第185話 イネちゃんと膠着戦

 私とこのゴブリンの戦いは、かなり不毛なものだった。

 まず私のP90による攻撃は遮蔽物に隠れられたり、武器で防がれるなどして有効打にはならず、リロードの際にゴブリンが投げてくる攻撃は軒並み私にかすり傷を付けることが出来ないでいる。

 その間ゴブリンが何度も私を挑発してきているものの、私がそれに応じることなく銃の射程を維持しつつ、洞窟の入口を視界に入れながら戦ってはいるもののそれが原因でどちらも有効打を欠いている状態で時間だけがすぎていった。

 最も私の目的は時間稼ぎだからこの言い方は正しくはないのだけれど、別に倒してしまっても構わない以上はこの状況は大変もどかしい。

「ソロソロアイツラハオレノブカガタオシテルコロカ」

 ゴブリンのほうもそうなのか、流石にブラフだろうと思われる挑発ばかりになってきている。ちなみにこの文言は5分くらい前にも同じ言葉で飛ばしてきたから完全にブラフ。

 ともあれ私のほうもちょっぴり不安にはなってきているのも事実なんだよね、あの2人が相当に警戒しながら撤退したとしても、そろそろ何かしらアクションがあってもおかしくないくらいには時間が経過しているわけで、そういう意味ではあちらさんのブラフにも信ぴょう性が少しづつではあるけれど増してきている。

 まぁ今から私が2人を追いかけるという選択肢は無いのだから、信じて待つか、目の前のゴブリンを倒してしまうかしないかぎりは確認のしようがない。

 渡りハルピーさんに聞くにしてこのゴブリンの動きを封じない限りは報告を聞くだけでもリスクがあまりに大きすぎるからね、ここは私の我慢のしどきと割り切るべき場面。

『イネ、スパスかダネル使うのはダメなの?』

 むしろこの膠着状態を打開しようとイーアが話しかけてくるようになってきたのが一番の問題かな、イーアとしても集中力を削ぐのはわかっているのだと思うのだけれど、それでも話しかけざるを得なくなるくらいには状況を打破できる目算が取れないのは私だってとてもじゃないけど辛すぎるし。

「スパスは距離的にP90よりも有効打を与えにくいし、突然近づいたらそれ相応に相手も警戒する。ダネルさんに関しても炸裂までのタイムラグで回避されるのがオチ、人間相手なら問題ないけど相手はユニークゴブリンだし、多少の爆風だと有効打にはなりにくいと考えるべきだからね」

 まぁこの思考もあくまで私の先入観からくるものだから、ダネルさんでグレネードで攻撃すれば状況打開のきっかけにはなるかもしれない。

 問題はこれだけの知識、知恵を持っている個体が本当に目の前のこいつ1匹だけなのかどうかがわからないという点。

 こいつの知力なら今後グレネード対策を取られてしまう可能性を与える結果になりかねないから、相手の数が把握出来ない状態だと使うのはデメリットのほうが大きくなりすぎてしまうからね、ここも我慢ということになる……我慢しかしてないな私。

 本当、こういう知力の高い相手をするのは面倒で厄介だってことだよね、お父さんたちはもう相手が対処法を持ってる前提で戦ってるんだよなぁ、そう考えるとやっぱりお父さんたちは凄いと思う。

『でもこれはいつまで続くのかな……出入り口は監視できてるし、そっちにもすぐ銃撃を加えられるように動いているとは言ってもいつまでもこの膠着は続けられないよ』

 イーアの言うことも最もである。

 既に10分超ここであのゴブリンと睨み合っているわけで、私の集中力があまり長くもたなくなる時間はそろそろ……人間が集中力を持続させられるのはおよそ15分ってお父さんたちから聞かされてたし、それ以上長い時間作戦行動をするならどこかで一度呼吸を整える程度の休憩が必要になるって教えられてたから……持って後5分ってことになる。

 まぁ実際はもっと食いしばれるとは思うけれど、うっかり洞窟からゴブリンが出てきたときに見逃す可能性が高くなるのは事実でもある。

 幸い今のところ1匹も外には出てきていないからもう煙に巻かれてゴブリン全滅してくれたかな、この目の前のを除いてではあるけれどそれならかなり楽になるし、私の援軍も期待できるようになるんだけれど……流石にそれは望み過ぎかな。

 現実的なところだとここはこいつ1匹、他にゴブリアントの群れに普通のゴブリンが多数……って感じだろうし、ササヤさんのところはともかく他の場所は私と同じように膠着していてもおかしくない。

 となるとこいつが私たち討伐隊の大本命、ゴブリンたちの今の指揮官、強さと賢さを鑑みてあえて名付けるとすればエースってところか。

「ホカハイッタイドウナッテルカ、ソウゾウシテミロ」

 ふむ、ゴブリンに従うのは癪ではあるけれどちょっとだけ想像してみる。

 …………うん、ササヤさんが無双して地獄絵図しか思い浮かばない。

 むしろ私にとっては精神安定要素にしかならなかったけれど、どうにもゴブリンはそう思っていないっぽいように思える、見える範囲だと相変わらず下卑た笑みを浮かべてるし恐らく私の沈黙を絶望してると捉えているんじゃないかとは思う。

 しかしながらそれもこちらにとっては好都合、ここで激昂しているように演じてみせてもいいけれど私の演技力だとどうしても不自然になってしまう気がするのでこのままP90を構える形で動かずにいることにした。

 いい加減動きが欲しいとも思うけれど、こいつを野放しにするか、こいつと戦闘が開始したと同時に普通のゴブリンの群れが洞窟から出てきたとしたら目も当てられなくなるからね、特に後者の場合ササヤさん1人じゃ対応しきれずに良くて怪我人、悪い場合は多数の死者が出てしまうと予測できるから動かない、ではなく動けないのほうが正しくなってしまうのだけれど。

 あちらさんも私に対しての有効打を持ち合わせていないからこそ、こうした膠着状態になっているわけだからね、双方が時間が経って他の状況が変わらないと動きようがないという状態に陥っているわけだ……正直ロロさんとティラーさんが居た場合はこちらのリスクが高いと思ったけれど、膠着状態にはならなかったかもしれないね、相手が動いてくれるだろうという意味で。

 まぁ2人が危険になるからどの道使えない手ではあったから机上の空論ってやつだけどね、それでもここまで動けない状況だと考えてしまう……考える時間があるってことで私の中ではそれだけ余裕があるってことだろうけれど、これは意識が集中できていないってことでもあるか、あぶないあぶない。

「クソアイツラナニヲテコズッテイル……」

 ……どうやらあちらさんも今の状況は完全な想定外ってことか、まぁ自分の攻撃が軒並みダメージにならないって時点でかなり歯痒いというか絶望を感じられるからなぁ、倒すことが出来ない相手ってのはそれだけで厄介極まりないからね、大変よくわかる。

 まぁ倒されてやる気はこれっぽっちもないし、勇者の力で畳み掛けるのも状況が動いてから……というかちゃんと効くのか、私自身の消耗もまだ把握できてないから迂闊に使えないのは流石に辛いなぁ、練習したりする時間もなかったからこればかりはってところだね。

 幸い想定外に双方動けない時間が長くなりすぎたのは事実、私のほうだってここで半日張り付けとか、最悪数日かかるとかやりたくないし……どこかで区切りを付けて決着をつけに行かないといけないのはたしかなんだよねぇ。

『一息でケリをつけないとまずいんじゃ……』

 イーアの言葉通り、確かにそのとおり……でもそもそも目の前のゴブリンが1匹だけであるという前提があやふやで、こいつが私と戦うことで情報を引き出そうとしている可能性もゼロじゃないから、決めるとなると時間をかけるかけないは実のところあまり関係は無い。

 まぁ一息で倒さないと目の前のゴブリンが強くなるという意味では、一撃で決めるべきなのは事実だけど。

 ともあれ……リロードついでにセットしておいたスマホのタイマーが鳴ったら仕掛けることにしよう。

 それまでに動きがあればいいし、それが私にとっていい方向か悪い方向か……それもどちらでも構わない。

 良い方なら味方に合わせて呼応するだけだし、悪い方なら後先考えずにトナ周辺全域に対して癒しの力を発動させればゴブリンは動けなくなるからね……それにしてもなんでゴブリンが癒しの力で動けなくなるのか不思議だったけれど、産業廃棄物で自然を汚すから大地の異物として判定されてゴブリン自体を阻害するんだろうね。

 ヴェルニアでもゴブリンやマッドスライムが汚した大地の毒を完全に浄化して有り余る効能だったし、目の前のゴブリンを私が倒せないのは不確定要素ではあるけれど他の場所の援護……というかササヤさんが駆けつけてくれる可能性がかなり跳ね上がるから状況を終わらせられる一石を投じるには丁度いいもんね。

 さて、事態はどう動くか、動かないか……どちらにしろもうそろそろケリをつけさせてもらうことになるね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る