第186話 イネちゃんと新たな力

 事態は結局のところ動かなかった。

 スマホのアラーム音が鳴ると一瞬ゴブリンが挙動不審みたいな感じになったのを確認して私は地面を蹴って一気に距離を詰める。

 とは言え相手も知能が高い個体、すぐさま体勢を立て直して私に向かって剣を投げてくる。まぁ問題なく額で受けて剣のほうが砕け、それに合わせる形で私はスパスを、ゴブリンは巨大な鉄塊……日本のほうで言えばスレッジハンマーってところの武器を振りかざしている。

 うーん……流石に私でもアレをまともに受けたらまずいかな……ろくに確証もなく突撃するのはただの無謀だし一度距離を取るべきか否か……でもまぁ考えている余裕はないし、今はただ駆け抜けるのみってところでスパスの引き金を引く。

 発砲音と共にバックショットの破裂した弾が全弾ゴブリンに吸い込まれるようにして当たる。いやぁ的が大きい上近づけばフルヒットしてくれるね、元々散弾のどれか1つでも当たればいいっていう武器なのにフルヒット、普通なら大型動物でも無事では済まないレベルのダメージになる……はずなのだけれどそこは産業廃棄物としてのゴブリン、しかもその変異体というか特殊個体は格が違った。

「コノテイドデハタオレヌ」

 バックショットのフルヒットでこの程度とか言っちゃうのは流石に無いと私は思うなぁ、ただ動き自体は鈍ったものの止まることがなかったため、次に起きる現象は自ずと確定する。

 私の頭にゴブリンのスレッジハンマーが振り下ろされて直撃……したのだけれど、激しい金属音と共にゴブリンは地面に倒れていた。

 私は一瞬どういう状況かわからず、ゴブリンもそんな表情だったけれど……私のほうはすぐにその原因がわかった、私の頭に、スレッジハンマーの本体部分が乗っかっちゃってる。

 何、私の勇者パワーってそんな頑強になるの?これもう本格的にやばいレベルの、生物が持っちゃいけない耐久力なんじゃないのだろうか……巨体の相手が全力で重力も利用した振り下ろし、しかもその上で鉄塊を直撃しても私は無傷で、相手の武器が破損するという事態に、ゴブリンは状況を把握しきれていない。

『イネちゃん、イネちゃんに与えた力は私の一部……今受けたその武器も大地の一部であるのです……なので、利用しちゃってみてください』

 突然ヌーリエ様が、ついにちゃん付けしてきた……もといゲームのチュートリアルみたいなことを言い始めた。

『チュート……いえまぁそのようなものです』

 認めちゃったよこの神様。

『大地そのものを武器として運用できるのです、勿論その鉄塊もその範囲ですので……イネちゃんの体の一部のように扱えるはずです。手を添えて、意識を集中させれば後は感覚でわかるようにお手伝いします。ですから……奪うことしか考えていない方々からこの世界を守ってください』

 普段温和でぽわぽわーって感じの口調だったヌーリエ様が、結構強い語気でそういうと私の中でなんとなくではあるけれど使い方がわかってきた。

 えーっと、とりあえずP90をしまって……それからスレッジハンマーに左手を押し込むように触ればいいのかな。

 私が頭の中に入ってきた手順に従って鉄の塊であるスレッジハンマーを触るとまるで泥とかに手を突っ込むような感覚で私の左手がスレッジハンマーに吸い込まれていって……というよりもスレッジハンマーのほうが私に馴染むっていう感覚で先ほどまで感じていた頭の上の重さが軽くなり、左手を天につき出す感じで持ち上げるとスレッジハンマーごと私と、そしてゴブリンの頭の上に鉄塊が持ち上がった。

 ゴブリンのほうは何が起きたのか理解していないっていう驚愕の表情を私に向けるけれど、正直私だって今この状況は理解できているわけじゃない……だけどわからないとは言っても力を使うには困る要素は無いっぽいので振りかざした左手をそのまま、ゴブリンの頭の上へと振り下ろす。

 ゴシャという鈍い音と共に、私の腕に肉や液体がついているのがわかる。

 スレッジハンマーの本体でしか触っていないのにも関わらず、ゴブリンの潰れた頭の感覚があるのがこう、不思議なのと気持ち悪いのが混ざって複雑な心境になる。

『イネちゃんは大地、大地はイネちゃん。覚えておいてくださいね……それと、ココロちゃんとヒヒノちゃんは大丈夫ですよ、ちょっと時間がかかっちゃいましたがしっかりと繋がりを感じられましたので、いずれ行き来可能にできるとは思います』

 私の心境を余所にヌーリエ様は業務連絡のようなことを言い始めた。

 でも、ココロさんとヒヒノさんが無事っていうのは朗報だし、その世界の状況はわからないにしてもヌーリエ様が把握していて尚且つ大丈夫と言ったのなら安心してもいいのかな?

『大地を感じて、大地のように感じればイネちゃんは大丈夫……私はもう少しココロちゃんとヒヒノちゃんのお手伝いをしてきますので、申し訳ありませんけれども、頑張ってくださいね……』

 それだけ私に言うとヌーリエ様の気配は私の中から消えてしまった。

 うーむ、ちょっとヌーリエ様の登場タイミングとか必要なことだけ教えて消えるって……慌ててたのかな、大丈夫って言ってたけれどもしかしたらココロさんとヒヒノさんは結構大変だったりするのかも……まぁそのためにヌーリエ様が私に最低限の手助けをしてあっちに行ったっていうのなら結局のところ安心できるんだろうけれど……それはそれで大陸の状況が悪くなったりしないのかな。

『イネ、ヌーリエ様の慌ただしさが気になるのはいいけれど、今はゴブリンに集中しないと。ここで見逃しちゃったらそれこそダメだしね』

「イーア……うん、確かにそうだよね。気になることはあるけれど今すぐその疑問を解決できるわけじゃないのなら、今できること、すべきことをこなさないとね」

 とは言え今このゴブリンの頭を潰して倒したわけで、これだけ時間が経っても中から他のゴブリンが出てくる様子はないし、状況は落ち着いてきているのかな。

 少し空に目を向けて渡りハルピーさんがいないか見てみるも姿が見えないし、特に戦闘の音も聞こえてこない……そういえばヌーリエ様が消える前に教えてくれた力、多分だけどこの同化能力じゃないよね、その延長かもしれないけどそれならあの言い回しは無いと思うし。

 というわけで私はヴェルニアの時、それにトナでココロさんに手伝ってもらった時の感覚を思い出して膝くらいまで大地と同化して意識を広げていく……すると。

「うわちょっと多い多い!」

 広げすぎたのかいろんな感覚が感じられてぞわっとしたためちょっとだけ感覚をシャットアウトする。

『イネ、感覚は今ので問題ない……とは思うけれど、もうちょっと情報を絞ったほうがいいと思う、思考がパンクしないように私が適時能力のオンオフを担当するけれど流石に情報量が多すぎて0か1か的なシャットアウトしか出来ないから』

 イーアに怒られてしまった……とは言えイーアも私なのだから他の人と比べて脳のセーフティが多くて助かったと思っておこう、私だってイーアと立場が逆なら同じこと言ってたと思うし。

 とりあえず人とゴブリンの情報だけと強く考えながら同じように感覚を広げていくと、今度はさっきまでとは違って感じられる情報がかなり少なくてこれなら大丈夫かなと思える感じになった。

『……驚いた、これでも人の脳には十分情報過多なはずなのに』

「まぁ、そこはアレじゃない?大地は私、私は大地っていう」

『大地、世界と繋がってるからある程度処理はそっちでしてくれるってこと?いやまぁヌーリエ様がわざわざ教えてくれたことだし、勇者の力として織り込み済みだとしたらわからないでもないけれど』

 イーアは心配性だなぁとも思うけれど、実際地面に触れている全ての物質の情報とか脳に流れ込んできたら普通なら脳の回路が焼ききれて廃人の可能性すら否定できないから仕方もないのか。

 ともあれそうやって感じられた情報を元に情報を確認してみる。

 上空にいるだろうキュミラさんと渡りハルピーさんたちは感じられないのは当然として……ササヤさんを含めた巣の討伐隊と、生き残っているゴブリンの位置だけは把握しておきたい。

 最初の出入り口を塞ぐための爆音以外には特に戦闘音も聞こえなかったし、今も聞こえてこないことから既に終わっているのか、もしくはそもそもゴブリンがこいつ以外出てこなかったのかというところだと思うけれど……。

 そう思いつつも大地で感じる情報はあまり芳しいものでは無い感覚がある。

 というのも感じられる情報を限定したのが成功したのか人とゴブリンの違いがはっきりと分かり、どうにも煙攻めしたにも関わらず巣の中にはまだ大量のゴブリンが居て、人のほうはやられたわけでは無いだろうけれど人数がかなり減っているのが分かる。

 一際強く感じるのは恐らくササヤさんだろうし、ササヤさんは動かずに状況を流れを把握しているのだろうけれど、周囲の人たちは割と慌ただしく動いているのが感じ取れる。

 しかもこれは……。

「こっちが張り付けにされていた……ってことかな?」

 ササヤさんから見て前方、洞窟の入口付近には今私が倒したゴブリンと同程度の個体が複数、その上でそのゴブリンから人の気配も感じ取れる。

 これは……人質ってやつか。

 状況は、かなり悪い状況で間違いなかった。

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