第272話 イネちゃんとムータリアスという世界

 というわけでとりあえずの開拓の日常を進めながら、リリアは教室の見学にイネちゃんは来ていたのだった。

「へぇそういうことなんだ」

 今は食文化ついて聞いていて、お米は豆扱いで野菜だとか、お芋も蒸したものが中心で主食だとかで、あまり食事の幅が少ない文化だと聞いたリリアは当然ながらもっといろんな味が欲しくならないのかと聞いたところ、難民の人達はそもそも食べたこともないし食べられることを知らなかったから欲しいと思うことがなかったと答えて今のリリアの感嘆の言葉になったわけである。

 なんというか地球で言うところの古代から中世に至るまでのヨーロッパな食文化って感じをイネちゃんは感想として抱いたかな、上流階級ならもっといい食べ物もあるだろうと予想できる点も、イネちゃんとしては強くそう思わざるを得ないんだよねぇ。

「ところでさ、ちょっと聞きにくいことなんだけれど……昨日を暴動を起こしていた人達ってどういう人なのか、知らないかな」

 リリアが申し訳なさそうな表情でそう言うと、少し遠巻きに見ていたイネちゃんから見ても難民の人達の表情が曇ったのがわかった。

「アレは人ではありません……少なくとも私たちはそう教えられてきました」

 難民の人達もリリアがどういう人物なのか理解しているようで、こちらも申し訳なさそうな表情でリリアの質問に答えていた。

 うーむ、リリアがわかっていたことを聞いたにも関わらずまた泣き出しそうになっちゃってるし……助け舟、必要になるかなぁ。

 イネちゃんがそう思ったタイミングで、肥料を作っていたティラーさんがリリアと難民の人達の方向へ近づいてきて。

「人でないっていうのはどういうことなんだ?少なからず見た目は人だろうに」

 流石ティラーさん、見事なフォローだなぁ。

 イネちゃんが関心して見ていると答えていた難民の人はリリアとティラーさんを交互に見てから意を決したような表情をして。

「元は帝国以外の国家に住んでいた人間ですよ。魔王軍と戦うために協力しないのならと様々な手を使って陥れて、滅ぼした後に人類軍の尖兵として運用するため人としての認識を破壊された人達の残骸です」

「……思った以上に詳しい内容な気がするが、あんたは?」

「帝国の元軍所属ですから……最も、私自身は閑職の書類仕事ばかりでしたがね」

 そう名乗り出たところで周囲にいた他の難民の人達の敵意満載の目線がその人に集中した。

「待って、この人は命令を出すがわじゃなくてされる側だったんだろうしさ……」

 リリアがなだめると難民の人達はあまり納得しきれないというような顔をしながらも一旦引いて再び遠巻きに見るようになった。

 すごいなぁ……リリア、農業教室を通じて難民の人達に信頼されるようになってたんだね、イネちゃんだとこう……人に教えるとなるとお父さん達に鍛えられた時の記憶に従う感じになるのでなんというか軍隊っぽい感じになっちゃいそうで……。

 そう思えばリリアの教え方ってすごく優しいし、わかりやすいんだよね、イネちゃんもお料理するときに色々リリアから教えてもらったときすごくわかりやすかったもんなぁ。

「ありがとうございます。ともかく私もそんな役職だったのでどのように彼らの自我を破壊したりしたのかは知りませんし、知りたいとも思いませんでしたから……その辺でお手伝いできませんが……知っていることはお話したいと思います。あなたたち異世界人は攻め込んだこの世界の人間をこうして受け入れてくれてましたから、その恩を少しでも返したいのです」

「そんな恩だなんて……でも、ありがとう。教えてくれると私たちも助かりますし」

 リリアがそう言うと元軍人の人がありがとうと何度もお礼を言いながら手を掴んでいた。

 何かあればティラーさんが反応するだろうし……これは安心して任せればいいかな?

「ですのでイネ様は早くご自身の仕事に戻ってください、周囲警戒を強めようと言ったのはイネ様ですので」

 スーさんに怒られてしまった。

「うん、でもこう……リリアは純粋だし心配だったからさ」

「だからこそティラーさんを一緒に農作業に当てたのですよね」

「うん、ティラーさんでこっちの人は基本的に大丈夫だろうとは思うのだけれど……スーさんとしてはあの元軍人さんのことどう思ってる?」

「何度か接触しておりましたが、先ほどお孫様に話していた内容以上に隠していることはありませんでしたよ。少なくとも夢魔の思考を読む範囲では臆病、無意識かの潜在意識においても似たようなものであるかというのが滞在している夢魔全員の判断となりますので……」

 大丈夫ってことか。

 スパイ活動にしても、スーさんがこういう風に言うってことはあの暴動を扇動したわけでもないんだろうし、今は大丈夫ということにしておこう。

 正直こういう判断には夢魔の人のことをかなり頼りにしちゃってるのも、本来ならダメなんだろうけれど……ヌーリエ教会の方針やリリアの性格を考えたら尋問とか難しいし、仕方ないところっていうのが本当のところなんだけどね。

「ヌーリエ教会全体で見ても、夢魔の役割、存在意義のひとつですのでイネ様の心配はご無用でございますよ。まぁ、性的衝動をぶつけて頂くというのも存在意義ですが……あぁ久しぶりに食べたいですねぇ精気」

「できれば捕虜の人相手にやらないでね。もうちょっとまともにあの人たちの立場が明確になってからでお願いします」

「流石にやりませんよ、勝手にやればそれこそムーンラビット様におしかりどころの話では収まらなくなってしまいますので」

 スーさんの表情をうかがうあたり、このおしかりっていう段階で結構なものなんだろうなっていうのが容易に想像がつくのがなんとも……。

「しかしながら予想外の情報ソースとお思いでしょうが、恐らくはあの方からは得られないとは思いますよ」

「いやいや、夢魔の人達が情報源だって思わなかった時点であまり期待はしてないよ。イネちゃんとしては最初からムータリアスの風土とか社会構造が知りたかっただけだしね」

 そのへんが分かれば作戦を立てやすくなるしね、ボブお父さん曰く、現地の文化を知ってれば食べ物や飲み物に困りにくくなるし、建物の構造とかを把握すれば動きやすくなるとか教えてくれたし、地球とはまるで違い感じではあるけれど基本的なことはどこかで聞いたことのある『己を知り、相手を知れば百戦危うからず』って感じで当て嵌れるだろうからね、無駄にはならない。

 むしろそのへんを知らないと難民の人達への対処を間違えちゃいそうで怖いっていいのがイネちゃんの本音でもあるのだけれど、

「その割には結構脅すような無茶をなさるのですね」

「まぁ……異世界侵略するような世界だし、あらかじめ脅しておかないと問題が起きそうだったしさ……」

 イネちゃんが頬をかきながら返すと、スーさんはクスクスと笑い。

「ムーンラビット様もそこは褒めていたのですから、大丈夫ですよ。ともあれその結果がムータリアスでの現状最大組織となっている修道会との暫定的ではありますが協力関係を結べたのですからね」

 完全に成り行きだったんだけどね、うん。

 イネちゃんとしてはゴブリン被害を受けた人はあまりいい感情は持ち合わせていないよって知らせたかっただけだし……何よりイネちゃんが暴走している感じに振舞っていれば他の人達は冷静になれるからね、できるだけギリギリを狙った過激なことを言うようにって考えてたわけで……。

「むぅ、やっぱり結果的になったとはいえ褒められるのは違う気がする……ムーンラビットさんが原因で全部ばらされちゃったから意味なくなったし」

「それはムーンラビット様がイネ様がやる必要はないということでしょうね、普段そういうことをしなれていない方はどこかでボロが出るものですから、無理をさせてしまえば失敗する可能性が上がってしまいますからね」

「むぅ……」

 ムツキお父さんにも、イネは優しいから人を騙したりとかの搦手はあまりやらないほうがいい。とか言われたっけか……優しかったらそもそも銃も持てないような気がするのだけれど。

「搦手は私たち夢魔にお任せください。最も、私たち夢魔は搦手以外は事務作業くらいしかできないのですが」

「まぁ……誰も暴走しない状況にできるのならそっち方面は本職に任せるけどさぁ、それでもやっぱり、足りない部分は出てくると思うから必要になりそうならイネちゃんも対応するからね」

「はい。しかし……」

 そう言ってスーさんは指で自らの口に抑えながら。

「その手の搦手でしたら、イネ様よりもヨシュアさんにお任せしたほうがうまくいくと思いますがね」

 あぁうん、確かにヨシュアさんならイネちゃんよりもうまくやりそう。

「イネ様は間違いなく我々の現有戦力の中で最強なのですから、可能な限り戦闘に支障が出ない程度にしてくださいね」

「うん……そこは自覚してるから大丈夫。戦える人間のほうが少ない気もするけれど」

 ムータリアスの人達と大陸の人間との身体能力の差を考えれば順当なのかもしれないけれど、流石にイネちゃんを除いて戦闘可能な人間がヨシュアさんとミミルさんにウルシィさん、そしてティラーさんとロロさん。後は……キュミラさんは半分と考えたとしても残りはヌーリエ教会の兵士さんが10人程度だからね、開拓している範囲をカバーすると考えたら圧倒的に足りないのだ。

「だからこそイネ様に働いてもらう必要があるのですよ、無人監視システムと迎撃システムの構築をさっさとお願いいたします」

「あ、はい……」

 この後イネちゃんはリリアたちのところを後にして、めちゃくちゃ最低限の発電装置とタレットを作って回ったのだった。

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