第285話 イネちゃんと面倒人

「ぬぅ!出せ!出すのだ!私はジーガル・シューター!聖人ジョッシュなのだぞ!」

「とまぁ地球で考案された部屋構造に、イネちゃんが材質を神話鉱石でガッツリ固めた独房に入ってもらったわけだけど……アーティルさんに連絡ってどう取ればいいのか誰か知らない?」

 宿泊所の地上部分にまで聞こえるレベルの声量でジョッシュさんが叫んでいる状態で緊急会議を開いたわけだけれども、当然ながら全員状況把握に精一杯で開いた口が塞がらないと言った感じで、最初に声を出してくれたのはカカラさんだった。

「それで聖人様の声がしているのですね……申し訳ありませんが、私のような修道士見習いでは連絡を取る手段がなく、アルザ様にすら連絡が取れないのです。ですが修道会の施設でしたら連絡を取ることは可能かと思いますが……」

「んー歯切れが悪い感じってことは、もしかしてあのジョッシュさんを拘束しちゃったことが問題になりそう?」

 カカラさんは静かにゆっくりと首を縦に振った。

「聖人様の中でもジョッシュ様は元々修道会所属でしたので、求心力はかなり高いので……」

 あー……身内の大スターが犯罪者扱いされたってことで反発されるか。

 ただなんというか、甘やかせ過ぎた結果増長したとも言えるからなぁ、あの人の場合……実害がでなかったら生暖かい目で見守るのもあったけれど、実害、出ちゃったからねぇ。

「カカラさん、ひとつ聞きたいのだけれど……答えにくいことだったら拒否してくれて構わないからいいかな」

「リリアさん……?なんでしょうか、私に答えられることでしたら構いませんが……」

「ジョッシュさんって、過去に亜人みたいな人にひどいことされたりしたのかな、あそこまで盲目的に亜人の人を攻撃しようとするなんてあまり無いと思うのだけれど」

 あーそれはちょっと気になるかも。

 そこがわかればジョッシュさんの扱いを少しグレードアップすることもできるかもだし、いいお話が聞ければいいよね。

「個人情報……ではありますが、そうですね。聖人様方の個人情報は公開されておりますのでもんだいは無いです……よね?」

 いやそこで疑問をぶつけられましても。

「そこはまぁ……ムータリアスの、修道会のルール次第だと思うけれど。私たちも聞きたいというのはあくまでジョッシュさんへの対応環境を整えるため半分、好奇心半分だから」

 あ、リリアも好奇心だったんだ。

 大変よくわかるけれど、それを言っちゃうリリアは素直だなぁ。

「……私も噂や、公開されている内容しか知りませんが、それでよければ」

 えっと、カカラちゃんも思い出しながらで長くなったので要約すると。

 生存戦争の中、目の前で家族が魔王軍に殺されたので復讐を誓った人でした。ってところだったよ。

 なんというか想定の範囲内すぎてイネちゃん的には肩透かしすぎてねぇ、そりゃきっつい体験だとは思うけれど、戦争中であるということと、ジョッシュさんの故郷が前線近くにあったって点から考えると考えうる事態だったからこそ、イネちゃんの同情を誘うには至らなかったのである。まる。

「それは辛かったんだろうね……」

 まぁそれだとしても、リリアは当然悲しむわけで。

 リリアは優しい子だし、割と戦争中でも人命を救い続ける選択を取り続けるだろうからね、イネちゃんとしては想定内だし、むしろリリアのほうが人間らしい感情だって思うからこそ助けてあげたい。

 ちなみに他に同情していた人の割合はそこそこで、ロロさんやスーさんはイネちゃんと同じ感じに同情まではいかなかったよ。

「でもまぁ、だからと言ってスーさんの肉体の心臓部分を貫いていいなんて理由にはこれっぽっちもならないからね、今回の留置は正当であると帝国側に言うことができるかな」

「でもイネ、いつまでもあの部屋で閉じ込めておくわけにもいかないよね」

「まぁ、今もずっと叫んでるしなぁ……流石にこんな環境じゃまともに眠れないし何かし対応しないといけないのは確かなんだけれど……」

 流石にムータリアスの要人扱いになるだろうしね、対応も慎重にならざるを得ないし……これは本当に面倒くさい人を抱え込んでしまった。

「そのことですが、シックと連絡を取ったところムーンラビット様が来てくださるようです。アルスター帝国との連絡手段を探しつつ、ムーンラビット様がこちらに来るまでの間で問題はないと思いますが」

「事態が事態だし……スーさんの言うとおり今は現状維持に務めようか。問題はイネちゃんがあの人の対応で拘束されることだけれど……」

「それは仕方ないよ。イネじゃないとまともに対応できないし……建築も一段落ついてるし、防衛に関してもロロさんを中心でまわせる範囲には……来てるよね?」

 リリアの言葉にロロさんが首を縦に振った。

 まぁ、できるだけ作業量を減らして行けるようにって毎日動いていたからね、こういう事態になればそういう細かい部分が生きてくるのはお父さん達に教えられたとおり……だけれど、あまり実感したくなかったなぁ、想像以上に面倒くさい……。

「それじゃあ当面の……っていうか場当たり的だけどジョッシュさんのことはばあちゃんが来るまではイネに任せてってことでいいんだよね」

「まぁ、そうするしかないというか……ココロさんとヒヒノさんが常駐できればまた違うんだろうけれど、それ以上に情報が不足してるし、外に睨みをきかせてもらえるから流石に厳しいからね」

 まぁ、その外からの驚異でイネちゃんはゆっくりのんびりと、あの人の対応しなきゃいけなくなったんだけどさ、うん。


 ここから書いてあるのは、ムーンラビットさんが来るまでのイネちゃんの苦労の記録である。

「なぁお嬢さん、ここから出してくれないかい?俺はこれでもお金が余っていてね、出してくれたら望むものを買ってあげようじゃないか。なぁ、聞こえているのかい?」

 扉の前に作っておいた監視室で座っているイネちゃんに向かってずーっと話しかけてくるのである。

 相手にしたところで変わらないのでこの手の会話に関しては無視しつつ、最近あまりやれていなかった銃の分解掃除をすることにして、よく使うP90の掃除をしているのだけれど……。

「そんなおもちゃで遊んでないで話しを聞いてくださいよ!まったく、最近のお嬢さんは礼儀がなっていない!」

 今まさにおもちゃ扱いされているP90は、まぁ世に出されたときには複雑すぎる給弾機構が原因でジャム発生率がとてつもなく高かったらしいし、そのへんを指しておもちゃのようだと揶揄されたこともあるから、それほど大きな間違いとは言えないけれど……。

 でもイネちゃんの持っているこのP90はお父さん達がガッツリと魔改造した代物で、おもちゃというにはちょっと主兵装として扱いやすさが違いすぎるかな、おもちゃみたいな銃だと結構脆いから銃床で殴ると壊れたりするし。

「もしもーし!もしもーし!」

 もしもし。って日本で電話が初めて開通したときに交換師の人が使ってた言葉じゃなかったっけか、ムータリアスで聞くことになるなんてわからないものだよねぇ、使ってるタイミング的に呼びかけっていう意味は同一っぽいし。

 でも逆に落ち着けたところでP90を手早く清掃してから組み立てて、次はファイブセブンさんの分解を始めると。

「またおもちゃを解体しているのか!少しは人の言葉に耳を傾けてはどうかね!」

 うーん、ブーメラン。

 あ、ファイブセブンさんに関しては解体と組立だけなら目を瞑っていてもできるから多少気を削がれても大丈夫。

 この手の手合いは聞こえない振りが一番適切だってお父さんたちに教えられたけれど……すっごく面倒というかなんというか、喉とか乾かないのかね、一応必要に応じて提供はしているけれど、普通こんな感じに何もない部屋……ベッドとかおトイレとかは用意させてもらったけれど、本当にそれだけだし……あぁもしかしたら完全な水洗トイレにしちゃったのが行けなかったかな。

「私でも破壊できないような明るい部屋に美味なる食事……それは大変ありがたいのだが閉じ込められる理由がまるでわからないのだ!せめてそこを教えてくれはしないのか!」

 ヌーリエ教会標準対応と、地球の標準を合わせた結果かぁ……まぁ清潔感はたっぷりあるし、あまり常用する予定がなかった小型の火力発電機も作った後だったしで奮発して捕虜の人達の部屋と合わせて電気を通したのだけれど、ムータリアス側からしてみればオンリーワンと感じさせちゃう内容だったのか。

 それだけムータリアスが困窮しているのかもしれないけれど、それにしたってこの人は自己評価が高すぎるのよなぁ、少なくとも魔王軍側の捕虜はあまり慌てたりとか恐慌状態になったりだとか……ましてやこの人のように特別扱いされているという意識も無いのは、ここに駐在して半日しか経っていないけれどもわかるからね。

「そうだ、飴を持っていたのだ、これをあげようじゃないか!ほら、せめて話してくれないかなー?」

 なんというかイネちゃんの扱いが完全に小さい子供に向けてやるヤツになってらっしゃる……そこまで追い詰められているのだろうかとも思うけれど、こちら側の応対はむしろ捕虜、それも国際条約に……つつかれないとは言わないけれど、そもそも批准する必要の無い場所でできるだけそれっぽい感じになるようにってやっている以上は、この世界、ムータリアスからしてみれば破格の対応だと思うんだよね、うん。

 正直、聖人とかじゃなかったら殺害容疑でその場射殺か、テロリスト認定して人権無視してもよかったと思うのだけれど……本当、世界が違えば文化の根底から違うからね、面倒くさいよ、まったく。

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