私の親友、ピエロちゃん。

仲村戒斗

第1話

 私には幼い頃からピエロという親友がいる。

 先に言っておくけど、サーカスのピエロとは別物だ。


 テレビかなにかでピエロという言葉だけを知り、お母さんに訊ねたのが発端らしい。

 訊ねられたお母さんは、ピエロ自体を知っていてもよくは知らないから、ピエロは皆を笑顔にするのよと正解だけどアバウトすぎる返事をした。

 でも幼い、絵を描くことが大好きな私にとってそんな曖昧さで、補いがいのある説明で十分だった。


 ほんの少しの情報を元に私は大部分を想像で補ってピエロを思い浮かべることができた。勿論本来のピエロとは似ても似つかない、当時の私と同じくらいの女の子に、だ。とても賑やかで楽しくて私を笑顔にしてくれる。それが私にとってのピエロだった。


 ピエロはいつだって一緒だ。家の中は勿論、旅行やピクニックでもスケッチブックを抱えて私と一緒に遊ぶピエロを描いた。絵を描くことでピエロと会うこともできるし遊ぶこともできる。それが楽しくて仕方がなかった。

 私は成長してもピエロとは親友だったし、スケッチブックを手放すことはなかった。

 私の身長が伸びると共にピエロも背が高くなる。一緒に遊んで、一緒に笑って、一緒に成長する。ピエロこそが私の太陽だ。


 けれど、私がピエロを描いていると否定したがる人もいる。始めは微笑んでいた両親は顔をしかめるようになり、クラスメイトは破ったり、罵倒したりする。ふざけるな、私は怒る。勝てなくとも、声を荒げる。そして私は涙を流す。ピエロはそんなとき、必ず慰めてくれる。一番の親友だ。

 すぐ隣にいなくたって、肉体を持っていなくたっていい。私の親友でさえあれば。


 だから。新しいクラスで隣に座る女の子がピエロとして描いていた女の子とそっくりで心底驚いた。


「ピエロ?」


思わず、そう呟いていた。


「ピエロ?じゃああなたは団長だね」


 共に遊んでいたピエロの雰囲気そのままに彼女はニカッと微笑んで、こっちまで笑顔になりそうになる。

 想像上の存在でしかなかったピエロが目の前に。スケッチブックを介さないでも、微笑んでいる。今までずっと私が描いてきたからとても不思議な気分。夢を見ているような、ふわふわと空を浮かんでいるような高揚感すらあった。

 地に足が着いたというリアルを掴みきれないのだろうか。やはり心の大部分には混乱が渦巻いていた。もしかして、ピエロというのは彼女と出会う未来を予見していた? ないない、あり得ない。リアルじゃない。

 それじゃあ私の想像が現実を侵食している?ないない、あり得ない。

ファンタジーな可能性を思い浮かべては否定する。


「どーしたの黙っちゃって。変なクスリでもキメちゃった?」


 違う。私の知っているピエロはそんなことを言わない。美しい言葉で優しく包み、愉快な仕草で私を魅了する。ネガティブな要素なんかなかった。そこでようやく、ひとまずの安心を得てリアルに戻ってくる。


「大丈夫、ちょっと考え事」


 ちょっとした、考え事。わざわざ言う必要もないくらいの。あなたに多少似ていた親友との共通点を、口に出す必要なんかない。

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