第163話 イネちゃんと報告会
「えっと、もうタコを食べたからわかっているだろうけれど……港の近くで暴れていた大王タコの1匹はさっき皆の胃袋の中。ただ他にも大王タコはいるらしいから群れでトナ近くの海域にいるのかもね」
食後の落ち着いたところでリリアが話を切り出した。
まぁうん、お互いの報告をする前にタコパが始まったもんね、この流れは仕方ないよね。
「こっちはゴブリンの集団が町に向けて進軍してきていたからそれを迎撃したけれど……結構な数に逃げられたかな。とりあえず学習されても問題のない手段で交戦したから大丈夫だとは思うけれど、不安要素はかなり多いかな」
初日からいきなりとも思うけれど、それだけトナの町がいろんな出来事が重なって対応しきれないということを示しているとも言える。
特にゴブリンに関しては巣の浄化を行おうとするなら人数を集めないといけないし、それは大王タコでも同じことだろうからね、解決済みではあるけれどトナの教会は塩生植物の栽培と内地に新しい田畑の造成をしなきゃいけないからこっちも人員が必要と……。
「うーん、やっぱりトナの総人口まるまる動員しても足りないよねぇ」
最も、動員できたところで対応できるのはおそらく教会の田畑事情だけだろうし、ゴブリンとタコに関しては専門職で当たらないといけない。
タコに関しては漁師さんたちが大王タコが複数同時に攻めてきたりしなければ対応はできるらしいんだけれど、早く対処しないとトナ周辺の漁場への影響が深刻になりかねないから、こっちも冒険者さんや傭兵さんの助けを必要としているんだよね、できるだけ少人数で大王タコを倒せるようにしないとだし。
ちなみに大王タコに関しては漁師さんとティラーさんが連携すれば倒せる程度の強さで、先ほどイネちゃんたちの胃袋に収まった大王タコもそんな感じに倒されたものらしい。
そして最大の問題であるゴブリンだけれども……。
「ゴブリンのほうはササヤさんがいたとしても大規模な討伐隊を編成する必要があったからねぇ、こっちに関しては本当に足りてないのが実状だと思っていいかな」
イネちゃんがササヤっていう個人名を出した瞬間、場が静まり返る。
「そういえばそうだね、母さんがいても単独で殲滅は無理ってことだもんなぁ」
「実際は殲滅はできるとは思うけど、逃げられるリスクが極めて高いのが原因だと思う。ゴブリンって考えていないようで自分たちの身の安全だけはずる賢くすごく思いつくっぽいし」
そんなだからイネちゃんの勇者の力にビビっただけか、イネちゃんの戦力評価ができたから撤退を指示したのかが掴めないんだよなぁ、前者ならいいんだけどなぁ。
「巣穴の確認をして、表玄関を特定、その後に裏口がないか確認して必要なら全ての裏口を封鎖する手段を取らないといけないからね、それでも長い地下道とか作られてると逃げられるだろうから、世の中完璧は無いって前提でやらないといけない」
「元ぬらぬらひょんの連中を招集できても絶対足りねぇからな、この辺の大きな洞窟って言えばトナと同じくらい大きい洞窟があるからな、全容は何度調査しても掴めないからって毎年少しづつ地図を作っていたんだが……」
全容は掴めていない、と。
「今年の調査は来月だったからな、ぬらぬらひょんは毎年調査の時には戻ってくるが……」
「難しいだろうね、ティラーさんはまだ大丈夫にしても他の人たちは……」
「コーザの野郎なら大丈夫だろうが、ただイネちゃんの言うとおりぬらぬらひょんの面子じゃゴブリンの巣の駆除なんて無理だな。正直俺でも難しい」
「まぁ集団戦に持ち込めばいいだけだからね、乱戦はゴブリン有利だからそこは注意する必要はあるけど」
小柄ですばしっこいからなぁ、いっそ対騎馬みたいに槍を構えておいたほうが有効なくらいだし、イネちゃんだってあの時ゴブリンの学習能力が問題にならないのなら銃を使って斉射してたからなぁ、数回は有効ではあるから使うべき時には使ったほうがいいのは間違いないんだけれど……。
「ともあれ人や家畜にはまだ被害は出ていないんだよな」
「そうみたい。だよねキュミラさん」
「いや私に聞かれてもわからないッスよ、皆さんの動きを見た感じではなんでゴブリンがとか言ってたから最近出没していなかったんじゃないかって感じたくらいッス」
「というわけだよティラーさん、ギルドが警戒していなかったって段階でトナの近くには姿を見せていなかったし、そもそも物流で毎日人が通っているはずの街道にも姿を見せていなかったということでもある」
「それにも関わらず結構な規模、だったんだよね?」
リリアが疑問を口にする。
そう、イネちゃんとしてもそこが引っかかってる。
ゴブリンだって大陸では明らかに異質ではあるものの生物であることには変わらない、つまりは食べなきゃ生きていけないし、繁殖行為をしなければ爆発的に増えることはあまりない。
例外的に自然POPに偏りがあって突然村どころか町の規模ですら襲撃できちゃうだけのゴブリンが出没することもあるらしいけれど、今回のゴブリン集団がそれと断言するには情報が少なすぎる。
もっと情報が欲しいけれど、調査には人数を割かないといけないわけで……という堂々巡りで状況は結構詰み寸前って感じ。
余所から人を呼ぼうにもここ最近大きな出来事が重なったのもあってそれも難しいしね、おのれ錬金術師。
「そういえば開拓町の時ってイネの世界の軍が来てた気がするけれど……」
「あれは人を守るってう人道的な目的の上、ゲートから極めて近い場所だったからじゃないかな、あれ自体が例外処置みたいな。ようは王侯貴族でいうところの隣の国の軍に頼んで守ってもらおうっていうレベルの例外処置だったと思ったほうがいいかな」
むしろあれって自衛隊と米軍の合同チームだったらしいし、その時点でも例外。
例外が重なりすぎてもう何が例外で何が例外じゃないのか探すのが面倒になってたから偉い人たちも仕方なくっていう流れ、ありそうだし……。
まぁゴブリンっていう生物の調査ってのも含まれてそうだけどね、生態調査するには生け捕りが必要だから流石にそこまではできなくても、解剖とかしてどんな生物かとかどんな内蔵してるかとか、それこそ遺伝子はどうなっているのかっていうのが科学的に詳しく調べるってのは世界が繋がってていつでも行き来できちゃう以上必要だしね。
「そっか……まぁそうだよね、そもそも世界すら違うんだからまず最優先するのは自分たちの世界なのは当然だし、仕方ないか」
「一応まだ生け捕りにして生態調査とかどんな病原菌を持っているのかとかの調査はあるとは思うんだけどね、宿主が死んだら菌も一緒に死ぬのとか結構いるらしいし、生け捕りっていう目的を提示すれば少数だけど特殊部隊な人たちが来てくれる可能性はなくはない」
「ゴブリンを生け捕りって……マジかよ」
「知らないってことはそれだけで恐怖だし、何が起きたとしても対処は後手に回ることになるからね、完全に隔離できる場所で監視するっていうのは結構対策構築に有効なんだよ……まぁやるならこっちの世界であっちの世界でもとびきりレベルな施設作って両方の世界から識者を集めてーっていうすごく気の長くなるような計画になっちゃうだろうけど」
「ヌーリエ教会でもそういうことを提案した人はいるってばあちゃんから聞いたことあるけれど、リスクが大きすぎるっていうんで却下されてたな」
あ、やっぱりヌーリエ教会のほうでも検討されてたのか、ムーンラビットさんがやらない理由はないとは思ったんだけれど……そうか、肉体によらない種族でもその肉体を苗床にしてゴブリン増やしちゃうっていうリスクもあるのか……って勝手に納得してみるけれど、生け捕りって段階でリスクだから当然と言えば当然か。
「ゴブリンを生け捕りっていうのはおぞましく感じるが……そうか、そういう考え方もあるんだな」
「あっちの世界の言葉に『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』ってのもあるくらいだからね、あっちの世界は結構戦争の歴史だからそういう言葉が結構あるんだよ」
戦争のたびに人体実験とかもあったらしいからなぁ、行き過ぎた恐怖心とか探究心は人道から外れるって証左でもあるんだろうけれど、怖いなぁとイネちゃんだって思うから、そういう価値観を知らなかったティラーさんに至ってはもう未知の何かって感じになりそう。
「ともあれ人材のアテはなくはないが、総動員しても人は足りない……っていうのが動きそうにはないかな」
「なんとも……なるならもう誰かが思いついてるよな」
皆がため息をついたところで、キュミラさんがキョトンとした顔で。
「近々ハルピーの森渡りの時期ッスから、人を集めるのは問題にならないんじゃない
んじゃないッスかね」
キュミラさん以外の全員が静かになって一斉にキュミラさんの顔を見つめる。
「え、私言ってなかったッスか?」
「「「言ってない!」」」
イネちゃんたちは叫びつつ、ティラーさんはギルドの面々に、リリアは教会の人たちに伝えに走った。
「さて、キュミラさん。キュミラさんにはそのハルピーさんたちの規模とか分かったりするのかな?」
「わかるッスよ、おおよそ1万くらいだと思うッスけど……渡り鳥種だから戦闘力は高くないし……頼りになるんッスか?」
「なるよ、というかイネちゃんたちが今悩んでいた問題、全部解決できるレベルで」
それこそ、大王タコを食べるための胃袋が増えたって意味でも大助かりなのであった。
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