第276話 イネちゃんとアルスター帝国の女王様

 戦いから一夜明けたお昼。

 アルザさんが村を訪れていた。

「先の魔王軍四天王の一人、ガイアテラを打ち倒されたことは既にムータリアス全土に響き渡っています。そこでアルスター帝国女王が報奨を与えたいと……」

「お断りしますよ、イネちゃんたちは村を守るためだけに戦っただけなんだから。名誉とかいらないですし……」

 というかアルスター帝国って何?ロロさんの故郷で捕まえた人は違う名前を言ってた気がするんだけれど……政権が変わって国の名前も変えたのかな。

 というか大地の四天王の名前ってガイアテラとか言ったのか、仰々しい名前だけれどあれを表現するには的確なのか。

「その尊き精神に勲章をと……」

「いや余計いらないですって……」

 まぁ人類軍からしてみれば、魔王軍の四天王の一人が倒されたってことは世界を揺るがす大ニュースだってのはわかるよ、うん。

 でもイネちゃんたちはムータリアスの世事には深く関わるつもりもないし、ヌーリエ教会の方針的にも関わってはいけませんってことだから、ここで勲章だの報奨だのを受け取るわけにはいかないわけで……イネちゃんもそんなに勲章とか欲しいとは思わないし。

「異世界の方々は無欲であるという噂、本当のようですね」

 宿泊所の外から若い……と思う女の人の声が聞こえてくると、アルザさんをはじめとしたムータリアスの人達が一斉に姿勢を正して敬礼のようなポーズをとった。

「すみません、土足で入ってもよろしいのでしょうか。異世界の住居は靴を脱ぐと伝え聞いているものでして……」

 なんだか礼儀正しそうな人ではあるけれど……多分これ、女王様が直々に来てるってことだよね。

「あ、大丈夫ですよ。開拓の方針は現地に合わせるっていう形ですので基本的には土足で問題ありませんから」

 リリアが丁寧に返答してる。

 まぁ周囲の反応と目の前の女の人がすごく礼儀正しかったからだろうけれど、なんでわざわざ女王様が異世界から来た人間の開拓している場所に来たのだろうか。

 その説明もあるのだろうけれど、それ以上に周囲が危険だとか言って止めないほうがイネちゃん的には不思議すぎるんだけど……。

「それは……御足労をお掛けしております。知識はどなたから?」

「銀の聖女と焔の魔神は元々あちらの世界の住人ですから」

「あぁ……そうでしたね修道会の方、ありがとうございます」

 ココロさんとヒヒノさん、また大層な名前がついてる……。

「私たちはそんな大層な存在じゃないと何度も言っているでしょう……」

「これはお久しぶりです……あの時はまだ私は女王にはなっていませんでしたが」

「お久しぶりーアーちゃん」

「お久しぶりですヒヒノちゃん」

 なんだかすごく仲が良いように見えるけれど……ムータリアスに飛ばされていた間になにがあったのだろうか。

「ともあれあの時は大変助かりました。おかげで私たちの故郷を防衛するための戦いに間に合いましたから」

「いいえ、私も錬金術師にいいように操られる兄を止める必要がありましたから……お二人のおかげで今では錬金術師に対して戦争責任を追求する民の声が日増しに強くなっております」

 あぁ派閥争いに巻き込まれてたのか、それでこの女王様はココロさんとヒヒノさんっていう外圧を利用したわけだね、最適解だったわけだけど……腹黒な感じの修道会を後援に選んでいる辺り、イネちゃんはちょっと全面的な信用はできないんだけれども……女王様個人は大丈夫なのかな。

「あ、申し訳ありません。私は現在ムータリアスの人類をまとめあげているアルスター帝国の代表、アーティルと申しますわ。それで……この開拓団の代表の方はココロ様なので?」

「いいえ、ここの代表は彼女、私たちの従姉妹にあたるリリアです。そしてこちらも申し訳ないのですが、この開拓事業はリリアが神官になるための最終試験を兼ねているのです」

 なんだかイネちゃんたちをよそに話が進んでいくなぁ、楽ではあるし、そもそも流れとしてはイネちゃんが介入する余地はないんだけど静かに見守るだけっていうのももどかしいんだよねぇ。

「ご、ご紹介にあずゅかりましゅた!リリアです!」

 噛んだ。

 リリア、案外あがり症なんだなぁ……いやまぁ相手がムータリアスの人類トップなら普通に緊張するから気持ちは大変よくわかるんだけれど、実のところリリアも大概な立場なんだけどねぇ、ヌーリエ教会の司祭長さんの弟の娘だから周囲の人からしてみれば気を使われる側の人間だからね。

 ともあれ噛んだリリアが可愛かったからか女王様……アーティルさんはクスクス笑っていて場はちょっと和んだ感じになった。

「うふふ、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。私は今では皇帝……女王とも呼ばれておりますが、元々の継承権は低かったこともあってあまり格式張ったことは苦手なのです。ですからヒヒノちゃんのようにアーちゃんと呼んでくださっても……」

「アーティル様」

 お付きの人が咳払いと共にアーティルさんの名前を呼ぶと、アーティルさんはふてくされた感じに言葉を止めた。

「と、ともかくです。こんな場所になんでわざわざ女王様が来られたのですか?」

 お、今度はリリア噛まなかった。

「え、えぇ……こほん。先ほども言いましたが、魔王軍四天王の中でも最も、我々人類軍が倒す手段を見いだせていなかったガイアテラが倒されたのです、軍の最高司令官でもある私が訪れるだけの理由にはなります。それで……ガイアテラを倒されたのはどなたで?」

 皆が一斉にイネちゃんの方を見る。

「え、え?いやいやトドメとかそういうのまとめてヒヒノさんでしょ?イネちゃんは足止めOnly、OK?」

 あまりの流れについつい流暢な英語になってしまう。

「でもまぁ、イネちゃんがいなかったら私とココロおねぇちゃんじゃ防戦で消耗させられてたよね、それだけの数で押し寄せられてたし」

 最初から全部吹き飛ばす前提なら大丈夫だったのではとも思ったけれど、あまり介入しすぎてもって話だったっけか……倒した四天王が悪すぎただけで、本当なら女王様が来るってこともなかったかもしれないしなぁ。

「え、まさかこのお方がおひとりでガイアテラを足止めしたのですか!?」

 女王様が国のトップとは思えないような素っ頓狂の声を上げていらっしゃる……いやまぁ、イネちゃんだってあの大地の四天王は大概だと思ったけどさぁ、まともな手段で戦ったら止めるのも困難だとも思うけど……。

「止めるだけなら、イネちゃん以外にもできたと思うのだけれど……」

 なのでイネちゃんはそう呟くように言いながらココロさんに視線を移すと。

「私は攻撃力がイネさん未満ですよ、足止めというにはあまりに貧弱すぎます。師匠なら鼻歌を歌いつつ大あくびをしながら相手取れるとは思いますが、まだまだ未熟な私では流石に難しすぎますよ」

 比較対象がおかしすぎるんだよなぁ、ササヤさん出されたら基本的に全員役者不足になるんじゃないですかね。

「でもまぁ、止めてたっていう事実はあるからね、観念しなよイネちゃん。面倒を考えるならここで適当に受けておいたようがいいと思うよ」

 くそぉヒヒノさんめ……シックに帰った時に何かおごってもらおう。

 流石にココロさんとヒヒノさんにこうまで言われたら他の人に擦り付けるわけにも行かなくなっちゃうし、そもそも擦り付けられそうな人が2人を除くとヨシュアさんだけになってしまう。

 そしてヨシュアさんのことだから、絶対自分が対象になるのを避ける言葉を用意しているに違いない。くそぉぅ。

「それでは、お名前を聞いてもよろしいでしょうか」

「ちょっとお待ちくださいアーティル様、このような少女が本当にあのガイアテラを1人で足止めしたなどとは考えにくいことです。いくら銀の聖女と焔の魔神の言葉とは言え鵜呑みになさるわけにはいけません」

 お、従者の人が常識持ってた!……でも流れ的に力を示してみせろーだよね、これ。

「待ちなさい、私はまだお名前を聞いている最中ですよ。報奨を与えるにしてもこの方は拒否をしていたのは見ていましたからね、それでもお知り合いに……ご友人になるのは構わないことでしょう?」

 ……案外アーティルさんが常識持っててくれた。

 夢見るお姫様って感じかと思っていたけれど、そうだよね、戦乱のムータリアスでまがりなりにも指導者を勤めているのだから現実も見えてないとダメだよね。

「イネです。一ノ瀬イネ」

 そういうことなのでとりあえず名前だけの自己紹介。

 異世界で文化も完全に違うから迂闊に握手を求めたりはしない。

 場合によってはそれが徹底的に叩きのめすとか、覚悟しろとかいう意味を持っていたら大変なことになりうるからね、イネちゃんは迂闊なことはしないのだ。

「イネ様ですね、ムータリアスでは親愛の気持ちを表現するのに両の手を繋ぐのですが……よろしければ」

 そう言ってアーティルさんは両手を、手のひらを上に向ける形で差し出してきた。

 ハンドシェイクを両手でやるっていうのはあれか、武器持ってませんよっていう最大表現として定着したのかな……ムータリアスだと色々ありそうだもんなぁ、今まで聴いてる話だけでも結構ドロドロな骨肉争いがあっただろうことが想像できるしね。

「それじゃあ……お言葉に甘えて」

 イネちゃんは手のひらを少しくるくるしてからアーティルさんの手を握る。

「はい、よろしくお願いしますね!これで私とイネ様はお友達です!」

 喜ぶアーティルさんの素晴らしい笑顔を見ながら、イネちゃん表情は固まったのだった。

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