第206話 イネちゃんと異世界のお話

 夢魔の人たちが来てからまた数日、ついにあの人が村に到着した。

「おーお待たせしたんよー、いやぁ日本への説明がちょーっと面倒で苦労したんよ」

 ムーンラビットさんは軽い口調でそう言いながら瞬時に状況を把握して夢魔の人たちと教会の軍の人たちに指示をだしてからイネちゃんたちのところに来た。

「とりあえず最初の2回以外は襲撃無いんよね?」

「うん、でももう村の状況を把握できたんです?」

「まぁ細かいところはわからんよ?でもまぁ空から見て被害規模と復興状況は把握できたし、村人の表情と兵士の表情をみれば概ね把握できるかんな……それでイネちゃんとリリアのほうはどうなん?」

「いやどうと言われましても」

「捕虜の連中から話を聞いたんじゃないんかなーってな?」

 あぁそういう。

「異世界の襲撃者がまだ残存兵がいるのと、野生動物を使って挟撃の形で襲撃してきたからそっちの警戒をしてたから……聞くにしても結構イネちゃんは恐怖心を植え付けちゃった後だし、適任ではないかなっていう考えも……」

「んーあちらさんの攻撃無効化しながらゆっくり歩いて近づいたりとかしたん?」

「……記憶読みました?」

「いやイネ嬢ちゃんの力から考えたらできるのはそんくらいやろ?」

 ……仰るとおりです、はい。

「まぁイネ嬢ちゃんの事情は把握した、同時にリリアのほうもな。リリアのことだからイネ嬢ちゃんがやらないとやらんだろうし……そのへんはあのモヒカンに任せればよかったんじゃないんかね」

「んー確かにティラーさんを頼るってのが現実的な案のように思うんですけど……」

 実際のところあまり教会の兵士さんたちがそれほど立ち回りとかがうまくなかったから指揮官として配置しちゃったんだよね、こればかりは色々仕方ないとはイネちゃん的には思うのだけれど……。

「まぁうちの連中も練度はそこまで高くないし仕方ないか。有事自体があまりなくって実戦がまったくといってなかったかんな、夢魔の連中は私が直接指示出せるからそのへん想定して訓練させてたんやけど、正規軍の連中は私の管轄じゃなかったから殆どしてなかったんよね、動かす時って大抵誰か上の人間が付く決まりやったしな。そのへん私がもうちょっと言っとけばよかった、イネ嬢ちゃんすまんな」

「いや謝らないでください、イネちゃんだってもうちょっとお父さんたちに其の辺の動きを聞いておけばよかったわけだし」

「いや2人とも、今はそういうことやってる場合じゃないから」

 リリアのツッコミでお互い謝っていたイネちゃんとムーンラビットさんは軽くハハハと笑い。

「ともあれうちの連中が調べた範囲でちょいと異世界のことを整理するんよ」

 そう言って手帳を取り出して広げた。

「まずはあちらさん、自分たちの世界に名前をつけてなかったわ。異世界に移動できる術を持ちながら自分たちの世界に名前をつけないってのは些か疑問やけどまぁそこは別にいいとして、問題は捕虜がこちらの世界に来た手段やな」

「概ね想像つくけれど、大規模に部隊を派遣できるだけの手段で、それほど間を開けることなく使えるってことかな」

 ムーンラビットさんはイネちゃんの言葉に首を縦に振って続ける。

「イネ嬢ちゃんの言う通りやね、大規模な施設があってそこで転送陣のようなものを用いて少なくとも数10人単位、連続稼働は5回程度保証しているっぽいな……まぁ最悪を想定するなら100や1000単位を常時送り出せる代物と考えておけば概ね対策は取れると思うんよ」

「最悪を想定するなら万単位じゃないかな」

 少なくともゴブリンを大陸に捨ててるってことはそれなりに大規模な片道切符があって然るべきだし、そう考えるのが妥当だと思うんだけど。

「確実に生きたまま、能力を維持しつつ飛ばせる技術的限界が今はあるらしいんよ。まぁ想定するだけならイネ嬢ちゃんの言うとおりやったな、ごめんなんよ。まぁ規模に関しては……」

「それほど問題じゃない、じゃないかな続く言葉。最大の問題は別で、イネちゃんの想像だとポイントを指定できないとかあるんじゃないのかな」

 地面の中に居る!とか遥か上空に出現した!とかは流石に無いようにはしているんだろうけれど、異世界に兵隊を送りつける以上そのへんの制約はありそうなものだよね。

「いや、場所の指定はできるらしいんよ。ただあちらさんがその指定ポイントに何があるのかを把握していないから最初に小規模を送り出してレスポンスがあれば大規模な部隊を送り出すみたいやな。まぁ今回は実用試験だったらしく一定期間生存反応が確認できれば送りつけるという作戦だったみたいやけど」

「なんとも行き当たりばったりな……」

「私もそう思うんよ、ただ技術ってもんはそういう行き当たりばったりみたいな発想から発展するかんな、事実今回は成功だったわけやし」

「全員捕まってるのに?」

「転送がちゃんと指定ポイントに送れて、連続稼働がしっかりできるかの試験なら成功やろ、捕虜は全員身分階級が低いらしいかんな」

 つまりは実験で送られた部隊がたまたま目の前に村があったから襲った、ってところか。

「いやイネ嬢ちゃんその考えはちょい違う。最初に送った時に一緒に送られる予定だった糧食が別のところに飛ばされたか、そもそも送る気がなかったか……来なかったから仕方なしに襲えと指揮官に命令されたとか言ってたんよ」

「ナチュラルに思考を読んだね……まぁいいか、となると最初の襲撃の時指揮官をやっちゃったのは失敗だったかな」

「いや問題ないんよ、どうにも命令違反が目立つ問題児で、身分が1番低い連中を指揮する能力だけはある奴だったみたいやし、やらなきゃ止まらなかったやろうしな」

 慰めっぽいけどムーンラビットさんにそう言われると不思議と安心した。

 イネちゃん的にはちょっと気にしてたことだしね、指揮官って役割はそれだけ情報を持っている可能性がある人でもあるし。

「それで婆ちゃん、対策案とかあるの?」

「それは他の連中も交えてやな、復興と防衛要項を同時作成して実行できないとちょっち面倒な相手やし」

 リリアはこのムーンラビットさんの言葉の意味が把握できてないのか首をかしげた。

「リリア、相手は場所指定して転送できるんだよ。となると外壁はあまり意味がない。特に今の話だと捕虜の人たちがネックになると思うし」

 生命反応を世界を越えても辿れて、把握できるということならまず間違いなく捕虜の人たちの座標にピンポイントで転送ができるということになる。

 カカさんの家に出現した連中がそれほど損耗しないでリビングと地下通路を制圧できた理由はおそらくそういうことなんだと思うしね。

「幸い転送にはブレがあるのがこっちにとっての朗報やね、まとめすぎて座標が重なると転送事故でそのまま死ぬとも言ってたかんな」

「そんな危ない技術で飛んできたの……?」

「リリア、だからこそ今回はテストだったんよ。連中はあちらの世界の統治者からすれば捨て駒ってところやね」

 捨て駒、という単語を聞いてリリアの表情が更に暗くなる。

「なんで人を捨て駒みたいにしちゃうんだろ……」

「リリア、全ての世界が大陸みたいに恵まれてるわけじゃないんよ。ゲートで繋がってるあっちの世界だって貧困や飢餓があるくらいやからな。最も大陸にもそういう場所がないわけではないが……見つけたら即時対応できる程度には食べ物には困っていない世界っていうほうが珍しいほうなんよ」

 食料自給率が100%を遥かに上回っている地球の中世程度の文化世界って限定すれば確かに。

 イネちゃんとしてはもっとSFしてたりする世界があってもいいと思うんだけどなぁ、そういう世界なら割と飽食だったりするだろうし。

『そういうわけでもありませんよ、大陸に関しては皆さんが努力してくださったので安定しているだけですので』

 うわびっくりした、ヌーリエ様が唐突すぎてびっくりした。

「おや、久しぶりやねぇ」

『ムーンラビットちゃんもお久しぶりです』

「え……婆ちゃん誰に話してるの?」

 あぁそうか、リリアはイネちゃんの意識を覗いてないからそりゃそうだよね。

「んーイネ嬢ちゃんの中に今あの子……ヌーリエ様が来てるんよ。私はあの子が大陸と同化する前を知ってるし、会話もしようと思えばいつでもできるかんな。まぁあの子と話したのはしばらくぶりだったけどなー」

「でも出てきたってことは……」

「まぁ何かあったんやろうな、ココロとヒヒノのことなん?」

『そうですね、少なくともイネちゃんには伝えておいたほうがいいと思ったことがありましたので……イネちゃん、ココロちゃんとヒヒノちゃんが飛ばされた世界に、ヨシュア君がいました』

 ……そういえば行方不明だった。

 いやまぁ忘れてたわけではないのだけれど、考えるだけの余裕がちょっとイネちゃんになかったというか。

「あぁあの坊ちゃんが異世界に居たんか、まぁ無事が確認できただけでもええんちゃうん」

『それが……1度敵対者として現れまして……今は一緒に行動するようになりましたが』

「敵対者……異世界で飛ばされた地点が違うってことだよね、多分」

「もしくは同じ場所でも違う勢力が待機していたか、やね」

 うーん、なんだかややこしい事態になっているようだ。

 しかしながら今の内容で良かったものは1つあったね。

「でもまぁ、ヨシュアさん無事だったんだね……異世界だけど。キャリーさんたちにヨシュアさんの安否を教えることができるようになったし、無事だって伝えられるのはよかったよかった」

『ヨシュア君もそこを心配していましたので、是非とも伝えてあげてくださいね』

「さてと、んじゃそろそろこの村のお話をするかね、異世界の転送陣に関しては私たちにゃこれ以上のことはできんし、備えるにも限界があるかんな。そこはヌーリエ様に任せてしまおうかねぇ」

 うわ、ムーンラビットさんがすっごくニヤニヤしてる。

『はい、ココロちゃんとヒヒノちゃんに伝えておきますので、ムーンラビットちゃんも大陸の表のほうはよろしくお願いしますね』

 あ、ヌーリエ様も結構したたか……お互い冗談を言い合える仲っぽいけれど、イネちゃんからしたら神様とそんなことができちゃうムーンラビットさんへの評価が情報修正されてしまうのであった。

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