7人の合成魔法
翌日以降も、合成魔法の修練を皆で続けた。うちとクリシスが合成魔法を成功したことに、皆はさほど驚いてはいなかった。できると信じていたのかな。
うちとビビとフィリー、それにセリオやアヴィド、エウタを含めても合成魔法は徐々に成功できるまでになっていった。
クリシスはいまだにうちとしか成功できなかった。『長年1人よがりな戦いをしていたから』のセリオの小言に言い返さないでうつむくだけのクリシスに、意外な力関係を感じられた。
うちを抜かした組みあわせだと、どうもうまくいかなかった。合成魔法とマルチエレメントの相性のよさの推論はあっているのかな。
皆で合成魔法が使えるようになることを目標に、ひたすらに訓練を続けた。
訓練と一緒に交流も続けて、クリシスさんも少しずつだけど輪になじめているように感じた。
それぞれのわだかまりが完全に消えるまでには、まだ時間がかかるのかもしれない。それでも少しずつ少しずつ、うちとけていると実感できた。
そんな日々が続いた、ある日のことだった。
『ミアイアル先生が大ケガをした』と報告があったのは。
影の調査中、影と戦った際に食らった傷らしい。命に別状はないのが、不幸中の幸いだった。
心配が走ったけど、見舞いが許されないという事情。予想以上にミアイアル先生の容体は深刻なのかな。
いつもみたいに修練場に集まった皆は、沈んだまま動き出しそうになかった。うちだって同じだ。
ほがらかな笑顔と温和な言動で、学園に来たばかりの恐怖しかなかったうちを支えてくれたミアイアル先生。うちの心情を顧慮して、大人たちに発言して守ろうとしてくれたみたいだった。
そんなミアイアル先生が、ケガに倒れてしまった。
「ミアイアル先生が負けるなんて」
ぽつりと聞こえたのは、セリオの声だと思う。確認する気力すらわかない。
「結構、強かったのになー」
次の声はアヴィドだとは、声質でわかった。空に伸びたから、仰ぎながら言ったのかな。
戦うミアイアル先生を、うちは直接見たことはない。『精神にもぐる』って術を使えたから、強い術者でもあるんだよね。だからこそ『巨大な影の調査』なんて重要な依頼にもくり出されたんだ。
「ミアイアル先生に倒せない影を、わたくしたちだけで倒せますの?」
「ぼくたちで、できるの?」
届く声はどれも力が抜けていて、灰色にそまっていく空気を体現している。
『ミアイアル先生のケガ』という事実は、うちたちの覇気をゴリゴリと削りはじめていた。
合成魔法も使えるようになったとはいえ、まだ最大6人でしか使えない。しかも修練中での事象。実戦でもうまく使いこなせる保証はない。
そこに重なった、ミアイアル先生の負傷。てらされかけた未来を閉ざすだけの威力がある内容だ。
打ち寄せる不安のまま、ペンダントをきゅっと握りしめた。
「負けてないよ」
重くなった空気にヒビを作ったのは、まっすぐとしたビビの言葉だった。
「まだ誰も負けてないよ! ミアイアル先生も生きてる! 調査も諦めないで続けられるよ!」
よどみかけた空気を浄化するような、生命力のあるビビの言葉。
起立してうちたちに訴えかけるビビの瞳には、一切の気力が失われていなかった。みずみずしい双眸の奥に、揺らがない決意が燃えている。
ミアイアル先生はケガで戻ったけど、ほかの大人たちが調査を続けている。
ミアイアル先生はケガをしてしまったけど、意味することは『負け』ではない。
できるだけのことして、うちたちに託したんだ。
「あたしたちが諦めてどうするの!? ミアイアル先生に対する裏切りだよ!」
たたみかけられた声に、徐々に皆の頭があげられていく。向けられた皆の視線の中、起立したビビの表情で不安が浄化されていく。
君たちならできると信じている。
ミアイアル先生からかけられた言葉が想起した。
ミアイアル先生はうちたちを信じてくれた。戦ってもいないうちたちがひるんではいけない。ミアイアル先生のために、とまったままではいけないんだ。
勇気づけられて、そっとペンダントから手を離した。
「やらないと、いけないんだよね」
そっと起立して、ビビに向く。
どれだけ不安でも、うちたちがやらないといけないことは決まっている。
逃げたら、ミアイアル先生がしてくれたことが無意味になる。ミアイアル先生を裏切ることになる。
「まだ、終わっていない」
クリシスも思いを宿した強い瞳を、ビビに向けた。
「やってやろーじゃん!」
強気を戻して、アヴィドも拳を握って気力を震わせた。
「そう、だ。負けてはいない」
セリオも覇気を戻して声をあげた。
「いきますわ。いってやりますわ!」
「ぼくたちなら大丈夫だよ」
フィリーとエウタも続いて、崩れかけた皆の心が戻った。少し前まで重々しい空気におおわれていたとは思えないほどの活気が、場をくるんでいた。
「絶対できる! あたしたちは負けない!」
うち1人だったら、とっくにくじけていた。でも、皆がいた。皆のおかげで、うちはここまでの感情を持てるまでになれた。
ちらつく恐怖は、完全に消えはしない。強い思いの前に、細微に感じられるまでに追いやれていた。
「修練、しよ」
うちの声に、皆が強く賛同してくれた。
皆がうちに集まって、詠唱が重なる。何回目かわからない、7人そろっての合成魔法修練。
うちの風魔法にビビの氷魔法、フィリーの風魔法、セリオの雷魔法、アヴィドの光魔法、エウタの闇魔法、クリシスの炎魔法が乗って放たれる。
見守った7種は、美しく交差して合成魔法になった。
夢のような光景を前に、誰もが呼吸を忘れたかのように見入っていた。
じゅわりと空気に消えた魔法で、まるでまぼろしだったみたいになにもない空間に戻って。
「でき、た?」
しばらくして漏れたセリオの声で、ようやく実感として届けられた。
「できましたわよね!?」
フィリーの言葉に、それぞれ点頭したり魔法から目を離せなかったりの反応を示す。
「ちゃんと全員、魔法を使ったよな?」
信じきれないのか、アヴィドは皆を見回して声を漏らす。震える瞳とゆるんだ口元は、驚きや喜びのまじった感情をにじませる。
「使ったよ。7人の魔法、見えたもん!」
エウタは興奮をこらえきれないまま、声を荒らげた。震える瞳は、あふれる内情を映す。
クリシスも魔法を放った自身の手を見つめて、小さく口を開けている。
はじめて、7人全員の合成魔法に成功した。
「いやったぁー!」
全身で喜びを表現したビビの声は、耳をつんざくほどだった。思わず身じろぎをしてしまったけど、それだけあふれる喜びがある。表現こそ違うけど、皆同じ。
「合成魔法を使えるようになったあたしたちは無敵! 怖いものなんて、なにもなーい!」
『校舎全体に響いたのでは』と思ってしまうほどの声量。でもとがめる人は誰もいない。それぞれがうれしそうな笑顔で、満足感を作っている。
「ここまできちゃー、あとはマルチエレメントだけか」
聞こえたアヴィドの声に、ピクリと体が反応する。
集めてしまった注目から逃れるように、そろりと視線をそらす。
「ごめんね。まだうまくできなくて…」
修練は続けているけど、使いこなせるとは言えない状態。実戦で使ったのは、偶然発動したあの1回しかない。
「責めてはねーよ」
落胆したせいか、アヴィドは苦笑いして声を曇らせた。責められたとは思っていないけど、誤解されちゃったんだ。
「できるよ!」
ビビの明るい声が響いて、沈みかけた空気が霧散する。
「マルチエレメントも一緒に修練いたしましょう」
「そうだよ。ネメだけ倍の修練なんて、させられないもん」
フィリーの提案に、エウタはすぐさま賛成した。
「この流れで、ばりばりマルチエレメント! 校舎なんか吹き飛ばしちゃえー!」
大声で響いたのは、校舎に聞こえたらまずそうな内容だった。でも沈みかけた雰囲気は、さっぱり消え去って。
「ヒビ程度なら許させる!」
アヴィドすら、ビビの声に賛同した。『校舎破壊』を受容しないのは、アヴィドらしいな。
「ぼくたちの努力と修練の証拠を、ばっちり刻んじゃおう!」
両手をあげて、エウタまでも流れに乗った。校舎をまきこむのはやめようね。
「やりますわよ! 修練ですわ!」
暴れる声にあきれ眼を向けたセリオは、ため息を吐いてうちに向いた。
「私たちはどうしたらいいの?」
セリオの質問に、修練でつかんだ感覚を思考する。
「なにもしなくていいよ。うちに魔力をゆだねる感覚だけ持ってくれたら」
皆から少し離れて、ゆっくりとまぶたを閉じて意識を集中する。
皆の魔力をうちに一時的にたくわえる感覚を持って。
まずはフィリーの風。うちも使える属性だから、やりやすい属性。体内にぽわりと風が宿された感覚を覚える。できた、かな。
続いてビビの氷。ここまでは続けられる。
ここからが、うちの中での壁だった。有する属性が多くなると、それだけたくわえるのも困難になる。
集中を絶やさないようにセリオの雷、アヴィドの光、エウタの闇と続けたけど。
たまった魔力と続けられなかった集中で、ヒザから崩れ落ちてしまう。
「大丈夫!?」
すぐさまビビが駆け寄って、顔をのぞきこまれる。
「また、失敗しちゃった」
失敗しても、疲労程度の症状しかない。余計な心配をかけさせないために、ビビに笑って返す。
「そんなに大変なのか」
心配をほのめかすアヴィドの横で、エウタもあわあわと視線を動かしている。クリシスも小さく口を開けて、うちを見ている。
「私たちに不備があった?」
セリオの言葉に、首を横に振る。
「皆は悪くないよ。もっと修練しないといけないみたい」
「ここまでになるなんて。ご無理をさせて、申し訳ありませんわ」
柳眉を垂らしたフィリーさん。言い出してはじまった修練だから、気にしているのかな。
「いいの。うち、もっと励むね」
皆で合成魔法は使えた。うちがマルチエレメントを使えるようになったら、もっと力添えができる。
皆のために、戦えるようになりたい。
修練を続けて数日、ついにうちたちに巨大な影の討伐の任務が課せられた。
代理の教師に告げられた任務内容を前に、教室の空気が変わる。誰も悲観を見せなかった。それぞれ抱える思いがあったとしても、戦いを前にくじける人はいない。
「ミアイアル先生にお伝えください」
教室内に、セリオのりんとした声が響く。
「私たち全員で、合成魔法が使えるようになりました」
教室内に、重い空気がおおうことはなかった。
うちはまだ、6人全員の力を使ってのマルチエレメントは使えない。皆との修練を続けて、多くの属性を有しても、集中は持続するようになった。
もっと続けたら、6人の力を使ってのマルチエレメントができるかも。そう思っていたのに。体得できないまま、任務の日が来てしまった。
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