第353話 イネちゃんと今後のこと

 アメリカでの戦いを終えて日本に帰ってきてから1週間、イネちゃんたちは久しぶりのまとまったおやすみを満喫している時のことであった。

「地球にある錬金術師の施設に関して、場所がほぼ完全に特定できたんよ」

 突然ムーンラビットさんが部屋に入ってきたと思ったらいつもの笑顔でそんなことを伝えてきたのだった。

「いや地球の拠点って言っても、イネちゃんたちは介入できないし……」

 思いっきりヨシュアさんに主権国家云々とか言った手前、すぐに参加しますとか言えないし、イネちゃんの力は地球だと法律とか条約とか健康被害面での制約があまりに大きくて、もしここでムーンラビットさんがやってみてと言ってきたとしてもすぐさま首を縦に振るのは躊躇われるのである。

「あぁいや、私だってイネ嬢ちゃんに地球の拠点を潰してなんて無茶ぶりはしないんよ。今回は地球での施設が全部判明して、これ以上広がる要素は潰せましたーって伝えに来ただけよー」

「どうせなら、全部の世界でグワールの拠点潰す準備が出来てからにして欲しかったかな……」

「そうしても良かったが、グワールが平行世界に自由に行き来できるとなればうちらが認識していない別の世界に拠点を持っていてもおかしくないかんな、流石にそこまで調べるのは無理なんよ」

 なる程……そう言われるとムーンラビットさんの言うことは最もか。

 グワールが単独で自由に世界間を行き来できるのなら、既に認識している3世界以外に拠点がある前提で考えるのは当然と言えば当然……むしろイネちゃん、そこが思いつかなかった辺りやっぱりゴブリンが関係しているからか冷静さが欠けてしまっているのかもしれない。

「じゃあ、今回は本当にそれだけ?」

「あーうん、ギルド長から連絡があってな、精神的なケアが必要な人間がいるらしいと言われて派遣依頼を受けたんよ」

 あーそういう。

 となるとムーンラビットさんの目的はヨシュアさんか。

「それとイネ嬢ちゃん、今はおやすみでいいが大陸とムータリアスでの拠点割り出しが終わったら声を掛けるかんな。参加は確定だと思うが、一応するかどうかは自由意思やし」

「あぁうん、わかりました。今後の事に関してはグワール……錬金術師の拠点潰しって考えて問題ないんですよね?」

「おーけーよ。まぁそこでゴブリン絡みは一区切りになるやろうし、イネ嬢ちゃんはその後の事を考えておいてもええと思うんよ。今は考えられんかもしれないが、戦いが終わった後も人生は続くわけやしな」

「あーうん、わかりました」

「そういうことやから、私はヨシュア坊ちゃんのところに行くんよー。この家におるんよな?」

「客室にいると思いますよ」

「ありがとなー」

 メンタルケアをギルドや教会が行うレベルまで突き進んじゃってたか……いやまぁ確かにヨシュアさんは時間が経っても思考迷宮に迷い込んで同じ場所ぐるぐるしてた感じだったしね。

 正直心配すぎてリリアのお料理がちょっと手抜きなものが混ざるレベルだったからね、ムーンラビットさんに任せて大丈夫なのかはわからないけれど、少なくともイネちゃんよりもヨシュアさんのためになりそう。

「勇者、今……」

「あぁうん、ムーンラビットさんが来てた。ヨシュアさんのメンタルケアだって」

「……やっぱり、引きずってた」

「まぁ……かなり重症だったからね、なんでもかんでも想定通りに行くなんてこと戦闘、しかも戦争規模なら普通のことだからねぇ、慣れろとは言わないし、慣れない方が圧倒的にいいからヨシュアさんの反応の方が普通ではあるのだけど……」

「でも……戦うことは、奪うこと……だから」

 ロロさんの言うとおりなんだよなぁ。

 戦うってことは相手から奪うって意味も含む。

 それこそ直球的に命を奪うってことから、間接的には相手が人間であるのならその人の家族にだってダメージを与えることにもなる。

 ヌーリエ教会が戦うことは否定しないけれど防衛や生きる糧のため以外には可能な限りやらないってスタイルなのも、奪うことは控えるし、むしろ積極的に避けようとするからだからだしね。

「ま、イネちゃんたちが今ここでヨシュアさんの今後について考えてても仕方ないし、イネちゃんたちのことを考えてみようか」

「ゴブリン……殺す、だけ」

「いやうんそうなんだけど、少なくともイネちゃんやロロさんの暮らしている空間から完全に消し去った後のこと。トーリスさんたちと一緒に暮らすとかでもいいんだけどさ」

「考えたこと……ない」

 まぁ、そうだよね。

 イネちゃんだって今ムーンラビットさんに言われるまで完全に失念というか、考えたことなかったことだし。

 そもそもここまで早くことが動くとは思ってなかったからねぇ、こればかりは事態の方が早く動きすぎてるって思えるけどね、ゴブリンの駆除ができるかもしれないなんて旅を始めた時には想像もできていなかったし。

「今すぐ決めないでもいいとは思うけれど、イネちゃんだってそのへんは考えないといけないしね。強い力を持っている以上制限はあるだろうけれど……」

 勇者の力は明らかに個人が持つには強すぎるレベルの力だからなぁ……イネちゃんはそれを使ってヒャッハーするつもりも世界を支配するつもりも毛頭ないけれど、できれば日常生活に何の問題もないってラインなら良かったんだけどねぇ。

 いやイネちゃんの力は完全にコントロールできてるし、暴走するってなるとそれこそヌーリエ様が乗っ取ってきたとかでもなければ問題ないけどさ、こう、やっぱりちょっと不安になるじゃない?

「何も……ない」

「え?」

「トーリスとウェルミスは、親代わり……だから、いつまでも……頼れ……ない。そうだと、したら……ロロは……」

「いや故郷の復興をするのでもいいんだよ」

 イネちゃんの言葉にロロさんは首を横に振る。

「私じゃなくて……ううん、私がいなくても……できる、し……怖い、から……」

 ロロさんのこれはPTSDかなぁ、いやイネちゃんとしてはロロさんの気持ちが大変よくわかるからなんとも言えないし、これに関してはロロさん個人の考え方だからね、イネちゃんだって故郷に定住は今更って感じだし、ケイティお姉さんが頑張って復興してくれたからたまに寄って懐かしむ感じでいいかなとは思ってる。

 最も、イネちゃんに関してはお父さんたちが居たからそう割り切れただけで、ロロさんに関してはそういう人がいないからね……いやいるにはいるか、村にいるときに特に何もなかったからそういう関係にはならないだろう人が1人居たね。

「勇者、迷惑じゃないなら……冒険者、一緒に……やってくれ……る?」

「え、うん……別にいいけれど、イネちゃんは戦いが終わった後に関してちょっと保証がしきれないというか。ほら、勇者の力があるからさ」

 個人の意思を大切にしてくれるヌーリエ教会は問題ないとは思うけど、それ以外の組織がいろいろ勧誘してきたり、排除しようとしてきたりしてもおかしくないわけで……イネちゃんと一緒に行動をするということは、それに巻き込まれることを意味するわけで。

「大丈夫……今と、あまり……変わらない……から」

「…………そういえばそれもそうか」

 イネちゃんが少し考えてそう言うとロロさんは小さく吹き出して笑った。

 なんというかいつもどおり……には流石にならないだろうけれど、少なくともこの戦いが終わった後でもイネちゃんとロロさんは1人じゃないってことだね。

 ティラーさんは流石にぬらぬらひょんの人たちのところに戻るだろうし、リリアもオワリに戻るだろうから……あ、キュミラさんに関してはどうなるんだろう、食べるに困らなくなるってことでついてきそうな気がしないでもないけれど、それだけの理由ならリリアと一緒にいたほうがいいだろうし……まぁ今ここにいないし大陸に戻ってから聞けばいいか。

「なんだか楽しそうだね」

 ロロさんと2人で笑っていると、リリアがジュースを持って入ってきた。

 3人分あるあたりこれは確認してから準備してきたね、リリアはそういう気遣いが本当細かくて凄いと思う。

「それにばあちゃんが来てるみたいだけど、やっぱりヨシュアさん、まだダメなんだよね……」

「これ以上引きずるのは流石に後に響くからね、グワールとの戦いだけじゃなく、ヨシュアさんの将来に関しても。ムーンラビットさんならプロだろうし、スペシャリストだから大丈夫だとは思うけど……」

 やっぱり心配にはなるよね。

 完全に実生活にすら影響が及びそうなくらいにヨシュアさん落ち込んでたからなぁ、戦争である限り起こりうる仕方のないことではあるけれど、それを飲み込めるかどうかの心構えの有無の差……いや、ヨシュアさんだって覚悟はしたつもりだったんだろうけれど、流石にそのへんを想像だけか、現実を知っていたのかというのは別問題だったわけで、ヨシュアさんはそのギャップを飲み込めていない状態だからね。

 これに関しては帰国初日に話したときにそう感じたから、イネちゃんたちがこれ以上介入するのは流石にちょっと難しい。

「ばあちゃんなら大丈夫だよ、きっと」

「流石にプロだからね、思考も読めるし、これ以上戦えないって判断すればそのままど直球に言ってくれる……よね?」

「勇者、しまらない」

 ロロさんにツッコミを入れられてしまったけれど、ヨシュアさんのこと、よろしく頼みましたよムーンラビットさん。

 そう願いつつ、イネちゃんたちは休日を満喫したのだった。

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