エスニック・クレンジング
美村ミム
第1話 生まれたばかりの国
ナンバープレートの外れたホンダが目の前で停まった。日本ではとうの昔に使われることのなくなった2010年代後半のモデルだ。
助手席の窓が開き、日焼けした肌のアメリカ人が顔を覗かせる。
「ハロー。お前がケン、
黙って頷き、素早く後部座席に乗り込んだ。バックミラー越しに運転手と目が合い、互いに軽く会釈する。糸のほつれた上着や無精髭から現地のドライバーであることが見て取れる。交通インフラの整備が追いついていないこの国では、古い自動車が数多く走っている。自動運転がさほど珍しいものではなくなった今、旧世代にタイムスリップしたような、どこか懐かしい感覚に襲われた。まるでバック・トゥ・ザ・フューチャーのデロリアンだ。
車窓から景色を眺めると “NEW BORN” の文字を模った巨大なモニュメントが目に入る。七つのアルファベットのブロックは、それぞれ日本人女性の身長の二倍ほどの高さがあり、この国のシンボルとして昂然と鎮座している。待ち合わせ場所として利用する人々も多く、ケンもそのうちの一人だった。どのブロックも極彩色のスプレーで書かれた言葉で埋め尽くされており、路地裏のグラフィティアートのようでもある。
日本の新宿にも似たようなモニュメントがあったよな、LOVEってやつ、とアメリカ人が自信満々に訊ねてきた。どうやら親日の証として、日本に詳しいことをアピールしたいらしい。でもそんなの、どこにだってあるだろう。ケンは苦笑いをしながら、ヤーと答えた。だが、そこに込められている文脈は日本のそれとまったく違う。このモニュメントは一つの国家の独立を祝って造られたものであり、そこに書かれた無数の言葉は、国民の喜びであり、怒りであり、悲しみであり、一纏めに言えば、感情の坩堝なのだ。おそらくこのアメリカ人はそんなことなど知らないのだろうし、有り体にいって、普通に生活している限り知らないのが当たり前だ。国際社会はこの国に関心を持とうとしない。
「おっと、名前をまだ名乗っていなかったよな。スティーブだ。スティーブ・ゴールドスタイン。よろしく。話はサクマから聞いてるよ。とは言っても、詳しいことは何も知らないけどな。まあ、おれの役目はお前をガードすることだから、特に知らなくても問題はないさ」
歯を見せて笑いながら、彼は手を差し出した。おいおい、大丈夫かこいつは。
「安堂研だ。しっかり頼むよ、スティーブ」
スティーブの手を握ると、強く握り返された。サハラ砂漠のように乾燥し、岩石のようにゴツゴツとしている。やたら調子がよい彼の様子を不安に思う反面、緊張が和らいで頬が緩むのを感じた。
運転手がサイドブレーキを下ろし、アクセルを踏む。エンジン音を唸らせて発進すると、モニュメントが遠ざかり、代わりに青空に溶けるようにはためくアルバニア国旗があちこちに見える。
国の名はコソボ。かつてセルビア共和国の自治州だったその地で、コソボ
正式にコソボが国家として承認されてから二十年以上が経った今、NATO主体のコソボ
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