第280話 イネちゃんと萎縮

「本当……申し訳ございませんでした」

 アーティルさんが謝罪するとほぼ同時に、キュミラさんのことを魔王軍云々とか行ってた兵士の人達が一斉に土下座してきた。

「ちょ、ちょっと……頭を上げてください。こちらは軽傷だったわけですし」

「それではこちらの気が済みません。この者たちには何かしらの刑罰を与えていただけなければ、私はこのモノたちの家族も含めて投獄、更には斬首にしなければなりません」

「なんで!?」

 アーティルさんの言葉にリリアがすごく驚いた。

 大陸だと王侯貴族を含めても基本的に死罪ってのがないからね、仕方ないね。

「他の者に示しがつきませんので。罰を与えなければ統率が取れません」

 罰が必要、っていうのはリリアにもまぁ理解できるよね、祖母であるムーンラビットさんがそれを担当しているわけだし、ヌーリエ教会ですら必要なものだってことは理解できるだろうからね。

 そして理解しているだろうリリアは少し考えてから。

「それでしたら、ここで少し労働していってはどうでしょうか」

 ヌーリエ教会的に考えてもちょっと軽いんじゃないかって思う罰則を提案するリリア。

 まぁ、奉仕活動とかだと思えば妥当とも言えるのかな?

「その程度で罰とは……」

「農作業、やったことのない人ばかりですよね?それに建築も。それなら十二分に罰になると思いますから」

 農作業は舐めると本当に動けなくなるだろうからなぁ、特に慣れていないのなら尚更に……しかもヌーリエ教会規模でやるとなれば刑罰にもなりうるというものである。

 まぁ、ムータリアス側はヌーリエ教会……大陸がやってる農業の規模を知らないから困惑しているわけでねぇ。

「ほ、本当にその程度でよろしいのでしょうか……」

「なんだったら家族の方も来ていただいてもいいですよ、衣食住は保証しますし……なんでしたら交易で商店をしてもらっても構わないくらいで」

 おー、リリア考えてる。

 ここで兵士の人とその家族を人手としてもらえれば、まぁアーティルさんには悪いけれどお互いそれで手打ちにできるならってことで収まりそうかな。

 というか完全にアルスター帝国側が全員、それこそアルザさん含めて萎縮している辺り、万が一のときは毒を使ってーとか考えてたのかな、アルザさんは。

「それでは連れてきた兵の3分の1を置いていきます、どうぞ労働に使ってくださいませ」

 なんというかもう……かなり腰が低くなってしまって……。

「わかりました、アーティルさん、責任を持ってお預かりさせてもらいます」

「は、はい!リリアさん、今回の件を穏便に済ませていただいて……感謝致します」

 これは完全に萎縮しちゃったなぁ、ちょっと派手にやりすぎたのかもしれないとイネちゃん少し反省。

 今後の交渉とかに響いたりしないかなぁ……不安が残る流れができてしまっている気しかしないのはイネちゃんとしては少し気になっちゃう。

「大丈夫ですよ、今後は交易を行うことになったのです。そこを通じて理解してもらえれば良いだけなのですから、こちらの強さがどの程度であるのかを理解してもらうということはできたわけですから、今の段階ではそちらのほうが重要ですよ。……こういうのもなんですが、ココロ様とヒヒノ様はイネ様のようなことは仰ることはないですからね、大変ありがたいです」

「スーさんがそう言ってくれるのは嬉しいけど……まぁ憎まれ役だよねぇ、最初に請け負うつもりだったから別にいいんだけどさ、いざ本格的になってみるとこう……思うところはあるよね」

「そこはまぁ、私たち夢魔が補助致しますので。ご安心ください」

 安心していいのだろうか。

 まぁ、大陸側の皆は理解してくれるし、これはこれでいいのかな。

「それでは、私はそろそろ帝都に戻らねばなりません。リリアさん、今後共、本当に今後とも宜しくお願い致しますね!」

 アーティルさんがリリアの両手をギュッと握ってすごく詰め寄ってる……身長差があるからアーティルさんが見上げる形になってるけれど、あれはムータリアス側から見ていいのだろうか。

 でもまぁ、これでこの台風みたいな騒ぎは一段落ついたわけだけれど……。

「じゃあこの人達に何してもらおうか……イネ、何かやってほしいこととかあるかな?」

「リリア、なんでイネちゃんに聞くのかなぁ。イネちゃんは簡易的に家を作って回らないといけないし、農作業ならリリアが決めればいいし、他の作業にしても戦う可能性があるのを避けるって思ってるのならティラーさんのところで家具とか作ってもらうのがいいと思うんだけど」

「うん、イネありがと。それじゃあ兵士の人達の得意なことを聞いて振り分けるね!」

 ……結局方針を教えてしまったのだろうか。

「普通に教えていましたね、我々としてもイネ様は補佐なので問題ないのですが、今のはかなり的確すぎるかと」

「無意識なの!」

 無意識でやっちゃうことって、あるよね。

 特にアドバイスとかそういうのって、時としてこう……ポロっと口から出る時ってあるよね、ね。

「ですがまぁ、よろしいのではないでしょうかね。なんの指針も持たなければ途方に暮れるのもお孫様ですし……最初は美味しい食べ物でおもてなしとか、しそうですからね」

 あぁうん、スーさんの言う光景がすぐに想像できる……そして困惑するだろう兵士の人達も……。

 ともかく一旦気を取り直してと……。

「とりあえずイネちゃんはあの人らの宿泊施設を作らないといけないからそろそろ動かなきゃだけど……スーさん、リリアの護衛をロロさんにお願いしてもらってきていいかな」

「それは構いませんが……ヨシュアさんのほうがよろしくありませんか?」

「総合的な補佐まで含めたら、そうかな。ただ兵士の人の中には反骨心溢れる目をした人がいたように見えたし、はじめのうちにくじいておいたほうがいいかなって」

 イネちゃんがそう言うとスーさんは納得した顔をして。

「なるほど、わざと反発させてロロさんと戦ってもらうわけですね、見た目だけであるのならロロさんが最も適任でしょうから」

「イネちゃんだとなんだかんだで四天王を倒したって知れ渡っちゃってるしね」

 こういうのは負けても当然と思われる人だと効果が殆どないからね、そういう意味ではイネちゃんと体躯が似ているロロさんは最適人になる。

 大人数、しかも大人の男がロロさんのように体躯の小さい女の子に負けるはずないだろ!って飛びかかって、簡単にいなされるのは心が折れるだろうからね。

「万が一の可能性もありますがね。少なくともあの兵士達は実力を認められて女王付きの近衛兵としてこの場に同行していたのでしょうから油断は禁物ですよ」

「そこは手の空いている人が担当するってことで。ミミルさんでもウルシィさんでも誰でもいいからね、ムータリアスの人達の身体能力を考慮に入れたら、結構な差になるし、ロロさんの技量なら一方的に負けるってことは無いと思うから……それにスーさんたち夢魔の人が常時リリアのそばにいるしね」

「まぁ、そうですが……あまりマインドショックなどの魔法は使わないようにと厳命されていますから、期待に応えられないと思うのです」

「うーん、それはムータリアスの人達がそれほどの耐性を持っていないことから来てそうだしなぁ」

 効き過ぎるから控えるようにってことだろうし……ムーンラビットさんなんて大陸でも夢魔としての力を有効に使えちゃうから、普段は使うのを避けている感じがするからね、そういうことなんだろう。

「あぁそれはすごく実感しております。難民の方に少し夢を見せようとしてやりすぎたと言った部下がおりますので……それに私も先日の大地の四天王と呼ばれる軍勢の一部を捕虜にした際、情報を手に入れようとして少々……」

「やりすぎちゃったんだね……」

「お恥ずかしい限りで……廃人になってしまうのは避けられましたが、暫くは私が姿を見せるだけで恐怖を与えてしまうことでしょうね、これでは双方の勢力から情報を得ることができません」

「あー……それは……」

 イネちゃんたちは人類側に肩入れしに来たわけじゃない……というかゴブリン捨ててたのは人類側なんだから、むしろそっちを糾弾する立場ではあるんだよね、まぁそのための最初の開拓なわけだけれど……。

「ゴブリンのことを追求するにしても、人類を滅ぼしたいわけでもないからなぁ、双方の立場を聞いて調停できるならそれはそれでいいけれど……」

 大地の四天王の脳筋っぷりを見た直後だからどうにも難しそうだよね。

 そうなると一番欲しいのは偏っていない情報、または偏っていても双方の言い分を聴くことによって対応できればそれで良し。なんだけれど……魔王軍側の情報がこれっぽっちも入ってこないし、入手機会もないのが問題なんだよねぇ。

「場合によっては、第三勢力として双方の兵力を戦争継続不可能な領域まで削らなければなりませんからね、流石に最終手段ではありますが……そういう意味ではイネさんの圧倒的実力差を示すというものは大変効果的で有効な手段ですので、むしろどんどんやっちゃってくださいませ」

「スーさん、イネちゃんを抑止力にするのはいいけれどそれだとイネちゃんここから動けなくなるからね?」

「一番便利な勇者様が動けなくなるのは確かに問題ですね……どんどんを適度にに下方修正でよろしくお願いします」

「まぁ……いいけどね、うん」

 色々言いたいこともあるけれど、その先鋒をイネちゃんが務めるっていうのなら悪い選択でもないからね、うん……今後のイネちゃんの方針は決まったかな。

「さて、それじゃあ早速……!」

「はい、宿舎の建設、お願い致しますね」

 わかっていたけれど、うん、そうだよね。

 イネちゃんは上がったテンションが微妙に下がりながらも新しい建築場所へと向かうのであった。

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