第216話 イネちゃんと使節団

「というわけで暇だよーリリアー」

「一応私の手伝いしてるじゃん」

「そうだけどそうじゃないというか……単純作業の継続ってイネちゃん苦手なんだよねぇ」

 実質の外出禁止令を出されたイネちゃんは集会場でリリアと一緒に炊事洗濯子供の世話をしているのだった。

 イネちゃんとしては子供の世話は予想外の出来事が多いから退屈しなくてむしろ今やってるお皿洗いよりも好きなんだけれど……残念なことに今子供達はお昼寝の時間で、それなりに大きい子はお勉強している。ちなみに教師役はギルド長さんとティラーさん。

「まぁ洗い物と洗濯って同じ作業の繰り返しだからね、私はこういう作業好きなんだけど……イネはアウトドアっぽいしね」

「別にそれほどお外に出たいわけではないかな、ゴブリンに襲われる前は読書とか好きだったし、日本にいるときもステフお姉ちゃんと一緒にゲームとか読み書きのお勉強してたからね」

 単純に新しい刺激が欲しいだけなのかもしれないけど、イネちゃんとしてもまだ自分が好きなことは自分でもよくわからないからなぁ。単純作業の繰り返しで苦にならなかったのは戦闘訓練くらいだし。

「へぇ、あっちの世界のゲームって私興味はあるんだけど……」

 リリアがそこに食いついたその時。

「我々は偉大なるルミナス皇帝陛下より任命された使節団である!早く出迎えてはくれないのか!」

 村全体に聞こえたんじゃないかとも思えるほどの大きな声で何やら聞こえてきた。

「……使者の人、死んじゃったのかな」

「えぇ!?」

「いやまだわからないけどね、ただあの人が担当を外されてる可能性は高いかなぁ。それに人数多そうだよね、使節団って単語使ったし」

「イネはなんでそんなに落ち着いてるのかな……」

「いやだって、ムーンラビットさんがいるし。交渉事になるのが確定した時点でムーンラビットさんが主役だよ、イネちゃんだと煽って火種になっちゃいそうだし」

 リリアが不安そうにしているものの、これはムーンラビットさんが想定したとおりイネちゃんが立ち会っていないといけないかな、相手がどう出てくるかある程度想定しつつ勇者の力で建物全体を保護しておかないとか、後は子供のいる場所を岩盤で囲っておくとか。

「イネ……大丈夫だよね?」

 楽観しているイネちゃんとは正反対にやっぱり不安そうなリリア。

「というかリリアもちょっと本気出せばあの人たち完封できると思うよ」

「あ、あれは……こう私としては恥ずかしいというか……」

 全裸で恥ずかしいという言葉がリリアから出てきたことにイネちゃんは驚いたよ。

「婆ちゃんみたいにうまく使えないし……」

「あぁそういう……」

 やっぱり全裸は恥ずかしいというベクトルにはならないようだ、なぜかちょっと安心するイネちゃんなのであった。

「イネ嬢ちゃん、待機頼むんよ。あぁそれと集会場の保護、お願いな。周辺警戒は私の部下にやらせるんで感知はやらんでええよ」

 会話が途切れたところに丁度ムーンラビットさんがイネちゃんを呼びに来た。

「婆ちゃん、使節団ってどのくらいの規模なのかな……」

「はぁリリア、あんたも神官長を目指してるんやからこんくらいでおどおどしてたらあかんよ。ま、それほど多くはないな……問題は武装してるのがおるってことやけど」

 武装してる段階でもう平和的な会合をする気はないっていうサイン。

「ということは今回は……」

「イネ嬢ちゃんに働いてもらうことになるかもな、その流れか、相手の思考が攻撃的になったら私はリリアにお茶漬けをだしてもらうように言うから、それを合図にしてな」

「あ、それ知ってる。日本の京都ってところでお帰りくださいっていう意味だってムツキお父さんから聞いたことがあるもん……ってムーンラビットさんはなんでそんなこと知ってるんですかね」

「私は専属交渉役やったからな、そういう役得もあったってことよー。まぁ正直タタラとリリアの作った奴のが美味かったけどな」

 リリアのお料理は美味しいけどお店よりってのは本当なのかな……イネちゃん料亭とか行ったことないからわからないや。

「えぇい出迎えも無しとは文明の程度が知れるな!この私を待たせるのだから!」

 と、すっかり相手さんのこと忘れてた。

「私が出てくるんで、イネ嬢ちゃんは中で準備しててな。リリアはお茶でも淹れといてくれ」

「えぇ……」

 リリアがまるで知人を迎えに行くようなムーンラビットさんにちょっと引いてる。

「いやムーンラビットさんだしあんなもんじゃないかな」

「そうかもだけど……すぐに斬りかかってきてもおかしくない相手じゃないとも限らないし」

「それなら余計に私やろ。イネ嬢ちゃんでも大丈夫やろうがリリア、イネ嬢ちゃんが攻撃されるとまーたやらかすかもしれんからなぁ」

 うわ、ムーンラビットさんすっごくからかっているのがわかる顔してる。

 わかりやすく言うといやらしいニヤニヤ顔。

「ば、婆ちゃん!」

「ハッハッハ、退散するんよー。んじゃよろしくなー」

 逃げるようにしてムーンラビットさんは集会場の外へと出て行った。

「イネちゃんは装備の点検しておくから、リリアはムーンラビットさんの行った通りお茶を淹れるくらいしておいて。あちらさんは飲まないかもだけど何も出さないのもアレだし」

「う……ん、わかった。お茶を出した後はどうすればいいかな」

「子供部屋に行ってくれないかな、もしかしたらさっきので起きちゃった子もいるかもしれないし」

「うん、わかった。イネも気をつけ……」

 リリアが最後まで言葉を発する前に外からまた叫ぶような声が聞こえてきた。

「ふざけているのか!このようなガキが使節団の出迎えだと!」

 あー……まぁ普通はそうなるよね、イネちゃんも失念してたけれどムーンラビットさんって見た目イネちゃんよりちっちゃいし。

「婆ちゃん、大丈夫かな……」

「さぁ……まぁ大丈夫だと思うけど」

 わざと斬られて見せて交渉を有利に進めようとか考えるかもだけど、勘違いしかねないよねぇ使節団を名乗りながら相手を斬るような馬鹿相手だと。

 とりあえずイネちゃんは銃の稼働を確認してから相手の文化レベルに合わせて剣や斧を腰にぶら下げながらリリアを安心させる。

「ともかくイネちゃんは入口のほうに行っておくから、リリアはお茶、お願い。イネちゃんがちょっと飲みたくなるだろうから」

 すごく面倒な問答で喉が渇きそうだし。

「うん、でもイネも気をつけてね」

「うん、行ってくるよ」

 そういえば今日、キュミラさんってどこに居たんだっけか……居たら案外役に立ちそうなんだけどなぁ、異世界だとハルピーの姿が驚異に映るみたいだし。

「えぇい嘘を言うな!これ以上私を馬鹿にするようなら斬り捨てるぞ!」

「うーん、嘘も何も本当のことなんやけどなぁ。私がこの世界最大宗教の司祭だってのは。どうすれば信じてくれるん?」

 ……ムーンラビットさん遊んでる?

「何やってんの……?」

 イネちゃんが声を掛けるとムーンラビットさんは案の定にまにましてる。

「いやなこの人ら私がえらーい司祭様だーって信じてくれないんよ」

「絶対楽しんでたでしょ。えっとこの人が司祭だっていうのは本当……」

「またガキか……大人は逃げ出したのか?」

「いやこっちの話を遮らないでね。とりあえず1つ聞くけれどどんな相手がいるって想像してたんです?」

「オーガのような大男だな、そうでなければ我々誉れ高き帝国軍が敗北するわけがない」

 ふむ、あちらの世界にはイネちゃんやムーンラビットさんみたいな人はいないということだね。

「じゃあもうギルド長さんかティラーさん連れてくる?」

「あぁ別に連れてこなくてええんよイネ嬢ちゃん、即日使者を代えるような失礼な連中をからかってただけやし。まぁ目の前のコレは建前ってやつをお母ちゃんのお腹の中に忘れてきたような奴やったしな」

「あー……それ本人の前で言ったらダメなんじゃ……」

「子供だと思って寛大な心で居てやったにも関わらずなんたる失礼!ここで斬り捨ててくれる!」

「お、お待ちください!命令違反になります!」

 ほらーどう考えても怒ってるよー剣抜いちゃって振りかざしたのを見て周囲が慌てて止めに入り始めてるし。

「我々は話し合いに来たというのにガキしか出てこないのだ!相手が話し合う気がないということだろう!ならば分からせるだけだ、相手がどれほど強大で強い相手だということを!」

 そう言って剣をムーンラビットさんに振り下ろしてきたので、とりあえずイネちゃんが間に入って素手で剣を止めておく。

 ガキンという金属音と共に刃は止まり、イネちゃんの手は傷つきもしない……っていうか相手の剣がすごく刃こぼれしてるんだけど、粗悪品かな?

「まぁまぁ頭に血が昇って強大と強いが被ってますよっと。ムーンラビットさんもからかいすぎだよ」

「な、なんだこれは……何が起きているのだ……」

 イネちゃんが剣をしっかり掴んでいるために使節団の代表さん……でいいんだよね、この人、剣を引くことができずにプルプルしてる。

 まぁ今のイネちゃん、手のひらをガッツリ硬いものにしといたから動かないよね。

「じゃあさっさとお話しましょうねー、そのために来たんでしょう?」

「は、離せ!」

 むしろあなたが剣を離せば解決なんじゃないだろうかとも思いつつも、お話が進みそうもないので言われた通りに剣を離すと……。

「ぐぇ」

 思いっきり引っ張っていたためか相手さんが勢いよく転んでしまった。

 あ、剣に関してはしっかり握っていたおかげで誰にも当たらずに済んだ、よかったよかった。当たっても治せただろうけど。

「ば、化物……そうか、ここは魔王の居城でこいつらは魔王の……」

「おう、それ以上言うとあんたにだけその言葉が本当になるんよ。あんまこの世界で魔王魔王言うんじゃねぇんよ。でないと…………私、久しぶりに本気を出すよ」

 うぉ、今イネちゃんの背筋がぞわっとした!

 というよりムーンラビットさんの口調、最後の方いつもと違ってたよね……。

「んじゃ、会談しようかねぇ」

 ムーンラビットさんが笑顔でそう言うと、使節団の人たちはすごい勢いで首を縦に振って非武装アピールをした。

 ……イネちゃんもムーンラビットさんを怒らせないようにしないといけないね、うん。

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