第134話 イネちゃんと次の予定

「というわけなので、冒険者のお二方には私たちをシックまで護衛をご依頼したいのですが……」

 会合を終えて話してもいい内容だけを聞かされた後、クシナダさんから唐突にそんなことを言われ、夕飯中のイネちゃんは開いた口がふさがらなくなった。

「いや、別にいいとは思うんですけど……今イネちゃんたちはミルノちゃんたちの護衛依頼の最中なのでダブルブッキングに……」

「ヴェルニア家のご息女と人狼の子に関してもシックのほうが対処しやすいだろうとなりましたので、私たちと共にあちらに帰りますので、イネさんのお仕事には支障ないと思いますよ」

 既に外堀を埋められた状態だった。

 いやまぁなんだかんだでヌーリエ教会の最高権力者だもんね、それくらいはするよね、うん。

 あ、ちなみにお二方っていうのはティラーさん込みだよ、なんというか地味な活躍はしているんだけれども、こう、ココロさんたちの派手な立ち回りで目立ってないだけで病室ではミルノちゃんとウルシィさん、それにステフお姉ちゃんを安全圏に避難させたていざという時には盾になる気構えだったらしいし、ティラーさんがいたからこそココロさんとヒヒノさんが心置きなく襲撃者への対応に当たれたからね。

 まぁ勇者2人にとってはティラーさんも守る対象だったんだろうけれど、動きやすいように立ち回ってくれる人ってあの中だとティラーさんしかいなかったしね、ステフお姉ちゃんは実戦未経験だったわけだし。

「まぁそういうことでしたら……」

 正直、色々ありすぎてイネちゃんとしては本来の目的である自分の立場とかを見つめ直すっていうのはほとんどできてないんだよね、ステフお姉ちゃんとゲームやってただけっていうのもあるけど、あれもあれで案外今までの出来事を思い返すにはよかったからなぁ。

 でもそう思いつつも久しぶりにリリアやヨシュアさんたちに会えるっていうので嬉しいっていうのは確かだし、いい機会だと思ってまたあっちの世界に行くのもアリなのかもしれない。

「まぁイネの場合どっちの世界にいても自分探しみたいなもんなんだから、いいんじゃない?」

 ステフお姉ちゃん、口に食べ物をいれて割と軽い感じに言ってくれますね。

「ステフもあっちの世界、行ってみてもいいんじゃない。今ならココロさんとヒヒノさんも同行してくれそうだし、イネも一緒だから研究過程にも1度行きたいって言ってたし」

「ちょ、お母さん!?今情勢不安定だってお母さんも知ってるよね!」

「だからここまで強い人たちと一緒に行動できる機会なんてもうないでしょう?それに目的地があっちの世界の聖地だというのなら文化研究としてこれ以上ないって場所じゃないかしら」

 ジェシカお母さんがステフお姉ちゃんに留学?を勧めてる。

 まぁこの場合留学というよりも別の何かになりそうだけれど、ジェシカお母さんの言う通りに環境としては今の状況はある意味では願ったりって感じだよね、ココロさんとヒヒノさんが一緒に行動するって機会は貴重を通り越して今この時しかないって言っても良さそうだし。

 ステフお姉ちゃんもそのことは理解しているからこそ、今のジェシカお母さんの言葉に凄く悩んでいる。大好きなミートパイなのに食べるのが止まるのはステフお姉ちゃんの中ではそれほどのことってこと。告白された時だって食欲旺盛だったからね、ステフお姉ちゃんは。

「出立は3日後ですので、考える時間はまだあります。イネさんのお姉様は私たちの世界を好意的に調査したいという方なのでしょう?あちらで調査をなさっている間は私たち、ヌーリエ教会がサポートさせていただきますよ。ねぇ、貴方様」

「そうですね、ステフさんの仰る通り情勢が不安定なのは事実です。ご自身の命にも関わることですので熟考なさるといいでしょう。我々としてはどちらの選択をなさったとしても色々と協力させて頂きますしね」

 クシナダさんは招く感じで、タケルさんは選択肢はちゃんとあるってことを含めて言ってる。

 でもこれって割とイネちゃんの時と同じで外堀埋めてるのと同じだよね。

「むー……じゃあ考えさせてください」

 ステフお姉ちゃんはそう言ってジェシカお母さんのミートパイを口に運んだ。

 ところですっごい今更ではあるんだけれど、なんで要人がイネちゃんのお家で寝泊りするんでしょうね、警備の関係上割とよろしくないと思うのだけれど……。

 まぁコーイチお父さんとルースお父さんが悪ふざけでいろんな防犯ギミックがあるけど、流石にマッドスライムには無意味だし、特殊部隊が相手だったら力不足だろうしなぁ、ココロさんとヒヒノさんも止まっているって言っても流石にきついと思うんだ、うん。

 ちなみに事件とかタケルさんたちの件にはまったく関係ないけれど、ジェシカお母さんのミートパイは牛肉と鶏肉が両方使われてて、味はもちろん食感も楽しい絶品だったりする。

 ヌーリエ教会では宗教上の理由で食べてはいけないものとかはほぼないらしくってこのミートパイも美味しいって言いながら食べてた。まぁ天寿を全うした神獣であるヌーカベも、肉自体は少ないけど食べたりするらしいしかなりフリーダムなのかもね。

「こちらの世界の一般家庭というのは、毎日このような料理をするのでしょうか」

 予定とかは既に話し終えたからか、クシナダさんがこっちの世界の文化について質問を始めた。

「いや、うちってかなり特殊だと思うから一般的というにはちょっと違う気がするかな……ねぇステフお姉ちゃん」

 イネちゃん自体が特殊なのでクシナダさんの質問にちゃんと答えられない。なのでステフお姉ちゃんに話題を振る。

「え、いやまぁこっちも一般的かって聞かれると首をかしげるけど……とりあえず友達の話しを聞くあたり、ミートパイはうちだけかな。ただ友達の家だとそれぞれ家によってこれぞうちの味!って感じの料理はあるらしいけど」

「なるほど、食生活に近いはあっても、そのような家庭の味というものは変わらないのですね。世界が違えど同じ価値観があると知れるだけでも嬉しいものですね。無論違いも素晴らしいことですが、全てが違っては今このような交流はなかったのですから、共存可能な異文化というのは素晴らしいものですわ」

 まるで共存不可能な異文化と出会ったことがあるような言い方するなぁ。

 あっちの世界のことを考えれば多分ゴブリンが共存不可能な異文化ってことなんだろうけれど、そのへんの事情を知らない人が聞いたらいろんな勘ぐりしちゃうよね。

「共存できない相手ってどんな相手なんです?」

 当然ゴブリンの知識が少ないステフお姉ちゃんはこう質問する。イネちゃんだって知識がなかったら多分同じ感じの質問しただろうし。

「一番わかりやすい例として挙げるのはゴブリンですね、ゴブリンは他種族との共存は一切記録がありませんし、私たちの……ヌーリエ教会の歴史で1度もそのような事例は確認されていません。元々言葉が通じない……以上にムーンラビット様のように他者の意識を読み取ることが得意な者たちですらゴブリンの思考は不明、生命反応はあるのに思考がない、あったとしても略奪以外の思考を読み取れないとの報告ばかりですので」

 あっちの世界でヌーリエ教会の歴史って、ほぼ人類の歴史とイコールになりそうなんですが……。

 それにしても思考を読み取れないっていうのは何なんだろうね、機械とかそういうのに近かったりして。

「同じ人類とかとはそういうのは?動物とかもあれば聞きたいのですけど」

 ステフお姉ちゃん調子に乗ってるなぁ、ここぞとばかりに質問してる。

 聞き方が学問方面の感じで、メモ帳まで持ち出してるからクシナダさんも答えざるを得ないなぁって顔してるもん。

「そうですねぇ、言語を用いてはいるものの共通言語ではない場合は基本ムーンラビット様とその部下にあたる夢魔の皆様に頼っていますね、動物に関してはそれぞれの生活領域を守りつつ、状況に合わせて対応する形はとっております。一部動物は最近領域を侵すことが多いですが、今回の事案が少なからず影響しているものと思っております」

「ん、それはどういう……」

 こと。とステフお姉ちゃんが続ける前にクシナダさんが答えた。

「ギルド……ヌーリエ教会とは別の組織ですが、そちらに入る狼、熊共に目撃情報、駆除情報と、マッドスライムらしき目撃情報を照らし合わせると7割ほど重なっておりますので」

「母様、それは民間人に教えても良い情報なのですか?」

「問題ありませんよココロ、これはギルドが傭兵や冒険者に向けて公開している情報ですから」

 ……イネちゃんそれ確認したことないや、自主的に動いた時があまりなかったからなぁ。

「そうだな、ぬらぬらひょんはその情報を元にして街道周辺の害獣駆除をやっていたからな……イネちゃんと出会った時にあったあの数は流石にあの時が初めてだったが」

 あ、ティラーさん……ぬらぬらひょんの人たちはちゃんと情報持って動いていたんだね、流石冒険者の先輩、こういうところは本当頼りになる。

「そうだったのですか、ギルドにはあまり頼らないので……お恥ずかしい」

「いや普段まったく利用しないものなら知らなくて当然だと思いますよ、私だってこういうものの扱いに関してはそれなりですけど、もっと専門的なことは知らないですし、行政システムだって細かい部分は知らないですもの」

 ココロさんのまったく必要のない謝罪に対してステフお姉ちゃんがスマホをひらひらさせながらフォローしてる。

 冒険者さんとして活動しているイネちゃんとしては割と恥ずかしいんだなぁ……あっちに行ってギルドに寄った時確認しておこ。

 この後は特に何事もない、あっちの世界の文化の質問とそれに対しての回答が寝るまで続いたので割愛っと。

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