第355話 イネちゃんと作戦決行

 グワールの拠点を一斉襲撃を行う作戦が発動し、皆が一斉に施設の攻撃を始めた時間帯、イネちゃんたち3人はシックの1階にあるお食事処で待機していた。

 作戦とは言えこう、自分たちは完全待機となると手持ち無沙汰になるというか……銃の整備は昨日の夜に済ませてしまっているし、食事に関しても朝食でリリアの作った健康メニューを完食しているのでお腹もいっぱい……本当に待機以外にすることがないという割と辛い時間を過ごしている。

 ちなみにムーンラビットさんも重要と思われる施設を単独で潰すとか行って出撃しちゃっているので、連絡係として今イネちゃんたちの目の前にいるのはタタラさんだったりする。

 3世界同時作戦とは言っても流石に大陸の防衛能力をゼロにするわけにも行かないということで、有力な神官長が数人、ギルド側もランキング上位者は大陸各地に満遍なく配置して緊急事態に備えているということらしく、ますますイネちゃんたちが暇を持て余す状況になっている。

「なんというか……暇だね」

「作戦……待機」

 リリアとロロさんも同じようなもので、今はお茶を啜っている。

「正直、私たちが調べた施設が全てとは思っていないからな。防衛は万全、そしてリリアたちは後詰の遊撃部隊なのも戦力が小分けになってしまっているからだ。申し訳ないが今しばらく待機で頼む」

 その様子を見かねたのかタタラさんが配置に関しての補足とイネちゃんたちの部隊が遊撃として組まれていることを話してくれている……けど実はこれ5回目くらいだったりする。

「作戦開始から30分くらい経ちましたが……特に連絡は?」

「ない。連絡が来ないとすれば我々の調査が不十分だったということになるが……」

 大量に配置されている施設を同時に攻撃されて、それでもグワールが見つからないとなれば他に拠点があったと考えるのが自然だからね、タタラさんの今の発言に関しては十二分に理解ができる。

 それに最悪、イネちゃんたちが把握していない別の世界に逃げ込まれたら追う手段がこちらにはない……とも言い切れない人が数名いるけれど、それはそれで個人的な力だけで追わなければならなくなるからね、ムータリアスのときのように既にあちらから大陸に対してアプローチがあったわけでもないわけで、ヌーリエ様による観測や解析が終わらない限り部隊を送りこむということが不可能になる。

「とりあえずまだ作戦は始まったばかりだ、防衛部隊も配置されているだろうし、交戦がない場所にしても通信を確保する必要がある。夢魔部隊による精神通信にも制限はあるし、地球の技術を使ったとしても流石に限界があるからな」

「まぁ……特にムータリアスの奥地に関しては大陸も関与してないですしねぇ」

 それ以外にも地球の国連未加入の国に拠点が数箇所あったらしく、こちらに関しても地球の通信は衛生を介した通信限定な上に、それに必要な通信衛星をその国の上空に待機させないといけないわけで……その国の政府がそれを拒否したものだから割と連絡が遅れてしまうからね。

 これに関しては地球全土でテロを起こした組織の摘発を名目に国連がやたら積極的に動いてくれたからなんとか無理やり実行できたって程度だけれど……それでも禍根が残ってもおかしくないほどの強引な手法だったからね、正直関係のない死人がでないことを祈るレベル。

 地球は国際情勢絡み、ムータリアスは物理的な意味で報告が遅れる以上、最低でも半日、長く見積もって数日かかることは最初に覚悟はしていたのだけれど……。

「何もしないってことがこれほど苦痛になるなんてなぁ……」

「ゴブリン事案の最終決戦だからだろう、となれば無意識で緊張をしたりしてしまうのも致し方ない」

「タタラさんは、本当にこれが最後だと思いますか?」

「そうであれば良いと思っている。違ったとしても対処は続けるだけだ」

 確かにそのとおりで、そうとしか言えない。

 まぁ確かにそうなんだよなぁ、これで終わらなかったにしてもやることは変わらないのはタタラさんの言うとおりで……。

「どちらにしろ、同じことなのだから気負う必要なんてない」

 タタラさんは優しい笑みを浮かべてそう言い、イネちゃんの頭に大きな手を乗せて撫でてくれた。

 イネちゃんの年齢を考えれば嫌がるのが普通……なのだろうけれど、なんというかタタラさんに撫でられているととても落ち着いてきて、先ほどまで悩んでいたことも別にどうといったこともない悩みだったような気がしてくる。

 これが包容力というものなのか……リリアにぎゅっとされたときも似たような感じになるけれど、この辺は年の功ってことが感じるね、タタラさんに任せれば安心で安全だって感じる。

「父さんの手、すごいでしょ」

 リリアが自慢げにニヤニヤしながらそう言ってきてるけれど、なる程これは確かに素直に頷くしかない。

「うん、すご……」

 イネちゃんが全部言い終わる前に事態が動く。

「タタラ様!」

 伝令役の人が慌てて駆け寄って来て、イネちゃんたちの姿も確認してから叫ぶようにして報告を入れる。

「グワールの居場所が判明いたしました!場所は大陸……オワリの街近くのゴブリンの巣があった場所です!」

 その報告を聞いた全員が、イネちゃんに視線を向ける。

 よりにもよって……そう思うところもあるけれど、これはある意味イネちゃんにとっては良かったのかもしれない。

 イネちゃんにとってゴブリンとの戦いの始まった場所を、ゴブリンへの憎しみの終着点にできるのであれば気持ちの面でも過去と決別することができるかもしれないからね。

 今でもそれほど引っ張られているつもりはないけれど、なんだかんだで生まれ故郷は特別だっていうのもイネちゃんの中にはしっかり存在しているし、そこを人のためにとかのたまいながら他人を害するような人間の好きにさせるつもりは毛頭存在してないからね、やるしかない。

「イネさん」

 イネちゃんの頭から手をどけながら、タタラさんが先ほどの優しい笑みではなく、真剣な顔で名前を呼んできた。

「気負うな。とはあまり言いたくないが、行動を起こす前にまず、ひと呼吸の間を置くことを頭に入れておくことだ」

 言いたいことはわかる。

「理性とか思考の部分では、はい。ただ実際にその場に立ってみないと確実にそれができるかどうかはわからないけど」

「それでいい。この場でその言葉が出るのであればリリアとロロさんと共にいるのなら大丈夫だ。それでは……イネさん、グワールの捕獲、よろしく頼む」

「「「はい」!」!」

 3人が声を揃えてタタラさんの指示に返答……はしたけど、やっぱりロロさんの声はちょっと小さかった。

 ともあれ返事をした後はすぐに転送陣まで走り、すぐさまリリアが転送陣を起動してオワリの教会まで転送が完了した。

「行こう!」

 2人にそう言いながら走り出したけれど……そういえばここの担当って誰だったんだろう、まぁ結構な数が存在してたから都合よく知り合いなんてことはないだろうけれど、こういうときってなぜか無駄に知り合いがいて、しかもイネちゃんの出自とか詳しく知っててとかそういう展開、ありそうじゃない?

 まぁそうだとしても大陸を担当しているのは……ヨシュアさんがいたわ。

 そんなことないよねーと思いながら走っていたら思いっきり向かう先でヨシュアさんたちが待機してるわ。

「イネ!」

 叫んで駆け寄ってきたのはミミルさん。

「すみません……私たち、不意打ちを食らっちゃって……」

 そういうミミルさんの横からウルシィさんが血を流しているのが見える。

「大丈夫、派手に出血しているけれど私は大丈夫!」

「リリア、解毒と治療、お願い。ロロさんは入口警戒」

 イネちゃんが指示を飛ばすと2人は声で返事をせずにすぐに行動に移した。

 この辺はずっと一緒に居たからね、お互い分かってるっていう領域で簡単に進んでくれるから楽ができるよね。

「ヨシュアさん、状況説明頼める?」

「え、あ、あぁ……以前立ち入ったときとは内部構造が変わっている、その上で人工物と思われる構造物が存在していて、僕たちはそこに突入したのだけれど……」

「もしかして、入ってすぐに奇襲された?」

「そのとおりだよ、でもゴブリンが居た部屋には培養施設と、人間が居た」

「ちょっとまって、そのゴブリンはどうしたの?」

 イネちゃんが聞くとヨシュアさんは睨むようにして洞窟のほうを指差すと……なる程、入口を守るようにして立っている。

「でもこれだけだとグワール本人がいるとは言えないんじゃないかな」

「ううん、私が聞いたの。あのゴブリンは人語を操ることができて、はっきりとグワール様って……」

 ミミルさんが補足してくれたけれど……それなら本来は無人だけどそういうふうに動くゴブリンを配置しているだけという可能性も捨てきれない。

「リリア、治療が終わったら感知お願い。イネちゃんだと生命体の有無しかわからないから」

「わかった」

「まぁどのみち来ちゃった以上はここを潰してから戻るけど……ヨシュアさんたちは油断しすぎだと思うよ」

「イネ!」

 ミミルさんが叫ぶけれどヨシュアさんがミミルさんを制止して苦笑いみたいな表情をする。

「うん、イネの言うとおりだ。僕がいろいろ考えすぎて油断してしまったんだから」

「ムーンラビットさんからGOサインを出してもらったんだから、ナイーブになっているところ悪いけれどちゃんと動いてもらうよ」

「分かってる。結構辛辣なこと言われたから……それでもまだ過去のことを考えて目の前の今を見ていなかったのは本当僕の落ち度だしね」

 本当、何を言われたのか……流石にイネちゃんのように完全に突き放すような感じではないとは思うけれど、ヨシュアさんがまだ戦いに身を投じようと思えるようなお話があったんだろうことは想像……でしかないともいうけど、されただろうからね、うん。

「じゃあ、戦える?」

 ヨシュアさんはイネちゃんの言葉に首を縦に振った。

「よし、じゃあヨシュアさんはロロさんのカバー、ミミルさんとウルシィさんはリリアのカバーをお願い。リリア!感知の結果はどう?」

「うん……凄く強い精神が1個、中にいるよ。アタリなのは確かみたい」

「それじゃあ、イネちゃんとロロさんを最前衛として突入するよ!ヨシュアさんとミミルさんは周辺警戒!突入、開始!」

 まったく、イネちゃんはこの後ほかの人を構っている余裕があるかわからないのに……まぁ、これはこれでイネちゃんが突っ走らないためのブレーキ役が増えたと思えば、冷静でいられるかもね。

 そんなことを考えながら、ヨシュアさんの言葉どおりに以前はなかった人工的な構造物の中へと突入したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る