第269話 イネちゃんと発電施設
「というわけで海まで来てみたわけだけど」
「結構な距離、あったッスねぇ」
イネちゃんとキュミラさんの2人で、東にあるという海に火力発電施設を作ると意気込んで来てみたものの、キュミラさんの飛ぶ速度に合わせて移動しておよそ1時間もかかってしまったのだ。
「これは送電に問題が出るなぁ……流石にイネちゃん変電所とかの施設構造は知らないし……」
ちなみに変電技術ならルースお父さんに教えてもらっている。
戦場ではぐれた場合でも、自力で装備に充電する手段だったけれど……後日ムツキお父さんに聞いて正しい変電方法を教えてもらったので変電器なら勇者の力で作ることは可能だったりするのだけれど……。
「電力は距離減衰するからなぁ……」
どの金属にも抵抗値はあるし、いくら純度の高い銅を使ったところでそれを覆える絶縁体が用意できなければ空気放電で更に減衰率が上がってしまう。
「距離で少なくなるなら、イネさん最初はどうするつもりだったんッスか?」
「2km程度なら、勇者の力使えば1分もかからないし走るつもりだったけど?」
「それは本末転倒なのではないッスかね……」
キュミラさんに正論を言われてしまった。
それはともかく実際測ったわけではないけれど距離としてはおよそ5km近くあったわけで……。
交流なら距離は稼げる……とは言っても電線の問題はあるしなぁ、むき出しだと雨でアウトだし、そもそも潮風がアウト。
「これは困った。本気で走らないとまともな充電が行えない」
「いやそもそもここでないといけない理由ってあるんッスか」
キュミラさんが身も蓋もない質問をしてきた。
「まぁ……絶対にここでないといけない理由はないけれど、できれば現地でやって水と塩だけを運搬するほうが楽じゃない?」
「どのみち水を運搬するのなら海水持って行ってもいいと思うんッスけど」
む、キュミラさんにしては頭が回る……。
ただキュミラさんの提案には重大な問題があるのだ。
「海水を運搬するのはまぁいいとしても、錆びるんだよねぇ、色々と」
トナの時にも色々やったけれど、海水っていうのはその塩分濃度だけで武器になりうるから、下手な手段だと即施設破損しかねないんだよね。
一応金を使うって手段もなくはないけれど、金だと盗難の危険があるから大陸以外で使える手法ではないのも、今この場でイネちゃんが悩む要因のひとつになっているわけで。
「錆びないものとかないんッスか」
「なくはないけど、金とか銀……しかも不純物を含まないという前提が必要。そうなると大陸以外では価値がすごく高いものになるし、結構重くなるんだよね」
「あーピカピカ光って綺麗ッスもんねぇ」
いかん、猛禽類的解釈で納得してしまった。
いやまぁキュミラさんならそれでいいか、取りに奪われたりっていうのもなくはないらしいし。
うーん本当どうしよう、最悪キュミラさんの提案を採用して海水を持っていくにしてもポンプを動かす動力が必要になるからなぁ、風車でいいかもだけど、初動だけにしか恐らく使えないんだよね、どのみち風化するし。
「いっそ水でその電気ってのは作れないんッスか」
そのキュミラさんの発言にイネちゃんは真顔で見つめ返した。
「え、あ、やっぱ無理ッスか?」
「あぁいや、なんで思いつかなかったのかなぁと。そしてそれをキュミラさんから言われたということに対して少し思うところが」
「いやまぁ、私がどういう立ち位置なのか理解しているつもりッスけど、改めて面を向かって言われると否定したくなるッスね」
しかし水力か……火力はタービン式で考えてたけれど構造としてはどうなるんだっけか、基本発電機は似たような構造だったとは思うのだけれどー……。
うん、タービンで動かすのは想像できるけど、それ以外だとコイル型しかぱっと思い浮かばない!というかイネちゃん最低限でそれさえ分かればなんとかなるって教えられたんだ!
トナの時はなんだかんだで検索できたからなぁ……ネットは偉大だった。
しかもあの時はギルドを通じて完品を取り寄せ可能だったからね、うん。
これが何もないところから開拓するということか……恐ろしい。
「しかしどうするかなぁ、流石に構造がわからないと作れない」
「火力ってやつなら大丈夫だったんッスか」
「必要になるか持ってお父さんたちに教えられてたからね、そっちなら大丈夫……というか構造原理も全部理解してるから大型のも作れるし」
そっちを作る前提で変電器……は別にいいとしても、結局のところポンプとかで問題になってたかと思うと、イネちゃん自身の計画の甘さが露呈しちゃったなぁ。
「とりあえず一度戻ろうか、必要なものはわかったし、ムーンラビットさん……というか地球と貿易している人ならわかると思うし」
確かギルドが電力を少しづつ導入してたはずだからね、高圧線とかもしかしたらあるかもしれないし、こっちで入手できないうえにイネちゃんも作れないからなぁ、できれば既製品を輸入したいけれど……世界を1個挟んでるからなぁ。
「なんというか、行き当たりばったりッスね」
「それは否定しないけど一度現場を見ておく必要もあったからまぁ、想定の範囲内かな。取り寄せる必要があるものの洗い出しもできたから、その分で取り寄せができるかの相談もしないといけないしね」
「開拓ってそんなもんなんッスかね」
「詳しいことまではわからないけど、まぁヌーリエ教会の面々がこの流れでやってるんだし、こんなものなんじゃないかな」
完全にゼロから開拓は流石にイネちゃん未経験だし、リリアが試験にされるんだからリリアもやったことがないってことだしね、何事も初めてずくしなのだから多少のことはありえるって考えないとね。
「それじゃあ戻るッスか……ところでイネさん、ずっとスルーしてた事実を口にしてもいいッスかね」
キュミラさんが少し申し訳なさそうな感じにいうのは珍しい。
でもイネちゃんも、今キュミラさんが言いたいことはわかるので……。
「奇遇だね、イネちゃんもずっと気になってたんだよね、あちらさんがこっちを警戒してたからいいかなと思ってたんだけど……」
イネちゃんがそこで溜めると、次の瞬間イネちゃんとキュミラさんが揃って叫んだ。
「「囲まれてる」ッス!」
敵意しか感じない視線が海側を除いてイネちゃんたちを囲むようにして集まってきていた。
むぅ……キュミラさんという人避けがいれば荒事は避けられるかなと思っていたんだけど、どうやらムータリアスで魔王軍と呼ばれている集団にはあまり関係なかったのか、それともただの野生生物の一団なのか……どちらにしても状況だけ見れば最悪である。
とは言えイネちゃんは楽観してるんだよね。
イネちゃん自身が無双すればいいというのもあるけれど、相手との強さを目ざとく即判断するキュミラさんが落ち着いているっていう事実に、イネちゃんはどうしようもなく楽観してしまうのであるのだ。
「どうするッス?」
「んーキュミラさんが逃げてない時点で、キュミラさんだけでも問題なさそうだしなぁ……何より下手に蹴散らして大規模な軍隊が攻めて来ても困るし」
やるなら派手に、それも圧倒的に。
やらないならやらないで撒かないと戻れない。
すごく……面倒くさいです。
政治的な内容が絡んでくるから、こういうのは本当面倒なんだよ……できれば全部スーさんに投げたいくらいなんだけど、今この場にいないし、戦闘能力に関してはムーンラビットさんが破格なだけで殆ど戦えないみたいだから期待しちゃいけないので、実際に居たとしても思考を読んでもらって判断の材料にするくらいだけどさ。
「考えるのもいいッスけど、あの人ら思いっきり私たちを食料として見てないッスかね」
「まぁ、そうだろうね。数回小さな群れを相手にした感じ統制なんて取れてないただの戦闘種族みたいな感じだし、農業とかする知能もないだろうから食事は狩りでしょ」
「いやまぁ、食べられる心配はない……というかイネさんだけじゃなく私ですら余裕に勝てそうな相手がブイブイ言わせてるんッスよねぇ、この世界。囲まれて逃げようと思わなかったのは私、初めてッスよ」
ついに本人が言っちゃったよ……まぁ実際のところキュミラさんは小物感満載の臆病な性格なだけで、実力に関してはかなり高いしなぁ、なんだかんだで毎回相手との実力差を即判断できるだけのものは持ってるからね。
「じゃあ追い払う程度は交戦してみる?」
「うー……できればやりたくないッスねぇ、倒しても食べられるわけでもないッスし、何より後々責任問題になっても私は責任取れないッスし」
うん、キュミラさんがいつもの思考で安心した。
「なら既に交戦しまくってる私たちにお任せしちゃえばいいんだよ」
その声と共にイネちゃんたちを囲んでいた群れが炎に包まれて消え去った。
そして炎が消えたところに、ヒヒノさんとココロさんが立っていたのだった。
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