第354話 イネちゃんと多世界同時進行作戦
ヨシュアさんがムーンラビットさんのメンタルケアを受けてから数日後、ギルドから呼び出しを受けたイネちゃんは地球と大陸を繋ぐゲートがある施設に居た。
なんというかいろいろあって既に検疫を目的とする施設から、空港とかみたいないろんなものの行き来を管理する施設に再整備されていてかなり綺麗になっていたことに驚いたけれど、イネちゃんとしては今この場にヨシュアさんがいることにちょっと安心感を抱いていた。
新たな決意に満たされた!みたいな表情を見るあたり、ムーンラビットさんによるメンタルケアはヨシュアさんにとっていい方向へと動いてくれたみたいだし、一緒にいるミミルさんとウルシィさんの顔を見ても笑顔だからね、これは安心。
「えーこれより、対錬金術師包囲網について説明を始めます。尚、今回の作戦に関しては一部の人以外は自由意思による参加、不参加を決定できるものであり、説明を聞いた後に判断していただくことになることを事前にお伝えします」
うん、これに関しても大丈夫、イネちゃんはその一部の人だってムーンラビットさんから聞いてるからね。
ちなみにロロさんは自由意思で既にイネちゃんと一緒の部隊で参加すると表明している。
これに関してはギルドとヌーリエ教会、アーティルさんの率いる旧アルスター帝国の偉い人が部隊配置を決めることになるだろうから、個人の要望が通るかどうかはわからないけど。
「まずは地球方面において現地の軍隊と協力し、後詰を行ってもらう方ですが……これはヌーリエ教会の兵が行うことになります。ここに集まっている方々は基本的には大陸及びムータリアスを担当して頂くわけですが……」
ここで説明している神官さんはイネちゃんを見て言葉を濁す。
「一ノ瀬イネさんには待機していただきたいのです」
その言葉に反応を示したのがロロさんだけど、イネちゃんはとりあえずロロさんを制止させる。
戦略上必要なことなのか、ムーンラビットさんによる何かしらの配慮なのかはわからないけれど、事情を知っている限りは何かしらの説明があると思うからね。
まぁもちろん説明されなければしてもらうように催促するけど。
「イネさんには可能な限り、首謀者であるグワールと対峙していただけるためにシックで待機していただいて、グワールの姿が確認できたところでシックから転送陣を使い突入をしていただきたいのです」
「なる程、確かにゴブリンとの最終決戦と考えるのなら、グワールを直接叩かないといけないからね」
「真っ先にゴブリンを駆除したいでしょうが、ここはこらえていただくことになります……申し訳ございません」
説明役の神官さんが頭を下げてくれたけれど、別に謝られることではないしなぁ。
戦略面でイネちゃんの勇者の力という汎用性の高い能力を温存してでも決着をイネちゃんに委ねてくれたってことだし、どう気を使っていいのかっていうのを熟慮した結果の配置だろうね。
「イネちゃんの配置に関しては、わかりました。存分に配慮していただいた結果であろうことも理解できますし、頭を上げて説明の続き、お願いします」
「ありがとうございます。それでは他の方々の配属ですが……」
イネちゃんの知らない人も居たから、配属説明に関してはちょっと割愛するけれど、とりあえずヨシュアさんたちのパーティーは大陸配備、ティラーさんはぬらぬらひょんの面々と一緒に地球に、キュミラさんは現地の魔王軍と共同でムータリアス……いやぁ見事に分かれたというかなんというか。
あ、トーリスさんたちのイネちゃんが見知っている傭兵の人たちは基本的にはアーティルさんの軍と合流して動くらしい。
未だ休戦条約は有効な状態らしいけれど、どうにも帝都を制圧している帝国側がちょくちょくカルネルと貿易している商人を使って誘拐とかしているらしいし、その動かぬ証拠を入手できちゃったもので、実質休戦条約はあちらが破った扱いで強引に行けるとかなんとか。
いやまぁただでさえ人員不足が加速していたところで地球で大暴れしたわけで、ゴブリンはあの賢者の石とかいう奴でなんとかできたとしてもマッドスライム関係の方にもゴブリンを使ってカバーするとなると、それもそれで生産が追いつかないんじゃないかな。
となればそれらに頼らない人でが必要になってくるとなれば、外から連れてくる以外に選択肢がほぼほぼなくなっているのがあちらなわけで……ムータリアスでならまだわからないけれど、大陸と地球じゃただのテロリストだからね、しかも地球に元々いたテロ組織だって、あんな無差別に虐殺しかできないゴブリンだと政治的主張をすることもできないわけで……例え目的となる政府の打倒が叶ったとしてもその後の統治はろくなものじゃないのが思いついちゃう……はずなのにねぇ、なんで地球全土で展開されちゃったのか。
そういう理論なんて無視しちゃうくらいに感情が先に出てしまった場合ってことなんだろうけれど、それならイネちゃんだって……いや、この辺は実際グワールと対峙したときに感情で突っ走らなかったから大丈夫と言える……と思うけれど、次は最終決戦と言ってもいいくらいの状況がお膳立てされるわけで……ちょっと不安になってくる。
次にグワールと対峙したとき、イネちゃんはちゃんと冷静に戦えるのだろうか……いつもは冷静に諌めてくれるイーアだって、グワール相手だとイネちゃんと同じでいっそのこと拷問だってありかなって思っちゃうくらいだから、それこそヌーリエ様が介入してくるとかしないとちょっと厳しい気がしてくるよね。
「それでは明日、早朝から作戦を開始いたしますので、今日1日英気を養い、準備の時間としてください。それでは解散!」
イネちゃんがあれこれ考えている間に配備やらの説明が終わったようで、説明をしていた神官さんの号令を聞いて各々思い思いの動きを始めたところで、リリアが駆け寄ってきた。
「イネ、なんだか凄く考え込んでたみたいだけど……大丈夫?」
「んー……いやまぁイネちゃんは作戦が終わるまで冷静でいられるかなって、ちょっと考えちゃってね」
「大……丈夫、一緒……だし」
「ロロの言うとおり、イネは1人じゃないんだからさ。イネが心配していることは私が何とかするから、もっと頼ってよね」
「頼るって……リリアも戦場に来るの!?」
「イネ嬢ちゃんのチームは3人、イネ嬢ちゃんにロロ嬢ちゃん、それにリリア。前衛中衛後衛でバランス取れてるやろ?」
説明役の後ろで座っていたムーンラビットさんが説明しながら近づいてきた。
「イネ嬢ちゃんは物理面では無類の強さを誇るが、グワールが世界間を自由に転移可能という点を考慮してな、それぞれの突入チームには必ず私の部下か神官長クラスが同行することになってるんよ、転移を封じて捕らえるためにな」
「でもリリアは……」
「大丈夫、キャリーに少しだけど魔法を教えてもらったし、最低限の自衛はできるようになったからさ」
それでも。
と言うのはとても簡単、当然グワールとの最終決戦という形になるとしたらムーンラビットさんの言うようにイネちゃんとロロさんは物理的な攻撃には強いし、イネちゃんの勇者の力の特性上物理的な破壊に関しては問題はないけれど、グワールは原理不明の精神移動をしているからね、それを防ぎつつグワールを捕獲するとなれば夢魔の人たちのような精神的な方面に特化した人たちか、ヌーリエ教会の神官のようにそれに干渉できるような人でないとほぼ不可能と言える。
それが簡単に思いついてしまう限りはこれ以上反論は難しいし、代案を出すこともできないわけで……。
「まぁイネ嬢ちゃん、リリアのことを心配してくれるのは嬉しいが、今のリリアは戦闘だけ見れば私より上やしその辺はあまり気にしないで大丈夫なんよ。少なくとも精神操作系に関してもヌーリエ教会でも最上位レベルなのは保証するしな」
「実力はまぁ……イネちゃんだってリリアが怒ったときの力は知ってるけれども、グワールが何をしてくるかわかったものじゃないから」
「大丈夫だよ、イネ。むしろゴブリンを使って好き放題するような人は放置しちゃいけないし、それに私はもう見習いじゃなくヌーリエ教会の神官だからさ」
あぁそうか……今までは見習いということで前線に出る必要はなかったからそれに慣れきっていたけれど、もうリリアは見習いじゃなくって正式な神官の1人。
そうなれば必然的に今回の作戦では、神官長クラスではないにしても精神制御に関してはムーンラビットさん曰く大陸で1番なわけだし、となればグワール捕獲作戦に駆り出されないわけがない。
「そういうことよ。むしろリリアが最も安心して力を発揮できるのはイネ嬢ちゃんと一緒であることだと思うかんな、心配するならむしろがっちり守ってやって欲しいんよ」
ムーンラビットさんの言葉に合わせる形でリリアとロロさんがイネちゃんの手を握って微笑む。
「むぅ……イネちゃんが待機することといい、完全に外堀を埋めてるじゃないですか……もう、2人もいいよ、うん。そういうことならちゃんとイネちゃんが守るからね!」
「ロロも、守る」
「最後の詰めは任せてね!」
「あー盛り上がるのはいいが、作戦開始は明日やし、施設の確保に時間がかかればそれだけイネ嬢ちゃんたちの出番は遅くなるからな、うん。ちゃんとその士気を本番に継続できるならええけど」
思いっきりど正論でイネちゃんたちの決意は水を差されたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます