第133話 イネちゃんと困難な道
「で、結局戻せたわけだけれど、今後イネちゃんたちはどうなるのかな」
「いや知らん。戻せた人の状態は今異世界対策庁の中にある検疫施設であらかた調べてるみたいだが、その結果でも変わるからな」
マッドスライムにされた人を元に戻す試みは、ココロさんとヒヒノさんがアクティベートした上でなら元に戻せるということが判明し、ムツキお父さんの言ったように元に戻った男の子は今異世界対策庁の中にある検疫施設……というか細菌とかを調べる研究機関が併設されているらしく、そこにはもしもに備えてかなり高度な治療が行えるように最先端の医療設備が用意されているらしくって、そこで今検査を受けている。
タケルさんとアクティベートを解除したココロさんは再び会合のために建物の中に戻り、クシナダさんとヒヒノさんは外で怪我人の治療を行っている。
イネちゃんを含む自衛隊の人たちはココロさんの攻撃で意識を失った人の武装解除と拘束、それと一部ミンチになっちゃった人のお掃除をしつつ、あまり必要はないだろうけれどクシナダさんたちの護衛を継続していて、イネちゃんはムツキお父さんと一緒に指揮車で待機している。
「無事だといいねぇ」
「司祭長とその奥さんが命に別状がないと太鼓判は押したものの、こっちでも調べないわけにはいかないからな。命に別状がないってのは五体満足とは意味が違うしな」
あぁそっか、極端に言えば四肢がなくても命に別状はないって使えちゃうもんね。
「ともあれこの形で参加している俺たちは上の命令がなきゃ動けないし、今はこのまま待機だな、一応事後処理とかには俺たちが役に立ててよかったってところでしかないが」
「いやまぁあっちの世界でも最上位って言っていい人たちだからね、そのへんは仕方ないんじゃない?元々ココロさんとヒヒノさんが参加する時点で最大戦力はあの2人だったわけだし」
「まぁ編成からすれば確かにそうだな、護衛対象も強い……が、他と比べたら確かに護衛は必要だったな、どちらも一芸特化だって俺たちですら知らなかったのはちょっと問題でもあるが」
タケルさんは大地にまつわる様々な要素を操れる魔法に長けているけれど、戦闘方面に関しては対軍魔法……つまり大規模魔法系ばかりで今回のような戦闘にはからっきしらしく、かろうじて剣や槍を持って戦えなくもない程度らしい。
一応身を守る魔法は司祭長になるって時にムーンラビットさんを含めた周囲の人間に叩き込まれたみたいで、そこそこの火力、30mm砲の直撃だって防げるくらいの防御魔法が使える……んだけど動けなくなるからやっぱ今回みたいなケースだと役立たずになるとタケルさん本人の口から聞かされた。
そしてクシナダさんは農作物の成長や治療魔法などの生命に関わる魔法に特化していて、それ以外は本当にからっきし……と本人は言っているけど、娘であるココロさんとヒヒノさんはクシナダさんは薙刀術に優れていると証言している。
ただの謙遜かとも思ったけれど多分、比較対象がココロさんやササヤさんだからそこと比べたら全然って可能性が否定できないんだよね。
クシナダさんとササヤさんは血が繋がっていないけどココロさんは実の娘の上、ヌーリエ教会としては重要な勇者っていうこともあって余計に意識しちゃってるのかもしれないね。
そういう感じで司祭長夫妻はどうにも防御特化な能力で、こと戦争とかに巻き込まれた場合は聖地全体を守るために聖堂の地下にある儀式魔法の部屋に缶詰状態で生活をするらしいんだよね、色々増幅させるためのものもあるらしいから、その状態になればこっちの世界の大抵の攻撃は防げるらしい。
ただこれもココロさんとヒヒノさんの言葉だから2人が見たことのない、それこそ核熱エネルギーによる攻撃とかを防げるのかどうかはわからない。
今は世界で異世界に対して侵略を行わない、自衛の範囲以外で関わらないって決めてるらしいけれど、今回みたいに一部の国が裏で動いてたりするみたいだし、場合によっては全面戦争みたいな方向に転ぶ可能性がないわけじゃないんだよね、イネちゃんみたいに個人で動いてる人間からすると本当怖いお話だよね、割とその思惑に思いっきり巻き込まれてる気がしないでもないけど。
車両の外ではようやくキャリバーでミンチった人のお掃除が終わったようで
イネちゃんとティラーさんに関してはなぜかはわからないけれどタケルさんとクシナダさんの希望で参加している形なので、隊長であるムツキお父さんに来る連絡を聞いちゃっていいのかって思っちゃうんだけど、ムツキお父さんはそのへん配慮してくれてかコーイチお父さんとルースお父さんがいつもゲームをするときに装着しているヘッドセットみたいなもの……だけどそれ以上に性能がいいだろうものでいくつか受け答えをしてから。
「よし、一部は頭陀袋を運ぶ連中の護衛について行ってやってくれ、こっちはあちらさんの用意した護衛の優秀さを理解してなかった連中が黙ってくれたらしく、人数を減らす決定を出したらしい。怪我人と疲労が酷い連中を優先して頭陀袋護衛班に、残りは悪いがこっちの警戒を継続だ」
指示と納得できるだけの理由を完結に伝えると、車両の外で細かい表情まではわからないもののどこかホッとしたように見えたのは……まぁ気のせいじゃないかな。
襲撃してくるのは一撃必殺の溶解液を持ってる不定形の生物で、それは元々自分たちが守るべき人たちの上、治せるのがわかってるから銃を向けて引き金を引くことが許されない。
金属とか化学製品なら溶けないらしくって、ライオットシールドなら大丈夫ってことも証明されたから今後確実にシールド隊への負担が大きくなるのが分かりきってるから、撤退許可がもらえればそりゃシールド隊の人は安堵するよね。
イネちゃんだってまともに倒すことができない相手に盾だけ持って持久戦しろって言われたらまず拒否したくなるもん、やらきゃいけないってなったらちょっと時間もらうけど覚悟してやるとは思うけど……今回シールド隊じゃなくてホッとしたのは事実なんだよねぇ。
「しかし読めないな、戦力を小出しするようなことをして失敗。しかもこちらの編成状況を理解していたとしたら余計に気になるところではあるが……」
「理解していなくても読めない気がするんだけど、異世界間戦争に発展しかねない人たちだし」
「それを望む連中は山ほどいるだろうがな、ただそいつらがって考えても不可解なんだよなぁ、考えるのは上の仕事なんだがどうにも現場レベルでも腑に落ちないって空気が蔓延してて割とよろしくない」
「例えば?」
「今回のがマッドスライムの実用テストだとしたらお粗末過ぎるし、会合の妨害だとしたら規模が小さすぎる。司祭長夫妻の誘拐が目的だとしても陽動レベルが弱すぎるし、建物の中には襲撃どころか不審者すら確認されてないからな」
確かにRPGを撃ち込まれたり、隠密系の魔法とか、転送魔法まで使ってやることかって気はするし、ただただ無駄に戦力を消耗しただけなんじゃないのかって思う。
まぁそのへんは頭陀袋と一緒に基地に戻っていった部隊が護送してるココロさんが沈黙させた人たちから聞けばいいって流れなのかもだけど、今この現場の人間からしてみればモヤモヤするよね、またこうやって変な襲撃されたらと思うと気が休まらないし、マッドスライムは殺しちゃダメって通達のせいで消耗も激しいからなぁ。
「ともあれ今回の件で俺たちはくっそ面倒な命令が降りることになるだろうな、治せるってことは証明されたわけだし、衰弱こそしているものの多分回復するだろうからな」
「今回と同じ流れで行けっていうことかな、でもそれってタケルさんかムーンラビットさんに拘束してもらってからココロさんとヒヒノさんが本気出してようやくだよね。あっちの世界の人の比重重すぎない?」
少なくとも最高戦力と最高権力者が必須って時点で現実的じゃないよね、誘拐された人たちって全部で500人近いし。
「俺たちは民主主義の軍だからな、助けられるのに意図して助けないなんて言ったら政治家たちが一斉に首が飛ぶことになる。そういう命令は出せないんだよ、形だけでもな。……まぁより多くの人命が失われる可能性があれば、殲滅なんて命令も出るかもしれんが」
あぁムツキお父さんたち自衛隊だと最高司令官は政治家さんだもんね、よほどでもない限りはそうなるのかな、イネちゃんは詳しくないから勝手な想像だけど、むしろ被害者とも言える人たちを見捨てるって判断を1度でもしちゃったら2度と再選なんてできないってことなんだろうね。
ともあれ、ムツキお父さんの言うとおり凄くきついことになりそうだね、今後マッドスライムが出てきたとしても倒しちゃいけないっていう、本当凄くきついことになるだろうなぁ……。
そういう状況を想像してイネちゃんは気が遠くなりそうな感覚になったけれど、会合が終わってタケルさんやココロさんの口から直接聞かされてじっさいに気が遠くなったのは言うまでもなかったのだった。
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