1-2:準備期間
「ねぇ、爆弾作ろう」
「何物騒なこと言いだしてんだお前は」
姫海が校内を走り回っている頃、工と経は学習室にいた。学習室の入り口付近には、複数の机と椅子が並べられ、その奥には扉のついた個室が用意されている。四人まで利用できる大きめの個室で、経は工が開いているパソコンを覗き込んでいた。
「煙幕に音つけたり」
「……楽しそうだな、おい」
ゆるく弧が描かれた工の唇。普段無表情な工は、心底楽しい時だけこのようにわずかに口元が緩むのだ。そのことを知っている経がジト目で睨むが、工は気にするそぶりもなく作り方をパソコンのメモ帳に書き留めていく。
「とりあえず花火の作り方はこれでいいかな」
「なあ、聞いてる?」
「聞いてはいる」
パソコンを閉じて立ち上がった工に合わせるように、経がガラス張りになっている個室の扉を開けた。
「工くーん」
その瞬間。スパーンと聞こえてきそうな勢いで学習室の扉が開かれた。
犯人は声ですぐにわかった。そう、姫海である。
「あ、いたー。ついでに経も発見」
右手を目の上に当てて遠くを眺めるような動作をしたあと、姫海はニンマリと笑った。学習室にいた他の生徒たちは、またか、というような顔をしたあと各々開いていた教科書やパソコンに視線を戻す。
姫海の奇行は、今年入って来たばかりの一年にすらすでに周知されているのだ。
「探したよー。もうあとは組み立てるだけなんだからね」
「花火は調べ終わったよ。あとは、素夫さんにお願いするだけ」
姫海が工に視線を向け、それを受け止めたあと今度は二人して経を見つめる。
「……はいはい、今から向かうか」
意味を理解した経は深いため息を吐き出して、必要なものをもらいに素夫のいる病院へと向かった。
***
「これと、これじゃな」
運びやすいよう、液体にされた各物質が工へと渡される。パソコンを入れているカバンがある程度の衝撃に耐えられるため、液体を運ぶ係に任命されたのだ。
「ありがとうございます」
お願いしていた液体を全て受け取り、確認しながらカバンへと詰めていく。
まるで麻薬の売買現場のようだな、と経は思いながら、その光景が終わるまでソファに座ってただ待つ。目の前では、自宅のようにリラックスしている姫海がせんべいを食べつつお茶を飲んでいた。
「で、結局俺は体育祭なにすりゃいいの?」
「あ、忘れてた」
もそもそとせんべいを頬張っていた姫海が、醤油でペットリとした指を舐めとる。
「ねー工くん。パレードの花形の台車に――」
そして、経の質問を華麗にスルーして、富久河からされたお願いをとりあえず工に伝えてみた。
「やだ、楽しくなさそう」
「やっぱりばっさりー」
そして予想通りの反応に、落ち込むこともなく顔を経に向ける。
「じゃ、経よろしくねー」
「は?」
意味がわからないと顔を歪めた経には目もくれず、姫海は素知らぬ顔で次のせんべいに手を伸ばした。もう、自分の役目は終わったと思っているのだろう。
「俺、都合のいい男ってやつ?」
「ぴったりじゃの」
「僕もそう思う」
同意した二人を睨みつけ、経も目の前のせんべいへと手を伸ばした。
「……姫」
「んー? お、ようやく慣れたのかなー?」
せんべいを噛み締め、飲み込み、少し思案したあと経は姫海の名を呼んだ。ニヤニヤと嬉しそうに笑う姫海は、せんべいに伸ばしていた手を止めて経の方へ身を乗り出す。
「体育祭、俺はなにすんの?」
そんな姫海の肩を押し距離を空けると、少し前にもしたはずの、完全に忘れ去られていたと思われる質問をもう一度投げかけた。
「んーとね、花火作りの手伝いと、アタシとメインの台車でダンス!」
「お、まえと……ダンス?」
「ひーめー」
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。経は姫海を見つめ、口を開けたまま固まってしまった。
「ねぇ、姫」
「ん?」
食べ過ぎたのか、姫海がお腹をさすりながらソファに深く身を預けた。工はそんな姫海の隣に腰を下ろしつつ声をかける。
「超、運動音痴なのに平気なの?」
「経が頑張るよ。きっと」
「俺頼みかよ……」
超の部分に力を込めて言い切った工。だが、姫海も自分が運動音痴だとは理解しているため、怒ったりはせずに全てを経にまるっと投げた。
そう、姫海は運動音痴なのだ。
走ること自体はさして問題はないし、遅くもない。だが、道具を使ったり、リズムをとったりするようなことは一切できない。ダンスなども基本的には覚えられない。機械を作ることにのみ興味を、やる気を振り切ってしまった残念女子。それが姫海だ。
ちなみに、工は経ほどではないが運動はできる。適度に筋トレも実はしている。ただ、やる気がない。
「姫ちゃんはどんな服着るんじゃ?」
「ヒラッヒラドレスの予定だよ」
話を聞いていた素夫が、気になったのか衣装について質問を投げた。答えると同時に姫海がくるりと一回転して見せてくれたからか、今は楽しそうに拍手を送っている。その素夫の隣では、経が深く長いため息を吐き出していた。
「足踏まれる数、一桁で済むかな」
「御愁傷様」
ぽんっと優しく叩かれた背中が、なんだかやけに痛く感じた。
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