第271話 イネちゃんと難民の種類

 倉庫にしていたいくつかの部屋を牢屋に改造して、直通の尋問室も用意してから皆で集まって、再び会議を開くこととなった。

「軽く思考を読んでみましたが……イネ様が聞かれたヒヒノ様のお言葉の通り、彼らは言語を発する機能を有していないと思われます。しかしながら言語を理解するだけの能力は確実に有しているとも、報告します」

 スーさんによる簡単な尋問は牢屋を作っている間にやっていたので、会議はまずスーさんの報告から始まった。

「ん、それってどういうこと?」

 当然のことながらリリアから疑問の言葉が出た。

 これはリリアだけじゃなく、大陸の大半の人がどういうことかわからないと言った感じで、ヨシュアさんも同じようにわかっていない様子だった。

 でもなんというか、イネちゃんは察してしまったんだよなぁ、察することができちゃったというか……。

「声帯が切り落とされてたとかじゃないかな、スーさん」

「はい、イネ様の仰った通り、彼らには声帯となるべきパーツを喉から取り除かれています」

「なんでそんなことを……酷い」

 リリアを始め皆ドン引きしたり、憤ったりしているのが見える。

 まぁ、察してしまったイネちゃんと、ムーンラビットさんの部下の人たちは特に不思議でもないといった感じ。

「まぁ、奴隷だろうねぇ。どういう文化で、どういう社会構造だったかとかは知らないからあの人たちがどういう立場だったのかはわからないけど、ムータリアスの全体を考えてみるとなくはないと思うし」

 むしろあって当然くらいはあるかもとイネちゃんは思うのだけれど、大陸からしてみれば人権を剥奪するような行為は禁忌レベルのものだからね、王侯貴族でも奴隷とは名ばかりの労働者階級みたいだし、ちゃんと衣食住を満たした上で正当な賃金を支払うことで成り立ってるものを指す単語になってるもんね。

 単純に社会構造の一番下の部分を支えている層を総称して奴隷なんだよね、大陸。

 そっちのほうが特殊な例なのだけれど、今のイネちゃんの言葉を聞いてもリリアはどういうことなのか判断しきれていない様子でうろたえてる。

「イネ様が仰った奴隷というのは、大陸以外で使われている意味での奴隷です。地球にも昔、そういった制度が存在していたと交流している間に知りましたので、10年程暮らしていたのですから、知識として持っていて当然かと思いますし」

 スーさんが補足してくれて、リリアが。

「じゃあ、その意味での奴隷ってどういう人のことを指すの?」

 少し震えた声にイネちゃんはちょっと心を痛めるけれど、ちゃんと説明しないとね。

 スーさんもイネちゃんが覚悟決めているのを知ってか黙ってるし。

「大陸では社会基盤を支える労働者を総称して奴隷という単語を使うけれど、地球では隷属させるという言葉の意味そのまま。人権なんて殆どないような人を指すことが殆どだよ。まぁそこから見てもムータリアスのは多分もっとすごく恐ろしい内容かもしれないけど……少なくとも自由がないという一点においては地球のそれと同じだと思う」

 イネちゃんがステフお姉ちゃんのお勉強を横から聞いていた時に覚えた内容だと、流石に声帯を奪うなんてのは聞いたことがないからね、歩けないようにしたりとかは聞いたことがあるけれど、声が使えないっていうのはそれだけでお仕事に支障が出るし、何より排出の時に命を落とす危険性がすごく高いから、本来ならやってはいけないもの。

「そんな……なんでそんなこと……」

 リリアは奴隷という言葉の、大陸以外での意味を聞いて憤るように肩を震わして涙を流した。

「ともかく彼らは今、イネ様が説明なさったような身分であったことは想像ができます」

「つまりあの暴動も、生きる術としてそれしか知らないといったところの可能性は低くはないだろうね」

 うーむ、会議という形なのだけどまともにお話できるのがスーさんとイネちゃんくらいしかいない……他の夢魔の人たちはスーさんを代表者としてるから意思としてはスーさんの意見で統一されてるし、ヨシュアさんも今にも飛び出しそうになってるウルシィさんをなだめるのに精一杯。

 ティラーさんに至ってはずっと俯いて何かを考え込んじゃってるしで会議にならないのはちょっと辛い。

「イネ様、この場は少々まとまらないかと思いますが……」

「んーそうだね、正直皆が動揺するかなとは思ったけどここまでとはちょっとね、イネちゃんの想像力不足だった」

「この世界の社会階級制度の一部を知れたというだけでも、かなりの収穫かと。彼だの存在はココロ様たちからも聞いていませんでしたので」

 ん、今のスーさんの言い方だと……。

「それってヒヒノさんも含んでる?」

「いえ、報告はココロ様がなさっておられましたので」

 あぁそれでか、矛盾らしい矛盾じゃないや。

「ヒヒノさんは多分知ってたと思う、別行動中にあの人たちと同じ階級の人とあったことがあるんじゃないかな」

「……ヒヒノ様は報告の場にも来ませんし、その能力でムーンラビット様の思考読みもシャットアウトすることが殆どでしたからね、それにしても今回は悪戯が過ぎます」

 貴重な情報を黙ってたってことだもんなぁ、悪戯じゃなかったにしても今こうして方針を決めることに支障が出ちゃってるからちゃんと伝えていて欲しかったのは確かだね。

「まぁともかく、貯水槽に関しては既にイネちゃんがちょっと頑丈にして直しておいたよ、流石にこれ以上壊されるとしばらくは海水の浄水が難しいことがわかったから少なくとも現状の設備は維持しておきたいからね」

「ん、イネちゃんの力でも無理だったのか」

 お、ティラーさんが復活した。

「うん、というよりもイネちゃんが構造をよく知らないものと、作れないものが必要になったってだけなんだけどさ、地球から取り寄せるか、大陸かこっちで代替品となるものを探さないとちょっと難しそうなんだよね」

 ついでに今回の貯水槽みたいなことになる可能性があるってわかったし、防備も整えないといけなくなったのがね、うん。

 そっちはまぁ、注意書きとカメラ、そのカメラと連動させたタレットを用意すれば良さそうだけど……どのみちパイプと電線を敷設したらそっちも守らないと意味がないしね、地面に埋設するのが一番かもしれないけど絶対じゃないし。

「あぁそうだったのですか、でしたらシックと連絡をとってきますね、必要なものが何かわからないので担当の者が来るようになっているとのことですので」

「うん、お願い。ちょっと高圧線を覆うゴムとか、トナの時に取り寄せたもの一式とかね、ちょっと欲しいんだよね」

「あぁあの時の海水を浄水するための設備か」

「そうそう、あれも結構大きいから、最悪設計図が手に入ればいいなってところ」

 そっちのほうが難しいかもしれないかもだけど、世界をひとつ間に挟んで現物を運搬することを考えたらそっちのほうが圧倒的にコストも労力も楽だからね、可能性はなくはないし、一度手に入れられれば今後も似たような事態になったとしても何とかできるからね。

「明日、担当者が来るようです。それまでは現時点での設備で対応してくださいとも言われましたが」

「そりゃまぁ、新規で入手できるまでは普通のことだよね、それ」

 ともかく入手できるかどうかはもっと先のことになりそうだなぁ、問題に対して後手にならざるを得ないくらいには情報不足だし……。

「あぁそうだ、今難民として受け入れている人に少しムータリアスのことを聞いてみようよ、というか今までやってなかったこと自体がダメだったんだけどさ、うん」

「あまり情報を持っているようには思えなかったですが……」

「そう思って後回しにしちゃったからさ、社会基盤の詳しい内容とか、食文化とかさ、そういう基本的なものですらイネちゃんたちは知らないから」

 だからこそ、今回の暴動を起こしていた人達のことを知ることができなかったわけだし。

「なるほど、確かにあらかじめヌーリエ教会で持っている情報は社会情勢が基本でしたから……盲点でしたね」

 盲点にしてはいけないんじゃないだろうか、とも思ったけれど、イネちゃん自身も気付かなかったのだから強く言えないね。

「今いる難民の人達は比較的民度も高いし、それなりにこっちに対して協力的な人も多いからさ、聞くなら今じゃないかなって」

「それでしたら私が……」

「私が農業教室のときに聞いてみるよ、それでいいよね?」

 スーさんが立候補しようとしたところで、リリアが割り込んで立候補した。

 スーさんはなんとも言えない無表情になってしまったけれど、リリアがやる気を出している以上はリリアの神官試験ということで承諾せざるを得ないってことかな、スーさんって試験官兼保護者って感じでいるけれど、端的に役割だけ考えたら教育係の中間管理職だしね、しかもその相手が自分の上司の身内で司祭長の姪ってところだし、そうなるとスーさんは出世のチャンスであるとも同時に首になるピンチでもあるのか、すごく、大変そうだ……。

 まぁそれだけ実力があってムーンラビットさんが選出したんだろうし、ひどいことにはならないだろうけれど……スーさんにとっては気が気じゃないだろうね、うん。

「それじゃあ、お買い物ができるようになるまでは難民の人からお話を聞いて、防衛を今よりもちょっと厚くする感じに進めようか、そうじゃないと今後の方針も揺らぎかねないし」

「うん、任せて!農業を覚えようとしている人たちはいい人ばかりだし、期待しといてね!」

 うん、やる気のリリアの笑顔が眩しい。

 奴隷云々と聞いたときの泣き顔から笑顔になってくれたのは、今のイネちゃんにとっては朗報だね。

 こっちはちょっとやること多いかもだけど、リリアの顔を見るとやる気が出てくるものね、今目の前のできることを頑張るぞ!ってね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る