第325話 イネちゃんと勇者ココロ

 その戦いは、最初の名乗りの言葉通り圧倒だった。

 私の攻撃が一切当たることのなかったクルーム相手に、ココロさんの攻撃は面白いように、それこそ吸い込まれるように全て当たっていた。

「ぬぅ!私は、負けられないのです!」

「そうですか、それはこちらも同じですので私が矛を収める理由にはなりませんので別の理由を考えてください。あぁそれとイネさん、戦いに見惚れていただくのは大変嬉しいのですが、ムーンラビット様から聖人との戦いを私と交代した後は人間の軍の侵攻を止めてくださいとのことです。追加依頼という形らしいですよ」

 余裕が無くなっているクルームに対し、ココロさんは私に対しての言伝すら、息を乱すことなくできるほど余裕を持って、私が一切攻撃を当てることのできなかったクルームを圧倒している。

「イネさんは、この戦いに勇者ではなく傭兵として参加しているのでしょう?それでしたらご自身の仕事をお願いします」

 仕事……そういえば最初に暴れたのはムーンラビットさんに言われたのもあるけれどただ怒りをぶつけるような感じだったっけ。

 ムーンラビットさんが気をきかせてそれをギルド経由での依頼にしてくれてたのか……完全に手のひらの上で踊ってたんだなぁ。

「でも、大丈夫ですか?」

「私に関してでしたらご覧のとおりですし、ヒヒノのことでしたらむしろ周囲を気にすることなく力を発揮するだけでしたら私がいないほうが火力は上がりますので大丈夫ですよ」

 むしろそれは暴走と言わないのだろうか。

「そうですね、ですがヒヒノももう20を超えていますし、戦場に私がいるというだけで力を抑えるでしょうし暴走までは行かないと思いますよ」

「へぇそれなら……ちょっとまって、ココロさん今私の考えてることを……」

「あぁ、私の勇者の力は調律、私に付けられた名前の通り人々の心を繋ぐこともそこに秘める怒りなどを沈めたりとできるのです。無論そのために必要な力としてある程度ならその思考を感じることができますので」

 ある程度の領域を飛び越えてたような気がしますが。

「でも、そういうことならわかりました。イネちゃんはお仕事をこなしてきますね」

「くっ!行かせませんよ!」

「そういうあなたをイネさんのところに行かせないのが私の仕事ですので、諦めて圧倒されてください」

 淡々としたココロさんの言葉に合わせて棒が打ち据えられる音が聞こえてきた。

 しかしながらココロさんの今までの戦いぶりを考えると、今は余裕でもどこかしらで何か悪い方向へと転がってしまわないかという心境もあるので、ちゃちゃっと侵攻してくる軍を撃退して戻らないと……。

『あそこまで余裕を見せているココロさんも見たことないけどね』

 それも確かに……見たことなかったや。

 ともあれ援軍として訪れたココロさんとヒヒノさんのおかげでこの戦いに終止符が打てる!……はず。

 今はココロさんに言われた通り、後付けだろうがなんだろうがイネちゃんは傭兵さんとして任された仕事をこなすだけ。

 まだ抜けられる前に交代できたので、今イネちゃんがいる場所をラインとしても良さそうなのを確認してから、戦場を横ラインで全域カバーできるように自動迎撃ターレットとそこに対して電力供給の電源としてイネちゃんが担当する形で迎撃体勢を取る。

 ビームを使う時の必要電力と比べれば圧倒的に必要な電力量は低いからね、特にあのビームキャノンのチャージに使った電力量は地球最新の原子力発電でも足りないレベルだからね、あれの元になったアニメでも宇宙空間でソーラー発電したエネルギーを利用していたし。

 ともあれ自動迎撃の体勢は整ったので、イネちゃんは対物ライフルをいくつか生成し、ゴブリアントのようなターレットでは処理が難しい相手を狙撃する体勢を取る。

「挑発ですか!」

「イネさんの戦い方は元々遠距離ですので、迎撃するのなら場所はほぼ動かないだけですよ、それとあなたもだいぶ余裕がありますね」

 後ろから戦闘音……と言っても相変わらずココロさんが一方的に攻めているみたいなのだけれど、イネちゃんの戦闘スタイル的に大軍を相手にしようとしたら本来は迎撃だからね、フォローしてくれてるココロさんには後で感謝しないといけないかな。

「皆さんにはそれぞれ得手不得手があるのは、今あなたが実感しておられるのでは?イネさん相手に随分調子に乗っておられたようですが、私に対しては余裕が無いように見受けられますよ」

 位相をずらすような相手は、それ以外の回避能力を鍛えていないことが多いのかねぇ、ココロさんの打ち据える棒の軌道はそれほど複雑なものではなく、むしろ素直とも言うべきもので攻撃は比較的読みやすいのだけれど、ココロさんの練度は凄まじい高さで以前演舞を見せてもらった時にはその持っている棒で斬鉄すらできるレベルだったからなぁ……流石に斬鉄に関しては気合入れて集中しないと無理らしいけれど、オーク材の棒ですらその領域に持っていってる、文字通りの達人。

 そんなココロさんが速度重視で行動阻害しつつ体力とかをそぎ落とすことだけに集中しているものだから、クルームのように能力に頼りきっていた人間がどうこうできる領域じゃない。

 というかイネちゃんも1度組手してもらったけれど、お父さんたちに散々鍛えられているにも関わらず触ることすらできなかったね、ココロさん地味だけど本当に強い。

 これも勇者の力が戦闘向きではないことが起因してるのかもしれないけれど、それにしたって極めすぎというかなんというか……師匠であるササヤさんがやりすぎなだけなのかもしれないけどさ、限度がある気がしてるよ、うん。

「あなたの回避行動は素直すぎるのです。最も私も師匠から散々素直すぎると怒鳴られていましたが、もう少し工夫してはいかがです?位相をずらせば確かに、物理攻撃を喰らうことはないでしょうが、私のような人間が現れてしまえば役に立たないのですから、自らの力に合わせた能力の強化に合わせて、弱点を補うことをおすすめしますよ」

「あなたは……敵である私に対して助言とは一体どういうつもりですか!」

「簡単です、あなたの奥底に眠らせている本音が叫びたがっているのを感じているから……そんなに彼の軍の外道に嫌気を感じたのでしたら、反対すればよかっただけなのですよ」

 弾劾や叱ると言った口調ではなく、諭すと言った優しい口調でココロさんはクルームを捌き、いなし続けている。

「それは不忠に……」

「主が間違った道に行くようなら訂正し、助言するのが本当の忠臣では?」

 それはイネちゃんも思うけれど……ムータリアスの常識がどういうものかわからない以上言えなかった言葉なんだよねぇ。

「あなた方は本当に平和な世界に生きてきたのだな……争い絶えぬムータリアスでそんなことをすれば即、一族郎党まとめて斬首刑になるのですよ」

「それで同胞までも虐殺ですか、それは既に国の体裁が崩れているので?」

 ココロさんはそんな疑問を投げつけるも、イネちゃんはそんなことはないということは理解できなくはない。

 地球の歴史でも多くの独裁者がクルームの言ったような独裁者を産んでるからね、国という体裁はそれでも保つことはできる。

 ムータリアスの歴史は、平和という休戦期間の存在していない太古から中世に至るまでの地球、それも西欧系の文化であることが今の会話で推測することができるね。

 正直それだけでもアーティルさんのような人が特殊で、反発を呼ぶ行動だったのかも理解はできなくない……でもイネちゃんたちはそちらのほうが、皆が笑って過ごせることを知っているし、そうでありたいと思っている。

 まぁだからこそ今回のような戦争に至っているのだけど……2つの相反するエゴがぶつかりあった結果なのだから、ムータリアスという世界が平和という時代を手に入れるために今回の戦争は避けられないものだったのかもしれない。

 イネちゃんは歴史家だからその考えが正しいかなんて知ったことじゃないし、知るよしもないけれど間違いなくこの戦いはムータリアス世界では歴史のターニングポイントって記されるだろうことは想像できる。

「まぁ……そういう歴史の出来事に対してあれこれ議論できる平和を手に入れるために、今のイネちゃんは引き金を引いて少しでも戦いの象徴であるゴブリンを殺すだけだね」

 そうつぶやきながら対物銃の引き金を引き絞った時、クーデター軍の方から、イネちゃんが見慣れている光が横一線に光った。

「ココロさん!」

 イネちゃんがそう叫んだとき、ココロさんはクルームを押さえ込むようにして地面に伏せているのが見えた直後に、イネちゃんが設置しておいたターレットと、イネちゃんが構えている対物銃に向かって鉛の雨が降り注いだ。

「私なら大丈夫ですので、イネさんは反撃をお願いします!」

 ココロさんはそうは言うものの、クルームを庇いながらこの銃弾の雨をいなすのは流石に無理だという思考にイネちゃんの頭の中が固まると、スモークグレネードを出来るだけ広範囲にピンを抜いてばらまくと背中にシールドを展開しながら2人を回収して急いでカルネルまで走ったのだった。

 事態は想定よりも早く、悪い方向へと流れたようだ。

「銃の配備……よくもまぁあれだけ揃えられたものだよね!」

 1度引いて体勢を立て直す必要が出てしまったのは大変遺憾ではあるけれど、流石にココロさんが負傷する事態は避けたい以上、戦略的後退を選択したのだった。

「……まぁ、致し方ありませんね。イネさん、撤退後すぐに出てもらいますよ。アレの対処に一番慣れているのは恐らくイネさんなのですから」

「わかってます。でも予め準備した陣地をあぁも簡単に破壊された以上、イネちゃんの知っている武器から改造されていると考えるべきなので、ちょっと撤退させてくださいね!」

 至極冷静なココロさんを小脇に抱え、更にそのココロさんにがっちり捕らえられているクルームさんを確認しながらも、イネちゃんたちは1度撤退したのだけれど……あれ、アサルトライフル系の出すマズルフラッシュだったよなぁ、ターレットと対物の射程外から狙い撃てるなんて、どんな改造されているのか……ちょっと考えただけでも気が遠くなってくるよね。

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