、黒剣が続ける。

「星間連合の横槍でな。最近、複数の星間国家がこのクレドを奪う計画を立てたのだ。その中心になっているのが猿人系の惑星国家サレストラだ。クレドを奪いアルマ星間連合の主導権を握るのが目的だ。アルマ・ガルム・クレドとして正式に起動できなくても、そのインターフェイスを所持していれば事足りる、そう考えているようだな。ついでに地球への侵攻も視野に入っている」

「本当なのか」

 親父が目を見開き尋ねた。横瀬、後藤も同じく驚愕しているようだ。

「ああ、本当だ。奴らは地球の生物資源に大変興味を持っている。肉と女だ」

「肉と女ですか。即物的というか貪欲というか」

 俺がぼそりと言う。

「その通りだ。そういう物欲を優先するのが奴らの特徴だな。特に、地球の女は奴らの好みで、性奴隷として大量に入手したいようだ。正攻法で侵略するのは可能だが、そういった侵略行為は連合法違反であり問答無用で糾弾される。また、インターフェイスのみとなったクレドであっても、その能力を全て解放された場合は制圧できない可能性がある」

 今の日本では考えられない思考だ。黒剣が続ける。

「ただし、肉と女の生産拠点として重用する気だからなるべく人命と環境は保全したい。そこで奴らは周到な計画を練ったのさ」

「それはどういう事でしょうか」

 後藤が訪ねる。

「まあ聞け。まず、アルマにおいてクレドが幽閉されていた牢獄は非常に堅固な結界に守られていた。誰にでも開けられるものではなく、皇族しか解除できなかったものだ。この牢獄を衛星高度から質量弾で攻撃し、その牢獄が設けられていた山岳地帯を丸ごと吹き飛ばす計画が立てられた。もちろんこの情報は故意に漏洩している。これを知った皇室がとる行動は何だ?」

「クレド様の脱出ですか?」

 俺は咄嗟に言う。

「ああそうだ。この時点で皇帝陛下がこの策に嵌られたんだ。常々クレドを牢獄から解放したいと考えられていたのは公然の秘密だったからな。それを逆手に取られたんだ」

「そういう事だったのか。まんまと乗せられたわけか」

 ララが両手を握りポキポキを骨を鳴らす。黒剣が続ける。

「その堅固な結界が解除された時にクレドを奪取する計画だったわけだが、それはララ皇女とマユ皇女、それと現地のドールマスターの手で阻止され、クレドは地球へ亡命してしまった。これで断念してくれればよかったのだが、まあ、この程度は向こうも想定内だったということだ。次は地球に亡命したクレドを追い詰め、クレドと地球の生物資源の両方を手に入れる計画があったのだからな。その手段として選ばれたのが大尉のサイバー戦技術だ」

「面目ない」

「大尉の責任ではない。奴らはまず、第7機動群を偽の情報で動かしたんだ。皇室がクレドの亡命を極秘扱いにしていた事は結果として逆効果だったな。この操作には第3艦隊の高官が絡んでいる。第7機動群の高官にも絡んでいる者がいた。これらの人物は今泳がせてあるが、時が来れば一斉に拘束する。奴らはこのサイバー戦技術、つまり4次元憑依型のマルウェアを使ってまず地球のアンドロイドとなったクレドを直接支配しようとした。クレド本人は無理でも地球のアンドロイドであれば容易いと考えたようだな。山大周辺でのネット障害と電子機器の異常停止はこれが原因だ」

「なるほど、でも椿さんは操れなかった」

「そうだな、クレドを強引に奪取する事も視野に入れているようだが、先の行動より方針は明らかだ。米国の衛星の攻撃で護衛艦を沈めた。次は日本の兵器で米軍に損害を与える。これには日米を反目させる目的がある。あわよくば日米開戦させ日本をとことん疲弊させるつもりだ。そこでクレドを差し出せば全て解決してやると条件を出す。クレドを不正に匿ったせいで混乱しているのだという偽情報も大いに流すだろうな。世論操作し政府がサル助の要求を呑むように仕向けるんだ。そのうえで日本も支配し、日本を足掛かりに地球を支配する。これが大まかなシナリオ。今の日本には大尉の開発した4次元憑依型マルウェアを防ぐ手立てはないから、実現するのは時間の問題だという事だな」

 ここまでの話を聞き、俺ごときがここに座っている事が場違いだと感じる。非常に深刻な問題だと思った。

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