第311話 イネちゃんと昔話と戦争の発端

「そ、それで……先ほどのやりとりで魔王様は昔、ムーンラビット様と共にいたのだと感じましたが……差し支えなければお教えていただいても?」

 一通りの書類手続きとコピー、それにシックでの保管手続きを終わらせた辺りでアーティルさんが当然の疑問を切り出した。

「え、あの……」

「喋ってもええよー。別に私は隠しているわけでもないしなぁ。皆聞かないだけやし、喋る機会が一切なかったってだけよ。ちなみに大陸で知ってる人間はちゃんといるかんな、イネ嬢ちゃん」

「いやまだ何も言ってないけど……」

 興味はあるけれど、西洋側の神話に出てくる魔神と中世近代にかかる頃に作られた創作の宇宙神とがお互いを知っていたりするのかとか……神ネットワークとかあったりするのだろうか。

「そうですね……あぁでも私はすぐに立ち去ってしまいましたしどう説明したほうが良いのでしょうかね」

「まぁただただだべって、人間に追われていたところ匿った後別の世界に逃げる算段を用意してやっただけなんよ。だからクトゥの奴が私に頭が上がらないっていうのもそういうところからよー」

 なんというか……関係性が殆ど見えないな!

 力関係だけがわかっただけで、それ以上のことは旧知の仲であるとしか補強されなかった気がするのは、イネちゃんだけではないだろう。

「いやなぁ……本当この程度の関係よ?特に劇的なことなんてそうそうあるわけないのはイネ嬢ちゃんだってわかるやろ?」

「まぁ、私をムータリアスに逃がすときにほんの少しごたついた程度ですしね」

「あぁうん、その後私が大陸に落ち着いた後、アザたんと私がくっついて子供作ったくらいしかこれと言って劇的なことはないねぇ」

「は!?」

 クトゥさんが凄い声量で驚いた。

 いや、イネちゃんたちはそのアザたんがわからないから驚きようがないというか……イネちゃんの頭の中では既に思考を放棄しているというか、考えたらいけない不安感がイネちゃんの思考を阻害しているのだ。

「アザトゥース様が!子供!?」

 あぁうん、なんというか考えないようにしても無駄だよね。

 というかこのお話でイネちゃん、ササヤさんの強さの原因がなんとなくわかってきたよ、あの人のチートっぷりってこういう部分から来てたんだね……。

「まぁここ最近の話しやし、アザたんはすぐ帰っちゃったけどな。私とアザたんの娘、連れてこよっか?」

「あぁいえ……時が来たら会うことになりそうですので、無理に連れてこなくても大丈夫ですよ。なにより娘さんにだって忙しいでしょうし……」

「ま、確かに忙しいのはそのとおりやけどな。あの子には今ヌーリエ教会の全軍を底上げするために訓練教官してもらってるしな」

 ササヤさん教官してたんだ……脱落者すごく出そうなんだけど大丈夫なんだろうか。

「イネ嬢ちゃん、流石に潰れるほどやれとは言ってないし、むしろ徹底的には絶対やるなって言っておいたから大丈夫なんよ?せいぜい数人くらいが勇者の力使ってないココロくらいの強さになる程度よー」

「十分すぎませんかね、それ」

「いやはやあのアスモデウスさんに娘さんが……」

「今はムーンラビットよー、そっちの名前はソロモンの奴にそう呼ばれてただけやけど、混乱を避けるために今の呼び名で統一してもらってええかな」

「あ、はい……それではムーンラビットさん、アーティルさんに聞かれた昔話で、私たちが他にできることって本当にありませんでしたっけ?」

「んー……これと言って特に思い当たらないんよ」

 イネちゃんとしてはこれでもかってくらい濃い内容があった分、そこだけでお腹いっぱいだったけれど、アザトゥースことアザたんのことをよく知らないアーティルさんはまだ納得していないようで。

「もっと聞いておきたいことは山ほどあります。例えば、ムータリアスに置いてなぜ戦争が始まってしまったのか、その要因として失礼ながら魔王様や、ムーンラビット様に何かないのか……もしその辺りをはっきりすることができれば、主戦派の一部を崩すことも可能かもしれませんので」

 とアーティルさんは色々理由をつけたというか、今後の展開のためになんでもいいから情報をと思っているのだろうけれど……。

「私の存在概念自体が影響を及ぼした可能性は否定しませんが、アス……ムーンラビットさんが関わってはいません。それは最初からこの戦争を見てきた私が保証いたします。なにより今日、万年単位の再開を果たしたのですから、戦争と関わっているというのは少々無茶がありますよ」

「強いてあげるなら私がこいつ逃がすときに適当に世界を選んだのが関わったと言えばそうなるがなぁ……」

 とまぁどうにもお人好しっぽいクトゥさんと、本当に関わっているのなら最初にぶちまけて騒ぎびしていただろうムーンラビットさんならこうだよね。

 ともあれイネちゃんだってこれは大陸の人魔戦争と根底は一緒で、争いの元凶は恐らくだけど一部の人間が差別意識とか特権意識を暴走させて迫害なり虐殺なりしたのが始まりなんじゃないかと睨んでる。

 特にムータリアスは錬金術という魔法に類似した技術文化で発展しているし、グワールのような錬金術師がいる以上何かしらの火種は最初から存在していたと考えるべきだし、イネちゃんが考えた流れ以外だったとしてもどうせロクな内容じゃないのはなんとなくではあるけどそうじゃないかなと思えるくらいには、割と悪意が強い世界だからね。

 無論全人口で比較してみれば悪意のほうが少ないのだろうけれど、どうしても人間って良くも悪くもバランス型で器用貧乏だから、一部機能に特化している亜人の人たちと比べた場合中途半端な立ち位置でコンプレックスを抱いても不思議ではないからねぇ、そういう点をヌーリエ教会みたいな存在がフォローしなければ戦争が起きるのはむしろ必然と言っていいのかもしれないね。

「戦争の発端は……私も詳しくは知らないのです。いつの間にか実力で一番上なんだからという理由で魔王の椅子に座らされていましたし、責任者に選ばれた以上皆を守る必要がありましたので、調査自体が殆ど進んでいないのです」

 ここでアーティルさんが視線だけムーンラビットさんに向けるけれど、ムーンラビットさんは首を横に振ってアーティルさんの期待には応えなかった。

「ただ……最初に大規模な作戦行動を起こしたのは人類側であることだけは、この100年調査し続けた結果確実であるということだけは……」

「そう……ですか」

 正直、今のクトゥさんの説明だけでは本当にどちらがきっかけを作ったのかはわからない以上、アーティルさんも引っ込まざるを得ない。

「ちょっとお邪魔するでありんす……魔王様、水海の報告によれば、カルネルの東に位置する海岸に軍艦が近づいてきているとのことで、帝国国旗を掲げているとのことでありんす。アーティル女王にもここ数日でまとめ上げた亡命政府軍を召集して置いて欲しいでありんす」

 アーティルさんが俯きかけた瞬間、ハイロウさんが開いたドアをノックする形で割り込んできた。

「軍艦?」

「およそ20隻、女王にはかの者たちがどのような目的で訪れているのか問いただす役目をして欲しいんでありんすよ」

 あぁだから亡命政府軍の召集か。

 いくらなんでも和平のキーパーソンであるアーティルさんを単独でなんて言わないよねぇ。

「それと東は魔王軍側の領域ゆえ、魔王様にももしかしたら動いてもらうかもしれません。水海のは和平を自分の手で破壊したと叱責されたくないからと物見しかしないようで……」

「あ、はい分かりました。プティさんにはそのまま監視しておいてもらうように言っておいてください」

「わかりんした。それで……つゆ払いと言うのはおかしな気もするでありんすが、ヌーリエ教会の方に敵意の確認をしてもらいたいのでありんすが……」

「ええよー」

 ムーンラビットさん相変わらず軽いなぁ……いやまぁカルネル周辺は双方の国境が存在していて、それぞれ優先開発件を東西に分けてもらっているけれど、総合的な管理運営は大陸、ヌーリエ教会がしていることになっているからそもそも東の海岸ならイネちゃんたちの管轄でもあるし、仕事の範疇だからね、うん。

「じゃあイネちゃんが……」

「いやイネ嬢ちゃんじゃなく、どうせやしササヤの奴呼び出すんよ。クトゥに紹介するのも兼ねてなー」

 あぁ本当ついでに呼ぶんだ……、いやまぁ相手が海上に引っ込んだ場合イネちゃんだと超長距離狙撃以外の手段が取りにくくなるから、万能に対応できるだろうササヤさんを投入するのは理にかなっているけど。

「あまり時間がないゆえ、皆様急いでくださいでありんす」

 ハイロウさんのその言葉に皆が頷いて、行動を開始した。

 まぁ、今回出撃なしのイネちゃん以外という注釈がつくわけだけどね。

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