獣魔導師は何を見ゆ

桐生龍次

001 出会い

「おら、立ちやがれ! この駄犬!!」

 なら、蹴らないでよ。立てなくなったらどうしてくれるんだよ。そもそも、こんな重い足じゃ立ちにくいったらありゃしない。

「しっかり働けよ、この負け犬がよ!」

 負け犬ってさ。僕は狼だっての。そもそも、僕が負けたわけじゃないのに… まあ、僕の先祖が負けたなら仕方ないか。

「おら、ボサッとしてないで、まずはトイレくらい綺麗にしてもらおうか。しっかりやらなきゃ突き落としてやるよ、自慢の白い毛が台無しになるぜ? なぁヘリオス」

 やるしかない、やっても突き落とされるだろうけど。やらずに飯抜き、それよりもマシだ。ああ、酷い扱いだよ。本当に。


 僕は獣族だ。獣族ってのは、今やまさしく『負け犬』として、大半は奴隷として人族に扱われている。

 この星には、魔族に竜族、魚族、精族なんてのもいる。でも、基本はあまり接触せず、接触するなら争いが起こる。そして僕ら獣族は50年前に、人族と闘うことになった。攻め込まれ、略奪され、…白旗を上げた。

 多くの同族たちが、人族の捕虜になり、奴隷となった。いまでも独立している集落もあるが、人間たちに怯えながら生きている。

 僕は、どうやら先祖が魔術を使う一族だったらしい。でも、一族はこぞって奴隷で、魔術一家だった影はない。使いたくても、この首輪が邪魔をする。

 こうして僕は奴隷扱いだ。笑えない程の笑い話だよ。


「やっておけよ、いいな!」

 僕だったら、こんなやつら、一捻りでやっつけてやるのに。


#


「今すぐ町から出てけ、セレネー!」

「忌み子なんていたら、いつ人が攻めてくるか、分からないわ!」

「失せろ、この疫病神! 黒いウサギなんて信用できねぇ!」

 今でも思い出す。さっきのこと。里から追い出された瞬間。追い出したみんなの顔。

 たった一度、未来を当てただけなのに。みんなを助けたかっただけなのに。


 私は今でも残ってる獣族の集落出身だった。ずっとみんなと仲良く暮らしてたんだ。ウサギにリス、クマにオオカミ。いろんな獣人たちと、一緒に生活してた、なのに。

「…人族が、3日後に攻めてくる! みんな、準備して!!」

 私には見えた。未来が。これから先、何が起きるかが。でも、みんな本気にしなかった。ウソツキ呼ばわりされた。

 …だからあの時、私のいた里は、被害者は出なかったけど、町を襲われてしまった。いろいろなものを奪われた。野菜とか、宝石とか。


「…なんで、私の言うことを聞いてくれなかったの?」

 そう呟いたその時だった。

「…そうか、セレネー、お前がこんな災厄を招いたんだ、そうだろ!?」

「え…」

「そうか、だからこいつは『攻められる』なんてことを!」

「そんな、まるで忌み子じゃない!」


 …そして、追い出された。家族は私のことを守ってくれた。けど、家族もろとも死刑にしてやるとか、お前が出てかなきゃ家族の命はないぞ、とか。

 本気の目だった。家族が死ぬなんて嫌だ。だから、私はこの里を去ることにした。「私のことを忌み子だって、罵って。そして、元気でいてね」って書き置きを残した。


 誰にも気づかれないように出るつもりだった。でも、里の出口には沢山のオトナたちが。

 殴られて、蹴られて、石を投げられた。本気で襲っていた。

 気づけば、家族もいた。私のことを『忌み子だ』って言ってた。泣きながら。

 それだけは良かったって思えた。


 ねぇ、私って何を間違えたのかなぁ?


*


 僕は逃げ出した。涙を流しながら。シャワーを浴びて、それでも臭さは取れないまま。

 家族は皆殺しにされる。それを分かってて、僕の母はこう言った。

「お前はお前の道を行け、こんなところで囚われているな」

 そして、父は首輪を解いた。足の重りも解いた。お前は自由だって。使えないはずの魔法を使って。

 正直言って、家族とは離れたくなかった。みんなを見捨てたくなかった。でも、父は僕に向かって、…無理やり魔法を使って衰弱してるはずなのに。僕を追い出して、部屋に鍵をかけた。いくら押しても開かなかった。壊そうとしても開かなかった。きっと…。


 すぐに見つかった。僕は走るしかなかった。捕まったら殺される。泣いて、泣いて、鼻水垂らして、逃げた。逃げた。なんとか外に出る頃には、顔はぐしゃぐしゃで、町はざわめいた。走ってる途中、心臓が締め付けられるように痛くなった。悲鳴が聞こえたような気がした。それでも、走るしかなかった。


 気づいたら、綺麗な川の目の前にいた。そういえば、喉が渇いていた。喉を潤そうとしたら、


 向こう側に、黒い兎の女の子がいた。


#


 行くあてなんてない。森においしい木の実とかあるかな、とか思ったけど、そうだ、いろいろ略奪されてたんだった。

 家出するときも、すでに自分の家は何もなかったし、何も持って行けなかった。


 身体中が痛む。これ、骨とかどっか、折れてるのかなぁ。


 魔法のルール、魔術教科をトップで抜けた私にとっては当たり前のこと。『治癒魔法は自分に唱えることはできない』。数あるルールのうち、いつも理不尽に思えるルール。そのせいで、治したくても直せない。


 喉も乾くし、お腹も減る。痛い、つらい。


 ふと見上げると、目の前に川が流れている。

 あれ、こんなところに川なんて流れていたかな… そんなことを思い出しながらも、背に腹は変えられない。水を飲みはじめる。


 白い影が近づいてきた。前を見上げれば、


 向こう側に、白い狼の男の子がいた。


*


「…君は? すごく傷だらけだけど」

「あなたこそ、ものすごい臭いがするわよ」

「ああ、僕は奴隷だったんだ、人間たちのね。逃げ出してきたんだ、命からがら、ね」

「私は、まだ存在する獣人の村で捨てられたの。『忌み子』だ、って」

「へぇ、互いに凄いこと、やってるよね」

「うん、互いに」


 ハハハハハ…


「ねぇ」

「どうしたの?」

「君って多分、相当魔法使うのが得意だよね」

「あなたも。ひしひしと伝わるわよ?」


「僕はヘリオスって言うんだけど、君は?」

「セレネー。苗字は無いの、里生まれの小さな集落だから」

「僕もさ。生まれてからずっと奴隷として生きてきたから」


「なんか似てるよね、私たち」

「うん、本当に」

「それならさ、私が思ってることと、ヘリオスが思ってること、同じかな」

「じゃあ、同時に口に出してみる?」


「せーの」


「『こんなサイテーな世界、ぶち壊してやりたい』」


「ふふっ」

「ハハハ」


 二人で笑いあった。似た者同士の二人で。


 こんな世界に復讐してやる。そして、誰も苦しまない世界を作ってやる。


 僕たちの、私たちの逆襲は、これから始まるんだ。

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