第162話 イネちゃんとタコ料理

「そっか、ゴブリンのほうはまだまだありそうだね」

 リリアがエプロンを身につけながらイネちゃんのゴブリンの件のことを聞いていた。

「うん、あまりに引き際が良すぎるから集団での威力偵察って考えるのが自然だと思う。ササヤさんが上下真っ二つにした……ってリリアはあの場にはいなかったっけか」

「あぁうん、母さんがやったってだけで概ねどういう惨状かは予想ついた。縦か横に分かれたのかなって」

 流石は娘というか、ササヤさんの名前で動じなかった。

 娘相手にすらそう思われるってことはもうちょっと自重したほうがいいとイネちゃんは思ってしまうよササヤさん。

「ともあれ、人語を介して作戦行動までする個体がいたんだよ、あの時は。ササヤさんもお父さんたちも居たからなんとでもなったけど、今回は人手不足の上にイネちゃんが最高戦力っていうプレッシャーが……」

「あぁうん、ゴブリンの集団を1人で退けたことでトナの町全体で今最大の話題になってるみたい。ちょっと調味料が欲しくて町に出たけど、本当イネの話題で持ちきりって感じだったもの」

 あの人ら、どんだけ話して回ったんだろうか。

 人の口に戸は立てられないっていうし、多少は覚悟していたものの町全体ってちょいと早すぎませんかね。

「ところでリリア、さっきからなんの準備してるの?」

「何って……市場でさばけないタコをもらったから私がちょっと調理してみようかなって。臭みと癖は強そうだけどあれだけの肉の量を捨てちゃったらヌーリエ様に怒られちゃうからね」

「それってもしかして……」

「うん、最近漁場を荒らしてた大王タコ」

 あぁうん、そうだよね。

 リリアがすごくいい笑顔で料理の準備してたし、珍しい食材が手に入ったんだろうとは思ってたけどさ……大王タコって食べられるんだろうか。食べられても美味しいかは別問題だろうしなぁ。

「私がちょっと触ってみて試食した感じ食べられるのは間違いないし、後は臭みとかをいかに消すかが勝負かな」

 リリアにとっては食材との命を賭けた勝負なのか。

 いやまぁ、あっちの世界なら間違いなく未知の食材を食べる時は命懸けではあるんだけど、こっちの世界は加護の薄いキュミラさんですらヌーリエ様の加護でその手の毒や細菌とは無縁……っていうか免疫機能だけで完全駆逐可能らしいからなぁ、あっちの世界だとこっちの人の免疫細胞を調査して不治と思われていたものを治療できないかって研究がすごく活発になってるらしいし。

 ともあれあっちの世界では常に危険と隣り合わせな未知の食材の調理も、こっちの世界では無縁、如何に美味しく食べられるように調理するのかっていうのがリリアの言う勝負の意味なんだろうね。

「こっちの世界の臭い消しは生姜とニンニクが主流だけど……流石にタコの味が消えちゃうからなぁ、困った……」

「とりあえず塩ゆでしてみれば?」

「それでもいいんだけど、ちょっと臭いんだよね。食感は間違いなく絶品だけど臭いがその食感を残念な気持ちにさせられちゃって……」

 まぁ、試してるか。

 イネちゃんはお料理自体はできなくはない……というかサバイバル料理はムツキお父さんに叩き込まれて、普通のお料理はコーイチお父さんとジェシカお母さんに教えてもらったから人並みにはできるとは思う。

 ただリリアは……プロ並なんだ、それだけの技量差があるからイネちゃんがアドバイスできる部分はサバイバル部分にしか存在しない。

「イネは何か臭い消し、知らないかな。もしくは試してみたいものとか」

「正直お料理の技量の差が歴然でイネちゃんからリリアにアドバイスとかできる気がしないんだけど……」

「それでもだよ、私のほうは発想が固まっちゃってるわけでさ、サバイバルとかあっちの世界でそういう手法があるなら教えてほしいなって」

 むー、イネちゃんより色々大きいのにこういう時のリリアってすごく可愛いのはなんか卑怯だ、可愛さで勝てる気がしない。

 ただうーん、確かにこっちの世界は毒消しとかそういうのを気にしないでいいためか山葵や辛子が味のアクセントとしてしか活用されてないし、保存食も漬物が多くてとにかくつけろ!凍らせろ!って感じなんだよね、それはそれで美味しいしあっちの世界と比べると圧倒的な種類で一時期あっちの世界ですごくブームになってたから。

「むーそんなすぐには……って、あ」

「何か思いついた?」

「燻製とか、どうかな。こっちだと保存用の燻製しかないけど、あっちには花をつける木とか香りの強い木の煙で燻製させて匂いをつける手法があった気がする」

「なるほど燻製か……単純に保存を効かせる分でも臭いは抑えられるし、いい匂いが付くなら今の問題にはうってつけだね、うんまずはそれでやってみよう」

 よかった、ちゃんとリリアの助けになったみたい。

 ただ大王タコがかなりの大物だったらしく、燻製だけだと明らかに飽きる。っていうかイネちゃんたちだけで食べると絶対結構な量腐る。

「うーん、2割くらいのお肉は燻製にするとしても……流石にちょっと量の問題はどうにもできないよねぇ」

「そこはまぁ、臭い問題が解決できれば町の飲食店でも取り扱るだろうし、教会とギルドでも振舞う予定だからなんとかなる……とは思う、よ?」

 リリアも不安なんだね、そこの問題。

「最悪転送陣で料理だけ送りつける?ヴェルニアはまだ微妙に食料足りてなかったみたいだし、開拓町にも魚介は少なかったから良さそうなんだけど」

「うーん、でも父さんは毎週釣りしにトナまで来てたらしいからなぁ、うちでは特に珍しものではなかったからどうだろ」

 タタラさん釣りが趣味だったのか……いかんすごく想像した姿がしっくりきた。

「まぁ燻製する前のを送りつけても父さんなら大丈夫だろうけれど、レシピがあれば最難関な料理もそつなくこなしちゃうからなぁ」

 あぁリリアの料理好きって遺伝なのかな、というかレシピがあれば最難関料理もOKって……。

「父さんの卵料理はすごいんだよなぁ、本当卵1個でふわふわオムレツとかどうやって作ってるんだろう……」

「それは本当にすごい」

 料理やる人ならわかるネタで会話していると。

「卵料理がなんですごいんッスか?誰でもできそうなんッスけど……あ、私は無理ッスよ、というか自分の子供食うみたいでいやッスし」

 キュミラさんがそんなことを言い始めた。

 そういえばキュミラさん、ハルピーって産卵繁殖なんだね……ハルピーの生態調査とかちょっとだけやってみたくなってきた。

「そっか、じゃあキュミラさんのご飯には卵抜きで……」

「それはそれ、これはこれッス、既に調理された以上は美味しく食べてあげるのが最大の供養ッスよ、ぶちまけるとかそれが命に対しての一番酷い冒涜ッス」

「それで本音は?」

「リリアさんのお料理美味しいからもったいないッス」

 こいつ……まぁキュミラさんの言うことはわからないでもないし、リリアの料理が美味しいのは確かだから否定することもないけど。

「まぁ冗談抜きでハルピーは最近出生率が芳しくないッスからね、私だって森から出てなかったらさっさと子供産めーって周囲からすごいプレッシャーかけられてたことが予想できたッスよ。そんなわけで今はハルピー内だと自分たちの卵は死守の構えッスよ……それはそうとして養鶏で採れた卵は美味しくいただくッスしね」

 そういえば猛禽類って他の鳥を食べるし卵も取ったりするんだっけ?卵のほうは記憶が怪しいけれども、キュミラさんの説明を聞く限りは普通に狩りしてるんだろうなぁとは思わせられるね、メモしてステフお姉ちゃんに渡してあげよう。

「ところでそのくっさいのは今からどうするんッスか」

「あぁ!話している間に鮮度が落ちる!と、とりあえずできる分は燻製に……あぁもう!もったいないから臭い消しをガッツリやっていくつか調理するから、どんどん食べて!」

 リリアはそう言って釜に火をいれた。

 こっちの世界は電気コンロとかガスコンロはないけれど、魔法コンロはあるんだよね、何故かは知らないけれども、こっちの世界の主流な魔法形態は付与魔法で、キャリーさんたちが用いている術式の魔法はそれほど主流ではないらしく、実際イネちゃんだってキャリーさんが使うまで見たことはなかったくらいだからね。

 で、リリアが使った魔法コンロはすぐに火力を上げてリリアの置いたフライパンを熱していく。

「うりゃりゃりゃりゃりゃ」

 気合を入れる声なのかリリアが勢いよく大王タコの足を捌いてフライパンに放り込み、ニンニクを手早く潰して唐辛子と一緒に炒めていく。

 というかお野菜を用意している辺り既にリリアの頭の中にはある程度メニューが決まっていたのかもね、炒めているところにもやしとキャベツも一緒に投入して……。

 ぐぅぅぅぅぅ……。

「うん、このままここにいるとお腹の虫さんがエマージェンシーするね!イネちゃんは人を呼びに行く任務につこう!」

「うん、お願いイネ、冷めたら美味しくなくなっちゃうし皆も連れてきてね!」

 リリアのお許しも出たしいっぱい呼んでこないとね!

 教会で書類仕事をしていたティラーさんに話しをしてギルドに呼びに行ってもらい、イネちゃんは市場の人たちを呼びに行って戻ってきたら燻製窯がフル稼働していて、尚且つフライパンが空を舞うように次々と盛り付けされてメイン食材がタコだけとは思えないほどの種類の料理が準備されていた。

「いらっしゃいおかえり!堅苦しいのはなしで皆どんどん食べていってね!」

 この日、トナの町は町全体を挙げたタコパになり、後々タコを食べる日として祭日が生まれたとかなんとか……まぁイネちゃんはそんなことを知る由もなかったのだけどね。

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