第268話 イネちゃんと開拓会議

「そういうわけなので、先立つものがピンチです!」

 夜のご飯のときにイネちゃんが会議をしようと言って、皆が集まったところで最初にそう言った。

「先立つものってお金?」

 これはミミルさん。

 最近影が薄かったけど周辺警戒とかしてくれてるから、基本建築作業とかしてるイネちゃんと時間も場所も合わないだけである。

「お金に関してはほぼ無尽蔵だから問題ないんだけど、それ以上に飲料水がピンチなんだよ」

「勇者様のお言葉を補足させていただきますと、我々だけならば無尽蔵に使えるだけの水は存在していましたが、昨日から今日にかけて受け入れた難民の数が莫大と言わざるを得ませんね、飲料水に関しては急場しのぎとして風車式の貯水槽をいくつか作りましたが、水源自体が上限のある雪解け水である点が問題となります」

「山の木々が順調に生い茂ってくれて、雨も降ってくれれば多分解決するのだけれど……ヌーリエ様の助言どおりにイネちゃんがあらかじめ浸透した水で川ができても、今の水源と合流するようにしておいたからね」

 木々が生い茂るのは、自然魔法で強引に早めることはできる。

 だけど肝心の雨が降ってくれない限りはどうしようもないのは皆理解してくれているようで。

「いくら雪が降っているとは言え、万年じゃないんだよな」

 流石ティラーさん、的確な質問をしてくれる。

「うん、寒冷気候であるのは間違いないけど、降雪量に関してはそれほどでもないみたいだしね。規模が規模だから現状の川は通年流れる程度にはあるけど」

 山自体もそれほど深くないのが今回の場合は災いしてて、天然のダム湖が作れなかったんだよなぁ、天然を作るって言葉はちょっと矛盾してる気もするけれど、勇者の力的にはこの表現がピッタリするからね、仕方ない。

「近隣に海があれば時間次第で問題は解決するとは思います。事実ここより東に数キロ向かった先に海がありましたし、凍らないようでしたので雨季のようなものが存在する可能性もありますからね」

 スーさんが補足してくれているけれど、地形全域を把握してみたイネちゃん的にはちょっと楽観しすぎと思ってしまう。

 雨季があるのなら海抜がマイナス地点が多くてもいいのだけれど、それがあまりなかったんだよね。

 まぁそもそもが古戦場みたいだし、沼地とかだったとしたら大規模な部隊は展開できないもんね、だからイネちゃんは雨季というまとまった雨が降らない場所であると踏んでいるわけだけど……。

「なるほど、勇者様がそうお考えになられるのなら信ぴょう性が高いですね」

「雨季っていうのはないとは思うけど、梅雨くらいのものはあるかもしれないとは思ってるかな。今は乾いてるけど元々川や湖だったと思われる場所はなくはないし」

「少なくとも山に雨が降ってそういうのができる土壌はあったってことか?」

 ティラーさん本当最優良の聞き役。

「イネちゃんの地形把握ではそうだね。ヌーリエ様からツッコミも今のところはないから大きく間違ってはいないと思う」

「そこで勇者様と相談した結果、これ以上の難民受け入れはしばらく控えたほうがいいと私は進言いたします」

 説明が終わったと判断したスーさんがリリアに向かって本題を切り出した。

 難民が急激に増えたことで水資源が危ない、だから一端受け入れをやめておこうという提案である。

 スーさんの進言を聞いたリリアは少し俯いて、考えているのがよくわかる。

「全員を助けたいけど……今の私たちにはそれは難しいってこと、なんだよね」

 イネちゃんとスーさんはゆっくりと首を縦に振る。

 その肯定の意思表示を見て更にリリアは考えて……。

「2人のことだから、もう手を打った後なんだと思う。それが貯水槽なんだろうし……」

 一応、水田を一端やめてお米から小麦やトウモロコシに変更すれば、まだ受け入れることはできる。

 イネちゃんは最初、それを言おうと思っていたけれどスーさんに止められてしまったので、今この形になったわけなのだけれど……これはリリアの農作物への知識の試験みたいなものだよなぁ……元々少ない水で育てられるトウモロコシやじゃがいもなら行けるんじゃないかっていう流れ。

 ちなみにイネちゃんはコーイチお父さんの持っていたゲームで得た知識なので、確実ではない。

 ヌーリエ様とスーさんがツッコミを入れなかったのだから合ってたんだろうと勝手に思っておくけど、イネちゃんも調べられるようになったらちょっと調べておこう。

「わかった、ご飯の前に村の敷地まで来ていた人たちを受け入れて、そこからは控えるよ。水田を半分止めて、代わりにじゃがいもやトウモロコシ、小麦を育てれば大丈夫……だよね?」

 リリアが恐る恐る聞いてくる。

 まぁ、リリアとしては中間点を狙った感じなんだろうなぁ……もしくはお米は食べたいという気持ちもあったかもしれないけど。

「はい、それで問題はないかと思います」

 スーさんもリリアの提案に乗る形で首を縦に振った。

 そしてそれを見たリリアの顔が明るい笑顔になったのを見て、イネちゃんもちょっと嬉しくなるのである。

 なんにせよ自分の提案が認められるっていうのは嬉しいものだよね。

「まぁ、受け入れないとお孫様が仰った場合、せっかく器用な大技で新しく宿舎を作られた勇者様の頑張りが無駄になるところでしたね」

 スーさんはからかうような目でイネちゃんに視線を移した。

「いやまぁ、水問題が解決したら受け入れは問題なくなるし、初期投資と思えば無駄じゃないよ」

「ふふ、そういうことにしておきましょう」

 今のやり取りを見たリリアは思うところがあったのか。

「そっか……2人とも、ありがとう」

 やだ……このリリア可愛い。

「それで、当面の方針は難民受け入れ拒否になったと思うのだけど……水問題にはどういう手段を使うんだい」

 やだ……ヨシュアさんもうちょっと間をおいて。

「当面は貯水槽で対応はできると思う。ただ場当たり対応であるのは確かだから、最悪海のほうまで広げて、海水を蒸留するという手段が必要になるかもしれないね」

 まぁとりあえず返答はしておくけどね、必要な内容だし。

「海水を蒸留となると施設的にも結構大変なものになるんじゃ……」

「そこはまぁ、イネちゃんたち限定で使うとして小型の火力発電を作ってその中でまとめてやればっていう考えはあるかな」

 無論この案は火力発電という地球の文明を利用するため却下される前提である。

 ただこれなら飲料水と塩も同時に取得可能っていうすごく大きなメリットがあるからワンチャンなくはないと思ってたりするのだけれど……。

「そういえばイネの装備にその電気って奴が必要だったんだっけ」

 おや?

「あぁそういえばそうですね。勇者様は自らのお力で多少なり充填なさっておられるようですが、あったほうが楽になるのは事実ですか」

 あれ……この流れは……。

「いいんじゃないかな、あくまで私たちが使う分なら、帰る時に対応すればいいだけの話だし」

「……まさかすんなり許諾されるとは思わなかった。嬉しいけど」

「イネの装備は切り札みたいなものだし、少数精鋭なら余計に必要だと思うのは当然でしょ」

 うん、まぁ……イネちゃんの現代戦用の装備はイネちゃんが複製できるものは銃とかがメインで、それに関しては強力だけどってところは皆思ってるとは思う。

 今リリアが切り札と言ったのは恐らくだけどナイトビジョンとか、スマホとかの電子機器のことなんだろうというのもイネちゃんは思うのだけど……。

「そこまで切り札になり得るかなぁ」

「なると思うわよ」

 イネちゃんの疑問に答えたのは以外にもミミルさんだった。

「誰しもが夜目が利くわけじゃないから、イネの夜でも明るく見られる……というか暗闇でも一方的に視認可能な装備ってかなり重要だと思うし、それ以外にもイネの装備は基本的に私たちからしてみれば唯一無二なんだし、そこを重視するのは当然だと思うわよ」

 ミミルさんの言葉に皆が首を縦に振る。

 というかヨシュアさんも普通に縦に振ってるし……もしかしてイネちゃんの装備に関してすごいって風潮したの、ヨシュアさんだったりする?

「それじゃあイネの提案通りに、私たちが使う限定としてイネの住んでいた世界の技術を扱うための施設を作るということで。水に関しても蒸発させて冷やすっていう手法を取るつもりなんだよね?」

「あぁ火力って言葉で判断したのか、うん、そうだよ」

「じゃあお塩も取れそうだね、イネの提案のおかげで結構問題が解決しそう」

「それでもあまり多くの水は取れないだろうからね、大規模な施設にはしないつもりだし。だから水田は減らす方向でお願いね、リリア」

 イネちゃんの最後の言葉に、リリアは頬を膨らませて抗議してきた。

 だけど残念だったねリリア、イネちゃんにはその頬を膨らませるのは眼福でしかないのだ……!

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