第181話 イネちゃんとゾンビ問題

「とりあえずイネさんの言うとおり、火葬にして弔ったけれど、あの動く死者の対応はアレでよかったのかしら?」

「うん、少なくともそれでもう動くことはなくなるはずだから」

 あの戦闘はマッドスライムがいなくなって、ゾンビが現れて一時混乱したもののお怒りになったササヤさんの一撃で相手の大半が消し飛んで、残ったゴブリンとゾンビもササヤさんが一息のうちに動かなくして終わった。

 本当ササヤさん、倒しちゃいけないとかの制約がなかったらもうこの人だけでいいよね……。

 ちなみに事態が事態だからと、ギルドに集まらずに教会に集まってる。

 ギルドだとギルド経由でシックへの連絡が遅れるかららしいんだけれども……トナの教会、微妙に小さいんだよなぁ、開拓町の教会が庄屋としたらこっちはちょっと小さい農家の古民家って感じ。

 そこにギルド長さんや冒険者さんと傭兵さんの代表としてトーリスさんたち3人が来ている。

「でもなんでイネさんは動く死者についての知識が……」

「あぁそれはあっちの世界、日本での知識。実際には存在しないんだけれども空想の化物として娯楽で表現されてたからかな、大抵は頭を破壊すれば動きを止めるっていう感じではあるけど」

「死者を娯楽……あまり理解したくない趣味ね」

「むしろ恐怖とか畏怖の感情を想起させるものだから、娯楽と言ってもホラーとかそういったものだよ。恐怖だって感情を動かす、感動させるものだからね。平和が続けば続くほど戦争ですら、空想や創作なら娯楽になるって感じかな」

 まぁイネちゃんが把握している範囲だとそれだけでもないみたいではあるけど、コーイチお父さんの持ってたゲームだとそんな感じ……っていうか電子データのゲームって平和でもなきゃそうそう発展、発達しないものだしね、軍や政府にプロパガンダで利用でもされなきゃ。

「そういうものなのかしら……」

「でもその娯楽のおかげであの人たちをちゃんと埋葬してあげれたわけだし、悪って断じるのはおかしいんじゃないかな、ササヤおばちゃん」

 まだ悩むササヤさんに向かってヒヒノさんはあっけらかんとそう言ってのける。

 ヒヒノさんはイネちゃんのお家に滞在している間、ゲームを全力で楽しんでたもんね、実際経験したからこその言葉かな。

「……まぁ、そうね。人の考える内容は大抵実現できてしまうものであるとは母様の言葉だし、なくはないのでしょう。昔の戦争で大陸でも研究されたことがあると聞いたこともありますしね」

 キャリーさんの……ヴェルニアのお屋敷にあった蔵書にそれっぽい表紙を見たような……イネちゃんとしてはあまり興味がなかったからスルーしてたけれど、大陸でゾンビ研究って不毛もいいところだから破棄されたんだろうね、付与魔法が発達しているとは言っても動かすべき死体がすぐに土に還るから殆ど役に立たないし、死体を戦場で調達するにしても回収するリスクがあるからね、今ササヤさんが言った戦争って貴族と亜人種の戦争のことだろうし、亜人種側にヌーリエ教会がついてたから滅ぼされる可能性と天秤にかけたら、そりゃ破棄になるってものだよね。

「それに今、動く死体に関しての情報を集めるとなると聞くべき人物は……」

 ササヤさんがそう言ってカカラちゃんを見ると、集まっていた全員がカカラちゃんを見た。

 まぁ錬金術師ってカカラちゃんと同じ世界出身だし、この流れは当然だよね。

「えっと……グルードのこと、で良いのでしょうか」

「そのグルードが動く死体のことを指すのならば、そうね」

「は、はい。間違いありません。私の世界では魔……」

 魔族って言いかけてカカラちゃん止まったね、まぁ散々自分の世界のものが軒並み大陸に迷惑かけちゃってる状態だから前よりももっと口にしにくいんだろうなぁ。

「いいわ、今はあなたの世界の話しをしているのだもの、それならば大陸の亜人種ではなく、あなたの世界の敵対者と捉えるのが正しいでしょうからね、あなたの話しやすい単語を選んでしっかりと説明して頂戴」

 今のだけでササヤさんが察してフォローした。

 まぁトーリスさんが露骨な顔したのもササヤさんが察した要因だろうけれど、でもこれですんなりとカカラちゃんから色々聞けそうだね。

「……分かりました、グルードは元々、私の世界での魔族が人類に対しての精神的な攻撃を含めたもので、安価でその場で即時に補充可能な前線兵士として生み出したものと私は教えられました」

「先ほどの襲撃、それと符号するわね……続けて」

「元々私の世界では神と魔王による勢力争いが続いていて、その戦争を続けるうちにいつの間にか神の軍勢である人類側もその術を入手していたのです」

 うーん、これはきな臭い感じか。

 というかそこまで争いを続けててどうやって文明をまともに発達させれたのか……イネちゃんはゾンビよりもそっちのほうが気になってきてしまった。今口にはしないけど。

「その上に回復薬だったかしら、まぁ私たちの基準で言えば治療薬、治癒薬のどちらかで呼ばせてもらうけれど、それを作る際に一定割合で発生するゴブリンまで使っていた。で間違いないのよね?」

「はい、ですがゴブリンもグルードも神は忌むべきものと仰られましたので、私のような修道会から派遣された者が監査を行い、断罪すべきか否かを判断していたのですが……」

「……理解していたつもりではあるけれど、やはり世界が違えばここまで価値観に差が出るものなのね、となればトナを襲撃して来ているゴブリンは錬金術師の子飼いで、根元から駆除するには錬金術師の治癒薬製造拠点を破壊しなければならないということね。マッドスライムに関しては……勇者に頼みましょう、そのために強い力を与えられているのだから覚悟はいいかしら、3人とも」

「現時点でマッドスライム相手に最良の手段が取れるのが私とヒヒノ、そしてイネさんだけですからね、そこは問題ありません」

 ココロさんが即答してるけど……まぁヒヒノさんはココロさんが言ったってだけで賛同だろうし、イネちゃんも問題ないからいいんだけどさ。もうちょっと溜めても怒られないとイネちゃん思うな。

「錬金術師はどうするの?」

「あなたたちが来る前に得られた情報に錬金術師は世界間移動ができるとの情報があってね、安全に同じようなことができる母様が来るまでは保留にする予定よ」

「ですが錬金術師を完全に放置するのは少々危険なのでは?ムーンラビット様も立て続けにこちらで起こっている事案に対して向こうの担当の方に逐一説明するため残りましたのでしばらくは帰ってこれませんよ?」

「リスク前提で行くのならヒヒノね、一度もおこなったことはない自力での世界移動なのだから別の世界の移動座標の指定に関して難があるだけで、ヒヒノの力なら世界の壁を人1人通れるだけの穴を開けるのもできるでしょうから」

「ヒヒノだけを異世界になんて師匠本気ですか!」

 ヒヒノさんのことをギュッと抱きしめてササヤさんの顔を涙目で見ている。

 うん、変わらないシスコン具合、なんだか安心する……いや安心したらダメなのかもしれないけれど、こう変わらないものに安心を感じることってあるよね。

「そんなわけ無いでしょう、リスク前提、それにあなたとヒヒノは2人で1人前なんだから当然やることになった場合には2人で行ってもらうことになるわよ」

「あぁそういうことでしたか、失礼しました師匠」

「別にそこはいいけれども、今後の展開次第ではあなたたちは覚悟しておいて頂戴。ヌーリエ様はすぐにあなたたちを見つけてくれるでしょうけれど、それまでやりすぎないように慎重に動かないといけないわけなのだから」

 やられる心配は一切ない辺り、ササヤさんは2人を信頼しているんだろうけれども……イネちゃんからしてみればちょっと迂闊なところな気がしなくもない、異世界ってことはイネちゃんたちの知ってる常識どころか、物理法則……それこそ世界概念事態が違って当たり前と思わないとダメだと思うんだ、その証拠になるのはカカラちゃんが自分の力が発動できなかったって点なんだけれども……そのへん、ササヤさんはどう考えてるんだろう。

「でも当面死者を冒涜してる連中に手を出せないっていうのは……なんかこう、もどかしすぎるぅ」

「落ち着きなさい、そもそもヌーリエ教会ではそのような相手への罰は貴女のような力での報復ではないでしょうに……」

「わかってるけどさぁ、こう、もやもやーって……」

「罰……?」

 あ、ようやく身内以外の人が言葉を……ってカカラちゃんがすごく心配しているような表情をしてらっしゃる。

 ササヤさんの罰って単語に反応して不安になったってことかな。

「ヌーリエ教会ではあまり命を持っての償いというものは推奨していないの、否定まではしていないのだけれど、そんなことをしていては人口は減る一方でしょうっていう考えからね」

「で、では具体的にどのような……」

「産んでもらうわ、その対象が被害を与え奪った命の数だけ。最もこの罰ができるのは母様くらいのものだから、実質最上級の刑罰と思ってもらっていいし、そうなればそうそう実行されるものではないわ。最も、今回の錬金術師に関しては該当する可能性は高いのだけれど」

「産んで……?命を人工的に増やすというのですか……!」

 カカラちゃんがそれこそ冒涜だとか言いかけたところで、ササヤさんは人差し指でカカラちゃんの口を塞いで続けた。

「いいえ、文字通り身籠ってもらうのよ。母様はそれができてしまう人だから……相手の性別がどうであれ、ね。最もその刑罰に関しても自分で産むか母様に産んでもらうかを選ばせるらしいのだけれど……正直私も聞いた話しなだけで、実際に執行されたところは見たことがないのよね」

 むしろ実の娘にそんなのを……ムーンラビットさんなら見せそう、いや積極的にやらかしそう。

 というかそんな刑罰、あったんだね……でも内容を聞く限り錬金術師に適応されたら軽いベビーラッシュになるんじゃなかろうか……いやまぁ実際にできるかどうか知らないし、できたとしてもそこまで実行するかわからないからアレなんだけどさ、ムーンラビットさんならなんかできちゃいそうだし。

「ともあれ今後の方針は、当面ゴブリンとマッドスライム、そしてグルードの対処ね、シックからの援軍の到着を目処に母様が戻ってこれなければ、錬金術師の抑えはココロとヒヒノに任せることにするわ」

 ササヤさんが話しの流れを切って今後の方針を確認した。

 まぁ、罰の内容って結構なものだったし、カカラちゃんがなんだかすごく怯えちゃったしで話しを切りたかったのはわかるんだけれど……このあとカカラちゃんを落ち着かせるのにイネちゃんとリリア、それにロロさんが対応したけれど、カカラちゃんが落ち着くのに30分くらいかかったかな、世界間のギャップによるショックはかなり大きかったみたいだね、うん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る