料理ができるひと、できない人
戻った先で見つけたのは、意外な存在だった。
うちたちと目があったミアイアル先生は、うちたちに近寄る。
「よかった。無事だったんだね」
依頼で立ち寄る必要のない場所にいたうちたち。いるべき場所で見つけられないうちたちに、なにかあったのかとミアイアル先生を焦らせてしまったのかな。
申し訳なさを感じて、小さく頭をさげた。
「どうしてミアイアル先生がここにいるのですか?」
あげられたセリオさんの疑問はもっともだ。ミアイアル先生は学園で待っていたはず。ここにいる理由はない。
「緊急でね。討伐対象以外の影を見なかったかい?」
ミアイアル先生の言葉に、心当たりがあった。皆もそうだよね。
うちたちはさっきまで、それと戦っていんだ。
「遭遇して、今さっき討伐しました」
冷静に答えたセリオさんに、ミアイアル先生はかすかに瞠目を見せた。
「ごめん。無理をさせてしまったね」
「なにがあったってんだよ」
ミアイアル先生がここにいて、影について聞いた。『緊急』って言葉もあったし、なにかしらがあったんだとは誰もが想定できたよね。
「巨大な影の反応をつかんで、討伐に向かっていたんだ」
思いがけない言葉に、ビクリと体が震えた。でも、すぐに疑問で上書きされる。
「巨大、かな?」
ビビの疑問も、うちと同じだったみたい。エウタさんも首をひねっている。同じ疑問を抱いたみたい。
遭遇した影は、小型と言ってもいいレベルだった。討伐対象だった影のほうが大きい。
「討伐に向かう途中、複数の影の反応があった。その討伐に追われたんだ。でも数体に逃げられてしまってね。皆が遭遇したのは、しとめそこなった影だ」
ここでようやくミアイアル先生のさっきの謝罪がつながった。自分のせいで生徒に危険な目にあわせたと感じたんだ。
「巨大な影は、どこに?」
セリオさんの疑問に、ミアイアル先生は落胆を見せて小さく首を横に振った。
「絶えず反応を察知できるわけではないんだ。今は見失ってしまった」
今まで遭遇したどの影よりも、きっと大きくて強いんだ。未知の恐怖に押しつぶされそうになる。
「ひとまず、影についてわかったことを教えるね。役に立つかはわからないけど」
巨大な影がすぐそばまで迫っているかもしれないのに、屋外授業なんて。
そうは思ってしまうけど、だからこそミアイアル先生はあえてするのかな。日常に近い環境を作って、うちたちの恐怖をやわらげるために。
うちも恐怖を追いやって、ミアイアル先生の話に耳をかたむける。
「影はどうやら戦争で作られた、人工兵器みたいだ。過去の文献を調べていたら、そのような記述を見つけられた」
戦争があったとは知ってはいたけど、うちたちの世代に関係してくるなんて。
「特別な水晶を媒体として、影が発生するようになっているらしい。終戦後、影の発生能力は封印された。封印が弱まって、水晶が影を作り出したと推測されている」
「自然に封印が弱まったんですか? それとも、誰かが故意に?」
こんな瞬間でも、セリオさんの冷静さは変わらない。
「時間の経過による自然現象だと考えられている。戦争で使ったようなものの封印を、個人が簡単に破れるとは考えにくいしね」
「水晶がある限り、影は消えないの?」
ビビの言葉は、なによりも恐ろしい未来を示していた。
「まだわからないよ。影を作るのに必要とするものがあるのか、時間はかかるのか、有限なのか。そこまでは調査中だ」
「水晶を壊しゃいーんだろ?」
「場所も判明していない。わかったら、壊すのがいいんだろうね。壊せるものだった場合は」
もしわかったら、うちたちに任務が課せられるのかな。そんなに重要な件なら、大人たちがやる?
影の発生がなくなって、解決したらいいな。
でももし、水晶の場所がわからなかったら? 場所がわかっても、壊す方法が見つけられなかったら?
わきあがる懸念は消えない。
「今わかっているのは、こんな感じかな。君たちのほうはなにもないかい?」
「討伐対象を倒しました」
花畑の影を倒したことしか伝えていなかったっけ。こんな点まで気が回せるセリオさんはすごいな。
「ありがとう。お疲れ様」
「ネメと合成魔法が使えるようになりましたわ」
小さく手をあげて発話したフィリーに、注目が集まった。それはミアイアル先生も同じ。フィリーとうちを交互に見た。
「いつの間に!? やったね! おめでとー!」
ビビは小さく跳ねて、驚きを表現している。さっきまで戦っていたのに、体力が残っているんだ。
「すごいねぇ! ぼくも励まないと」
「オレも負けてらんねーな」
エウタさんとアヴィドさんもそれぞれの反応をくれる。クリシスさんは一瞥以外の反応は示さなかった。
「まだ1回しか試しておりませんの。完全に使えるようになったかはわかりませんわ」
「これは驚いたな。こんなに早く習得できるだなんて」
ミアイアル先生は驚きと喜びを交差させた表情を見せた。
「あっ、あたしもネメと使えた! まだ言ってなかったよね!」
片手をあげて言葉を続けたビビに、ミアイアル先生は硬直を見せた。
「結構練習して、ビシバシできるようになったよ!」
ビビとの合成魔法は、安定して発動できるようになったと言っていい。ミアイアル先生に報告できるレベルにはなれたかな。
いきなりすぎる宣言に、うちだけでなくミアイアル先生まで驚きを隠せないままだった。
「ビビもか」
困惑を見せながら笑ったミアイアル先生の視線が、ゆらりとうちに向いた。
「もしかしてマルチエレメントと合成魔法は、相性がいいのかな。ほかの皆もネメとなら使いやすいのかもしれないね」
思いがけない言葉に、ミアイアル先生だけでなく皆の視線がうちに集まる。いまだになれない注目から逃れるように、小さくうつむく。
ミアイアル先生の言葉は、納得できる。
戦いになれていないうちが、誰よりも早く合成魔法を習得するなんて違和感がある。
偶然とか修練のたまものより、うちが持つマルチエレメントが成功を作ったと考えるほうがしっくりくる。
「ほかのクラスの人もまだ成功者がいないのに、すごい快挙だよ。無理をしない範囲で修練に励んでね」
「はーい!」
片手を天に伸ばして、ビビは元気に返事をした。
「実戦でも使えるようにしたいですわ」
各々の返事をした皆を見届けたミアイアル先生は、一転表情をひきしめた。
「任務を終えたばかりの君たちに頼むのは気がひけるけど、また任務を命じたい」
「酷使すんなー」
アヴィドさんがあきれたように首を横に振ったけど、空気は変わらなかった。アヴィドさん自身も不満というより、軽口として使ったみたい。
「ごめんね。今回の任務は、さっきの話で想定はできたかもしれないけど、影の討伐」
「見失ったんじゃなかったの!?」
高音域の声をあげたビビに、ミアイアル先生は否定をした。
「巨大な影のほうではなくて、逃げられてしまった影のほうだ。小型から中型くらいの大きさだから、協力を怠らなかったら君たちでも勝てるよ」
また、影と戦わないといけない。その思いはあった。
でも近くにいるビビを、フィリーを見たら、恐怖の侵食がやわらいだ。
大丈夫。
皆がいるから、戦える。皆がいるから、戦いたい。
「詳細は、影の位置が特定できてからになる。準備を進めておいてね」
判明した目的地は遠くて、うちたちは宿舎に泊まることになった。そこで直面した問題。
「料理班、見張り班があったらいい?」
「おっけー」
セリオさんの提案に、反対の声をあげる人はいなかった。
宿ではなく宿舎だから、食事の準備も自分たちでしないといけない。そう聞かされたから食材の準備はしてきたけど、誰がやるかは決めていなかった。
万が一の襲撃を考えて、見張りも欠かせない。
「見張りは男女1人ずつほしいですわね」
男女で宿舎がわかれている関係上、そうするほうがいい。宿舎は視認できる近さにあるとはいえ、片方が睡魔に負ける可能性とかも考えられる。
「睡眠交替も考慮したら、見張りは4人か。料理班は残り3人で足りるのか?」
「7人前なら、3人でも多いくらいだよ」
エウタさんの言葉に、うちも点頭する。7人なんて、家族くらいの人数だ。1人の料理人でも満足な品は作れるはず。
「ここまで来て『誰も料理ができない』なんてオチはない?」
「ぼく、できるよー」
セリオさんの質問に、エウタさんが真っ先に手をあげた。
「そうだったわね」
クッキーを作るビビの手伝いをしたエウタさん。あの場にいたクリシスさん以外は、この事実は既知だ。セリオさんでも、うっかり忘れることなんてあるんだな。
エウタさん以外に続く声はない。
「うちも、少しなら」
ほかに誰もいないなら、うちも続こう。
自信があるわけではないから、どうしようか迷ったけど。
1人でも作れるとは思えても、1人だけに任せるのは気がひける。戦闘で役に立てないから、極力皆のために動きたい。
見張りは正直自信がない。怖いことがあったらすぐに体が動かなくなっちゃうかもって懸念は消えてくれない。安全そうな料理のほうがいい。
皆に見張りを押しつけるようになるけど、うちの見張りだと頼りなくて安眠できないよね。結局は皆のためになるはず。
「ほかには?」
ぐるりと見回したセリオさんに答える声はなかった。誰もが達観したような表情をたたえている。クリシスさんも空気になるように、視線をそらしている。
「あたし、材料に『自宅』を使うからやるなって言われた」
「あらあら、豪快ですわね」
まるで井戸端会議のように笑ったけど、涼しく流していい内容ではない。さすがにそこまでのレベルではなくて、冗談で言われたんだよね。調理場にビビを立たせる危険性は、比喩としては伝わる。影より先に、ビビの襲撃なんていけない。
そんなビビのクッキー、か。食べて安全だったんだよね? 味はよかったし、エウタさんが大活躍してくれたのかな。エウタさんがいなかったら、ビビは学園を材料にしたり? エウタさん、ありがとう。遅くなったけど、本当にお疲れ様。
そんなビビだから、エウタさんは『クッキー作りに参加したかった』と語ったフィリーに難色を示したのかな。ビビだけで頭を抱えるほどに大変だったの? ビビにあのレベルのクッキーを作らせるだけでも、とても大変だったのかも。
「わざわざ火にかけなくたって、生で食えばいーんだよ」
アヴィドさんはアヴィドさんで、問題のある発言だ。生肉を抵抗なく食べられるタイプなのかな。
「料理は2人に任せるしかないかな」
あきれ眼でアヴィドさんを見るセリオさん。『任せられた』と感じて、うちは小さく点頭する。
「腕、ふるっちゃうよ!」
エウタさんの決起をはやしたてるように、ビビの拍手が響いた。
エウタさんと2人で調理場に立って真っ先に驚いたのは、手際のいいエウタさんの動きだった。
最低限のことができる程度のうちとは違って、エウタさんは見とれるほどに華麗に食材をさばいていく。
「うまいね」
思わず漏れた。
「でしょー?」
明るい笑顔を見せての答え。料理、好きなのかな?
「なぜか料理だけはできるんだ。『体が覚えてる』ってやつなのかな」
そう語る背中は、いつものように明るかった。見つけられない過去の記憶にふれてしまったんだとはわかった。
罪悪感に襲われかける。記憶を戻すきっかけになるかもしれないから、この話題はさけていないんだよね? エウタさんも笑顔で、気にしていない様子だ。
「きっと前のぼくは、料理してたんだと思うな。コックだったりして」
続けられた軽口。エウタさん自身も傷に感じていないと実感できて、安心できた。
正直、エウタさんの外見でコックは想像できない。そもそも、幼い外見は働く成人には見えない。
『自分の名前すらわからなかった』と語る以上、年齢もわからないんだよね。あるいは、本当に社会人の可能性も考えられるの? 同時に、うちたちと肩を並べて勉強するほど年齢を重ねていない可能性もある。
どっちだったとしても、きっと皆は気にしないだろうな。エウタさんはとっくに皆となじめて、仲良くしているもん。
結局うちは補助的なことしかできないまま、調理のほとんどをエウタさんに任せることになってしまった。エウタさんは気にしない様子で、鼻歌まじりで料理を楽しんでいた。
味は好評だった。うちもその味に感動して、エウタさんの料理の腕前を改めて知った。
皆のお礼に『うちはほとんどしていない』と言っても、謙遜ととらえられてしまったのは心苦しかった。真実だったんだけどな。
エウタさんもお礼は言われていたし、深くは気にしなくてもいいのかな。役に立てたかは別にして、一応はうちも料理に参加はできた。
おいしい料理と微妙な感情を入り乱れさせながら、食事の時間は終了した。
食事を終えて、皆はそれぞれの寝床についていく。
最初の見張りは、セリオさんとクリシスさん。この2人が同じタイミングなのは偶然なのか、隠された考えがあるのか。
気にかけながら、うちも寝床についた。けど。
いつもと違う環境のせいか寝つけない。宿泊を必要とする任務がはじめてだからって緊張もあるのかな。
寝返りをくり返しても、同じ部屋で寝る相手に迷惑になるように思えて。諦めて体を起こして、宿舎を出た。
少し風に当たって、気持ちを安らげよう。気分を変えたら、睡魔が訪れてくれるかもしれない。
突然出たうちに、セリオさんが鋭く向いた。敵の気配と誤解させちゃったのかも。
「どうしたの?」
皆を気にしてか、セリオさんの声は潜められていた。
「寝つけなくて。少し夜風に当たろうかなと」
「任務続きなのだから、きちんと休まないといけない」
「眠くならないことには、休めないよ」
横になるだけでも違うんだろうけど、横になっても眠れないと焦りを生んでしまう。焦りは余計に睡魔を遠ざける気がして。
一旦眠るのを諦めて外に出たほうが、気持ちも変えられて楽になりそうだよ。
「遠くには行かないように。どんな危険があるかわからない」
皆に迷惑はかけられない。散歩はしないほうがいいよね。宿舎の近くを歩こうかな。
見回したら、地面にうずくまる存在が目に入った。
闇夜にとけこみかけて、正体まではわからない。いる場所の関係上、クリシスさんだと想像できた。
「寝ている、の?」
地面に腰を落として、首ごと前にかたむけている。すぐに抜けるように剣を抱えてはいるけど、起きているようには見えない。全身系を耳に集中させているだけ?
「クリシス、眠気には弱いから。私だけでも見張りはできるし、休めるうちに休ませるべきでしょ?」
もしかしてそれをわかって、同じタイミングの見張りを選んだのかな? だとしてもクリシスさん、ダウンが早すぎるような。セリオさんに『寝てもいい』って言われたのかな?
「今は正直、クリシスの実力に頼っている部分もある。クリシスのコンディションが悪い状態で挑むことになったら、どうなってしまうかわからない」
セリオさんの言葉は、過信なんかではなく強い信頼がにじんでいた。うちもわかる。クリシスさんは欠かせない戦力だ。
「クリシスにきつく言われて、思うところがあるかもしれないけど、許してあげて」
曇った表情は、隠しきれない申し訳なさと心痛が伝わってきた。
うちはセリオさんを責めようなんて気は一切ない。当然、クリシスさんにも。
「クリシスさんの言葉は、いつも正当だよ。うちこそ、しっかりできなくてごめんね」
うちの言動がイライラを呼んで、クリシスさんの言葉を生んでしまっている。悪いのはうちだとわかっている。
クリシスさんを責める理由はちっともない。セリオさんが申し訳なさを感じる理由もないんだ。
「あなたはあなたのままでいい。クリシスがもっと柔軟になれたらいい」
クリシスさんの座る方角に視線を飛ばしたセリオさん。その瞳にどこか漂う憂きが、隠しきれない感情を物語る。
昔は明るかったらしいクリシスさん。それを知るからこそ、今のこのクリシスさんを痛む心があるのかな。
「どうしたら戻ってくれるんだか」
独り言のような声は、夜の風にさみしくとけた。
「……料理」
セリオさんの視線が、うちに戻った。瞳にはまだ悲しみが残るけど、口元には笑顔が戻っていた。りんとしたマジメさを消した表情は、日常を作ってくれる。
「やっぱり大変? むつかしい?」
眠れないうちを思って、話題を振ってくれたのかな。話すほうが安心して、睡魔は作れるかな。
「本格的なのなら大変だろうけど、軽食程度なら簡単だよ」
実際、うちは軽食程度しか作れない。今回の料理も、ほとんどエウタさんに頼った。
「よかったら今度、教えてくれない? 簡単なやつ」
「うち、そこまでうまくないよ」
エウタさんの料理でうちの腕前にも期待がかけられたのかもしれないけど、誤解だよ。うちは本当に軽いものしか作れない。
「『自宅』を材料にするレベル?」
セリオさんらしからぬ軽口に、思わず笑みをこぼしながら首を横に振った。
「なら、安心して習える」
そこまで言ってくれるなら、教えてもいいのかな? うまくできるかはわからないけど、一緒に作るのも楽しそう。
「帰ったら、やろうか」
「その言葉はやめて。死亡フラグみたい」
笑って返された言葉は、またしても軽口だった。
マジメで冷静なだけではなくて、案外こんな面もあったのかな。クリシスさんを怒る姿も見たから、とっつきにくいと誤解しちゃったのかも。
「どうせなら、ビビたちとも一緒に作りましょうか。女子の手料理をもらったら、クリシスも変わった反応をくれちゃったりして」
セリオさんが料理を作りたいと思ったのは、クリシスさんのためだったんだ。昔のクリシスさんを知るからこそ、今の状況を変えたい思いは誰よりも強いんだ。
今の話、クリシスさんに聞こえなかったかな? 視線を送る。さっきと変わらない不動だった。聞こえていなかったみたい。起きてもいなかったのかな?
「ビビは平気かな。学園を材料にされたら、さすがにかばいきれない」
思い出したかのように、ぽつりと発したセリオさん。遠くを見た瞳は、ビビの実力を案じているみたいだ。
「ずっとつきそったら、さすがに大丈夫だと思う」
自宅を材料にするって話も、きっと冗談だよ。危なっかしさは伝わるけど、目を離さないようにしたら被害は出ない、はず。
念のためにエウタさんに事前に『料理中のビビの注意点』を聞いたら安心かな。つきそってもらうほうがいい? うちだけだと、教えられる料理も少ない。ビビを押しつけるみたいで悪いけど、クッキーでこりていないなら手伝ってくれるかな?
「ビビのかげで、フィリーもやらかしそう。てんやわんやな未来しか見えない」
「面倒、見きれなさそう」
セリオさんの言葉を聞くと、うちも一気に不安になる。
自宅を材料にしかねないレベルのビビ。
フィリーは料理の腕前についてコメントは残さなかったけど、逆にそれが恐ろしい実力を物語る、なんてことも? ビビの『自宅を材料にする』発言を笑って流していた。驚かないレベルに、フィリーの実力も同程度だったり?
そんな人たちを相手に、うちはちゃんと教えられるの?
「やっぱり私だけ教えてもらうのがいいかな。抜け駆けみたいだけど、学園を消し炭にしたくはない」
学園を無に帰すことと比べたら、セリオさんが料理を習う抜け駆けなんて小さなこと。
うちも、悪い意味で学園の歴史に名前を刻みたくはない。
「教えられるように、うちももっと勉強するね」
ビビを教えるのは怖いけど、セリオさんならきっと良心的だよね。マジメだし、吸収も早そう。一緒に成長できるかな。
「ありがとう。楽しみにしておく」
いつものりんとした表情とは違う笑みは、未来の約束を想像してだったのかな。セリオさんを落胆させないためにも、しっかり料理を勉強しないと。
「もう1つ、いい?」
「なに?」
「合成魔法、試したいのだけど」
うちとセリオさんは、まだ合成魔法を試したことがなかった。
うちがビビたちと合成魔法が使えた理由がマルチエレメントなら、セリオさんとも使えるのかな。
「迷惑にならないかな?」
ちらりとクリシスさんに視線を送る。まだ動かない姿。
宿舎には眠っている皆がいる。戸締まりしているとはいえ、音は届いてしまうかも。
「クリシスは眠りが深いから気にしないで。でも、少し離れましょうか」
宿舎の皆を気にするような様子を見せて、セリオさんは見張りとして機能できるギリギリまで離れた。
「いい?」
セリオさんの声に点頭した。
「威力は控えましょう」
威力が低いほうが、音も小さくできる。
うちもセリオさんも最低限の呪文を唱えて、放った。
ゆらりと伸びた魔法は、じんわりと重なって合成魔法になった。
「できた、と言っていい?」
「きっと?」
威力を極限まで控えたから、今までのどれよりも実感は弱かった。
できたと思う。
そう思いながらも互いに首をひねった。
「自信をつけるためにも、しっかり修練が必要かな」
「それも今度やろうね」
うちの言葉に、セリオさんは笑顔で賛同してくれた。
気になって振り返る。クリシスさんは微動だもしていなかった。起こさないで済んだみたい。
セリオさんとの会話で気分が安らいだのもあってか、うちはそのあとに眠りにつけた。うちが宿舎に帰る瞬間まで、クリシスさんが動き出すことはなかった。
アヴィドさんとの見張りの交替前に、セリオさんが起こして隠蔽を図ったとか。誰もクリシスさんの見張りについて話していなかったから、うちは真実を黙っているほうがいいんだろうな。結局、就寝中はなにもなかったんだ。クリシスさんも休めるほうがいいよね。
うちとセリオさんの合成魔法の修練も、誰にも気づかれなかった。音で起こしてしまうことはなかったみたい。
「ここ、かな」
ミアイアル先生からもらった目的地の地図を手に、セリオさんはぽつりと漏らした。
翌朝、目的地に発ったうちたち。しばらく歩いて到着したのは、整備されていない様子の森。木は密集していなくて数も多くないから、見晴らしは悪くはない。木々の隙間から奥の風景が見えるし、仰いだら空ものぞける。
「また四方八方の警戒かー」
ツインテールを揺らして、ビビは周囲を見回した。クリシスさんも視線だけ動かして、警戒をのぞかせている。
「小型が2体だっけ?」
アヴィドさんの質問に、セリオさんは点頭した。
『協力したら倒せるレベル』と話していたし、きっと大丈夫。
「いつ出てくるかわかりませんわ。警戒は怠れませんわね」
宿舎を出た瞬間から武器に魔力を宿したりの準備は、全員済ませてある。
万全の準備があっても、いきなりの襲撃は混乱を招きかねない。皆周囲を見回す警戒を続けながら、移動していた。
移動を少しした瞬間、フィリーがある一点を指した。
「いましたわ」
木の奥に揺らめく1つの黒があった。
「おでましか」
皆が影に突撃を続ける中、うちは周囲を見回した。
見つけた影は1体。まだ1体、どこかにいるはず。
その姿は見つけられない。
前衛は戦いに集中する。追加の襲撃は、後衛のうちがいち早く気づかないといけない。
「どうしたの?」
届いたエウタさんの声に、とっさに顔を戻す。
「影、もう1体がどこにいるのか気になって」
「いつ来るかわからないよ。今は戦いに集中しよ。先に1体倒しちゃったら、戦いも楽になるもん。ぼくも警戒するから、大丈夫」
エウタさんの言葉には、点頭するしかなかった。後衛はうちだけではない。うちが警戒するより、戦闘になれた皆のほうが早く影を見つけられるよね。
小型とはいえ、影相手。
恐怖は完全に消えたわけではない。意識の焦点を自分にあわせると、まだ震えが残っているのに気づいてしまう。
でも恐怖や不安より、戦う思いのほうが強さを帯びていた。
影に負けたら、皆に危険が迫ってしまう。
その思いが、うちに弓を構えさせる。
ビビが、フィリーが、セリオさんが、皆が。
戦う姿を見ると、うちも動く勇気がわいてきた。
恐怖に負けて動けなくなって、皆を失いたくない。
いつの間にか強くなった、この思い。
弓を構えて、影を狙う。小型だから、狙う的も小さい。
それでも攻撃をした。何回か外してしまったけど、少しは命中させられた。
うちの弓の威力は、前衛と比べたら微々たるもの。それはわかっている。
前衛の3人の攻撃は、アタッカーとして満足なまでの威力を誇っているはず。
なのに、影は粘り強く残り続けた。攻撃で霧散こそするけど、削れる量は限りなく少ない。
皆の攻撃は、いつもと変わらないように見える。
前衛3人は交替で見張りをしていた。いつもより睡眠時間は少なかっただろうけど、戦闘に影響が出るレベルだったの?
任務続きになった疲労はあるだろうけど、それだけで威力が落ちてしまうものなの?
こんなに影響が出るなら、ミアイアル先生は任務を連続で任せたりしないよ。皆も見張りの人選をもっと慎重に選んだよ。
削れる量が少ないのは、前衛の力が弱まっているわけではない。
となると、影に攻撃が効きにくいの?
よぎった瞬間、影から黒いなにかが音速で飛んだ。
読めなかった突然の動きに、アヴィドさんはヒザをつく。かすめたのか、腕から血が流れた。
「――っ!」
声にならない誰かの悲鳴が聞こえる。
声の正体より、アヴィドさんのケガより、突如感じた不穏な気配に恐々と顔を向ける。
そこには、影がいた。
さっきまでなにもいなかった場所に、気配すらなかった場所に、悠々と影が漂っている。今まで戦っていた影より大きくて、中型と呼べるレベルだった。
この大きさの影が背後に近づてきていたことを、誰も察知できなかったの?
「まさか、分裂!?」
切るようなセリオさんの言葉で、さっきの影から飛んだ黒いなにかこそ、この影だったんだと直感した。
攻撃が効きにくかったのも、2体の影が融合していたから?
考えるのは、あとだ。
思考を戦闘に戻そうとした瞬間、背後から物音が届く。
振り返る。地面に倒れたエウタさんがいた。閉じられたまぶたで、意識を失っていると理解できた。
どうして? いつ攻撃を食らったの? エウタさんに外傷らしき傷は見られない。
混乱に襲われそうな中、正気を戻して回復魔法を唱える。エウタさんに放つけど、効いた様子はない。まぶたは動かない。
異変に気づいたフィリーが、エウタさんに駆け寄る。抱きかかえたけど、エウタさんの首はだらりと垂れて意識を失ったまま。
「どう、したの?」
突然のことに対処ができない。震えそうな声をどうにか発した。
フィリーは機敏に顔をあげて、うちに向けた。
「今は戦いに集中しますわよ!」
「でも、エウタさんが!」
意識を戻さないエウタさん。回復魔法に反応しないエウタさん。このまま放っておいていいの?
「守りながら戦うしかありませんわ!」
「ネメ、アヴィドの回復を! 早く!」
たたみかけるようなセリオさんの言葉に、状況を理解できないまま回復魔法を詠唱するしかなかった。
アヴィドさんはケガを負いながらも、2体の影と戦っていた。遅れてしまった謝罪をしつつ放った回復魔法は、アヴィドさんの腕の傷をいやす。
エウタさんの容態は気になるけど、フィリーたちの言葉も一理ある。エウタさんを影の攻撃から守るためにも、うちたちが戦って影を倒さないと。
エウタさんを守るような戦陣を組んで戦いを続けるけど、2体の影は消え去ってはくれない。
攻撃で霧散する量は多くなっている。さっき攻撃が通りにくかったのは融合のせいって仮説はあっていたみたいだ。
わかったところで、戦闘が優位に進むわけでもない。
長期戦は皆の体力を奪って、動きを徐々ににぶくする。動きが少ない後衛のうちも同様だった。
エウタさん1人の欠落が、ここまでの状況をもたらしたの? 1人の欠員で、1人を守りながら戦うことがこんなに大変なんて。
うちは今まで、皆にどれだけの迷惑をかけてきたの? エウタさんとうちだと、戦闘の貢献度は歴然。
たった1人を守りながら戦うのが、ここまで大変なんて。影を前に動けなくなるたびに、皆にここまでの迷惑をかけたんだ。
今になってようやく、強く痛感した。同時に、守ってくれたありがたさも。
「ネメ!」
フィリーが駆け寄って、うちの隣に来た。息があがっているのは、フィリーも同じ。上気した頬は、動いて上昇した体温を物語る。
「合成魔法、挑戦いたしますわ!」
その言葉に、すぐに反応できなかった。
ビビと修練はくり返して、安定して使えるようにはなった。けど、実戦で試したことはなくて。
フィリーとは、たった1回成功しただけ。実戦どころか、修練もできていない。
なりふり構っていられない状況になっているんだ。
「よっしゃー!」
声が聞こえたのか、ビビもうちたちに駆け寄ってきた。
前線を離れていいの? 合成魔法が成功したら、ただの魔法より高い威力になる。全属性の合成魔法でないと影に特効にはならないみたいだけど、それでも高い威力を与えられるなら無意味にはならない。
「私もいい?」
干渉したセリオさんに、ビビたちは驚きの表情を見せた。皆には、セリオとの合成魔法が成功したっぽいとは話していない。当然の反応だ。
事情を察したのか、考える余裕もないのか、2人は点頭した。
4人でタイミングを計って、魔法を唱える。放った魔法は、ぎこちない動きを見せながらも重なる。どうにか合成魔法らしき姿になって、小型の影に飛んだ。
うちたちの合成魔法を食らった小型の影は消滅した。
討伐対象が1体に減った。それだけでも機運が高まったのか、皆の動きはよくなって、中型の影もどうにか倒せた。
任務は完遂できた。
でも、安心を見せる人はいない。
地に倒れたままのエウタさんに、自然に視線が移る。さっき見た際と同じ姿のまま。
「大丈夫」
セリオさんがうちを見て、安心させるように笑った。喜びに満ちあふれた表情ではなくて、悲しみを帯びたものだった。
「たまにこうなってしまいますの。ネメが倒れた際も、こうなってしまいましたのよ」
うちが倒れた際って、マルチエレメントが発動した瞬間だよね?
その前、エウタさんはビビを見て悲鳴をあげていた。今回、ケガしたアヴィドさんを見て悲鳴をあげたのも、エウタさんだったのかな。
これがエウタさんの『心労』ってやつなんだ。
「休んだら元気になるよ!」
うちの不安を感じとったのか、ビビが明るく言葉を発した。この状況に心を痛めていないわけがない。
前に倒れた際も、翌日には変わりない姿を見せてくれたエウタさん。皆がそう言うなら、きっとそうなんだ。重く考えなくてもいいのかな。
「宿舎に戻りましょう」
「しょーがねーやつだよな」
歩み寄ってエウタさんに手を伸ばしたアヴィドさん。『エウタさんを宿舎まで運ぼうとしているんだ』と直感した。
「待って」
アヴィドさんの行動を抑止したうちに視線が飛ばされる。
「ケガ」
影との戦闘で腕を負傷したアヴィドさん。その状態でエウタさんを運んで、平気なの?
「回復魔法、効ーたぜ?」
証明するように、アヴィドさんは豪快に両腕を回した。元気をアピールしたいんだろうけど、うちとしてはヒヤヒヤしてしまう。
「うち、回復魔法はそこまで得意ではないんだ。すぐに酷使するのは、その」
戦いだけではなく、回復魔法も苦手なんて言いにくい。けど、大切なことだから伝えないと。
つぐんだせいで、アヴィドさんのケガが悪化したら嫌だ。戦闘のパワーバランスにも影響が出ちゃうよ。
「回復魔法だけだと、根底まで治療されないことがあるらしいと聞きましたわ」
続けられたフィリーの言葉に、アヴィドさんは不満げに半眼になった。
「じゃー、そっちが運ぶってのか?」
小柄なエウタさんとはいえ、女子が運ぶには重量を感じるよね。
フィリーは見るからに非力そうだし、うちもしかり。ビビやセリオも、そこまでの力があるかは微妙だ。4人で協力したら運べるかな?
「クリシス」
セリオさんに名前を呼ばれたクリシスさんは、ようやくうちたちに一瞥を向けた。
今回はさすがに体力を奪われたのか、いつもより息があがっているように見える。その顔には、かすかに汗もにじんでいる。
「頼める?」
簡潔すぎる単語だったけど伝わったのか、クリシスさんは皆を、エウタさんを数秒見た。自分以外に適任はいないと判断したのか、ゆっくり歩いてエウタさんに腰を落とす。
「手間をとらせる」
セリオさんの言葉には耳をかたむないで、クリシスさんはエウタさんを背に乗せた。
「素直じゃんか」
アヴィドさんの悪態は、聞こえていないかのごとく無反応だった。
今までのクリシスさんの態度を見ていると『倒れるほうに問題がある』とでも言うのかとよぎってしまった。
クリシスさんが冷たいのは、やっぱりうちにだけだったのかな? それとも、セリオさんに見張りの際に寝させてもらった恩があるから? 単純に、エウタさんやアヴィドさんが心配だから?
どんな理由でも、アヴィドさんに頼らないでエウタさんを宿舎まで運べてよかった。
宿舎について、真っ先にエウタさんを横にして休ませた。まだ意識は回復していない。フィリーがつきそって、様子を見てくれている。
うちは、アヴィドさんのケガの具合を見ていた。
「寝りゃー治るってのに」
時折口から漏れる声は、うちに言っているのか、ただの独り言なのかわからない。
「悪化したら、困るよ」
アヴィドさんは外せないアタッカー。
全体を見てバランスよく攻撃するビビ、単体を集中して攻撃するクリシス。
2人と違って、アヴィドさんは範囲魔法を使って1回に複数の敵をまとめて攻撃できる。
範囲魔法は威力が分散されて、与えられるダメージも少なくなる。でも複数の敵をひるませれるのは、なによりも強い。そんなアヴィドさんがケガで戦いに支障が出たら、皆に影響が出かねないよ。
「回復魔法が使えるくせに、どーして治療の知恵もあんだよ」
やっぱりそこ、疑問に思われるのかな。
「故郷はね、治療に使える優れた素材に満ちあふれていたの。それを使って治療するのが当然だった」
治療院なんてなかったから、素材を使って互いに治療していた。
うちの回復魔法の威力が乏しいのも、それが原因。回復魔法を鍛えるより、素材で治療したほうが早くて確実だ。回復魔法の修練をする必要性が薄かった。
治療に使える素材の知識とかのほうが自信がある。今もその知識を駆使して、アヴィドさんを見ている。
エウタさんの体も見たけど、大きな外傷はなかった。意識の戻らない原因はうちにはわからなくて、ひとまず安静にさせる判断をした。
「兄さんの作る薬は苦くて、飲むのが嫌だった。それでも兄さんの優しさが伝わって、苦いのに幸せな味だった」
うちが言った『苦い』の苦情に、兄さんは試行錯誤してくれた。
甘みのある草をまぜて、よりバランスの悪い味にしたり。苦味を感じないように、薬を葉にくるんで『丸呑みしろ』なんて無謀を言ったり。
そのどれも効果には実を結ばないひどいものばかりだったけど、優しかった。
「……そこまで、アニキが好きかよ」
「大好きだよ」
迷いなくまっすぐと、その言葉だけは言える。
体が弱くて、外に出られなかった幼い頃のうち。
耐えられたのは、そばにいつも兄さんがいたから。兄さんのおかげで、うちはあの頃を負けないで、くじけないですごせた。あたたかい思い出にできた。
「だったら、気にしてる?」
「兄さんを忘れられる日なんて、生涯ない――」
「じゃなくて、前、オレが言ったこと」
呼気のような小さな声は、うちの耳にようやく届くレベルだった。
うちではないどこか遠くを見るアヴィドさんは、なにを考えているのかわからない。
「なにかあった?」
正直、アヴィドさんと言葉を交わした記憶はそこまでない。いつも皆がいたし、こうして2人で話すのははじめてだったっけ。
「花畑、でさ」
歯切れ悪く伝えられた言葉でつながった。
花畑で影に遭遇した際、アヴィドさんに『家族を相手にするから』と言われた。それを話していたんだ。
「気にしていたの?」
あの発言になにも感じなかったと言ったら、ウソにはなる。アヴィドさん自身が気にしていただなんて思わなかった。今までだって、そんな態度をのぞかせなかった。
「そこまで大切な存在だったなら、そーだったのかとよぎった」
遠くを見たままの視線は、眉根を寄せられて険しいものになっていた。言いにくい言葉を伝えたからではない、どこか隠された感情があるように感じられる。
「あれはうちも勝手な行動をしたもん。ごめんね」
その行動がアヴィドさんをイライラさせて、あの言葉を作らせてしまったんだよね。仮にうちが深く傷ついたとしても、一方的に責めていい立場ではないよ。
「わかった、ごめん。オレも謝るから、この件は終わりな。むし返すなよ」
早口に届けられた言葉は、どこか険しさの残る表情のままだった。てれ隠しには見えないけど、うちに聞く勇気も権利もない。
それから言葉をなくしたうちたちに、無言の空間がおおう。
言葉を作れないまま、ケガの具合を見終わった。
「ケガは、大丈夫そう、かな」
痛みも感じていないし、回復魔法が効いたのかな。続いた模擬戦闘で、回復魔法も鍛えられていたのかな。
「わかりきってたよ」
いつもと変わらない自信にあふれた笑顔に戻っていた。さっきの表情は、うちの見たまぼろしかと思ってしまうほどに。
「念のため、安静にしてね。見落としがあるかもしれないもん」
うちだって、治療が本業ではない。故郷は回復魔法より治療が盛んだったから、ほかの皆より得意なだけ。
「こんなにじっくり見て、どこを見落とすってんだよ」
アヴィドさんは本気にしていないのか、うちを明るくするためか、けらりと笑って起立した。
「無理はしないでね」
本当にケガが完治していたとしても。過信して突撃したら、またケガをしかねない。そうなったら嫌だ。そう思うのは、皆も同じ。
「他人の心配ができるほど、余裕ができたんだな」
その言葉には、首を振って否定を返した。
「余裕なんてないよ。どうにか奮い立たせて、ようやく戦えるだけ」
「それでも進歩じゃん。回復魔法も使えてさ」
「使うのが遅れて、ごめんね」
まだ言えていなかった。的確な指示がなかったら、もっと遅れたかも。エウタさんだけ気になって、回復魔法をアヴィドさんに使おうって気すら回せなかったかも。
「状況を見て動けるようになるなら、これ以上に心強いことはねーよ」
ほんの少し動けるようになっただけのうちを、認めるような言葉。うれしさと申し訳なさの感情にくるまれた。同時に感じたてれくささで、アヴィドさんを見ていられなくなった視線を地面に落とす。
「これから、もっと強い敵を相手にする可能性もある。この程度で満足はいけねー」
アヴィドさんの言葉はもっともだ。たった1人の力が全体にどれだけの影響を与えるか、エウタさんの欠員でまざまざと知った。
恐怖に負けないで立ち回れるだけの精神力を身につけないと。うちが動けるようになったら、それだけ皆にとっても支えになれるんだ。
「合成魔法、やろーぜ」
続けざまの言葉に、すぐには反応できなかった。
「4人の合成魔法でも、あれだけの威力。オレも含めてできるよーになりゃ、戦力増強になるだろ」
アヴィドさんともできるようになったら、合成魔法に参加するアタッカーが2人になる。合成魔法の威力も、それだけ増すよね。
アヴィドさんのケガも治っていたし、この提案には賛成しかない。点頭したら、アヴィドさんは時間を惜しむように呪文を唱えた。うちもそれに続く。
うちの風魔法と、アヴィドさんの光魔法。
同時に放って、前方にまっすぐ飛ぶ。まばゆいまでの光線にうちの風が弱々しくまとわりついて、かろうじて合成魔法になった。
「本当にできんだな」
眼前の光景を前に、アヴィドさんはぽつりと発した。うちはもう、驚きは少なくなってきていた。
ビビから数えて、もう4人目。ここまで立て続けにあっさり成功したら、ミアイアル先生の『マルチエレメントと合成魔法は相性がいい』説が信頼性を帯びてくる。
『感覚をつかみたい』というアヴィドさんに従って数回続けたけど、合成魔法はどれも成功した。
「ひとまずいけそーか? 準備時間を考えると、多用はできねーな」
息をあわせて詠唱する必要がある合成魔法。人数が増えたら威力も増すけど、それだけの人が詠唱にさがることも意味する。敵の隙をついた状態でないと、使うのは危険。
今回だって、前衛でアヴィドさんやクリシスさんが戦って影の気をひいてくれたから詠唱に集中できたんだ。
「あれはどーよ? マルチエレメント」
うちはあれ以来、修練でもマルチエレメントは発動できていない。
「修練はしているけど、よくわからなくって」
ぼんやり想起した記憶をたどって試しても、どれも発動には至っていない。マルチエレメントを使いこなせるようになったら、皆の負担を減らせるかもしれないのに。
「ごめんね」
マルチエレメントと合成魔法の相性がいいなら、うちは役に立てているのかな。ただの合成魔法の媒体として。
でも『そのままでいい』ととまってはいけない。もっと高みを目指さないと。心が負けたら、そこで終わりになってしまう。
「責めてねーよ」
笑って立ち去るアヴィドさんの背中は、とてもあたたかくて優しく見えた。ちぢまりかけた心がじんわりといやされて、とけるような感覚にくるまれた。
エウタさんが眠る宿舎から帰ったセリオさんの表情は、暗いままだった。
「まだ起きないの?」
ビビの声に、セリオさんは浮かない顔のまま点頭する。
エウタさんのそばには、フィリーがずっとつきそっている。たまにうちたちも様子を見に向かうけど、返す反応は誰もが同じだった。
「こんなに長期化すること、今までなかった」
あんな状態のエウタさんを見るのは実質はじめてのうちは、どう対処していいかわからない。皆の反応を見る限り、いつもは本当にすぐに回復したんだよね。
「そんな日もあるんじゃねーの?」
「それで済んだらいいけど」
楽観視するアヴィドさんに対して、セリオさんは最悪のケースまで想定してしまうみたいだった。だからこそ、どんな瞬間も冷静さを欠かないでいられるのかな。
「どうするのー?」
ビビの声も状況にそぐわない明るさだったけど、場の空気を軽くしたい真意がかすめとれた。エウタさんの宿舎から帰るビビの顔に、心配がはりついているのを見たからだろうな。
もしかしたらアヴィドさんも、ビビと同じ真意はあったのかな? ケガの治療の際の話で、アヴィドさんのあたたかさはわかったもん。
クリシスさんは1回もエウタさんの宿舎に行くことはなくて、今も皆の話に興味なさげに窓の風景を眺めるだけ。エウタさんを運んでくれたお礼を伝えた際も無反応だった。
「この時間に発つのも危険。もう1晩泊まる?」
まだ外は暗くないとはいえ、歩いているうちに空は闇におおわれる。暗くなったら、敵の気配に気づきにくくなる。闇にとけこむ影なら、余計に。
ほかにも野生の動物とか、足を踏み外したりの驚異がある。うちはセリオさんの意見に賛成だ。
「エウタを担いでんのに敵に遭遇したら、まともに戦えねーもんな」
その可能性もあるんだ。ケガが治ったからアヴィドさんが運べるようになったけど、大切な前衛。両手がふさがるのは当然として、体力が奪われることも問題だ。
「さんせー!」
片手をあげた元気なビビの声が響く。うちも賛同を伝えるように点頭した。
セリオさんは、クリシスさんの背中に視線を移す。話は聞こえる距離なのに、無反応を貫いている。
「宿泊にしましょう」
『否定がないからクリシスさんも賛成』と判断したのかな。セリオさんの視線がうちに向く。
「料理を任せることになってしまうけど、いい?」
うちとエウタさんしか料理ができない。そんなエウタさんが倒れてしまった。となると、うちしかいない。
「味は期待しないでね」
これだけは本当に。謙遜なんかではなく、うちの腕は明らかにエウタさんより下だ。
皆の表情は変わらない。うちの真意、伝わったのかな。
1人で調理をはじめようとした瞬間、人目を忍んでセリオさんも調理場に来た。この前の『料理を教える』の約束を、早々と果たしに来たみたい。
まだ腕に自信がないし、食材に余裕がないこの状況。おまけに作った料理は、確実に皆が食べる未来。
それらを懸念してか、セリオさんは味つけとかには参加しなかった。食材を洗ったり切ったりの、味の影響が最小限に済むものだけを手伝ってくれた。
どこかたどたどしい手つきは、正直ヒヤヒヤした。同時に、失礼ながら『この腕で作った料理は、どんな味だったのかな』とよぎってしまった。
セリオさんが調理場にいたと知られたら、もしかしたらクリシスさんは手をつけたがらなかったりするのかな。
そこまで考えるのは、セリオさんに失礼だよね。クリシスさんもそこまで冷たい人ではないよね。
内心よぎってしまったあらぬ考えに、誰にも届かない謝罪をした。
簡単に作れる、当たりさわりのない料理を作ったのもあって、誰からも不満の声はあがらなかった。
安心より、いつもよりはずんだ笑みを見せてくれたようなセリオさんがうれしかった。セリオさんは時折クリシスさんに視線を送って、不満なく食べるクリシスさんに満足しているように見えた。自分が手伝った料理を食べてくれることがうれしかったのかな。
滞りなく食事の時間は終わって、セリオさんにお礼を言われながら2人で片づけを終えた。
見張りをする人が交代でエウタさんも見ることになって、床についた。
料理をしたうちは、今回も見張りの役は任されなかった。セリオさんは見張りをやるのにうちだけ免除なんて心苦しいから、意見はした、セリオさんがこっそり調理に参加した関係上、強く言えなくて。セリオさんの『気にしないで』の声もあったから、結局『なにかあったら起こして』と伝えて、条件を飲んだ。
うちは起こされることはなく、平和な睡眠時間を終えて朝を迎えた。
襲撃はなくてよかった。それだけでは終われなかった。
エウタさんは、まだ意識が戻らなかった。
見守っていた人も、変わった様子は見かけなかったみたい。エウタさんは眠るようにまぶたを閉じたまま。
「さすがに長い、よね?」
皆で集まって話すのは、当然エウタさんの話題。首をひねって、ビビが心配を口にする。
いつもはすぐ目覚めていたみたいだから、今回も時間が解決してくれると思っていたんだ。奇しくも、セリオさんの懸念が当たってしまった形になった。
「お疲れかな?」
ビビの言葉は楽観視した内容だった。あえてそれを選んだんだろうな。
任務続きだったし、そうだった可能性も否定はできないかも。
「いけない攻撃をもらったわけではないですわよね?」
心配を隠せないでいるのがフィリー。昨晩も極力つきそっていたみたいだし、きっと誰よりも心配があるんだよね。
「その可能性は捨てきれない。念のため、医者に見せたほうがいいかも」
セリオさんの言葉に、反対する人はいなかった。
「急いで学園に出発だー!」
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