第324話 イネちゃんと、勇者VS聖人

 相性が悪すぎる。

 こちらは飛び道具主体で面制圧や空間制圧を混ぜて攻撃しても、クルームは空気抵抗を無視した速度や、それまでの運動エネルギーを無視した軌道で飛んで全ての攻撃を回避してくる。

 これからどう動くのかを読もうとしても、私の勇者の力では接地してくれないと感知することもできないから、足の力の入れ方でいつも把握している弊害でクルームの動きをよく見ていてもなかなかそれが難しい。

 勇者の力に頼りすぎていた……というのをこんな場面で実感させられるとは思わなかったけれど、それでも私はお父さんたちに教えてもらった鍛錬をそこまでサボっていたわけでもない以上は、クルームという聖人がそれだけ強いということなんだと思う。

『イネ!広範囲爆破で空気自体を燃焼させよう!あちらさんがどういう原理で浮いているかはわからないけれど、呼吸をせずに戦い続けられるわけではないだろうし!』

 イーアのこの提案のとおり、周囲を水源から相応量の水を引いて地底からマグマを持ってきて超小規模な水蒸気爆発を起こしたものの、どうやらクルームには効かなかったようで無傷の上に更に速度を上げて呼吸が苦しいという素振りすら見られない。

 本当、どういう原理なのか……いや多分もうヒントは掴んでいるんだけどこれと断定できる要素がまだ見えないんだよね。

「流石!こちらの攻撃を全部正面から受けながら無傷!その上思案すら行うとは!」

 クルームの叫ぶような声があちらこちらから聞こえてくる。

 これは単純にあちらが止まらないように動き続けているだけだから瞬間移動とか転移とかそういうものでもないし、分身とかそういう芸当ではないことは把握できていうので、驚かずに聞き流す。

 さて……銃弾はあちらに届きそうなのは全部直前で勢いを無くしてしまい届くこともないし、ビームもなんだか曲がるように勢いが削がれているんだよなぁ、どうしたものか。

 一応貫通力が高い弾頭、銃を選べばクルームが回避行動を取るあたり有効なのだろうとは思うけれど、それだけの貫通力を持つ武器はビームを除けば長砲身だったり、弾自体が大きいことが基本なので面制圧、空間制圧にはあまり向かない……いや実際なら向いてるはずなのに使用者が1人という状態だから実質狙撃みたいなものってだけなんだけどね、うん。

 オベイロンを吹き飛ばしたビームキャノンと、その後の高威力ビームを使ったことで自分で思っている以上に消耗が激しいらしく、普段やっているような1人軍隊も数を減らしてやっているから余計に試行回数を稼げないのだ。

 それに迂闊に防御力を減らそうものなら脳を揺らされて動けなくなることがわかりきってるからね、そういうこともあって膠着状態を生み出されてしまっているのである。

「オベイロンを使わずにあなたを張り付けにできれば、それだけ他の戦線が有利になりますからね」

「それは聖人が代わりにやればいいんじゃないかな、それとも人間は殺したくないって?戦争やってるのに」

「元は同胞ですからね」

 本当、戦争を仕掛ける人の精神構造ってどうなってるんだろうと思いつつも、把握できるわけもないかと思考を放棄してクルームに向けて簡易的なビームを放つ。

 今までの様子だと物理的な銃弾のほうが有効そうではあったからあまり使わなかったビームで試行回数を増やしていく。

 どの攻撃が有効で、どの攻撃が無意味なのかを把握しない限りクルームの思惑通りに私はここに張り付けにされて、その間クーデター軍は撤退するか、しないにしても部隊の再編をして攻勢に転じかねない以上時間を稼がれるのはこちら側にとって都合が悪い。

 最も、ムーンラビットさんが私に対して遠慮せず全力でと言った時点で全面戦争を受けて立つと気持ちを固めていたっぽいから、もしかしたらササヤさんやココロさんとヒヒノさんをこっちに呼び出しているかもしれないので、時間に関しては難しいところではあるけど……。

『出来るだけそういうのがない前提で戦わないと』

「わかってる。あんな戦略兵器で色々消し飛ばした以上は私が私の責任で戦争を終わらせに行かないと」

 戦略兵器はその存在だけで戦局を決めるものだからね、これで負けたら非人道行為で虐殺をしたとか歴史書に記されてしまう。

 ムータリアスのそういう文化は地球の西欧と似通っている以上同じように勝者の歴史が記されて真実はぶん投げられるだろうからね、私が本気で暴れるきっかけになったあの女の人みたいに物のように扱われるのがわかりきっている。

 ……まぁヌーリエ教会は全体的に負けていない上に私以上にえげつない人たちが完全に更地に変えて逆に相手を敗者にするだろうから、流石に私やリリアがどうこうされるというのはないと予想できるけれど……亡命政府の人たちはその限りではないからね、酷いことされるのが予想できる。

「しかし……これほどダメージが通らないと聖人と民衆から讃えられることに対して不甲斐なさを感じざるをえませんね」

「ふぅん、あなたが力を振るうのは名誉欲なの?」

「違いますが、その名誉の有無は人々のために力を振るう際の制約に大きな差が生じますので」

「で、その人々には女王は含まれないというわけだ」

 クルームは再び唇を噛む。

 ふむ、個人的には割と不本意なのか、ただまぁこんな戦争を始めたことと先ほどの見せしめを止めなかったことで私としてはむしろ滑稽に見えるけどさ。

 大切だとか守るために力を振るうと大口叩いておきながら、本来その庇護下に入っているはずのあの女の人を見捨てた時点で、どんな忠義があろうがその言葉は嘘になってしまっているわけだからね、アーティルさんだって継承権下位だったってお話だし本来ならその庇護下だったはずなんだ。

 まぁアーティルさんは曲がりなりにも国家元首になってしまったわけで……でもそれはそれまでの皇帝が判断を間違い続けた結果なのはクーデター側が担ぎ上げた先帝さんが一番、理解しているはずなんだよね、だからこそ皇帝という位から身を引いたわけだし。

「あ、そういえば……あなたたちが担ぎ上げた先帝さんはアーティルさんをグッチャグチャに弄ばれた上に殺されるのを望んでいるのかな?あなたがどれだけ高潔な言葉を並べたところで、今私が言ったようなことが起きてしまえば自分の都合のいいことだけが正義なんだなってことになるけど」

「もうこれ以上お話することはございません!」

 クルームの攻撃が激化した。

 うーむ、どうやら地雷だったらしいね、だったらこの人に対してはちょっと手加減する必要があるけれど……正直私の戦い方だと、クルームさんの謎の飛行能力に対して有効な攻撃が戦略兵器級じゃないとなかなか難しそうだからね、焼夷グレネードやナパームは当てるのがまず不可能だし。

 しかし状況は私の想定している最悪の方向へと流れたようで、クーデター軍の方向から兵士の叫ぶような声と、オベイロンのものと思われる重い足音が複数響いてきた。

「……これはちょっとまずいかな」

「どこを見ているのです!」

 クルームの攻撃を純粋な防御力だけで受けながら考える。

 人間の兵士は、今の防御力を維持しながらでも対処はできると思う。

 問題はオベイロンで、私の力だとさっきのビームキャノンくらいの火力がなければまともに蒸発まで持っていくことができない以上、多少は防御力を下げるか、両立するために時間をかけて準備をする必要が出てくる。

 そうなると間違いなくクルームが妨害してくるわけで……ビームキャノンだって銃身が破壊されてしまった場合、最初から準備をし直さないといけなくなるのでチャンスは1回だけ、それも自分自身の体よりもビームキャノンの機構を防御するという生物としては真逆の、本能に反した行為を発射までの間やらないといけない。

『聖人クルーム……位相をずらす能力って聞いてたけれど、これ絶対に他にも能力あるよね』

「そういえば、そんな能力だっけか……」

 私とは相性最悪の相手な上に、私の知らない能力まで駆使して私をこの場に張り付けにしてきているクルームを見ると、その視線は私ではなく、その後ろの空間に向けられているのが確認できた。

「遅れて申し訳ありません。あのデカ物に関してはヒヒノが向かいましたので私はイネさんの援護に参りました」

 聞き覚えのある声。

「……この場に置いてその落ち着きよう、手練ではあるようですが……何者ですかな」

「名前を尋ねる時はまず自分から名乗るものでは?少なくとも私はそのように教育されてきましたが」

「これは失礼しましたお嬢さん。私はクルーム、ただのクルームと申します。人は私のことを聖人とも呼びますが」

 私との初対面の時よりも丁寧なお辞儀。

「クルームさんですか、名乗られたのならば私も名乗らないのは失礼にあたりますね」

 そう言って声の主は1本の棒を巧みに操り、槍で言うところの下段の構えを取ってから。

「築防ココロ、不肖ながらヌーリエ教会、ヌーリエ様の勇者をさせていただいており、築防ササヤの弟子です」

 名乗ったココロさんの、棒を持つ左腕の肘から先が光始めた。

「面妖な存在定義のズレは私には通用いたしませんので、先に謝罪しておきますね。それでは……イネさんに代わり、あなたを圧倒させていただきます」

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