第200話 イネちゃんと夜間哨戒

「イネ、そろそろ起きて」

 リリアに体を揺すられて意識が戻ってくる。

 この時イネちゃんは眠れていたことに驚きつつも体を起こしながらいい匂いを嗅いでお腹の虫が大きな声で鳴いた。やだ恥ずかしい。

「ふふ、じゃあこれ、あったかいものと歩きながらでも食べられる肉串……夜食はこれでいいよね?」

 リリアはイネちゃんのお腹の音に笑いながらもお味噌汁とお皿にそこそこの量の肉串を差し出してくれた。

 とりあえず毛布も何も無く寝ていたイネちゃんとしては体をあっためるためにお味噌汁を受け取って口に運ぶ。

「具材のほうは揃えられなかったから人参と大根だけだけれど……どうかな」

 リリアは恥ずかしそうにそう言うけれど、お出汁の用意もできないはずなのに強く旨みを感じて塩加減も疲れた体に染み渡ってくる。つまり美味しい。

「お出汁、なかったよね?」

「あぁうん、父さんの作った味噌って出汁を染み渡らせながら熟成させるから、味噌を溶くだけでいいんだよ、すごいよね」

 ……タタラさん、日本の出汁入り味噌に相当するものを自前で作ってしまうのか、もしやリリアより料理スキルが高いのではなかろうか。

「具材の人参と大根も大きすぎず、だけど満足できる大きさだし、これでお金取れちゃうかも」

「そ、そんなことないって!これでお金取れるなら父さんは毎日の炊き出しだけで生計成り立っちゃうよ」

「いやでもうん、美味しい。疲れた体には丁度いい塩加減で今の状況にもピッタリだしね」

 肉串のほうも見た目よく焼けていていい匂いが鼻をくすぐっている。流石に湯気は出ていないから皆に振舞った時に一緒に作ったってことなんだろうけれど、すごくありがたい。

「じゃあこれを飲んだら見回りを始めるよ、流石に相手が異世界の人たちだから続けて襲撃ってのはないだろうけれども、ここまで焼けた臭いと血の臭いがしてると熊さんとか狼さんのほうが寄ってくる可能性があるからね」

「うん……イネも気をつけて。私も看病とかを一通りやったら少し眠るからさ」

「うん、一応土嚢程度にはこの建物の周辺を囲んでおくから安心して寝てね。リリアはイネちゃんに無茶しないでっていうけれど、リリアも結構無茶するんだからさ」

 実はトナの時、リリアが寝ている姿を見てないんだよね、あの時はササヤさんも居たからイネちゃんが特に口は出さなかったけれどリリアも結構無茶するっぽいんだよね。

「……うん、ちゃんと寝るから安心してって」

 今の間は徹夜する気満々だったな。

 まぁ、イネちゃんもお昼に結構無茶したから人のこと言えないんだけどさ……。

 リリアも似たようなことを考えたのか、イネちゃんと目があって同時に吹き出すように笑ってしまう。

「とと、笑ったら皆を起こしちゃうか。じゃあ行ってくるよ」

「うん、行ってらっしゃい」

 リリアに見送られながら集会場を出て地面を少し起伏させてからP90をマントのホルダーから抜いてすぐに撃てるように構えてから歩き始めた。

 肉串は和紙の袋でくるまれていて……って和紙、あったんだ。

 いやまぁ植物が多い世界だしこうはなるのか……あぁでもヴェルニアの本は日本の市販のやつと殆ど一緒だったような。

 技術的には両方あるのかな……事件ばかりでそういう文化的なことを知る機会が全然ないから、今回の事件が終わったら次こそはゆっくり文化とかに触れれたらいい……んだけどなぁ、今までの流れだと多分、無理なんだろうなぁ。

 しかしながら日が落ちてからも少し炎の灯りが見える。

 イネちゃんの装備には夜間用のものも存在してはいるのだけれど、電気系の装備なのでできれば節約したいところだったから灯り自体はありがたいんだけれどね、流石にナイトビジョンとかそういうのは高価すぎたりして手が出なかったからなぁ、あれも電気だけれど最新のやつはしばらく充電しなくても連続使用可能とかになってるからあればよかったんだけどねぇ、ヘッドライトとP90につけたライトくらいしか今の手持ちで使えるものがないのだ。

 いやだってこの辺があれば大半のことに対応できるし、こんな本格的な夜間哨戒をやることになるとは思っていなかったからなぁ……トナでもやったけれどあの時は町の灯りでそれなりに見えたから問題なかったってのがね、それにあっちはゴブリンで見敵必殺でよかったってのが大きいし。

『それでどうやって見回るの、この村、規模としてはそれほど大きくはないけれど1人でまわるのは無理だと思うんだけれど……』

「ん、それは単純にちょっと試したいこともあってね。それは今からやるから行動を答えにするとして1度ロロさんたちのところに行こうか、あっちは任せきりになってるからせめてどういうシフトにしたのか聞いておかないと」

 イーアにそう答えながら勇者の力で村の敷地とその周辺に限定して人ではない、大型生物に限定して感知能力を広げる。

 例外としてゴブリンも含めておくけれど、この設定ならそうそう人に危害を加えられる動物は感知できると思うからね、問題としてはヌーカベも感知しちゃうところだけれども、寝台車両に繋がっている1匹だけだし、もし野生のヌーカベが居たとしてもヌーカベなら安全だしね。

『あぁなる程感知……』

 イーアが納得したところで捕虜収容施設として使わせてもらっているカカさんの家へと向かう。

 場所は聞いていなかったけれども、今の感知で確認しておいたのでイネちゃんの足取りに迷いはなく、まっすぐと家の場所まで向かう。

 一応カカさんの自宅ってことだから食事とかは大丈夫だろうけれども、それと同時に個人宅で十数人の捕虜を詰め込んでいるわけで……いくら地下室って言っても無理があったもの、何か問題が発生していないとも限らないよね、言葉も通じないし。

 ヌーカベの気配だけを感じつつ、イネちゃんは問題なくカカさんのお家に到着するとドアをノックする。

「誰だ?」

「あぁ夜間はティラーさんか。イネちゃんだよ、今の状況ってどうなってるか聞かせてもらっていいかな」

 ティラーさんの声を聞いて概ねシフトを理解できたものの、全部を把握できるわけじゃないので詳しい状況をドア越しに聞いておく。

「そうか、キュミラにはトナまで飛んでもらっている。ロロは今眠っているよ、カカも寝ている……まぁ俺1人で不安がないとは言わないが捕虜も大人しく眠ってくれてるからな、幸い毛布はかなり余分にあったし、食事も食べさせることができたから楽なもんだったぞ」

「そっか……そうだ、リリアの作った夜食、よかったらティラーさんも食べる?」

 そうティラーさんに聞きながら紙袋から数本の肉串を取り出してドアをもう1度ノックして返事を待つ。

「いや俺だけ食べるのもなぁ……」

「徹夜組用のお夜食だから、いいんじゃないかな」

「……そうか。だったらもらっておくか、しかし受け取る時の警戒が少し雑になりそうなんだが」

「それはイネちゃんが今感知してるから大丈夫、今村に侵入しているの動物も人も居ないよ、少なくとも屋外にはって言葉がつくけど」

「少し不安が残る内容が聞こえたが……時間的には真っ先にこっちに来ただろうし今から見回るのか、わかったよ」

 そう言ってティラーさんはドアを少し開けて外を警戒しつつイネちゃんであることを確実に確かめてから完全にドアを開けた。

「はい、これがお夜食」

 そう言って肉串を数本差し出す。

「肉か……よりにもよって肉なのか……」

「もしかして、瓦礫の中見ちゃった?」

 ティラーさんは苦虫を噛み殺した感じの顔で首を縦に振った。

 まぁうん、そういうことならお肉はってなるのは大変よくわかる。

 イネちゃんだって村が焼けてるって聞いて覚悟してなかったら多分食べれなかっただろうからなぁ。

「ただまぁ無理そうならキュミラさん用として残しておくのもいいんじゃないかな、この匂いは保存がそこそこ効くように香辛料使ってるっぽいからさ、なんだったら朝ごはんとしても食べれるかもだし」

「……そうだな、俺たちがしっかり食べてないといざという時に対応できないか」

「そゆこと、だから多少無理してでも食べたほうがいいよ。まぁ戻しちゃいそうならやめておいたほうがいいけどね」

「いや、そこまではいかないと思う。ありがとうもらっておくよ」

 ティラーさんがイネちゃんから肉串を受け取ったところで家の奥の方からロロさんが姿を現した。

「……勇者?」

「あ、起こしちゃった?」

 姿を現したロロさんはいつもの鎧姿ではなく、年頃の女の子っぽい服装……というわけでもなくシャツとパンツだけの姿だった。

「ロロさん、流石にその格好は風邪ひいちゃうよ」

「ん、これしか、ない」

 あちゃー、戦うための装備が中心でその他にはあまりお金使ってなかったのか。

 イネちゃんみたいに服装にお金かけてないんだね、イネちゃんもセーラー服ばかりゲートのロッカーにしまってもらってるんだけどさ、おかげでヴェルニアの決戦の時に溶けちゃった服の代わりはすぐに用意できたからね。

「じゃあ今度落ち着いてる時に一緒に買いに行こうか、リリアも一緒にさ」

 リリアなら自分が作るから別にいいとか言いそうだけれども、今は型紙とかもないしまぁいいよね。

「う……ん、わか……」

 ロロさんは言葉を全部口にする前に近くの椅子にもたれかかるようにして眠ってしまった。この体制、余計に疲れないのかな。

「だいぶ疲れたみたいだからな、肉体というよりは精神的に」

「自分の故郷が別の場所になってた上に、今度はゴブリンじゃなくて、言葉の通じない人に襲撃されたわけだからね……その上アレだったからなぁ」

 ロロさんが罵倒されている時のことを思い出して心が痛くなる。

「うん、じゃあティラーさんはロロさんをベッドに戻してあげて。戻ってくるまでイネちゃんはここにいるから」

「そうか、悪い、行ってくる」

 ロロさんをお姫様だっこしてティラーさんはお家の奥へと消えていった。

 ……ティラーさんには悪いけれどその姿は王子様というよりはお父さんと娘って感じだったよ、そんな歳じゃないって言われそうだから黙っておくけど。

 イネちゃんがそんなことを思いつつ家の中から村のほうへと視線を移すと暗闇と炎の灯りが点々としているのを見て、今後の村の行く末を暗示しているようだとちょっと詩的っぽい感じに思っていた。

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