第352話 イネちゃんとヨシュアさんの気持ち
「ふぅ……久々の日本って感じがするよ。ムータリアスに行ってた時よりも本当気づかれした感じ」
「イネ、お疲れ様」
自衛隊の艦艇から港に降りたイネちゃんの呟きにリリアが労ってくれた。
丁度台風シーズンだってこともあってちょくちょく海外で寄港してたから行きの時よりも時間がかかったけれど、船旅自体が中々できることじゃないからね、そういう意味では楽しめた感じがしてイネちゃん個人としては楽しかった。
ただまぁ、それだけ長い間考える時間があったってことで帰国を渋る感じだったヨシュアさんに関してはずっと何かを考えていて深みにハマっている感じに見えたのが結構心配なんだよねぇ。
そんなヨシュアさんを心配してずっとミミルさんとウルシィさんがそばにいて話す機会がなかったのだけれど、キャリーさんが苦笑いしながら。
「多分、時間が必要なのだと思いますからもう少し見守ってください」
とイネちゃんに耳打ちするように言ってきたから言葉通り見守っていたのだけれど……日に日に精神的に落ち込んでいくヨシュアさんを見るのはこう、少し可哀想になってくるくらいだったからなぁ。
「よし、基地への報告は俺1人で行ってくるから、イネたちはここで解散していいぞ。ただまぁ本人が思っている以上に疲労がたまっているからあまり寄り道はするんじゃないぞ、それでは解散!」
ムツキお父さんが号令をするも、その言葉に従ってその場を離れようとした中でまだ乗ってきた護衛艦を見つめるヨシュアさんがイネちゃんの視界に入ってきた。
うーむ、これは時間が必要というにはあまりに重症なのではないだろうか……。
助けられるはずの人を目の前にして助けることができないという体験は、ヨシュアさんも今まで何度かしていると思うのだけどなぁ、イネちゃんと一緒に行動していない間にそういう事態が起きて二度と見捨てないとかそういう決意をしていたとか、シックでの防衛戦の時に市街地で助けることができなかったとかそういうことがあったのかな。
正直、イネちゃんだってそういう事態は大量に出くわしているし、ヨシュアさん以上に助ける機会が与えられていたと思うけれど、イネちゃんとしては自分の力が及ぶ範囲でも助けられる人数に関して割り切ってるし、お父さんたちに鍛えられていた時に耳にタコができるほど聞かされていたからそういうものという認識なのだけれど……ヨシュアさん、よくある創作のような転生している人だとするとヨシュアさんの中での倫理は非戦闘員、民間人のソレだと思うしやっぱり引きずっちゃいそうだよねぇ……。
となれば今の状態はあまり好ましい状態とは言えないし、精神的なケアをする必要があるとは思うのだけれど……イネちゃんって戦闘面とサバイバル関連に関してはお父さんたちから教わってたけど、こういう精神的にどうこうっていう人のケアの方法はまるで知識がない。
いやまぁイネちゃん自身が他人を気遣うことができる状況じゃなかったっていうのもあるけれど、割り切った上で乗り越えてみると自分と同じような状態……ではないけれど、精神的に参っている人に対しての対応に関してはどこかで身につけておいたほうが良かったと感じるね。
「イネー、どこかに寄ってから帰る?」
「んー美味しいもの食べて帰りたいけれど……リリアのお料理と比べたら似たようなものだしなぁ……そうなるとお金のかからない方を選択したくなるけど……」
「じゃあ私が決めていい?ちょっとラーメンっていうのを食べたいんだけど、いいお店ってあるかな……あぁ日常的に食べられそうな奴でお願いね」
あ、これは日常のレシピに取り入れようとしている。
ラーメンとなるとスープとかの問題で難しいと思うのだけれど……なんとなくリリアならなんとかしちゃいそうな気がしてるんだよね、うん。
「ヨシュアさんもちょっといいかな?人数が多い方がいろんなもの食べられるし」
そしてリリアはまだ何か考えているような表情をしているヨシュアさんを誘う。
そういえばリリアって非戦闘員で民間人……と定義するのはちょっと違うけれど、普段の性格を考えてみればもうちょっと人死に関して同様したりしてもおかしくない気がするんだけど、そういう感じはこれっぽっちも感じない。
「イネ、ヨシュアさんたちも来てくれるって!」
リリアがヨシュアさんを誘うことに成功したらしく、すぐに戻ってきた。
「イネ、私だって人が死ぬのは嫌だよ。でも自分ができる範囲外のことまで責任を持つ必要なんて無いとも思う……ヌーリエ教会の教えの1つなんだけどね」
「リリア……思考読んだ?」
「まぁ……うん、ヨシュアさんもずっとアメリカ?……だっけ、あそこで助けられるだろう人が助けることができないってことを考えてたから、少しでも気が紛れればいいかなって」
「リリアは、それで大丈夫なの?助けられるだろう人もいただろうけど……」
「私はその、助けられるだろう人には会ったことがないから……私の力が及ぶ範囲は手の届く範囲でしかないし、それなら手の届くヨシュアさんをまず助けたいかな」
ヌーリエ教会の教えと倫理観はこういうところで現実的というか……夢見がちの神頼みな宗教でない教えが結構多い感じだよなぁ、だから神官の人とかムーンラビットさんが積極的に前に出て、その手の届く範囲を広げているんだろうけれど。
「これでイネも、ヨシュアさんとお話できるでしょ?」
リリア……これはイネちゃんにも気を使ってくれたのかな。
これは感謝しかないかなぁ、こういったメンタル面においてはリリアには本当頭が上がらない。
「お返しはラーメンでね」
「うん、リリアの分はイネちゃんが出すからね……まぁ行こうと思っているお店は安いお店だから、お金に関しては気にしないのと、それと同時に味に満足しなくても怒らないでね?」
「うん大丈夫、それじゃあいこっか」
こうして帰宅中に寄り道をしてって青春って感じはするよね、イネちゃんたちはどれかと言えば仕事帰りの疲れた人たちって感じというか、完全に体育会系の買い食いみたいなノリだけど。
護衛艦にお風呂はあったけど、真水の関係であまり入れなかったから結構汚れたままなんだよね、アメリカでお洗濯するだけの時間猶予もなかったし、乗せてもらう客人みたいな立場で護衛艦のそれを使うわけにもいかなかったしね。
ともあれイネちゃんたちはヨシュアさんも含めて帰る途中にあるショッピングモールのフードコートに入ったのだった。
イネちゃんが育った街では結構憩いの場になるような場所で家族連れの人も、お昼を過ぎた辺りなのに結構賑わっていて……。
「え、ラーメンってフードコート?」
ヨシュアさんがそんなことを言っていたけれど、イネちゃんにとっては割と普通なことなんだけどねぇ、安いし。
「それじゃあ皆好きなの食べようか、ラーメンがいやだーって人でもここなら大丈夫だろうしね」
「私は1番スタンダートのをお願い、ヨシュアさんもついて行ってあげてもらっていいかな」
イネちゃんが皆別なのを食べても大丈夫と言ったところでリリアがイネちゃんとヨシュアさんが2人になるように流れを作ってくれた。
菜食メインのミミルさんと肉食メインのウルシィさんがついてくる可能性は低いし、キャリーさんは空気が読める人だからね、そして今はキュミラさんもいないのでロロさんもティラーさんも空気を読む人だから必然的にイネちゃんとヨシュアさんが2人きりになるという流れになった。
「……イネ、この流れを作ったね?」
「いやぁまぁ……うん。ヨシュアさんが考え込んでた感じだし、最初は時間に任せようかとも思っていたけど思考の迷路に迷い込んでる感じだったからね、悪いけど話せる機会を作ってみた。まぁここまでガッツリした流れを作ってくれたのはリリアだけどね」
隠しても仕方ないことなのでリリアも心配していることをしっかり伝えておかないとね、それだけ周囲の人がヨシュアさんが考え込んでいるっていうのがまるわかりだってわかってもらえればお話ししやすくなるからね。
「そんなに、心配されるほど考えてた?」
「うん、というかアメリカから日本まで移動する間の時間でまとまらないのなら、1度考えないようにしてみたほうがいいと思うよ」
「そう……かな」
「イネちゃんの言葉で納得できるのなら、言わせてもらうけれど。救えたかもしれない人ってことは救えなかった可能性っていうのも孕んでいるってこと。知らない場所で起きたことをあれこれ考えて、その末動いたところで時間切れになってる可能性の方が高いし、何よりあのアメリカの状況であるのならむしろ救えない可能性のほうが圧倒的に高い。それにアメリカは主権国家であるってことを失念してるよね。何でもかんでもイネちゃんたちがやったら、それが人を救う行為であっても主権を侵害したって言われて後で凄く面倒になるかもしれない。そうなれば間違いなくヨシュアさんといつも一緒にいるミミルさんとウルシィさんに不必要な危険を背負わせることにもなるわけで……」
あ、一気にまくし立てちゃったかな……ヨシュアさん俯く首の角度かかなり鋭角に下を向いちゃってるよ。
「ま、まぁ今のヨシュアさんは1人じゃないってこと。助けるにしても誰を優先するかを考えてみると、そこまで悩む必要は無いよ。ヨシュアさんがいくらチートな力を持っているとしても、それはムーンラビットさんやササヤさんより上とは思っていないでしょ?ヨシュアさんの定義で上に置かれている人たちだって自分に認識外で起きている悲劇に関しては関与できないんだよ。もし今挙げた2人が関与できるんだったら、イネちゃんとロロさんは家族をゴブリンに殺されてないわけだしさ」
ササヤさんのような人ですら無理なことを、イネちゃんやヨシュアさんがこなせるかと言われたら土台無理な話だからね、悲劇に見舞われている人に同情して助けてあげたいと思うのは別にいいけれど、それをなんとかしようと思って全てを捨てる必要も無い。
「正直、今回のアメリカでの戦いはまごう事なき戦争だったからさ、ヨシュアさんたちにしてみれば本当、精神的にキツかったと思うよ。でもだからこそ、割り切ってもいいんだよ、ヨシュアさんたちは戦争のプロじゃないんだから」
「そんな簡単に割り切れないよ……僕は目の前の人を救えなかったんだから」
あーこれは重症だ。
正直、ヨシュアさんが守れなかったっていうのなら突破を許したイネちゃんなんて遺族から罵詈雑言飛ばされても仕方ないレベルなんだけどなぁ。
ともあれイネちゃんの言いたいことははっきり伝えることができたので、この場はここで1度お話を切っておこう。
「まぁ今はラーメン、食べよう。ヨシュアさんが割り切れないというのなら、やっぱり時間が必要だしね」
それと、寄り添ってくれる人も必要だとは思うけれど……ヨシュアさんに関してはそこは心配いらないからね、なんだかんだ果報者だよ、ヨシュアさんは。
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