第266話 イネちゃんと説明会
「はい、というわけでムーンラビットさんがアルザさんに脅しをかけて相互関係は完全に利益優先型となりました!」
「はっはっは、色々ひっくり返したのは悪いと思ってるけどイネ嬢ちゃん、力すごく入れてるねぇ」
当のムーンラビットさんは普通に笑ってるし……。
ちなみに外の騒動は小規模な野盗の襲撃で、食うに困った元奴隷の人たちだったらしく、早速イネちゃんが作った地下室が牢屋として使われて、その人たちを押し込めた後に宿泊所のテーブルを囲みながら先ほどの説明をしているのだった。
「でも正直イネちゃんとしてはアルザさんがどのくらい詳しいことを考えていたとかは知らないので、その辺の詳しい部分は全部、ムーンラビットさんにしてもらおうと思います!」
皆が疲れている感じにしていたけれど、苦笑みたいな笑いが聞こえてきて場の雰囲気はそれほど悪くはない。
「じゃあばあちゃん、説明お願いできる?」
「そうやねぇ、そのためにあいつをココロとヒヒノに送って行ってもらったわけやからな」
アルザさんをはじめとする修道会の人たちに関しては、こちらの事情を知られたくないのでココロさんとヒヒノさんが護衛という名目で送り届けていった。
そういうことなのでムーンラビットさん色々説明よろしくお願いします。
「まず最初に、ヌーリエ教会は全体的に修道会という組織は要注意としていることは言っておくな」
「な!」
当然ながら開幕からカカラちゃん立ち上がるくらいの衝撃を受けてる。
「まぁまぁ、別に個々人までとは言ってないんよ、組織という全体を指してるのはそういう意味な」
「で、ですが!」
「何より現時点の修道会トップであるアルザを信用していない。と言ったほうが現時点でのヌーリエ教会の立ち位置としては正確やったな、これは言葉選びを間違えたんよ、ごめんな」
カカラちゃんはまだ納得しきれない感じではあったけれど、ひとまず椅子に座り直した。
「なんで信用しないかっていうとな、アルザという人間は出世欲、権力と言い直してもいいがそれに対しての執着がかなーり強い。この辺はスーがスルーし続けていたことが悪いんやけど、まぁ私がいないタイミングで言って変に波風立てたくなかったってことでええんよな」
「はい、何より私が感じたあのお方の悪意よりもお孫様の試験を優先しましたので」
「了解、でも後でお仕置きな。リリアにその情報を渡すか、思考を読むように進言するまでが補佐やし。幸いイネ嬢ちゃんが初日に悪感情をぶつけてくれていたおかげで相手さんの動きが遅くなったからな、そこはなんとかなってるし1週間減給でええんよ」
え!?という声が聞こえたけれど気にせずにムーンラビットさんの説明が続く。
「まぁ修道会の介入が最小限で済んだのは、イネ嬢ちゃんが初日に悪感情をぶつけてくれてたからみたいだし、そこはイネ嬢ちゃんのファインプレーやな」
「イネ?」
リリアの短くイネちゃんを呼ぶ声に目線を逸らして聞こえない振りをしてからムーンラビットさんの言葉を待つ。
いやぁ絶対リリアにバレたらこうなるってわかってたからね、うん。
「まぁまぁリリア、イネ嬢ちゃんのやったことは間違いなく今の私らにはプラスよ。イネ嬢ちゃんとしては別の思惑だったんやろうけれど、ヌーリエ教会で、侵略軍の連中を尋問してから判断した私らの結論に近いものやったし、許してやってな」
「ん、あの人らを尋問したの?」
イネちゃんてっきり進んで帰化申請した人から聞いただけなのかと。
「無論イネ嬢ちゃんの想像してるとおり帰化を申し出た連中は知っていることは自ら進んで教えてくれたんやけどな、基本下っ端やったんよ」
「あぁ、帰化じゃなく帰還を望んだ士官以上に対して、か」
ムツキお父さんとボブお父さんから聞いたけど、地球の軍隊でもよくあることらしいからそのへんに関してはあまり驚かない。
あえて言うのなら大陸式の尋問なら命の危険はないだろうし、比較的人道的なものだったんじゃないかなーと想像できるって程度かな。
「まぁそんなところやね。で、そいつらから聞いた内容だと、あのアルザって人間が錬金術師と繋がっているとか、実際に錬金術師を貴族連中に紹介してたりしてたらしくってな」
「思ってたより真っ黒だった」
つい心の中に留めておくべき言葉を声に出してしまうくらいの衝撃だったよ。
「そこでよ、カカラちゃんは知らないかね、あのアルザって人についてどういう人望を持ってるとかでええんやけど」
「……尊敬できる人ですよ、少なくとも修道会に必要な方です」
カカラちゃんの声が怒気を含んでる。
まぁ当然だよね、自分の所属している組織全体を疑われて、その上最もその信用を失墜させてるのが尊敬している人だったっていうんだから。
「まぁそうやろうね、人心掌握できなきゃあんなに権力への執着なんてものは生まれやしないしな。人心を掌握できる術がない出世欲や権力への執着は対処が楽なんやけど、あのアルザという人間はそれを無意識にできる一種の天才よ」
「そんな!」
「悪人や犯罪者みたいに言わないで?か。別にこれだけなら統治者の才能とも言い換えれるから、悪く捉える必要はないんよ。問題は別の部分でな、アルザが貴族に錬金術師を紹介したという部分が、うちらにとって問題とした部分。その結果はまぁカカラ嬢ちゃんも知っての通りゴブリンが生まれたり、大陸への侵略の元になったわけなんでね」
「それならアルザ様は……!」
「無関係ではない、そこは重要よ。だからこそヌーリエ教会はアルザの欲望によって犠牲になった連中への贖罪を条件に、さっさとムータリアスの世界を安定させろと言いに来たわけやしな。賠償してくれるのならうちらは独裁者が生まれても別にええし、修道会の活動方針自体にヌーリエ教会が否定する要素は実際無いから」
大陸からしてみれば隣接世界に御しやすい独裁者が生まれてくれたほうが楽だもんね、特にムーンラビットさんが考えそうな流れ。
というかムーンラビットさん、地球側との交渉で自分が疲れるからこれ以上交渉しなきゃいけないことを増やしたくなかっただけかもね。
「イネ嬢ちゃん。正解」
完全に個人的思惑だこれー!
まぁムーンラビットさんがあまり長時間拘束され過ぎると、他の業務に影響が出るってことで、ヌーリエ教会の構造的問題も影響してるんだろうけどさ、もうちょっと人員増やしたほうがいいよね、絶対。
「人員はまぁ夢魔以外にも教育してる最中だから、数年後解消予定よ。流石にこんな短いスパンで複数の世界と繋がるとは想定外過ぎたんよ」
「ゴブリンに関しては昔からだし……そうなると地球側のほうが想定外ってことになるんじゃないかな」
ムーンラビットさんは少し間を作ってから。
「いや、こっちのほうが想定外よ?」
「なんで間ができたんですか……」
「いやいや、実際のところゴブリンが別の世界から現れていたのはあの子の話を聞いていたから知っていたがな、こうして自由に行き来が可能になるって部分は想定外なんよー」
間を作ったことの理由にはなっていない気はするけれど、でも確かにムーンラビットさんはごまかしてはいないことはイネちゃんにだってわかる。
ヌーリエ教会の立場なら、甚大な被害を出してるゴブリンの元凶を駆除しに行けるとなれば多少迷うことはあっても最終的には乗り込みそうだし、実際今こうしてリリアの最終試験ついでとは言えムータリアスまで赴いて対処し始めてるわけだしね。
「とりあえずムータリアス、更に言えば修道会に対しての教会の立場は分かりましたけど……彼女の試験が全て終了したあとはどうするのですか」
ここでヨシュアさんがムーンラビットさんに対して、考えてみれば当然の質問をした。
ムーンラビットさんはイネちゃん達が帰還する前提でアルザさんに言ってたし、ここに駐留するのは確実なんだけれども……それ以上の方策は難民受け入れ可能な場所としか言ってなかった気がするよね。
「そこはまぁ、リリアやイネ嬢ちゃん次第よ。帰るもよし、この世界に介入するもよし。そもそも開拓の片手間に救ってもうちらは別に減点とかしないしな」
投げっぱなしだぁ……しかもこの言い方だとアレだよね、援護もしないってことになるような気が、イネちゃんしてるぞぉ。
「イネ嬢ちゃん」
ムーンラビットさんはニッコリ笑顔で。
「正解」
それはもう素晴らしい満面の笑顔だった。
「ヌーリエ教会としては試験である村の開拓事業に関してはしっかりとバックアップするけどな、世界を救うなんて大事業に関してはそれはもうノータッチよ。まずは自分たちの立場をしっかりさせて、助けを求めて来た人間がいるのなら受け入れるし、守るが、自ら飛び込むのはヌーリエ教会のスタンスからは外れるかんな」
ムーンラビットさんの言いたいことは、なんというかわかる。
自分たちに余裕がないと助けられる人すら助けられなくなるし、何より余裕がなくなるってことは手段を選べなくもなってくるから……。
「本気出せばまぁ、賄えないことはないが、常に余裕は持っておきたいかんな。なんで片手間で救えればそれでええし、元々文明が育ってたことを考えればわざわざ大陸が手を貸す必要性はないしな」
「まぁうん、ムーンラビットさんとしてはどっちでもいいんだね」
「あくまで気分の問題やしな、協力提携はしたんでその分を最低限するか、関係を強くしていくかも試験内容よ。土地を開拓して村を興すのならその判断も必要やからな、だから決めるのはあくまで担当者であるリリア、それに信頼が厚いイネ嬢ちゃんというわけやし」
最後に試験内容って言ったのはリリアがすごく不安そうにしたからだなぁ、リリアが決意に満ちた表情してたら試験内容に含まれるって絶対言わなかったぞ、この孫を可愛がるおばあちゃんは。
「そのへんはまぁおいおい進めればええんよ。それじゃあ今後も開拓頑張るんよー」
「あ、その前にムーンラビットさんひとついいかな」
イネちゃんが呼び止めると解散の流れだったのでムーンラビットさんがわざとらしくこけてみせて。
「内容はわかってるが、はい、イネ嬢ちゃん」
「イネちゃんの装備に関して、ギルド経由でもいいから少しでも調達できるようにしてもらってもいいですかね」
「はっはっは、むしろギルド側に要請は既にしてるから安心するんよ。まぁイネ嬢ちゃんの武器弾薬に関しては調達率が減るだろうが、冒険者が多いんやからそこは安心してええんよ」
イネちゃんの思考を読んでいたムーンラビットさんは大笑いされたけど、まぁこれでひとつ安心を得られたのなら安いものだよね、うん。
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