第148話 イネちゃんと脳内会議
「えー、これよりさっきのヌーリエ様っぽいお助けキャラはなんだったのかという題材で会議をしたいと思います」
『……いやイネ、私寝てたんだけど』
とりあえずオラクルさんたちを見送ってから1分程度経った後にイーアがようやく復活したので脳内会議をすることにしたのだった。
ゴブリンに対して警戒しつつではあるけれども、道中味方になってくれた兵士さんがそこそこいるからある程度お任せできるのもあるからね、流石にゴブリン相手となると所属軍を離反する人もいるみたいだねぇ、全生命体の敵だから当然だね。
『ともかく私が寝ている間にヌーリエ様が助けてくれた。ってことでいいんだよね』
「うん、イーアが寝ていたからなのか、イネちゃんの意識を押しのけてイネちゃんの体を使って今周りにいる人たちをここまで連れてきた感じ」
『でもそれだけなら急にこんな会議始めないよね』
「あぁうん、ヌーリエ様っぽい存在が助けてくれたときにイネちゃんの体とか行使できる力とかがまるまる変わったからさ、具体的にはゴブリンの剣が全力で体に叩きつけられても剣のほうが折れる感じ」
『なにそれ怖い』
「正直今すぐにムーンラビットさんに問い詰めたい、ヌーリエ様っぽい存在はムーンラビットさんに聞けって言ってたし」
でも今はまさに作戦の佳境って感じであちらこちらでゴブリンの叫び声やら爆音っぽい音が聞こえてくる。
マッドスライムが炎の渦に包まれたってことを考えると今アクティベートしてるのはヒヒノさんだろうし、ヴェルニア周辺全域と考えたら動けないだろうし……って今錬金術師を相手にしているのは誰なんだろう。
ヌーリエ様っぽい存在のことは一旦横に置いておいて急いでスコープを取り出して戦場のほうを確認する。
ヒヒノさんがラスボスの最終形態みたいな感じになっているのは前に見たからスルーするとして、えーっと下半身マッドスライムになって空中浮いてた錬金術師はっと……。
『左翼、ヴェルニア正面からヒヒノさんを避ける形で移動してる』
やっぱりイーアは頼りになるなぁ。
スコープをイーアの言った方向へと向けると結構小さいけれども確かに錬金術師らしき姿を確認できた。
明確にラスボ……ヒヒノさんを避けてヴェルニアを間に挟んだ反対側へと向かっているっぽい。
「これ、ヒヒノさんが動けない状態の上ムーンラビットさんは戦場全体に対して何かしてるって話しだったよね、となるとアレの対処できる人って……」
『ササヤさんがいるって話しだったような、避難誘導で来てるとか言ってた気がするし』
ササヤさんならまぁ、何とでもなりそうではあるけれど……。
「避難誘導で非戦闘員を連れて開拓町のほうに既に行っていたとしたら……」
少なくとも、ヴェルニアに残って指揮を執っているキャリーさんを守っているのは守備隊の人とミミルさんしかいないことになる。
今どこにいるのかわからないヨシュアさんがいればまだなんとかなるかもしれないけれど、ヨシュアさん、あまりチート能力を表立って使ったりしないんだよなぁ。
イネちゃんがシックやあっちの世界に行ってる間にカミングアウトしている可能性もなくはないけれど、ヨシュアさんの場合性能の高い武器や道具とかゲーム的なインベントリがそのチートの主だった部分っぽいし、やりすぎるとヌーリエ教会から怒られそうだし、そう表立っては使えないっていう感じな気もするんだよねぇ、ディメンションミミックのときに使った光線銃とか誤魔化し効かないし。
ただ……絶対ムーンラビットさんにはバレてるだろうから、多少の目こぼしは期待できそうでもあるんだよねぇ、ヨシュアさんの覚悟と思い切り次第なんだろうけれどイネちゃんが期待していい部分じゃないよね、ムーンラビットさんが期待するのはいいんだろうけれど。
「……後で怒られそうだけど、全体を俯瞰して見れて対応できるのってイネちゃんだけって自惚れたほうがいい状況かな、ヨシュアさんは本当今どこにいるのかわからないし、ジャクリーンさん達はゴブリン相手にしながら救出作戦中……今完全フリーなのってヨシュアさんとイネちゃんだけと考えるべきだろうし……」
でもどうやろう、今から走って向かったところで空を移動している錬金術師に追いつける可能性は低いし、今のイネちゃんの装備はファイブセブンさんにP90、それにスパスっていう近接特化、ルースお父さんにM4でももらってくればよかったかなって思うところではあるけれど、M4でも空中に向かって撃つことになるからどのみち有効じゃなさそうか。
『イネ、XM109』
「あぁ、そういえば……」
マントからウェポンケースを取り出してXM109の組立を始める。
掃除もできない状況で、部品が微妙にゆがんでいる上に更なる問題がイネちゃんに突き刺さってくる。
「うん、残弾1」
ヨシュアさんがいればワンチャンインベントリから追加出来たんだろうけれど、今ヨシュアさんは敵陣に突入して行方不明で、イネちゃんはそもそもXM109が必要になるとは思っていなかったので弾を持ってきていない。
まぁ必要だってわかっていてもこんなでかくて重量のある武器は持ってこなかっただろうけど、個人携行可能な対物って言っても流石に15kg……マントの効果があってもお米の袋を常時背負ってとかあまり考えたくないよね、装備は他にもあるし、もっと軽いので対応できるならそれに越したことはない。
まぁオラクルさんが強化してくれて突入したときにもあまり重さは感じなくはなっていたけれど……具体的にどのくらいの軽量化になってるんだろ。
『イネ、残り1発で確実に当てないといけないけど……大丈夫?』
「イーアの手伝いがあるなら1発で十分だと思ってるけど……」
何かあるのかな、イーアがそんなこと言うのって。
『なんとなくだけど、ヌーリエ様の力を使ったことで体のほうの負荷が既に結構なものになってると思う。正直私が手伝うことで下手したらまた寝たきりみたいな状態に……』
「……いやまぁでもやらないといけない場面じゃない?確実に当てないとキャリーさん達が危なくなるわけだし、事態を楽観視して最悪の事態になったらそれこそイネちゃん立ち直れそうにないし」
それならまだイネちゃんがしばらくお休みしたほうがマシだよ、錬金術師としても最後の逆転の一手って感じかもしれないし、そうでなくてもこれ以上はイネちゃんが何かできることはなくなると思う。できたとしても今ここにいる民間人を開拓町まで避難誘導することくらいだけれど、それはイネちゃんでなくても今ここを守ってくれてる裏切った兵士さんたちと、今も救出作戦しているジャクリーンさんやオラクルさん達に任せればいい話しだからね。
『……わかった、でもやばいと思ったらすぐに私は引っ込むからね』
「うん、それでいいよ。どのみちやるのは狙撃だけ……そこまで体を酷使するわけじゃないからね」
実のところ息を結構な時間止めるので負担はあるんだけれど、それなら水泳とかのほうが圧倒的に負担だし、アクロバティックな動きで戦うほうがやっぱり消耗は激しいので酷使しないっていうのは嘘ではない、休ませるってほどでもないけど。
最後にスコープを取り付けて錬金術師に狙いをつける。二脚をつけると調整が難しくなるから展開していないけれど……一番重い後部を動かすとは言え結構重い、まぁ銃身も鋼鉄だから仕方ないんだけどさ、ともかく急いで狙いをつける。
『イネ、やっぱ無茶しすぎ!』
イーアはそう頭の中で叫ぶものの引っ込まないあたりまだ大丈夫、なんだかんだで意識共有してるし、イネちゃんとイーアは同一人物だからね、二重人格って思う人のほうが多いけれど、イネちゃんとイーアはあくまでお父さんたちに助けられる前と後の区切りでしかない。
まぁまだイーアに助けてもらって全力じゃないってのもあるけどね、流石に消耗しちゃってるのはイネちゃんだって自覚してるし、無茶はしても無理はしないし、無謀はもってのほか、イネちゃんもここ最近ずっとお休みしてる気がするし流石に寝込みたくはない。
『照準、ちょいちょいクイッ』
イーアも感覚だけど……まぁいいや、わかるし。
XM109の銃身を横にちょいちょい、上に少しクイッと動かして……私は息を止めて集中する。
XM109が呼吸で銃身がぶれるような代物でもないのだけれど、スコープを覗いている私自身が揺れる以上はやっぱり呼吸を止めてブレを最小限にする必要があるんだよね、精密射撃は。
そう頭で考えるとほぼ同時、引き金を引いて錬金術師を狙撃する。
「ふぅ……はぁ……」
呼吸を再開しつつ、たったこれだけの行動でイネちゃんは全身に疲労を感じてちょっと動けなくなる。ちょっとこれは洒落にならないレベルで消耗しちゃってるっぽい、なんというか体と意識が合致していない感じって言えばいいのかな、イネちゃん自身の認識と体のダメージがこれでもかってくらいにズレてる感じ。
まさか引き金を引いた直後にスコープを覗いて着弾確認すら難しい状態になるとは思っていなかったけど……。
『大丈夫、イネ?』
「イーアってイネちゃんの体の状況、わかってたんだねぇ……ちょっと今指動かすのもつらい」
『私も正直これほどとは……イネ!転がって!』
イーアが叫んだけれど、今のイネちゃんは機敏に転がることすら難しい。
結局ゆっくりと転がって仰向けの形になったところ、イネちゃんの目に飛び込んできた光景は……槍を振り下ろしている1人の兵士さんの姿だった。
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