第136話 イネちゃんと思いがけない再会
皆で綿菓子を食べながらシックの街を歩いていると、改めてこの街が平和なのを実感する。
あっちの世界でイネちゃんが暮らしている国の治安と比べてもあまり遜色ないほど治安は良く感じる。
今の情勢を考えるとあっちの世界でも病院襲撃の頃から子供は外で遊ばせないって感じになってるくらいなのに、シックでは普通に子供が外で遊んでいる。
ただシックの安全を裏付けるだろう要素も食べ歩きしている間に概ね理解もできた。街のところどころにムーンラビットさんと同じ空気を出してる綺麗な薄着のお姉さんたちが笑顔で立ってるのが、最低でも1人視界に入るように配置されている。
容姿端麗で薄着のお姉さんたちなんて色街とかならわからないでもないけれど、ここは仮にも聖地のメインストリートで今は白昼だから凄く目立っているんだよね、有事の際にはあのお姉さんたちが真っ先に民間人を避難させたり、戦ってくれるっていうのが民間人の安心感に繋がっているんじゃないかってイネちゃんは思うのである。
普通兵隊さんとか警官さんの配置人数が増えれば民間人は不安が強くなったりする人も少なくないのだけれど、なるほど薄着の綺麗なお姉さんならそのへんの心配は薄まるよね、ムーンラビット様が直接配置してるんだろうし実力のほうも確かだろうからねぇ、何より夢魔だろうから肉体的なダメージはほとんど無意味っていう強みがあるからかもね、夢魔はそんな感じーってことをムーンラビットさんが言ってた記憶があるし。
「しかし、シックは聖地というだけあり平穏が守られているのですね」
感慨深い感じにミルノちゃんがそんなことを言い出す。
イネちゃんも思ったことだけれども、ミルノちゃんの言葉遣いがちょっと丁寧過ぎるようになってるほうがちょっと気になってしまう。
「まぁねぇ、周辺地域が大規模な平原で軍なんて動かそうものなら発見は容易だし。転送系の魔法に関してもムンラビおばあちゃんの結界を突破するか、専用術式使わないと使用不可能だからね。ちょっと不便にはなるけれど、代替技術としてヌーカベ便とかもあるから、皆の生活にはさほど影響もないし、守るっていう点なら間違いなくこの世界でも随一だとは思うよ」
「ですがあちらの世界の武器や軍隊も……」
あー今起きてるのは間違いなく両方の世界による共同軍だもんね、ミルノちゃんの心配も最もか、超長距離の攻撃や戦闘機による一撃離脱とか、いろんな手段で物理的にってできるもんなぁ。
それにヒヒノさんの言う大規模な平原っていうのは大規模な軍隊同士が陸戦をするっていう点だけなら、ココロさんとヒヒノさん、ムーンラビットさんやササヤさんを有するヌーリエ教会のほうが圧倒的に強いのはわかる。
問題になりそうなのはそれなら他に被害を与える心配はないってことで大規模破壊兵器の使用を促しかねないって点かな、なんというか今イネちゃんが挙げた4人はそのへんの兵器に対しても問答無用できそうな気がしなくもないけど。
「大丈夫ですよ、ヌーリエ様の御力によりシックには物理的、魔法的、概念的な防護が敷かれておりますので」
あぁ流石にそのへんも万全なのか……って概念的って何、イネちゃんそのなんか壮大過ぎる単語予想してなかった。
「なんかすごいなぁ、となると神官とかの戦闘能力ってのはおまけなのかな」
この疑問はステフお姉ちゃん、まぁあまりに隙のない防御力すぎてそういう思考しちゃうよね。
「いえ、備えに安心して手を緩めるのは愚か者の行いですので、ヌーリエ様の結界は完全無欠ではないとムーンラビット様が仰っておりますし、それを証明するように何度か自然災害の被害もありますので、それに対応するだけの力は必要ですし、今回のような有事の際には対外的に動く必要も出てきますからね」
「なるほど、災害救助とかに必要なのか。それにこの周辺の田畑の面倒もそういう人たちがしてるんだろうし、そういう文化、文明になってるってことか」
「へぇ、災害って竜巻とかかな」
「大雨や地震もありますし、河川の氾濫もありますよ。それら災害はヌーリエ様が大地を癒すために行われる世界に対しての施術であると捉え、教会では人命救助等には全力を尽くしますが、基本的には受け止めて天災に合わせた復興をするのです」
「あ、そのへんは宗教っぽい」
「大地も生きていますからね、傷つけば治療が必要なのは当然ですよ。記録でも災害復興の翌年の収穫は例年以上になっていますし、信心だけではないということですよ」
確かあっちの世界でもある程度科学的見地って奴である程度データがあるんだっけか、被害が大きいから起きない方がいいってなるけど、ココロさんの言うような考えもあっちの世界にあるんだよね、実行できるほど責任とか取れないからやれないし、人命第一だと全部受け止めるんじゃなくっていなしつつ共存するって流れが、イネちゃんの住んでた国では強いらしいけど。
「正直なところ、あちらの世界の考えは私たちも目からウロコ……でよかったですかね、感銘を受けるという意味の言葉は……と話しがそれました。減災の概念自体はあっても技術が稚拙でしたので、ムーンラビット様はその辺の技術に関してもご教授頂けるように交渉していると聞いたことがありますしね」
「あーダムとか河川の護岸工事とかそういうのか」
「はい、地震に関しては流石に難しいようですが、水害に関してはとても勉強になることが多いですよ」
「なるほどなるほど」
ステフお姉ちゃんがメモ帳にすごい勢いで書き込んでる。
まぁステフお姉ちゃんはそれが目的でこっちの世界に来たもんね、ただココロさんが苦笑してるのには気づいたほうがいいと、イネちゃんは思うな!
とそんなことを思っているイネちゃんに対して、上空から1つの大きな影が近寄ってきた。
「イネさんじゃないッスか!元気だったッスか!」
この特徴的な話し方と、空から降りてきたことを考えると、イネちゃんの記憶の中には思い当たる人物は1人しかいない。
「なんでシックにいるのかな、ヴェルニアに居るんじゃないの?キュミラさん」
「うぅ、久しぶりの再会なのになんか冷たいッス……私、魔力的な探知を避けて伝令を行う必要があった時にこうやってヴェルニアとシックを行き来してるんッスよ!」
えぇ……キュミラさんの記憶力でそれできるの?
と思ったのが顔に出たのか、キュミラさんが頬を膨らませる。くそぉ、悔しいけど微妙に可愛い。
「まったく!私だって成長してるんッスよ!……まぁこのポーチにメモをいれてもらってるんッスけど」
それは伝書鳩のそれではないのだろうか、と喉まででかかった言葉を飲み込む。
「うん、そのメモってヌーリエ教会の偉い人に渡すの?」
「そうッスね、ムーンラビットさんに渡せって言われてるッスけど、偉い人だから間違ってないッスよね」
「うん、それは個人指定だよね。……まぁメモを渡すのはキュミラさんじゃなくても良さそうだけれど、急ぎかもしれないし」
ヴェルニアからシックに、それもムーンラビットさん指定となると結構重要度の高い案件なような気がするし、場合によっては今すぐムーンラビットさんが飛んでいって即応する必要があるかもしれないしなぁ。
「まぁそうッスね、じゃあひとっ飛びしてくるッス!」
キュミラさんはそう言って大聖堂へと文字通り羽ばたいていった。
「はぇ~、慌ただし子だったねぇ。というか完全に腕が鳥類の翼に該当してるんだなぁ、知識ではあったけど実際に目の当たりにすると凄く迫力があるわぁ」
ステフお姉ちゃんがキュミラさんのことをメモしながら口を半開きにしている。
そういえばあっちの世界だとできるだけ人種に近い種族だけ、今のところ往来可能なんだっけか。往来って言っても決められた区域内の、更に決められた場所限定だからステフお姉ちゃんのように文化研究という名目でなら交流可能って程度でしかないから、ステフお姉ちゃんとしても何度か人狼の人やエルフの人とは交流はしてたみたいだしイネちゃんも失念していたけど、そうだよなぁ、普通のあっちの世界の人はびっくりするよね、特にキュミラさんって完全にファンタジーな存在筆頭だし。
ほかの人はコスプレとか手品である程度再現……できない人多数だけれど、見た目人だったり、完全に人だから特に問題にはならなかったんだって改めて実感するよ、こっちの世界に好意的なステフお姉ちゃんでこの反応だもんね。
「……そろそろ観光を切り上げて戻りましょうか」
ココロさんがそう言ったとほぼ同時に、ヒヒノさんの持っているセフィロトに通信が入る。
「えーそろそろ戻ってきてもらってええかな、ちょーっち面倒なことになってるっぽいんで力借りることになりそうなんよ」
どうやらキュミラさんの運んできた便りは、波乱だったようです。
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