女性店員とつきあう方法

大和ヌレガミ

第1話 豚モダンと砂時計

       序


 なぜだかわからないが、オレは昔から接客業の女の子をすぐに好きになってしまう。


 この場合の接客業とはファミレス、コンビニ、レンタルビデオ屋、本屋などであり、できれば時給は千円以下であることが望ましい。

 エプロンをつけ、額に汗をし、テキパキと動き回り、どれだけ忙しくても舌打ちなどをせずに「ありがとうございました」と笑顔をつくる。その健気な姿に感動するのだ。


 同じ接客業であっても、三倍以上の時給で働いてるにも関わらず(三倍ってなんだよ、赤い彗星かよ!)酒を飲み煙草をふかし、客にタメ口をきくキャバ嬢とはえらい違いではないか。


 もう一度言おう! オレは店員さんが好きだ!


 たとえオレがイケメン俳優だったとしても、アイドルや女優などを嫁にもらわない! 店員さんを! できれば看板娘を嫁にもらいたいものだ!


 店員さんに対するオレの情熱と覚悟を少しでも理解していただけたであろうか?


 近所のコンビニに可愛い店員がいて、その子の顔を見るためにコンビニに通い、存在を印象づけるために毎回明治乳業のエッセルバニラを買う。

 しかもその店員がいる時しかコンビニに行かないのでは、ストーカーかしらと気持ち悪がられるかもしれないので、その店員がいない日にもバニラアイスを買いにいき、あげくの果てに少し太ってしまう……そんな経験は日本男子たるもの一度はあると思う。みんなもあるよなあ? おい!

 みんながアンコールを求めるのならばオレは何度でも言おう。オレは店員さんが好きだ!



       1


 八月のある日、オレは財布の中を整理していた。財布の中にはお金やレンタルビデオの会員証以外によけいなものがゴチャゴチャと入っていた。キャッシュサービスのご利用明細、期限の切れた吉野屋の卵サービスチケット、二度と行く気のないラーメン屋のスタンプカード……。

 ん? これは?

 『お好み焼き、もんじゃ焼き半額券『でんぐり返し』

 期限はあと五日か……よし、久しぶりに行ってみるか、『でんぐり返し』に!

 半額券は平日の夜六時まで有効で、店に行くと会計のとき必ず一枚もらえる。なので平日昼に行くぶんにはその店はつねに半額、豚モダンが五00円以下というリーズナブルな価格もあり、オレは定期的に『でんぐり返し』にかよっていた。ただ、夏場になると食欲がわかず、あまり行かなくなっていた。

 うん、そうだな。久しぶりに行ってみるとするか。


 昼の三時にバイトを終えたオレは久しぶりに池袋の街に出た。

 池袋はすごい人混みだった。10代の若者たちがわんさかいるのだ。

 そういえば世間では夏休み。暑苦しい街が若者の熱気でよけいに暑くなっている。そんな若者たちをつっきっていくのは疲れる。まず周りの若さにエナジーを吸い取られてしまう。

 駅前からすぐの距離ならまだしも『でんぐり返し』は駅からけっこう歩くのだ。歩くといっても十分くらいだが、三十度を超える日には極力歩きたくない。


 『でんぐり返し』は白を基調としたファミレス的な内装だ。店の広さはけっこうなもので、鉄板つきのテーブルがニ十台以上はある。

 オレ以外の客は約二組。都心だというのに平日の昼間はこんなものなのだろう。半額券を配る理由がよくわかる。

 久しぶりでなにを注文したものやら迷う。いつもオレは豚モダン焼きを注文していたが……いや、せっかく季節のメニューがあるんだ。たまには冒険してもいいだろう。オレは豚キムチ玉を注文してみた。


 水を飲みながら文庫本をめくっていると、髪を後ろで結んだ女性店員が具材の入った銀のボールを持ってきた。店員は可愛かった。憂いをおびた幸の薄そうな瞳が印象的だった。印象的というより、記憶をたどれば見覚えのある顔だった。こういう時のために名札は存在する。結城さん……たぶんそうだ。少し珍しい名前だから覚えている。去年、何度か見たことのある店員だ。手帳に『でんぐり返し新入り結城さん可愛い』と頭の悪そうなメモをとった記憶がある。

 今年は六、七回は店に来てるのに会わなかったけれど……辞めたわけではなかったのか。

「よろしければ混ぜて鉄板に乗せるところまでやりましょうか?」

「あ、うん、ありがとう」

 空気が入ってサクサクになるように、結城さんは勢いよく木のスプーンで具材をかき混ぜた。

 一生懸命な結城さんの姿を見て、オレは美しいと思った。

 豚キムチ玉を鉄板に落としながら、彼女はこう言った。

「お客さんって、よく豚モダン焼きを注文されていた方ですよね?」

 お、覚えていた。結城さんもまたオレのことを覚えていてくれた!

「う、うん……そやけど、すごいねぇ……客の顔って覚えてるものなの?」

「はい! 覚えたりしますよ!」

 結城さんは鉄板に落とした具材を円形に整えた。

「そっか、覚えてるもんなんやね。じつはね、オレも店員さんのことを覚えてるよ」。

「今、何才なの?」オレは唐突に年齢を聞いてしまった。キャバクラ感覚か!

「今年で二十歳です。去年の秋からここで働いてるんです」

 若いとは思っていたが、二十歳とは。

「お客さんは、え……と学生さんですか?」

「いや、けっこう年いっちゃってるよぉ、ニ七才」

「若く見られません?」

「うん、たまに。でも嬉しい」

 結城さんは少し遠慮がちな笑顔を見せ、タイマー代わりの砂時計を逆さにして立ち去った。


 サラサラと流れる青い砂を見つめながら、オレの脈拍は加速していった。

 すごい。オレの顔を覚えていたぞ。半年以上も会っていないというのに、これは豚モダン焼きを注文する客がよほど少ないのだろうか? いや、違う! ずばり彼女……オレに気があるな……。

 女子のいない環境で高校生活三年間を過ごしたオレは、女子のほんのささいな言動にたいして、過剰な自意識をつのらせてしまう。

 ここは冷静に、客観的に、彼女の立場、店員の立場で考えよう。たとえば、よく来る客の顔を覚えていたとしよう。その客が好みだったら……たぶん話しかけるだろう。じゃあその客が恋愛対象外だったら? ……そっとしておくはずだ。

 これはもしかすると、いいや、もしかしなくてもオレに気があるのではないか?


 砂時計の中の青い砂が底にたまっていたので、オレは両手にヘラを持ち、お好み焼きをひっくり返した。あと二回、三分ずつ焼けば出来上がりだ。オレは砂時計をふたたび逆さにする。

 そういえば昔、彼女が入社して間もないころ、話したことがあったのだ。


 去年の秋、研修生のバッジをつけた結城さんが豚モダンをオレのもとに運んできたんだ。珍しく可愛い女性店員だったのでオレは高揚した。この店では自分で鉄板に乗せるか店員に乗せてもらうか選べるのだが、もちろん彼女にやってもらった。

 その後のお好み焼きを焼いたりひっくり返すのは客の仕事だ。『でんぐり返し』ではお好み焼きの焼き方がパウチされて置いてある。そこには焼き時間と作り方の諸注意が書いてあった。だけど常連客のオレはそんなものを見なくても頭に入っている。

 迷いなく、三分の砂時計を手前に置いたオレに彼女は言った。

「あ、モダン焼きは五分×二回で焼くようになったんですよ」

 マニュアルをよく見ると、モダン焼きの作り方が変わっていた。そして、以前はなかった五分用の大きめの砂時計があった。

 テンプレート以外の会話をひとことでも交わしたことで、話しやすい雰囲気が生まれた。

「やっぱさ、慣れるまでけっこう大変やったん?」

 オッさんみたいなリラックス口調でオレは聞いた。彼女は鉄板の上のお好み焼きの上にソバを均等に乗せていた。真剣そのものの顔だった。

「はい、最初はいっぱいいっぱいで……でももう二週間、やっと慣れてきました」

「そっか! 頑張ってや!」

 こんなやりとりをしたのだった。

 それから何回か彼女に具材を混ぜてもらった時は、オレも本なんか読んでいたりして別に話もしなかったはずなのだが(クールぶってたのか?)そうか、最初の『頑張ってや』が今になって効いてきたんだ。知らぬあいだに株価が倍増していたのだ。もしかしたら、上司のパワハラがきつくて店を辞めようとした時に、お客さんからの『頑張ってや』を思い出し、励みにしていたのかもしれない……。

 よし、通うぞ。以前は月1ペースで足を運んでいたが、週1ペースにしてやる。たとえ結城さんがオレに気があったとしても、キッカケが少ないことには二人はくっつかないからな。

 夏といえば恋の季節、オレの恋がこれから始まるのだ!

 


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