第182話 イネちゃんとトナ決戦

 その後、ササヤさんが要請していたシックの援軍が教会の転送陣から送られてくるまでの半月ほど、断続的に発生していたゴブリンとマッドスライムの襲撃をローテーションであしらっていた。

 この間にカカラちゃんも刑罰のことはさておきそれなりに大陸の文化に馴染んできたらしく、時折リリアからお料理やお裁縫を教えてもらっている姿が見られるようになった、正直あのまま落ち込んでいたらどうしようと思ってたので少しでも笑顔になれる状態になれたのならそれはいいことである。

 何よりずっと一緒なのはリリアだから、カカラちゃんの精神状態も常にわかるからね、無理しているのならリリアが皆に相談するだろうし安心できるっていう点も大きいよね。

「それではこれからゴブリンの巣滅却作戦の編成を行うわよ!」

 ササヤさんの号令に合わせてシックの兵隊さんが広場に一斉に集まっていく。

 イネちゃんには事前に対マッドスライム用に待機って言われているのでリリアのところに行ってお話しとこう。

 なんだかイネちゃんの扱いが戦略兵器みたいな切り札扱いされてる気がしなくもないけれど、ササヤさんやココロさんにヒヒノさんも似たようなものだからこの辺は仕方ないよね、勇者なんだから。……ササヤさんは勇者じゃないけど。

「リリアー、何か美味しいものとかないかなー」

 戦いの前に腹ごしらえ、ちょっとだけガッツリしたものが欲しいんだけれど、この半年の籠城の間に出てきたのはお魚が中心でお野菜に関しては防壁の外の畑が使えないからってあまりなかったんだよね、大陸だと基本お野菜たっぷりだったからちょっと物足りなかったんだけど、今は決戦前だってことでリリアが奮発して作ってるってトーリスさんから聞いたから楽しみなのだ。いい匂いもしてるし。

「うん、この間イネの世界の料理調べて見つけたタコ料理なんだけど……明石焼きっていうのとたこ焼きっていうの、ついでにたこ焼きは揚げたのも作ってみたよ」

 うん、親戚一同顔を合わせちゃった。

 でもまぁ結構ガッツリいけそうだしつまみながら出番を待つかな。

「イネは待機なんだっけ」

「うん、最初は待機、後は状況次第でどう動くのかササヤさんから要請を受けてから動くって感じ。マッドスライムがあまりに多いようなら最初からってのもありえるけど……」

 この半月で出てきたマッドスライムは軒並みゴブリンだったんだよなぁ、それでも人である可能性は捨てきれないからマッドスライムをそのまま倒すことはできないんだけど……それで勇者3人が動きを制限されるし、ササヤさんも攻撃対象が制限されてどうしても殲滅に時間がかかっちゃうんだよね、まぁ今回は迎撃後すぐに巣の包囲封鎖して殲滅する予定だから時間がかかるのは大前提なんだけどさ。

「あらかじめココロさんとヒヒノさんは遊撃待機ってことにして、ササヤさんを基点としてことを進めるって作戦。丁度ササヤさんが防衛ローテーションだったのもあっていつもどおり渡りハルピーさんがトナの周辺を飛んでても違和感がないし、外に居る神官長さんと錬金術師にとっても日常になるくらいには日数が経過してるからこそだけど……」

「だけどって言葉を濁すってことはなにか不安があるんだよね」

 うーん流石リリアというか、まぁイネちゃんの言葉選び的に察して当然だったか。

「対応は考えてあるけれど、実のとこ何も考えてないのと一緒ってところかな、結局のところ対応出来る人で事に当たる。ってことでしかないからね」

 想定外なことが重なった場合、割とピンチになるのが予測できちゃうんだよね、ササヤさんはそのへんも考えてるかもしれないけれど、流石に不安にはなるよね。

「でもまぁ、母さんに姉ちゃんたち、それにイネもいるんだから……」

「そこだよ、むしろ4人しか万能に対応ができない……っていうかササヤさんも万能じゃないから、実質イネちゃんとココロさんとヒヒノさん、3人で対応しなきゃいけないんだ。だからこそ遊撃と待機として本戦力じゃないんだろうけれども……それはそれで本隊はどうするの?ってお話になるからね」

 まぁこうしてリリアに愚痴みたいにもらしちゃってるけど、実際のとこもう開戦してるタイミングだし、そこをなんとかしようとしたらそれこそ大陸総出の総力戦まで考えないといけなくなっちゃうからね。

 ササヤさんと勇者が集まってるってだけで過剰戦力というのも事実ではあるし、不確定要素は皆で話し合ってつぶせるだけ潰しているわけだから、後は信じるしかないのだ。

「よし、もっとお腹にたまるものを作るからイネはちゃんと食べること!お腹が空いてるからそんなに後ろ向きな考えばかりになっちゃうんだよ!」

 そう言ってリリアが立ったとき、各所の連絡のために配置してもらった渡りハルピーさんから状況報告が入った。

「ゴブリアントとれんきんじゅつしー、スライムはいないー」

 これはまだ想定内、錬金術師が直接出てきた場合というパターンも考えていないわけではなかったから、ここはココロさんとヒヒノさんが動くことになるだけ……。

「でもれんきんじゅつしといっしょに、ゆうしゃもきえちゃったー」

 はい想定外。

 こんな序盤からココロさんとヒヒノさんがフェードアウトするのは完全に想定外……というか錬金術師が即行で世界転送魔法使ってくるなんてあまりに馬鹿げてるから想定してなかったよ。

 でもまぁ、最悪の流れではないのは不幸中の幸いか、あの2人ならなんとかなるだろうし、勇者の力ってヌーリエ様から与えられたものだけれど、洗礼を受けて定着させちゃったら完全に独立した固有能力で、概念がそのまま生きてるみたいな状態になる……ってリリアの巡礼の旅に同行する直前に説明されたんだけどさ、ちなみに簡略式の場合電池、バッテリーみたいに溜めておいて、睡眠で回復するとかなんとか。

 ただしイネちゃんの癒しの力みたいに大きな力に関しては使いきりで、改めて簡略式でもいいから洗礼をしなきゃいけないってことらしい。

 まぁこれも本番の洗礼を受ければ問題なくなるらしいんだけれども……むしろあの2人が飛ばされた先の世界が心配だよ、あんなチートな人らが突然現れて敵対しちゃったら国が1つ地図から消えるとかなくはないだろうし。

「姉ちゃんたちが消えたって……」

「まぁ想定外だけど想像の範囲は超えてないかな、錬金術師がこっちの戦力を削ってきたってだけで……正直あちらさんの指揮を放り出して即行でやってくるとはイネちゃんもササヤさんも、それこそココロさんとヒヒノさんも想定していなかっただろうけれどね」

 ……そういえばヌーリエ様的にはどうなんだろう、自分の加護がある人が行けば繋げれるとかなんとか言ってたような記憶があるんだけれども。

『今は感じられないよ、でも想定外が起きたのなら私たちも動かないといけないんじゃないかな』

 自分の中に意識を集中させてみると、ヌーリエ様じゃなくイーアが答えてきた。

「いや今は動かないほうがいいかな、ココロさんとヒヒノさんがいなくなったのは確かに痛手ではあるけど遊撃として待機してもらっていたから、本隊は無傷で相手の指揮官がいなくなったと考えれば、むしろ有利になったと言えるし」

 前線の状況は渡りハルピーさんの報告だけだとわからないけれど、少なくともササヤさんは普通に前線に立っているってことだから負けるってことは無いだろうし、マッドスライムがいないとなるとそれこそイネちゃんには出番が無いまで有り得るから今はまだ待機すべきだよね、ムツキお父さんにもこういうときには焦らずに待つことが仕事になるって言われたことあるし。

 まぁ、それを言われたのは訓練のときの、基地の人たちと楽しいサバゲーしたときだから状況が完全に違うっちゃ違うんだけどさ、ササヤさんから連絡がこないってことはイネちゃんにはまだ待機していてもらいたいってことでもあるからね、イネちゃんはいつでも動けるようにしておきつつ体力を温存すべき……で合ってるかな、完全に自分の考えだからちょっと自信が足りない。

「ゴブリンはたいはんもりににげましたよー、ついげきさくせんにいこうするので、ゆうしゃさまにもきてほしいとのことですー」

 おっと、自信も何も指揮官を失ったゴブリン集団相手にササヤさんが居たらそりゃ早いか、でも巣の出入り口に関しては渡りハルピーさんのおかげで把握できてるけれど、ちゃんと対応できるのかな、なんだかんだ怪我人も出ただろうし、温存していたトーリスさんたちも巣の全体の駆除とか難しいだろうし……。

「イネ……」

「リリア、そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だって、ササヤさんもいるわけだし、イネちゃんに宿ってる勇者の力を考えたら、むしろ一番安全まであるんだからさ」

「うん、それはわかってるんだけれど……それでもちゃんと帰ってきてね、姉ちゃんたちは、その……今は帰ってこないわけだし」

 あぁ、そうか。

 リリアにとっては物心着いたときから一緒だったココロさんとヒヒノさんが、無事だろうという気持ちはあるけれど帰ってこないんだもんね、不安が強くなるのも当然か。

「大丈夫だって、ヌーリエ様とお話はできなかったけど、多分ココロさんとヒヒノさんが飛ばされた世界を探しているんだと思うからさ、2人は絶対大丈夫だって。それじゃあイネちゃんはゴブリン退治に行ってくるよ、リリアは、美味しいもの作って待っててね」

「う、うん……私の全力で作るから、絶対に帰ってきてよね」

 そういうリリアの顔は、微妙に泣きそうな感じだけど笑顔だった。

 これは、絶対に予定通りに帰ってこないとね、勿論、ササヤさんも一緒に。

 イネちゃんはそう心に誓ってギルドを飛び出した。

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