第137話 イネちゃんと暗殺依頼
「えー大変申し訳ないんやけど、旅の疲れを癒す暇もなく出立することになったんよ」
大聖堂に戻ったとほぼ同時、入口で待っていたムーンラビットさんからそう聞かされて大聖堂の転送陣の部屋まで急ぎ足で連れられてきていた。
「反乱勢力が集まってヴェルニアを取り囲んだみたいでねぇ、流石に全面的に攻めて来られると決戦になりそうなんでな、ヌーリエ教会としては民間人保護をせなあかんし、錬金術師もいるからマッドスライム対策に私とココロとヒヒノも必須なんよ」
「それでは主力はオーサ騎士団とヴェルニア自治軍で、ヌーリエ教会は民間人の保護避難が中心、その上でムーンラビット様と私とヒヒノが錬金術師の無力化に当たるということですね」
「うーん、確かに基本的にはそうなんやけどな。戦力比がちょっち数字にするとやべーことになってるんよな、どうにもあいつら人の軍の士気自体は高く無いんやけど……」
あぁそういうことか。
「相手の戦力の大半がマッドスライム、それも元民間人ってところ?」
「イネ嬢ちゃん、正解よ~。そんなわけで私とココロとヒヒノが必須で、ササヤではダメってところやね。あいつにゃ今回、避難を確実にするための後詰してもらうんよ」
「でも病院襲撃の被害者だけだと、人数合わなくない?ヴェルニアってなんだかんだ結構大きい街だし」
滞在してたときにちょっと気になって、イネちゃんの歩幅での測量だけれど概ね半径で5・6kmはあったはず。自動車とか自転車があるならいいけど、主要移動手段は馬さんだし基本が徒歩な交通事情からこれ以上の大きさで街づくりをしようとすると色々と支障が出てきそうだから、こっちの世界では城塞都市として作られた街は概ねヴェルニアと同じくらいの大きさになる……ってイーアのときの本当のお父さんとお母さんから聞かされた記憶がある。
「そうやね、あっちの世界の被害者総数だと精々門を1つ封鎖する程度の数やね。問題はオーサ領の首都からヴェルニアに至るまでの道中存在してる街々の民間人もまとめて消失していてな、恐らくだが全員がマッドスライムとしてヴェルニアの街を取り囲んでる連中と一緒にいるんよ」
「それはもう王様たちも許さないんじゃない?流石に統治領の頭が代わるだけなら様子見する程度だろうけど、民間人が丸々そんなことになったとすれば動くと思うんだけど」
「ヒヒノの言う通り、王族の方から教会に申し出が入ったんよ。ただ戻せることを証明してしまった以上は、可能な限り救出しなきゃあかんし、何よりイネ嬢ちゃんたちの世界の人間、しかもこれも民間人で、それが混ざってるのがな」
「あー……貴族側は1度あっちの軍隊にボコボコにされてるから、下手に刺激したくないってことかぁ」
「一応援軍は向けてくれるらしいが、あくまでも連中がいなくなった都市の奪還、維持用の兵で。更にはマッドスライムが出てきたら戦闘を避けるっていう頼りにならない援軍よー」
それは援軍とは言わないのでは、イネちゃんは喉まででかかった言葉を飲み込んだ……って今日は言葉を飲み込んでばかりな気がする。
「となるとイネちゃんたちはお留守番?」
飲み込んだ言葉とは別にイネちゃんはどう動いて欲しいのか聞いてみる。
「いや、イネちゃんにもヴェルニアの援軍として参加してもらいたいが、転送陣じゃない手段で行ってもらいたいんよ。とは言え開拓町までは転送陣やけどな」
んーどゆこと?
お留守番か聞いた理由は単純に、倒せないマッドスライム相手にイネちゃんは囮役にしかなれないからなんだよね、既にオーサ軍とヴェルニアの軍が主力で、そこにギルドから傭兵さんが参加しているだろうしイネちゃんが増えたところで……まぁ遠距離部隊が充実するから籠城側にしてみればいいのかな?
ともあれイネちゃんの考えとは別にムーンラビットさんはイネちゃんに、イネちゃんが想像しているものとは別のお仕事を任せたいと思っているのは確実だし、聞いてみよう。
「開拓町まで転送陣っていうのはわかったけど、そこからイネちゃんは何をすればいいの?」
「後ろから少数精鋭の暗殺部隊やってもらいたいんよ」
「はい?」
はい?って思わず口から出てた。
「なぁに、ちょちょいと指揮官連中をさくっとやって錬金術師の手足の自由を奪ってくれればええんよ」
「いや簡単に言うけど結構難易度高いこと言ってるよね?」
「でも私の知人でそれを隠密的にできるのはイネ嬢ちゃんを含めて後数人しかいないんよ」
いやイネちゃんでも完全隠密は不可能ですし。ムツキお父さんならまだできそうな気がしなくもないんだけど。
流石に大軍相手にピンポイントに隠密的に指揮官だけをってスキルは無いんだよなぁ、あっちの世界だとそのへんの技術はあまりに特殊性が高くって軍隊に入ってからも適正が認められた人のひと握りだけが習得するようなものだし、ムツキお父さんでもそのへんの習熟はやってないらしいんだよね、技量はあるらしいけど。
「詳しいことは開拓町で、ギルドのほうから聞いてもらえればええ。聞いた上で受けるかどうか決めてくれればええんよ。今話した内容でも冒険者としてでなく傭兵に頼むような内容になるかんな、受けるも受けないも個人の裁量に任されるのがギルドのスタンスやし」
うー……なんというか断りづらい、というか知り合いががっつり籠城側にいるし、リリアも避難誘導だろうけどまだヴェルニアだろうから、個人的な感情としては受けたい。受けたいけれどリスクが高い上に守るために致し方なくではない明確な殺害目的の依頼だからね、だからムーンラビットさんもここまで念押しするように、指名する形なのに断ってもいいなんて言ってるんだろうしね。
「……とりあえず内容を確認してからでいいんじゃないかな。技術文化交流の民間人である私がいうのもおかしいとは思うけど、私は何があってもイネの味方であるつもり……だと弱いな、イネのことは妹だと言い切る自信はあるよ」
ステフお姉ちゃん……。
「いやまぁボブお父さんたちも、コーイチお父さんを除いて明確に軍人さんだったから割り切ってるんだと思うから、ステフお姉ちゃんの心境はあまり心配してないかな。それよりも……相手さんの家族に恨まれる覚悟ができるかどうか不安なんだよね」
こっちで冒険者さんと傭兵さんとして登録した時点で、ある程度の覚悟は出来ていたけれど、いざ戦争って感じの場面で明確にイネちゃんがと特定できちゃう対人戦までは覚悟出来てなかったからなぁ……盗賊とかなら割り切ってできたんだろうけれど、完全に軍相手……。
「あぁそうか、これってもう大規模な戦争なんだ」
戦争時における敵兵殺害の責任って指揮官とかが取るのが、少なくともあっちの世界の常識だった。
「こっちだと戦争時の責任ってどうなるの?」
「あぁ今の納得ってそういう。貴族同士なら最高司令官が、教会だったら司祭以上の関わった人がって感じだったと思うよ」
イネちゃんの質問にヒヒノさんが答えてくれた。
なるほど、ということは今回の場合は……。
「ま、ギルドの個人的な依頼なら自己責任やけどな。今回の場合はオーサ領当主のシード坊ちゃん、ヴェルニア現当主のキャリー嬢ちゃん、そして教会側の最高司令官である私が責任者として連名で依頼を出す形なんで大丈夫よ。まぁそれを盾に大量虐殺なんてされたら流石に処罰することになるが、イネ嬢ちゃんならそのへんの判断を疑う必要は無いくらいに頭の中見てるしな」
うん、キャリーさんまでは想像してなかったけれど概ね想像通り。
キャリーさんの名前が出たことでミルノちゃんの表情が少し曇ったけれど、イネちゃんだってこっちの世界での初めてのお友達だし、キャリーさんを助けたい気持ちでいっぱい……って本格的に受けざるを得ない感じに外堀埋められてる。
「むー……概ね受けざるを得ない気がするけれど、さっきも言ったようにご家族に恨まれる覚悟まではまだできないから、とりあえずお話を聞くまでに覚悟ができるか時間をもらえないかな」
「ま、責任を取るのは責任者。っていうのは遺族には関係ないところやしな、わかったんよ。それじゃまずココロとヒヒノをヴェルニアに送るんよー。その後イネ嬢ちゃんを転送した後に私は転送陣を使わない形で飛ぶから、イネ嬢ちゃんのほうはギルドとタタラに頼ってくれな。じゃあ飛ばすんよー」
返事は聞いていないって感じにまず、ココロさんとヒヒノさんが立っていた場所の転送陣を起動して転送すると、次にイネちゃんの傍にきて転送陣の起動準備をしながらムーンラビットさんは。
「ステフ嬢ちゃんはちゃんとヌーリエ教会が面倒見るからそっちは安心しな、賓客扱いでちゃーんと守るかんな」
それだけ伝えると転送陣を起動して、イネちゃんの意識は一瞬暗転して目の前にタタラさんが立っていた。
いや、いつイネちゃんが来るのがわからないのにずっといたのかな、うん。
「む、ちょうどだったか。状況は切迫しているらしいからな、転送酔いとかがあれば言ってくれ」
「うん……多分大丈夫かな、でもなんでここに?」
「ムーンラビット様とギルドからの頼みもあったからな、私はこの町を守らねばならぬのでこれ以上の助けはできないが……」
「あぁいえ、イネちゃんもまだ受けるかどうかは……。なんというかもう受けざるを得ないような状況に追い込まれている気もしなくはないけれど」
「あぁそうだったか、だが、ギルドで話しを聞けば恐らくだがイネ殿は余計にその気持ちになっていくと思うぞ」
タタラさんのこの言葉の意味は、ギルドで久しぶりにケイティお姉さんの顔を見た瞬間に理解することになるのであった。
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