第150話 イネちゃんと通信不良

「リリア、止めずに開拓町まで。私たちは予定通りに行動……母様とココロたちがいるから無事だとは思うけど、あの爆発規模は初めてで予想がつかない。だからこそ予定通りに行動するわよ」

「う、うん。でもあれってなんなの……」

「核……?」

「イネさん、あれが何か知っているの?」

「え、あぁいや。似たようなものは見たこと……というより使われた映像を見た程度でしかないけど」

「それでもいいから教えて頂戴、あれが一体どういうもので、どういう現象なのか」

 ササヤさんがかなり真剣な表情でイネちゃんの顔を近づけて聞いてくる。

「イネちゃんも詳しいこと、具体的な仕組みとかはわからないんですけど……あっちの世界では抑止力としてしか使えない兵器で、初めて使われたものでも都市を1つ更地に変える威力があって、毒を撒き散らすものとしか」

「毒?」

「そのへんの詳しいことはちょっと……でもイネちゃんの暮らしていた国はそれを2発撃たれたことがあるってお父さんたちやTVの特番とかでやってたのを見ただけなので」

 あ、TVって言ってもわかるかな、わからなかったらそれも説明しなきゃなのかもしれない。

「超広域破砕魔法よりも質の悪いもの、という認識で良さそうね。しかも兵器というからには量産されているということでもある……それでも母様とあの子達は大丈夫でしょうけど、ヴェルニア全域を守るとなるとちょっと厳しいかしらね」

「あ、でも見た感じの規模と、イネちゃんたちに衝撃波が届かなかったことを考えると別の何かかもしれないです。イネちゃんの知識で一番近かったのが核ってだけで」

「実のところ、毒素に関してはこっちの世界に住む人でヌーリエ様の加護を受けている人なら、気にしないでいいわ。問題は物理的な質量破壊。あちらの世界で致死性、即死レベルと言われる毒でも私たちには効かないと以前証明してるし、効いたとしても自然治癒力で簡単に治る程度のダメージになる……」

 なにそれ怖い。

 致命傷になりやすいものや、確実になるものほど無効化される加護なのか……。

 ゲームとかで言えば行動不能になるバッドステータス無効とかなのかな、厳密には違うんだろうけれどイネちゃんの頭の中にはもうそれで固定されてしまった。

「それでも放射能に関しては未知数だと思うし……やっぱ警戒したほうがいいとは思う。核でなかったにしても何かしらのものはありそうだし……ってあっ!」

「どうしたのイネ、いきなり叫んで」

「いやね、ヨシュアさん、どこにいたのかなって……イネちゃんが民間人救助のために突入したときよりも前に突入して、それ以降音沙汰なかったし、確認もしなかったから……」

 もうすっかり忘れてたっていうか、すっぽり頭の中から抜け落ちてたってレベル。なんで気付かなかったんだろう。

「あぁあの坊やね。横目でという程度ですけど、ヴェルニアに駆け込んでいるのは私が確認したから、安心していいわよ」

 ササヤさんが確認……というにはちょっと弱い気もするけれど、一応避難したのは見ていてくれたのか。

 とは言え離脱直前のヴェルニアの状況と、さっきの核っぽいキノコ雲を考えると予断を許さないのは確かだと思うし、避難したイネちゃんたちが向かうにしても入念な準備が必要になるような気がする。

「何か策があるみたいな言い方してたから、無事だといいんだけれど……」

 結局ヨシュアさんのあれこれは不明なまま……というか多分頓挫しただろうし、無事でいてくれればいいんだけど。

「とりあえずさ、母さんとイネの話しは民間人の人たちを避難してからじゃダメなの?物騒な話ししてるとほら、意識ある人たちが不安そうにしてるし……」

「そうですね、もうすぐ到着ですし一旦落ち着いてから今後の話しをしませんか」

 クイッ。

「……それもそうね、まったく娘に諭されるとか私も歳をとったってことなのかしらね」

 見た目30代なのに何言ってるんだろうこの人は……。

 いやまぁササヤさんからしてみればこれが親ということとかそんな感じではぐらかされるんだろうけどさ、そもそもムーンラビットさんの血を半分継いでるんだから見た目で判断とか不可能なんだろうなとも思うけど。……そもそも加齢で衰えたりするんだろうか、ムーンラビットさん見てると夢魔とかはむしろ強くなってるんじゃないかって思えるんだけど。

「到着……っと。重病の人たちは教会に!軽症っぽい人たちは……」

「それじゃダメだお嬢さん。その辺の細かい区別は俺たちに任せろ」

 リリアがヌーカベを止めて姿勢を低くさせてからジャクリーンさんやオラクルさん、完全にイネちゃんたちに味方してくれた兵士さんたちに向かって指示を飛ばそうとしたとき、思いっきり聞き覚えのある声が聞こえたきた。

「よっ……ってイネ!ボロボロじゃないか!どうした!どこのどいつがやらかしやがったんだ!」

「よーし、ハルピーの嬢ちゃんそいつよこせ、ちょいと掃除してくる」

「いや流石にMINIMIは重すぎる、いっそのことデイビークロケットとかどうだ」

「こっちの世界を汚染させる必要はないだろう、ここは焼き畑感覚でナパームとかどうだ」

「ちょっとそこの4人のいい大人、オーバーキル前提の会話やめて?それよりも民間人の人たちのトリアージお願いしたいんだけど……」

 必殺お目目うるうる上目遣い。

「む、そうか……イネがそこまで言うなら仕方ない。……そういえばステフは今どこにいるんだ、一緒じゃないのか」

「ステフお姉ちゃんは明確に非戦闘員だからね、シックでお留守番。あそこが一番安全だからってことで研究レポートを進めつつ滞在してるよ。イネちゃんは冒険者さんと傭兵さんの登録してたから依頼を受けて参加したの」

 ボブお父さんにはちゃんと説明しないとダメだからね、安心できるように説明しないと。

「そうか……とりあえずコーイチとムツキはトリアージ、俺とルースは教会に重病人を運び込むお仕事でいい……ですね、ササヤさん」

 今ようやくササヤさんの姿を見つけたのか……ボブお父さんが唐突に敬語を話し出すとびっくりするからいっそのこと最初から敬語でいて欲しいなぁってイネちゃん思ったりするんだ。

「えぇ、むしろこちらから依頼として出す必要がある人数だもの、助かります。それと貴方たちがこの場にいるということはあちらの世界の部隊も?」

「ムツキの部隊がまるまる国際救助名目できてますね、ヌーリエ教会の後ろ盾で引き金も問題なく引けるってんでむしろ張り切ってやがる」

「そう、でしたら動ける方は一緒に来てくれないかしら。まずはギルドの連絡網で、そちらがダメだった場合は教会の転送陣を試さなければならないから……」

 ササヤさんの声色が深刻さを表す感じになってて、ただ事じゃないことを察したお父さんたちはすぐに首を縦に振った。

 とりあえずボブお父さんとルースお父さんが一緒についてくる形で、コーイチお父さんとムツキお父さんはそのままトリアージをして重病人をタタラさんに受け渡す役割になって、イネちゃんたちはギルドへと向かう。

 しかしながらヌーカベに乗るちょっと前から体がむしろ軽く感じるほど回復しているのはどういうことなんだろう、関節が音を立てるくらいにギシギシしてたのにその痛みも今はまったくないし……イネちゃんちょっと怖いんだけど。

「あぁ皆さん丁度いいところに!」

 ギルドに入るなりケイティお姉さんが慌てて駆け寄ってきた。

「今ヴェルニアギルドとの連絡が取れなくなってて……」

「そう、とりあえずそれは想定内だけど……次もダメだったら少数精鋭で行くしかないわね」

「え、ササヤさん……一体何があったのか教えてください!今ヴェルニア戦線はどうなってるんですか!」

「今の便で連れてきたのが最終便……になりそうとだけは。これ以上は流石にギルドには荷が重すぎるから後方支援に専念してもらいたいのが私の見解。ヌーリエ教会の総意ではないけれど、対外戦闘の責任者をやってた時の私ならそう判断する内容であることは頭に入れておいて」

「……それほどですか」

「イネさんに私たちが見た現象を起こせる兵器についての情報を聞いた限りには、ヌーリエ教会としてもかなり人選を絞らざるを得ない内容だったから……ボブさんにルースさん、貴方たちならイネさんより詳しいと思うから聞きますけれど、核兵器というものについて詳しいこと、知らないかしら」

 ササヤさんが核という単語を口にした瞬間、お父さんたちの顔から笑顔やゆるい感じのものが一瞬で吹き飛んだ。

「イネ、マジで核だったか?」

「厳密には違うかとは思う……衝撃波もなかったし。ただキノコ雲が見えたからイネちゃんの知識だと一番一致するのが核かと思っただけなんだけど……」

「そうか、ただそれでもキノコ蜘蛛を見たのは確実なんだな」

「それは確かに。イネちゃん以外にもササヤさんもリリアも、外でコーイチお父さんたちを手伝ってる冒険者さんたちも見てるから、そこは確実」

 ボブお父さんが黙って、ルースお父さんもいつもの感じじゃなく、女の人を口説こうとするとき以上に真剣な表情で次の言葉を待ってる。

「日本の指令に連絡入れるぞ、場合によっちゃ本気でデイビークロケットを相手にしなきゃいかんかもしれん」

「サー!ゲートまで走って連絡を入れてきますサー!」

 ルースお父さんが完全に軍人さんそのものの返事をして走ってギルドから出て行った。

「キノコ雲を見たのはヌーカベに乗ってからか?」

「えぇ、1分は走らせた後だったわね」

「ならデイビーの可能性はある。あいつなら開発時期も含めて考えればイネたちがキノコ雲を目撃した地点までは衝撃波が届かない可能性も十二分に考えられるからな」

「それの威力について、聞いても?」

「問題ない、俺たちの国……俺が生まれた国では既に枯れた技術ではあるからな。驚異であることには変わらないが、誰かが横流しにしたとか、破棄されていなかったものが盗まれたとすれば情報は降りる可能性はありますので。ともかくデイビークロケットの威力はイネが説明したとは思いますが、都市……までは行かずとも区画を更地に変えられる威力は十二分にあります。これを防ぐ手立ては……撃たれる前に相手を黙らせる以外にはありませんが……」

「そう……そうなると厄介ね」

「人が使う以上貴女なら可能では?」

「相手は、ヴェルニア周辺の沼地全域に広がるマッドスライム……民間人マッドスライムをも取り込んで広がってる錬金術師が変異したマッドスライムがあちらの兵器を体内から無差別に発射しているの」

 ササヤさんの言葉に、ボブお父さんが言葉を失った。

「民間人を諦める選択肢は……?」

「確かに見捨てれば、鎮圧は楽でしょうね。ヌーリエ様に誓って私たちヌーリエ教会は最後の最後まで見捨てるという選択肢は取りませんが」

「より多くの人命が失われるとしても?」

「そうしないよう全てを守るという傲慢さがヌーリエ教会の教義ですので。最悪私や母様……ムーンラビット司祭に勇者2人も全力、文字通りの本気を出させていただきますので、ご安心を」

 ササヤさんの本気って……というかムーンラビットさんやココロさんとヒヒノさんもあれでまだ本気じゃなかったのかって疑問をイネちゃんが抱いたところで、強い頭痛を感じてイネちゃんはうずくまる。

「イネ!?」

「イネさん!」

 ボブお父さんとササヤさんの叫びが遠くに聞こえながら、私は意識を失った。

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