第147話 イネちゃんと護衛撤退作戦

「そこにゴブリン!そっちは兵士さん!兵士さんのほうは状況が分からず放心してるから対応できる人に対応は任せるよ!」

 叫びながらP90の引き金を引いてゴブリンの集団をなぎ払う。

「この状況で放置もできませんね、ゴブリンが見境なしに攻撃をしている以上敵兵でも人間を守らざるを得ませんよ、それが放心している方なら尚更ですね」

 クイッ。としながら糸を伸ばして兵士さんの周辺に居たゴブリンをまとめて輪切りにするも、兵士さんの後ろに居たゴブリンは射線的に無理だったのかそのままで、ゴブリンが兵士さんの頭に鉄のメイスを振り下ろそうとしたところ、その振り上げた腕がメイスごと切り落とされて、喉元に棒型の武器が刺さって倒れた。

「まったく、状況がカオスだからって放心する兵士がよく戦場に出れましたね。これは貸しですので民間人を避難させるのを手伝いなさい」

「え、あ、で、でも……」

「では装備はいただきますよ、やる気になってる民間人さんのほうがまだ役にたちますので」

 ジャクリーンさんがそう言って兵士さんから武器を取り上げようとしたところで。

「な!それだと俺が……」

「ならやってくれますか?」

 兵士さんは少し考え込む形で黙り、顔を上げて。

「くそが!矯正徴兵されてこんなところまで来て、訳のわからんスライムと一緒に王侯貴族の信が厚い貴族にヌーリエ教会まで敵に回されるなんてと思ったが……」

「ここで協力して頂けるのでしたら、フルールの名で保護致しますよ」

 フルール。という名前をジャクリーンさんが口にした瞬間、兵士さんの表情が変わり。

「それは本当か?」

「えぇ、少なくとも私が口利きしますので。悪いようにはならないと思いますよ。それにあなた方を現地徴用の形で民間人護衛として使うと決めたのはヌーリエ教会の司祭様ですので……」

「それを早く言え!だったらあんな化物に従う理由なんざもうねぇよ!勇者がいるんだったらあいつはもう終わりだしな!」

 勇者の抑止力なのか信頼厚いなぁ……ヌーリエ教会の司祭って段階でもかなりこっちの味方になる気になってたし、最悪出家して減罪してもらえるって感じなのかね。

 まぁそうでなくてもココロさんたちと真正面から戦わないといけないって段階で普通の兵士さんなら脱走してもおかしくないよね、まともにやったら絶対に勝てないし、そもそも灰すら残らない可能性もあるからなぁ。

「傭兵隊のリーダーはあんたか?」

「いえ、私ではなくそこの少女です。単体戦闘能力でしたら折り紙つきと断言致しますよ」

 クイッ。

「マジか……俺の娘くらいの年齢にしか見えないんだが」

「まぁ何歳に見えてるのかは今はどうでもいいや、現状3人で護衛と移動補助と遊撃と回収をやってる状態だから、どこかに入って。一番嬉しいのは殿として護衛してくれるのがいいんだけれど」

 とりあえず指示を出しながらP90の引き金を引いて進路上のゴブリンを処理する。

 マッドスライムも全員同時に戻す形じゃなく、突入部隊の近くに居た人たちと、その脱出経路になってるところを戻して行ってるらしく、脱出するのはむしろ楽と言えちゃうくらいではある。

 問題は戦闘音に引き寄せられたゴブリンが問題で、まだ地面から這い出してくるのも混じってるから民間人の人たちのそばに常にくっついている護衛が欲しいんだよね。

「……そうかあの武器に習熟しているのなら見た目の体躯は関係ないのか、わかった民間人の護衛を引き受けよう」

 なんかすごい生き生きした表情でイネちゃんたちの隊列の最後尾に走っていってくれた。矯正徴兵されたのと自分の意思でって違いでここまで代わるのかなぁと思いつつ、また集まってきたゴブリンに向かって引き金を引く。

「キリがないなぁ……」

「とにかく離脱しましょう、少なくとも最短距離の方々だけが戻されているのですから……リヤカーがあったことが本当に幸運でしたね」

 クイッ。バッ!スパン!

 クイッ。しながらでも糸で攻撃できたんだ……。

 でもまぁ言ってることは正論だからね、とにかく今は民間人の人たちを離脱させることが最優先。というかかなり衰弱してるし、早く安静なところで処置しないといけないような気がするし、本当に急がないと危ない。

 目の前のゴブリンと、すごい形相で襲いかかってくる兵士をあしらいながらも民間人を回収しつつこの陣に入ってきたところまできたところで、近くにあった炎の渦が小さくなっていくのが確認できる。

「離脱前の最後の要救助者……でいいかな?」

「周囲に他の渦がない以上そのはずですが……マッドスライムに関しての配置はわかりますか?」

 クイッ。

「あぁ!?俺みたいな下っ端にそこまで聞かされるわけないだろ!」

「それもそうですね、すいませんでした」

 クイッ。

 ともかく今回のルートでの最後の民間人を回収したら一息つけるからね、狙撃している間に体力は回復してたけれど流石に神経張りっぱなしでそろそろ1度休憩を入れたいのだ。

「イネさん!?」

 クイッ。すらせずにオラクルさんがイネちゃんの名前を叫ぶ。

 振り返ると今までいなかったはずのゴブリンが既にイネちゃんに向かって剣を振り下ろしている状態だった。

 あ、これ間に合わない……。

 ゴブリンの動きも凄くスローに見えるんだけれど、イネちゃんの体も動かない、走馬灯とかそういうのに近い何かだとは思うんだけれど、他の皆の動きも遅いんだからきっとそうなんだと思う。

 というかこんなピンチになってもイーアが起きてこないあたり、今回のムーンラビットさんが仕掛けた頭の回線ちょっと外しすぎじゃないのかなって思うんですが、正直それも言う機会はもうないのかな。

 あーそういえばシックにステフお姉ちゃん残したままだ、キュミラさんも一緒にシックに残してきたけれど、正直キュミラさんだしなぁ……まぁ学術的興味って奴で仲良くやってるかもしれない、イネちゃんが死んだーって聞いたら凄く悲しむだろうけれど……急所を外そうと身をよじろうとしてみるけれどやっぱり体は動かないし、P90の銃口も地面を向いてるっていうか正面を向いていなかったから引き金引いても間に合わないしなぁ。

 というかこれだけ頭で考えてもまるでゴブリンの剣が降りてこない、もうなんていうか時間が止まっているってレベルな気がするんだけれど……。

『大丈夫ですよ……私がお守りします、でも少しお体をお借りします、ね?』

 唐突にイーアでもムーンラビットさんでもない、ちょっと幼い感じだけれどお母さんにあやされる感じの優しい声が頭に響き、周囲の風景が元の速度に戻って……イネちゃんの意識は夢を見ているみたいな感じのままで意識が戻らない感じ。

 そしてゴブリンの剣がイネちゃんの体、しかもおでこあたりに当たり……。

 ガィン!

 金属を硬い岩に叩きつけたような音がしたと共に、なんか自分の体が自分のものじゃないって感じで、しかもほのかに青く発光しているような……。

 俯瞰じゃないけれど幽体離脱とかだとこんな感じなんだろうか、幽体離脱もしたことがないからわからないけれどどうにもふわぁって感じに意識はあるんだけれど夢心地で、目が覚めている感じではあるんだけれど自分の体に起きていることが映画やドラマを見ている感覚になってる。

「イネ……さん?」

 あーほら、オラクルさんの声がするけれどクイッ。せずに凄く不可思議なものを見た感じの声になってる。

「大丈夫、ちゃんと安全なところまでお送りしますので。しっかりついてきてくださいね」

 うー、イネちゃんの言葉遣いじゃないなぁ。

『ごめんなさい、もうちょっとだけお体をお借りさせてください』

 あ、どうも……って誰?

『ムーンラビットさん、何も説明していないんですねぇ……大丈夫ですよ、この大きな不幸が終わった後、ムーンラビットさんにお節介な妖怪が助けてくれたと言えば、おそらく説明してくださいますので』

 本当に説明されるかが不安だけれど……うん、分かりました?

 ちょっと腑に落ちないけれど今は体が動かせないし、従うしかないからね、仕方ないね。

 それにゴブリンの攻撃に対してイネちゃんの体は無傷で済むみたいだし……ってゴブリンまだ倒してない!

「あぁそうでしたね、大地でお眠りなさい……」

 イネちゃんの体を使っている人はそう言って、P90を持っていない左腕を振り上げて下ろすとゴブリンが地面に叩きつけられて地面に吸い込まれる形で姿を消した。

「な……!今のは……まさか、ヌーリエ……様?」

 オラクルさんが何か不穏なこと言ってるぅぅー!

 しかしイネちゃんって自分の生まれた世界の神様のことをまったく知らなかったんだなぁ、ヌーリエ様ってどういう感じの神様なんだろう……オラクルさんの反応を考えると今イネちゃんの体を使っている人がヌーリエ様本人なんだろうけれど。

『私はそんな大層な存在ではないのですけどね……』

 気恥ずかしそうにイネちゃんの思考に反応してきたけれど、そういう反応するってことは完全にヌーリエ様ってことの証左なんじゃないかなってイネちゃん思っちゃうんだ。

『そ、それよりも今は無力な人たちを安全なところまでお送りしないといけませんので、それまではお借りしますね』

 慌てた感じで誤魔化そうとしている……、まぁいいや、ムーンラビットさんに聞くし……でもちゃんと体返してくださいね?


 そしてイネちゃんの体は神様パワーを発揮しながら、イネちゃんが狙撃していたあの地点まで移動したところで、おそらく多分ヌーリエ様だと思われる存在は『ごめんなさい、でも守らせてくれてありがとうございました』と言って消えていった。

 ……助かったのは事実だけれどもなんでイネちゃんを助けてくれたんだろう、というかなんでイネちゃんの体を使ったんだろう。

 いろんな謎を残しつつも、ちょっと痛む頭を抑えながらオラクルさんたちのほうを向いて。

「と、とりあえず他の人たちも助けないと……今度はゴブリン化にも注意して、ね」

 口調とかが元に戻ったと認識されたイネちゃんは、オラクルさんたちに凄く怒られて救助した人たちと一緒に一回休みすることになったのだった。

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